第20話 「最近ちょっと寝つきが悪くて」「うそつけ」

「最近ちょっと寝つきが悪くて」


「うそつけ。寝不足で貧血起こして昏倒したくせに。マティアスが咄嗟に支えなかったら頭を打ってたよ」


「う……ごめん」


「別に謝らせたい訳じゃないけどさあ」


 目通りや祝賀会などの社交仕事をこなし終えたミロスラフに、いざ食事の約束を取り付けたらこれだ。

 場所は俺の家だったが、仲間たちも是非同席したいと言ってきた。


 俺は散々「手狭だぞ」「碌なもんは出せないぞ」と言い募った。

 が、結局は押し切られて彼らを招くことになる。

 そうして設けた席で、ミロスラフはカミルから心配混じりの説教をかまされていた。


 勇者ミロスラフは粗末な木の椅子に気まずい様子で縮こまっている。

 ……彼のしょぼくれ顔は、俺からしたらもはや見慣れたものだった。

 が、もしかすると仲間うちでは別なのかもしれない。


 カミルの口うるさい様子、マティアスの気遣わし気な視線、ジェラニの透徹した観察の気配。

 どれもがミロスラフの異変を心配し、神経を尖らせている様子をうかがわせるものだった。


 俺はやり取りを耳にしつつ、手製の薄いスープとパンにとっておきのチーズを配膳する。

 席につき、マティアスとジェラニがめいめいの食前の祈りを済ませるのを待って話題に参加した。


「冒険者稼業は肉体労働だろ? へとへとに疲れたら勝手に眠くなるものだとばかり思っていたが」


「うーん……疲れすぎると変に眠れなくなることがあって」


「神経が昂り過ぎているのだろうか……」


「正直、探索中の不便はないんだ。元からああいう場面じゃ熟睡しないし」


「そうか、敵地のど真ん中だもんな」


「状況中は頭も身体も働いてくれる。ただ、いったん緊張が途切れると、ね」


「……じゃあ困っているのは日常生活の方か」


 ミロスラフは頷くと静かにスープを飲み始めた。

 俺はカミル達へ話を振ってみる。


「ここまでで何か試したことは?」


 カミルは「安眠のお香」と、マティアスが「祝福した匂い袋」と告げる。

「効果は?」と問うが、二人とも静かに『なかった』の身振りをする。


 会話を聞いていたジェラニがおもむろに口を開いた。


「俺が……あー、セン、なんだ」


「煎じた?」


「それだ。俺が故郷で煎じていた茶がありゃいいんだが」


「おお! どんな品なんです?」


「薬草や香辛料を調合した代物でな。子供にはちと利きすぎるが、神経の昂った戦士にはとても良かった」


「そうか……なんとか再現できないものかね」


 俺が腕組みをして考え込んでいると、カミルが横合いから口添えをしてきた。


「手持ちの材料を組み合わせればそれらしい物もできるんじゃないか?」


「だが南方大陸特産のスパイスなんて早々手に入らないぞ」


「まあそこは、手に入る範囲で工夫して……とりあえず湯を沸かすか。小鍋を貸してくれよトマーシュ」


「構わんけどさあ」


 小鍋を棚から降ろし、水を張って暖炉で沸かす。

 その後はジェラニとカミルが頭を突き合わせてどうにかスパイス茶の再現に取り掛かる。


「甘みは?」


「有る」


 カミルがふうむと呟きながら糖蜜の欠片を湯に入れる。


「渋みは?」


「茶葉のものが」


「まあそりゃそうだ」


 俺が提供した缶から、発酵した茶葉がひとつかみ入る。


「辛み、しびれ、苦味、塩味」


「ある、ねェな、ある、少し」


「えっ塩味も付いてるのか……とりあえず岩塩でいいか」


 ショウガの絞り汁、鎮静の水薬チンキをひとたらし、削った岩塩ひとつまみ。


 鍋に投入されている材料からして、お茶の時間に飲む物じゃないやな……。

 俺はすっかり恐れをなしていたが、ジェラニとカミルの様子は真剣そのものだ。


「――できた!」


 カミルが、自身の肩越しに鍋を覗き込むジェラニを振り仰ぐ。

 ジェラニは手渡された模造スパイス茶を一口飲み……首を傾げた。


「ま、まあでも試してみる価値は有るんじゃないか。せっかくカミルとジェラニが骨を折ってくれた訳だし」


 取りなしながらミロスラフへ視線を向けると、彼は匙を持ったまま食卓に突っ伏していた。


「ミロスラフ!?」


「――なんだいトマーシュ?」


 顔を上げて律儀に返事をするものの、声に力がない。

