第30話 水面の下には何がある
「そちらの狙いがわかりました」
大筋ではですけどね、と心の中で補足する。
俺は今、単独でオフィスに居た。
相対しているのは金融部門長――商業ギルドの目が笑っていない男だ。
「ほう? 参考までにお伺いしても……」
「ポハードカの村境を浸食している湿地帯は、ここ数年で拡大したもののようですね」
俺は持参したカミル謹製の地形図を取り出した。
現在の湿地帯の内側に記された点線、聞き取りによって洗い出した湖の過去の姿指し示す。
「長雨が始まったのも同じ時期。そのため湿地帯が沼になり、周辺が湿地帯に変わり……そんな繰り返しで一帯が水浸しになったのだそうですね」
金融部門長は両手を組んだまま微動だにしない。
これは続けろと促しているんだな、そう判断して「そして」と切り出す。
「古い湖の岸を迂回して街道が通っていた。そんな、今では水の下の古い街道の続く先が――」
点線の縁をかすめ、指先は山々の間を縫って地図の枠へと至る。
「この先に商業都市、そして反対側は重要な交易路にほど近く障害らしき障害もなし……
そして、商活動に限らず、速度は強さに直結する要素だ。
勇者の拠点を招致してでもこの土地を掌握したかったのも肯けるというものだ。
「仰る通り! やあ、流石のご慧眼だ」
ははは、と乾いた笑いを返してしまった。
気持ちがさあ、籠ってないよなあ!
……それはさておき。
「ですが、冒険者ギルドもこの土地に目を付けている」
「……ふむ」
金融部門長の反応が変わった。
背負った空気がすっと冷え、視線が僅かに削れたものとなる。
「隠すようなお話でもないので情報共有を致しますが、先日たまたまスナーフというA級冒険者が率いる一行と行き会いまして。どうやら湖沼地帯の調査を行っていたようですね」
先日の一件が調査依頼であると断定した理由は以下の通り。
まず、A級冒険者一行が
この時点でただちに危険があるような討伐の可能性は消える。
それでいて、A級一行のみが現地に赴きF級のガリヴは待機させていたこと。
これは荷物持ち要員としては不自然だ。
(採取や討伐なら現地でこそ最重要の『荷物』が発生するのだから)
最後に、下船したA級一行が武装していたこと。
以上を総合すると、彼ら彼女らは調査依頼に赴いていたことが推測できた。
……それも、万一の場合はA級冒険者による対処が必要なほどの危険が潜むような。
まあ、この程度の情報は商業ギルドも掴んでいるのであろう。
でなければわざわざ冒険者ギルドから浮き上がった勇者一行の後ろ盾に名乗り出る訳もない。
つまり、ミロスラフ達に期待されているのは冒険者ギルドの狙いの阻止である。
それが拠点を作成することで連中に睨みを利かせることなのか……。
はたまた直接的な対立を促すものかは湖の向こうに何があるか次第だろうが。
とはいえ、商業ギルドの思惑に全乗っかりする義理もない。
俺は小役人生活で培った『あなたの為に尽くせることが私は心から嬉しいのです』の笑みを浮かべる。
そして胸に手を当て、こう言った。
「あちらにはあちらの利益に則った目論見があるのでしょうが……ご安心を、我々が阻止します!」
「それは心強い! 私どもに協力できることはございますか?」
「今はお気持ちだけ」
――ただし、こちらもやりたいようにさせてもらうがね。
という心の声がまさか聞かれた訳もないだろうが。
金融部門長は初めて目元を歪めた笑みを浮かべ、こちらに握手を求めてきた。
「ああそうだ、拠点の改装についてはこちらのプランを通させていただきたい」
「構いませんとも。元より我々もその心づもりでおります」
「引き換えという訳でもありませんが、諸問題の解決には全力を尽くします」
その後は細々の条件を詰めて解散と相なった。
大筋としては『こちらが好きにさせてもらう』の言質を取る形でまとまった。
無論、商業ギルドにとってみれば損をするはずもない。
この段階で、お互いに打てる手は『仲良く握手』以外にさして存在しないのだ。
仕込みは上々、後は動くだけだ。
◇◇◇
ポハードカ村から帰還してすぐ、俺とカミルは残りの勇者一行の面々に招集をかけていた。
場所の都合がつかなかったので集合場所は我が家の台所だ。
据わった目のカミルによって、地理的条件の共有が行われた。
そこでも俎上に載ったのは例のA級冒険者一行の目的についてだ。
「多分それは調査依頼だね」
彼ら彼女らの言動、そして編制について聞かされたミロスラフが言う。
「ギルドの依頼の中には特定の場所を調べるものもあるんだ。大抵は新発見のダンジョンの実地調査だったり、もしくはダンジョンそのものや瘴気溜りの噂がある場所を調べるんだけど」
「なあミロスラフ、一応聞くんだが、それって通常はA級のような高位中の高位冒険者がやるような依頼なのか?」
無言で否定の身振りをするミロスラフ。
横で見ていたジェラニが腕組みをして口を開いた。
「……話がきな臭くなって来やがッたな」
「何ていえばいいのか……。ぼくたちさあ、ギルド間の駆け引きの手駒にされてない?」
カミルの言葉が俺の胃の腑を貫いた。
「う……すまない」
平伏する俺。
取りなすように口を開くミロスラフ。
「――まあ、まあ! 拠点を決めたのも僕の決断な訳だし!」
「別に責めているつもりはないよ。なあジェラニ」
「ん? ああ……刑罰モンって程じゃあねェよ」
ジェラニさん、それ遠回しに『やらかしましたね』って言ってませんか。
俺がしょぼくれた視線を送ると、ジェラニは見知らぬハンドサインを送って来た。
ごめん意味がとれない。
「――なんだ、『頑張れ』」
「あ、そういう意味なんだ」
【正確な意味合いは『
俺は絶句した。
「どの道、戦犯探しをしているつもりはねェよ。あとそのA級だとかいう連中の言うことももっともだ。謝罪の安売りは信用されねえ。ことにこういう稼業じゃな」
「業界の違い……」
俺はうめいた。
「職位じゃない?」
そうかも。
カミルの容赦ない追撃に顔を上げる。
「俺はどうも勇者の看板を背負っている意識に欠けていたな」
「いや、そんなことは……」
ミロスラフの言葉に甘える訳にもいかないだろう。
「仕事として取り組むなら、これまでのやり方を通すのも違う」
「つまり?」
「頭が冷えた。すべきことをしよう」
その時、マティアスがするりと手を挙げた。
「すべきこと、というのでしたら。私からも一点気になっていることを」
それまで黙って事の成り行きを見ていた彼が口を開く。
「孤児の件です」
「シュカか! あの子の行く先も考えないとなあ」
「あくまで私の考えですが、その子はその子なりに村に馴染んでいます。そんな居場所から敢えて引き離すのは酷なことでは」
マティアスの言い分ももっともだ。
俺が沈思黙考に入ろうとした矢先、今度はミロスラフが発言する。
「――そのことなんだけど、ちょっと思っていることがあって」
そうして彼が述べた着想は、正直俺には思いもよらないものだった。
が、検討する余地はある。
というか、アリアリだ。
「その手があったか!」
俺は思わず椅子を蹴って立ち上がっていた。
ミロスラフの発言をきっかけに、頭の中でプランが次々と組み上がっていく。
これなら、丸く収まるべき部分は丸く収まり、ついでにこちらは最大限の得を得られる。
「悪くない。悪くないぞ」
興奮する俺にカミルからの「説明してくれよ!」の雷が落ちたのは、その三秒後であった。
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