03-06:乙女たちの事情・3・II

□scene:01 - 王弟の城:地下:隠し部屋



 先ずは小さく音も熱も無い潜入用の無人機を放ち、罠や待ち伏せは無いと確認。

 中尉と二名が残り背後を警戒、最年少だがいささかも臆さない少尉を先頭に中へ。

 後に続く強襲向けで無い兵たちの中にいた技術大尉が、思わず口元を覆う。


「これ……血の臭い? 他にも何か……腐ってる……ような……」


 暗い影が視界を遮り全貌は計り知れず、千人が入る士官学校の講堂より広く思う。

 一方いっぽうで高さはヒト二人分程度、威厳がため無意味に高い〝城〟らしくない。

 壁や床はただ掘っただけのように簡素、岩や小石が散らばるほどに雑。

 朽ちた機械や腐った何かで足の踏み場は限られ、粘つきもする。

 全てがこれまで歩んだ、乾いた地下通路とは全く異質。


 不快な臭気と湿気が纏わり付く空間なかに、蓋のない石棺を立てたような箱が並ぶ。

 の高さは天井に届き、幅は腕を広げたより広く奥は手が届くより深い。

 図書館の書棚が如く並ぶ列は適度に途切れ、通路と通路を繋ぐ。


 箱には二種あり、対になって向かい合う。

 ひとつは縦に長く、向かいにはヒトの腰よりも低い作業台に載る。


 その中にあった……いや、それに乙女たちは恐怖した。

 中佐ですら狼狽うろたえ、蹌踉よろけて後退るほどに。


「どうして、こんな……何なのだ、これは!」


 その後ろで、中尉と技術大尉が手に手を取り合って震えている。

 中尉が震える声で、掠れた叫びを上げる。


「私! いえ、小官は聞いた事があります。王国を狙う蛮族共はヒトならぬ姿をしていると……手が六本に足が四本! 目は無数にあるとか!!」


 技術大尉の泣き声が、それに続く


「そそそう言えば敵性体の研究施設でヒトじゃない生物を見た事が……ままままさか蛮族がこんなとこにまでぇ!?」


 その悲鳴を眼光鋭い無表情に眼鏡を添えた美少女が、感情の無い声でさえぎる。


「冗談で言ってますよね? 非常識な噂話を真に受けているヒトたちとは行動を共にしたくないのですが。骨格から推測しますとこちらは女性、反対側は男性でしょう」


 感情が無いから怖れも無い声に救われた技術大尉が、眼鏡の美少女にすがり付く。


「ネ、ネリちゃん、ホントなの? ホントヒトなの? これが女のヒト!?」


 ネリアルーナ軍医中尉が、異形の遺骸に向く。


「骨の形状かたち、数、大きさ……どう見てもヒトです。こびりついた肉や髪の残滓でいびつに見え、変色もしていますが」


 ヒトと見れば、無数の脚らしきそれらは膨らんだ腹から垂れ下がる内臓。

 ヒトならぬ頭部は、限界を越えた苦悶の中で息絶えたかのよう。


 技術大尉は目を閉じたまま、あらぬ方を向いたまま。


「よ、よく見れるね」

「生きているニンゲンよりマシです。勘違いを経験と称して現実を見ず譲らず時間を無駄にしませんし、他人ヒトの足を引っ張りません」


 可愛げの無さを看過できなかった技術大尉が、頬を膨らませて中尉に擦り寄る。


「ねーねーネリちゃんさ、上官への態度に問題があると思わない?」


 釣られて中尉も頬を膨らませ、技術大尉に寄る。


「年上にはそれなりの呼び方ってものがあるよね、〝お姉様〟とか」


 現状を解し対応する能力に長けているからこそ精鋭、されど規律は別の話。

 中佐が、中尉と技術大尉のおでこ同士をぶつけ合わせてぐりぐり。

 三人は無視し、准将が軍医中尉に寄る。


なって何年か」


 軍医中尉が医療用の携帯端末を、台の上にはらわたを垂らすむくろに向ける。


「この女性は三年から四年と見ます」

「〝〟? 他は違うのか?」

「向かいの男性は同程度でその隣は六年から八年。こちらは一年いちねんから二年、その前の女性は二年前後でしょう。無人機で得た情報は一年いちねんから二〇年に収まり、常に複数が生かされていたと推測します。奥の天井にまで届く堆積物は、使用に耐えなくなった個体を遺棄したのでしょう」

むくろと共に拘束されていた者もいただと?」

「遺体を放置していたと言うより、使える限りは使った配置と考えます。脳や手脚が機能を停止した後も、一部いちぶ器官は機械で補助できる限界まで継続使用していたかと。ヒトとして生きているかそうでないかとは、関係無く。現状いまの装備で得られる情報は限られ古いほど精度が落ちますから、確証はありませんが」