 ……だいぶ調子が悪いのは確かなようだ。


「眠気が来たか?」


「時々強烈な奴がね」


 ミロスラフは欠伸混じりに身体を起こすと、こう続ける。


「でもいざ眠ろうとすると目が冴えてしまう。これの繰り返し」


「ううむ」


 正直手詰まりだった。

 俺としても安眠に関する知見はない。


「施療院にかかるようなものでもないしな……民間魔法使いが居た時代なら、その領分だったかもしれないが」


 腕組みをして考え込んでいると、不意に声がした。


「――魔法で解決をお望みかい?」


 この場には居ないはずの、人をあざけるような口調の男のものが。

 果たして声のした方を見れば、明り取りと換気のために開け放っていた窓の向こう側で黒髪紅目の男がニヤニヤ笑っていた。


「まったく、王城の仕事を片づけて駆け付けてみれば、さもないことで大騒ぎしちゃってさあ。眠り如き、このヴィンチェスラフに任せて貰えたら一撃なんだけどね?」


 ヴィンチェスラフは窓の桟に肘をついたままそう言うと、怪しげな笑みを一層深めている。


「何か御用で?」


「こんなあばら家によく人を通せるな。恥ずかしくないの?」


「恐れながらお前は呼んでねえんだよな」


「はぁ? この王都においてミロスラフ居るところにはヴィンチェスラフありなんだけど?」


「知らねえよ……待て! 窓から入ろうとするな、家が傷む」


 窓枠を跨ぎ越そうとするヴィンチェスラフを俺は慌てて止める。

 変な負荷をかけないでくれ、ぼろ家なのは確かなんだ。


「来るなら玄関から回って来い!!」


 俺は叫んだ。




 ヴィンチェスラフに出したのが、カミル手製の模造スパイス茶なことに他意はない。

 茶葉の在庫が尽きたせいだ……ということにしておく。


「この大魔法使いが相談に乗ってやるんだ。感謝と称賛を惜しみなく注いでくれよ。いや、そうすべきだ」


「……で、畏れ多くもヴィンチェスラフ宮廷魔導士次席様には具体的な解決法が有るんで?」


「寝られないだけなんだろ? だったらホラ――『昏倒コーマ


 ヴィンチェスエラフは優美な所作で左手を上げると、ミロスラフの額に指を突きつけ詠唱した。

 次の瞬間、ミロスラフはぐったりとして意識を失う。

 あわやスープ皿に頭を突っ込みそうになるのを、マティアスが咄嗟に肩を掴んで阻止した。


「ミロスラフ!?」


「なに、眠っているだけだよ」


「……人に向けて放っていい術には見えなかったが?」


「このヴィンチェスラフ・スメラークが加減を間違うとでも? さてミロスラフ、どうだいこの魔法の威力は」


 ヴィンチェスラフが指を鳴らす。

 直後、ミロスラフは意識を取り戻した。


「いま、寝てた?」


 問いかけながら周囲の者の顔を順番に見回している。

 その全員――俺を含めて――から、その通りと答えを得たミロスラフはすっかり感心した様子だった。


「今のは敵を眠らせる呪文だよな? いや、凄いな……一瞬で意識が落ちたよ」


「君が望むなら術を小瓶アンプルにでも封入して融通するよ」


「――お願いできるかな」


「冒険中の扱いには気をつけてくれよ? こっちは王都の外に出るのにも稟議が要る身だ。すぐには駆け付けられないからね」


「わかっているさ。助かるよ」


 まさかミロスラフが色よい返事をするとは思っていなかった。

 とんとん拍子に進んでいく話題へ、俺は慌てて割り込む。


「気持ちはわかるが! ミロスラフ、それって本当に安全なのか?」


「おいおい、随分な口を利くじゃないか」


「本来は敵に向かって放つような呪文なんだろ!? 本当に人に向けて良い物なのか、きちんと精査を……」


「議論は無意味だ。ミロスラフ当人が決めたことなんだから」


 そりゃそうなんだが! 

 俺が尚も言葉を継ごうとしていると、ミロスラフが申し訳なさそうに声をかけてきた。


「トマーシュ、心配してくれるのは有難いよ。でも、今回は眠れさえすれば解決することだ。銀行のサインと違ってね」


「だが……」


「これ以上みんなの手を煩わせるのも悪い。この話はここまでにしよう」


 そう言われてしまっては、こちらとしても従わざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る