第23話 金策必至!融資引き出し大作戦

 食卓にひろげた書類たちを前に、俺はもう一度だけ検算する。


「――金が足りん!」


 恐るべきことに。

 勇者パーティーなのに。

 魔王を三柱倒しているのに。


 手元でくるりとペンを回し、うめく。

 こうなってしまったら、取り得る手段はひとつだ。




「それで、借金を申し込むのかあ」


 馬車の向かいに座るミロスラフは、いかにも心細そうな様子でつぶやいている。


「……ミロスラフ、魔王を倒すと王宮からいくら支払われる?」


「魔王一柱につき、金貨五千枚」


 即座に答え、ミロスラフは訝しんだ様子で言葉を続ける。


「子供でも知ってることだと思うけど……?」


「じゃあそれが半世紀以上前から額面が変わらないことは?」


「言われてみれば。お伽噺や英雄譚でも『魔王を倒せば五千金』はお決まりの言い回しだね」


「うん。そして今やその価値は四……いや、下手をすれば五分の一に減っている」


「……へ!? いや、金貨五千枚は間違いなく支払われたよ、中抜きだってなかった」


「金貨の価値が落ちているんだ。物価上昇が……」


 つらつらと語ろうとし始めてから、ミロスラフの顔を改めてうかがう。

 ……もう少し詳しく説明した方がいいかもな。

 向かう先で待ち受ける大仕事のことを考えたら、情報共有は丁寧に行うべきだろう。


「いや、そうだな。パンがあるだろ? 季節労働者向けの安手のやつ」


「大きいのを三つに割って、一日かけて食べる奴?」


「そうそう。その手のパンの値段はだいたい銅貨一枚だ」


「うん。日雇いでも、これさえあれば何とかなるし、残りの金でスープだって用意できる」


「もしくは酒が一杯か。そして半世紀前は同じようなパンが四半分1/4銅貨で買えた」


 ついでに言えば、現在の方が混ぜ物が一割ほど増えているだろうな。

 俺の言わんとすることを察したらしいミロスラフが、得心したように肯いた。


「……あ、そうか。物の値段が上がっているってことは、同じ枚数の金貨で買えるものが減るってことか」


「パンに限らず、冒険にあたっての資材や装備も同じように価格は上がっている。ざっと均せば物価の上がり幅は4.5倍ってところか」


「昔と今で物の値段が違う意味って深く考えたことがなかったなあ。当然のことだと思っていたから」


「国と民が富んでいる証拠だからそう悪いこっちゃないけどな。さっき話に出た季節労働者にしても今の方が実入りは大きい。売り手市場だからな」


 ひるがえって勇者稼業にとっては逆風が吹いている。

 実質的な賃下げが、五十年かけてずるずると行われているに等しいのだから。


 五千枚の金貨とは、リダ大叔母の世代なら山分けしても余裕で遊んで暮らせる額だ。

 多くの勇者はベテラン冒険者でもあるから、実際はさらに大きな収入があったはずだ。


 が、現在の五千金にそこまでの力はない。

 装備やアイテムの高性能化も、ある意味では追い打ちをかけていた。

 性能が上がれば価格もつり上がる。


 経費分をさっぴくと、ミロスラフ一行が自由に使える金銭は決して多くない。

 少なくとも直近の目標、自分たちのための拠点となるだけの物件を買うには心もとなかった。


「トマーシュ」


「なんだい?」


「物件の購入費だけど、僕の財産から出すのでもいいよ」


「いや、それは止そう。……少なくとも最後の手段に。お前の私有財産とはいえ、いざとなったら領地の経営費に回すものでもあるだろ?」


 ミロスラフは立場としては新興貴族。

 自由に動かせる財産はあらゆる意味で生命線だ。


 ……それに勇者ヘルベルトの一件もある。

 俺としてはミロスラフの持ち出しで解決するのは避けたい所だった。


「これは勇者一行という、集団全体の問題だ。なるべくなら身の丈に合う解決法を探りたいんだよ」


「ああ……」


 ミロスラフがため息をつく。


「だからトマーシュは、あそこへ向かうって言ったんだね」


「ああ。冒険者が融資を頼むなら、まずはあの場所――冒険者ギルドに打診するのが筋だろう」


 俺は馬車の窓から外の景色を窺い見た。

 進行方向には殆ど要塞のような建物、冒険者ギルドの王都支部が見える。


 現地に到着した俺たちは並んで厳つい門構えの扉をくぐった。

 ――そして、いくらも経たないうちに叩きだされることとなるのだが。


◇◇◇


 王都支部は酒場と役場が渾然一体となったような施設だった。

 冒険者らしき人々と応対する職員たちが行き交い――ややもすれば粗野とすら言える活気で満ちている。


 足を踏み入れた途端、空気がまるで違うと気付く。


 まずは、匂い。

 鉄となめし革と油脂、それに道具屋で嗅いだような不可思議な香気が混じり合っている。

 汗臭さや血生臭さはさほどでもない。

 冒険のに訪れる場所だろうか? 


 次いで、視線。

 周囲の人間たちは、戸口に現れた俺たちの頭からつま先までじろじろと見回した。

 そして片割れが『勇者ミロスラフ』だと気付いたのだろう。


 瞬間、人々の纏う空気が急激に張り詰めていく。

 ごく自然な動作でミロスラフが俺の前に立ち、奥のカウンターへ歩を進めた。


 やや遅れて後を追いながら、こっそりと視線を辺りに巡らす。


 見つめてくる目は、どれも冷ややかだった。




 俺たちに応対したのは片眼鏡モノクルをかけた女性だった。


 佇まいからして事務方なのは明らかだったが、発している圧が半端なものではない。

 彼女はカウンターに両手をつき、猛禽のような眼で俺たち二人を射すくめる。


「勇者ミロスラフ様には、下げる頭がないと見える」


 初手からしてこれだ。


「ウチの頭を飛び越えて大金星を挙げ、で? 今度は世話をしてくれって泣きついてきた訳か」


「ご挨拶が遅れてしまったこと、心より謝罪いたします」


「誰だアンタ」


「トマーシュと申します。ミロスラフ一行の金庫番を仰せつかった者です」


「ほーん?」


 片眼鏡の女性がこちらに向きなおる。


「ここの支部長をやっている」


「よろしくお願いします」


 俺の差し出した右手は空を切る。


「どうやらアンタが勇者一行の『舌』らしいな。ならば問うが、お宅らはギルドウチにどんな貢献をしてきた?」


「皆無に近いです。だからこそ、これから関係を深めていけたらと……」


 支部長はフン、と鼻を鳴らした。


「無理。アンタ方は王の勅令で動き、王城の意向を最優先すべき立場だ。こっちとしちゃ依頼をいつないがしろにされるか解らん。そりゃリスクってもんじゃないのかい?」


 彼女が小首をかしげてみせた拍子に、片眼鏡の鎖がしゃらりと鳴る。

 レンズの向こう側で、鋭い目がすがめられた。


 いつの間にか辺りは静まり返り、俺たちのやり取りを固唾をのんで見守っているようなのだった。

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