第27話 あやしげなる瞳の群れ

 ポハードカ村は、なんとも湿気しっけたところだった。


 無事に下山し、案内役の青年にも然るべき礼をして別れた。

 今は村の中を横切っている最中だ。


「……」


 そんな俺たちを物陰からじいっと見つめてくる、目、目、目。

 視線の出所へ目を向けた途端に、人影が物陰へ消えていく。


 ……明らかに歓迎されていない。

 それでいて『お前らを監視しているぞ』というあからさまな表明をされている。


 村はずれの廃劇場の権利が勇者に渡った件は既に申し渡しが済んでいるはずだ。

 俺とカミルが代表して視察に訪れることも、また。


 だというのに正直いって身の危険を感じ始めている。

 いかんせんこちらの編制は事務屋と学者の二人組なのだ。


(荒事慣れしている者にも付いてきてもらうべきだったか……?)


 なんて、今更思ってももう遅いのだが。


「大看板のミロスラフが居ないと、こんな扱いなのかねえ」


「失敬な。流石にここまで排斥感が強いのはぼくだって初めてだよ……例の廃劇場が、よほど大切な史跡だったとか?」


「いや別にそんなこともない筈なんだが。事前の調査では数十年ほど放置されていたと――」


 俺は言葉を切り、足を止めた。

 生い茂る葦の隙間から、石造りの建造物が覗いている。

 弧を描く石壁に沿って半ば崩落したアーチ門が連なっている。


 屋外劇場は椀を半割りにしたような構造をしていた。

 今俺たちが立っているのは客席の端、一としては椀のへりにあたる。

 見下ろす先、椀の底に位置するのが舞台だ。


 俺たちは舞台を目指し、斜面を降りていく。

 日光が遮られ、ただでさえ水気を含んだ空気がさらに冷え冷えとしたものになった。


「とりあえず、明るいうちに一通り見て回っておきたいね」


「ああ。終わったら飯だな」


「食べる場所があればね」


「かつては宿場町だったそうだから、何かしらはあるんじゃないかな」


「……だといいけど!」


 やがて、底に辿り着く。


 向こう正面が椀を半分に区切った断面にあたる部分、その手前が舞台だった。

 といっても石の土台と迷路じみた地下通路の名残が残っているばかりだ。

 それらを覆っていたであろう木のステージは朽ちてバラバラの破片となっていた。


「やっぱり随分と崩れてしまってるな」


「水辺の近くだし、基礎の浸食も心配だね」


「しかし土地の広さとしては申し分ないな。取り壊しと整地は手間だが、屋敷を建てるのに不足はなさそうだ」


「商業ギルドは上物代も出してくれるんだっけ?」


「まあ……何割かは。最低でも半分は持ち出しになるだろうが、何とかやりくりするさ」


 俺とカミルは廃劇場内のあちこちを検分しながら方針を話し合う。


「舞台裏も見ておきたいところだけど。……あっちから回り込めないかな」


 俺が舞台をしげしげと眺めている間に、カミルは舞台袖(の、名残)から奥まった方へ歩を進めていく。

 度胸のある奴だ。

 腕っぷしに自信がある訳でもないだろうに、そういう所はやはり冒険者らしいというか。


 それとも、俺が村落の雰囲気にあてられて必要以上にこの場を不気味に感じているだけなのか? 


 ――かつん、と何かが足元の床で跳ね返った。

 石材のかけらでも落ちて来たんだろうか。

 崩落にも気をつけないといけないな……と考えつつ何の気なしに視線を下に向ける。


 一瞬、小石だと思った。

 だが違う――白く、いびつで、干からびた何か。


 鼠の頭骨だ。

 ミイラ化した皮が一部にこびり付き、うつろな眼窩が恨めし気にこちらを見上げている。


「うわ!」


 反射的にその場から後ずさる。

 なんでまたこんな代物が足元に転がって来るんだ? 