「何とむごい……しかし、男女向かい合わせでこの姿勢は……」


 台に座して見えた女性の腰は、よく見れば前に突き出す姿勢で浮いている。

 大きく膨らんだ腹が割かれ、内臓がこぼれ落ちている個体も少なくない。

 大きく広げた手脚は左右の仕切りに埋まり、固定されていた。

 仕切りの幅から察するに、腕と脚は切断されている。


 軍医中尉が眼鏡を整えつつ、無表情で淡々と答える。


「お考えの通り、特に女性の側は繁殖に特化して固定された姿勢と小官は考えます。恐らくは配合実験を行っていたかと」


 一切いっさいの抵抗を排して繁殖器官を扱うには、最適な状態にも見える。

 軍医中尉の推論に、異を唱える者はいない。


 准将が努めて感情を抑え、軍医中尉に問う。


「どうして〝実験〟と?」

一体いったいの女性の前に男性は複数。ヒトに似た別の何かや明らかにヒトではない遺骸ものもあり、試していた……即ち〝実験〟と考えます。しかし遺伝情報があれば試算可能、実体が必要なら試験管で済む事を、わざわざ管理が困難な母胎を使う合理的理由など無いはずです。また脊椎や腹部に刺さる管は薬液を注入、或いは体液を採取するためでしょうが、現在得られる情報では不明です」


 頭上に手を掲げた男性ものたちは、衣装部屋に吊された外套の如し。

 見渡せば朽ちた手が砕け、吊されているよりも底に積み重なる方が多い。

 その中にはヒトでは有り得ぬ角や牙、羽らしき薄い組織まで見える。


 その衝撃に再び蹌踉よろけ、狼狽うろたえる中佐。


「何とむごい、何とひどい、何と……まさか、ここに陛下が!?」


 携帯端末で無人偵察機からの情報を見た軍医中尉は冷静に、無表情で答える。


「それは無いと小官は考えます。ここにあるは全て一年いちねん以上経過しております」


 王妃の姿が消えたのは数ヶ月前。

 最も最近のむくろ一年いちねんを超えて前のものなら、その可能性はない


 冷静であろうと努める准将から、抑えきれないいきどおりが絡む言葉が漏れる。


「知る前には戻れず看過できぬ大事だいじではあるが、我々の本意は別。陛下のお姿なくばここにとどまる理由は無い。記録が済み次第撤収だ」


 准将が発した号令を、実行するはずの中佐が遮った。


「お待ちください!」

「何か」

「この女性ヒト……いえこのお方を存じ上げております。アルニム公爵夫人。王家の血につらなるお方かと」

「何と?」


 王妃の側で育った准将は、その権威を損なわぬため言葉を交わす相手は限られた。

 平民よりいやしき出自、常に追放の危機にあった中佐こそ貴族の名と顔を知る。


 血の気が引いた中佐が蹌踉よろけつつ、かつては女性に寄る。


「このお召し物……よくよく見ればお顔にも面影が……この首飾りは、その下の傷をお隠しになっていたもの。そしてこの痕はご病気に屈する事無く何度も開かれた……間違いありません。あぁ! こちらはスミュール公爵のご令嬢、ヘレーネ様では……髪飾りの宝玉は、亡き母上より受け継がれた代々伝わるもののはず」


 軍医中尉から無人偵察機の端末をもぎ取り、その映像におののく。


「ファルケンホルスト公爵夫人。このお方はヨランダ様。ビューロウ公爵家、最後のお一人ひとり……どうして……このお方も……」


 立ち尽くす中佐に駆け寄り、その肩を強く掴む准将。


「中佐?」

「まさかこのお方は……どうして! 何があったの!? どうして!?」

「しっかりしろジル!」


 准将が中佐の頬を一閃いっせん

 瞳を潤ませた妙齢の美女は准将の胸に崩れ落ち、肩を震わせ……顔を上げた。


「失礼いたしました」

「話してみよ」

「皆王統にはあらず、されど近き方々。恐らくはここで果てたヒトの全てが。その血が現す麗しき面影、見紛みまごうはずがありません」


 警戒に当たっていた者、記録を撮っていた者、誰もが中佐の言葉に息を呑んだ。


「今や王統の列に残るは王妃陛下と王弟殿下のみ。そして殿下は自ら身をお引きに。いずれ他家の血入りし正統からは外れた家々も列に加わるは避けられぬ、とささやかれておりましたが……」


 中佐が言葉に詰まったまま黙り込んでも、誰も何も言わない……言えなかった。

 今や王国の正当たる血統は、子のいない王妃と隠遁している王弟のみ。

 王国の存亡に関わる重大な事態だが、不敬をくちにする者はいない。


 ここに至ったは事故や病気のように已む無き事情の積み重ね、のはず。

 それがの手によるもの、それも鬼畜の所業を伴うものであれば?

 兄に王妃を盗られたと噂されるが、まだ諦めていなかったら?


 が他の選択肢を根刮ぎ消し去り、世が致し方無しとなるを待っていたら?

 玉座から自ら遠離るをいさぎよしと称賛されたが、民から次を願われたなら……


 ここにいる誰もが、今くちにすべき言葉を知りはしなかった。


 少尉の階級章を着けた、まだ幼さの残る少女が歩み出て敬礼。

 愛らしくとも鍛え抜かれた娘子軍の一員いちいん、この決死隊にいるなら最精鋭。


「中佐殿、その……よろしいでしょうか?」

「何か?」

「小官、そのお方を存じ上げております! でも有り得ないのです! ヘレーネ様のはずがないのです!!」


 黒ずんだ骨と皮に向いて崩れ落ちそうになる少尉に、准将が駆け寄り支える。

 その少女……シャリアールー少尉が准将に縋り付き、声を振り絞る。


一昨日おとといの夜会でお会いし、お話もしました!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る