第41話 きのうの晩餐会、どうだった?

「……よし、昨日あった出来事について共有しよう」


 定例会議の時間に俺が切り出すと、その場の面々は一様に肯いた。

 すなわち王太子の晩餐会に出席したミロスラフとヴィンチェスラフ。

 辺境伯の会食によばれた俺。

 その他、カミル、マティアス、ジェラニといった面々。


 カミルがにやりと笑って俺の顔を見た。


「随分と華やかな場に出たらしいね。お城の舞踏会だって?」


 俺は力なく肯くしかない。


「まあな。まあ、その後は辺境伯の私邸で夕飯をご馳走になってるんだが……発見があった。刃物とその扱いに長けた集団に囲まれて食う飯ってな、味がしない」


「お、お疲れ様」


 カミルの顔からからかいの表情が即座に引っ込む。


「そこまで退かなくてもいいって! そんな御仁じゃないという見通しもあったからな。ただ性分的に『万が一』を想定してしまうってだけで……」


 マティアスとジェラニが同情的な顔になる。


「ご無事で何より」


「本当にな」


 真っすぐなねぎらいが有難くも気まずい。

 が、まあそれはそれとして。


「でさあ、辺境伯がギルドマスターを一本釣りしてまで喋りたかったことって何だったんだい?」


 ヴィンチェスラフの言葉に肯き、俺は机の上で手を組み直した。


「そうだな、便宜を図ってくれた。役人として得た情報を、勇者ギルドのマスターとして活用できる筋道を立ててくれるらしい」


「へえ。そりゃまた……うん? やっぱりやりやすかったりするの?」


「俺の本業は地方行政の下級書記官だろ? というかヴィンス、お前は知ってたろうが。職場にまで乗り込んで来たんだから」


「ああ。なんか紙束と格闘していたな」


「そ。会議や紛争の記録であったり……まあ陳述書なんかもあるな。そういう王国各地のそうした動静を一旦集めて各部署に振り分けるのが主な業務。で、中には魔物被害の話なんかも出る訳だ」


 ミロスラフが真剣な顔で応じる。


「そういった出来事のために勇者ギルドはあるんだ」


「だな。……だが、魔物の出現情報が集まる窓口が分散していてなあ」


「ああ……被害に悩んでいても、冒険者ギルドへ持ち込まれることばかりじゃないか」


「依頼するにもある程度まとまった金が必要だからな。で、その余裕がない場合は代官への陳述になる。で、その代官もまた懐具合が寒い場合……あるいは重要度の低い土地だと判断すれば、単に報告の記録だけ残して様子見という名の放置に繋がる」


 ジェラニがうんざりしたように口を挟む。


「ややこしいな」


 ごもっとも。

 彼の端的な総括に肯き返して、俺は言葉を続ける。


「そこを待ちの姿勢ばかりではなくこっちから調査に出向けるのは大きい。辺境伯のコネクションでその辺りの道筋を整えてくれるということだそうだ」


 カミルが疑問を呈する。


「……それをする、辺境伯側の利点ってなんなんだろ」


「辺境伯ならびに辺境領に直接的な益がある話じゃないだろうな。どっちかというと、国王への忠誠を問われていたんだろう」


「うん?」


「勇者っていうのは、個人の武勇において最強とされる存在だろ?」


「そうだね。組織だった軍隊や攻撃魔法に長けた魔導士なんかを相手取るなら話は別だけど」


 カミルの返答に肯き、俺は言葉を続ける。


「ある意味じゃ、この組織力のなさが国にとっては安心材料だったんだよ。だが、俺たちはこうして組織を作った。規模は小さくとも、群れは群れだ」


「……それで辺境伯は、王に仕えるものとして釘を刺しに来たってわけか」


「お互いに線引きをしようという意図もあるだろうな」


 勇者とは個。

 小規模なパーティーを率いて、王国内の各地に座す魔王を討つ存在だ。


 いっぽうの辺境従士団は群れ。

 国境地帯の支配者たる強大な魔王の進行を食い止め、闘争に明け暮れる存在だ。


 若干の牽強付会はあれど、勇者ギルドは従士団の領分にやや踏み込んだ存在と言われてしまえば、それはそうなのだ。


「まあ、喧嘩するほどの話にはなっていない……今のところは、顔見知りの息子が張り切っているなら手を貸してやろうか、くらいの意識は持ってもらえていると思う。俺たちにしたって、国とことを構える気はない。なら、ここは巻かれておいた方が無難な流れだと判断した」


 言い終えた俺は全員の顔を順々に見る。

 どうやら、明確な反論をする者はいないようだ。


「……俺の方はこんなところかな。ミロスラフはどうだった?」


「王太子からも『支援は惜しまない』と言ってもらえたよ」


「そりゃあ何より。……しかし、なんでまた呼ばれたんだろうな」


 俺の疑問に答えたのはヴィンチェスラフだった。


「王の病状が思わしくないからだろうな」


「そんなに悪いのか?」


「今すぐどうこうなるって訳じゃないけど、ここから良くなることはないだろうね」


 となると、王冠が王太子の上で輝く日もそう遠くなさそうだ。


「王太子の目論見としては、地盤固めって所か」


「だと思う。勇者は王の直属だから、王太子が新王になった時を見越しての繋がりを持つ意図だったのかなあって」


 ミロスラフの言葉に、ヴィンチェスラフも肯いている。


「パヴェルは企みのあるような男じゃないな。良くも悪くも」


「パ……、王太子を呼び捨てかよ」


「ああいや、色々あって兄弟みたいに育ってるから、ついね」


 掘れば掘るほど訳の分からない情報が出てくる男だな……。

 まあ、相応の貴人の家系なんだろう。

 スメラークという家名に覚えはないから、成り上がりの新興貴族か、それとも外つ国の血筋なのかもしれない。


 ひとまず、この議題はここまでと相なった。

 その後の定例会議はお定まりの流れをなぞって終わる。


「――今日の晩飯ってなんだろうな」


「茹でパンと芋のピューレだってさ」


「まあ、おかみさんの作ったものなら何でもうまいしな」


「違いない」


 めいめいが飯の話をしながら、会議室を後にしていく。


 ヴィンチェスラフも席を立ってその場から去ろうとする。


「ところでヴィンチェスラフ」


 俺は、ふと思ったことを彼に問いかけた。


「なんだい?」


「お前が晩餐会に出向いていたのは、くだんの……なんだ、王太子と兄弟同然の身だから出席していたってことだったのか? ゲストではなく」


「ああいや、招待客だよ。主席宮廷魔導士の爺さんの名代だね」


「そうなのか」


「パヴェルには、色々あって嫌われてるからさ」


 そりゃあ、お前の性格じゃあなあ。

 ……と混ぜっ返してやれたらよかったんだが。


 しかし、そう言う当人の浮かべる自嘲の笑みがあまりに深く、俺の言葉を封じていたのだった。


◇◇◇


 そうして、数日後。


 連絡役として訪れた者を目にして俺は即刻その場を後にしたくなった。

 そうもいかず、結局は声をかけない訳にはいかなかったが。

 何しろ相手は王族の、そして辺境伯の名代という立場を得ていたのだから。


「スヴェト……兄さん」


「やあ、まだ兄と呼んでくれるか。嬉しいよトマーシュ」


 そこには俺の腹違いの兄が、慇懃な笑みを浮かべて立っていた。

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