「いやまあ! 獣が入り込んでいるのかもしれないしな! ――カミル、そっちは何かあったか~?」


 動揺をごまかし、敢えて声を張り上げて同行者へ呼びかける。

 だというのに、カミルの奴は返事をしやがらないのである。


 おいおい、勘弁してくれよ! 

 俺の本業は書類仕事で、野良猫にだって本気でかかってこられたら万一のことがあるぞ。


 ――ぱたぱたぱた


「……」


 挙句の果てに、足音が聞こえてきた。

 それも、カミルが去って行ったのとはまったく見当違いの方向から。


 死霊の類が出たのなら大ごとだ。

 いやまあ、そんな瘴気まみれの土地に人が住んでいる訳がない、そんなことはあり得ない。

 ……しかし、村人になにかしらの企みがあるのだとしたら? 


 ごとん! 

 先ほどよりも大きな衝突音。

 見れば今度こそ石材のかけらだった……子供の握りこぶしほどの大きさだ。


 そして。


「あそぼ」


 か細い声が、そう告げた。


 俺はカミルが居るであろう楽屋裏へ全速力で飛び込んだ。




「どうしたんだよトマーシュ、血相変えて」


 有難いことに、目を丸くしたカミルとすぐに合流できた。


「なな、なんで返事しなかったんだよ」


「ああごめん、残っていた舞台装置だとか小道具だとかが面白くて聞き流してた」


「勘弁してくれよ……! いや、それはそうと、ここには何か居るようだぞ」


「なに? 野良猫でも棲みついていたとか?」


「ああそうかもな! 鼠の食べ残しと石つぶてを投げた上に話しかけるような猫が居たらの話だが! ……なあ、ここいらに物体干渉できるような格の死霊が出ることってあるかな」


「はぁ? こんな人里近くに瘴気がわだかまっているなら、住人が対処しないはずが……あ」


 言いかけてから何かに気付いたような顔をしないで欲しいんだがなあ! 


「なんだよ急に……」


「いやあ、山や水辺で発生した瘴気がこっちに流れ込んでいる可能性は否めないな」


「拝み倒してマティアスに付いてきて貰うべきだったか?」


「……かもね? まあ聖水くらいなら持って来ているからどうにかなるだろ」


「そうだな、一旦戻――」


「ぼくらできっちり調べてみよう」


 うわー! この探求心のかたまりがよー! 

 心の中で悪態をつくが、しかし、単独行動するのも嫌なのだった。

 俺は仕方なしにカミルの後をくっついてあちこち歩き回る羽目になる。


 そして、陽が中天よりやや傾きかけた頃合いのこと。


「あのなトマーシュ」


「なんだい」


「合理的に考えれば良かった話だと思うんだよね」


 返す言葉もございません。

 立ち尽くす俺の視線の先には、一連の行為の下手人がぺたりと座り込んでいた。


「あそぼ」


 小さな子供だ。

 多分、両手で歳を数えきれるくらいの。


「悪いけど、ぼくら仕事中なんだよね」


「ふーん。じゃ、いいや」


 腕組みをしたカミルが断ると、子供は素直に引き下がった。

 そして、骨と小石を交えたままごとを再開している。


「遊び場にはうってつけの場ではある」


「正体を知ってしまえばこんなものだよね。――ねえきみ! お家はどこだい? 暗くなる前に送って行ってあげよう」


「いらない」


「なんでさ」


「おうち、ここだもん」


 ……そういう事かい。

 俺とカミルは顔を見合わせた。


「じゃあさ、村まで案内してくれよ。ご飯をおごるからさ」


「しごとはいいの?」


「仕事の続きをしに行くのさ」


「ふぅん」


 子供はままごと道具たちを木箱に丁寧に仕舞いこむと、とことこと俺たちの間を通り抜けていった。

 しばらくしてから、こちらを振り返る。


「はやくおいでよ」


 へいへい。

 俺たちは子供の歩みに合わせ、その場からゆっくりと立ち去って行った。

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