02-04:雪の夜に舞い降りた・4

□scene:01 - マンション



 あれから数日。


 メディアが観測史上最大とはしゃぐ荒天は、未だやわらぐ気配すらない。

 滅多に降らない地が白く覆われ、時に吹雪となる強風が全てを凍らせる。

 自衛隊の除雪で街はどうにか機能しているが、誰もが寒さと不安に震えていた。


 〝姉〟と呼ばれていた少女は、まだ目を覚まさない。





□scene:02 - マンション:少女の部屋



 狭くはないはずの部屋が、今は〝所〟の言葉が似合う。

 入る限りの医療機器を詰め込み、最先端の大病院もくやの空間。

 凄まじい重さと消費電力は〝伯父貴あのヒトの家だから〟と誰も気にせず、実際に余裕。


 その甲斐あってか、山は越えたらしい。

 智尋さん曰く、金に糸目を付けず彼女に特化したからこそ。

 常識の通りなら最悪も有り得、〝で〟の強行が功を奏したらしい。


 とは言え未だ予断を許さず、〝ここで〟〝一人ひとりで〟にも限界がある。

 今は〝始めたばかり〟と慎重に微笑む智尋さんを信じるしかない。





□scene:03 - マンション:リビングダイニングキッチン



 まだ日没前なのに、大窓の外は暗い。

 大気中の水分が枯渇したのか降雪は日に数時間だが、厚い雲はを隠したまま。


 人々を滅入らせているのは、灰色と黒に塗り潰されたこの街だけではない。

 世界的規模の急激な気候変動は、世界的規模で人々を惑わせているとも聞く。


 しかし、内から沸き上がる熱に満ちた俺は例外らしい。

 受け止められる域を超えた数字に、思わず背筋が伸び上がる。


「嘘だろ? どう見たって俺と同じ年齢としには見えねーぞ!!」


 右手に分厚いシステム手帳を持つ郷里さんが、二歩後退。

 今時? のアイテムだが即応性と本人以外判読不能の秘匿性は馬鹿にできず。

 指がゴツ過ぎてシニア向けスマホすら巧く扱えない、が最大の理由ではあるが。


 郷里さんはその職権と技能スキルを生かし、姉妹の身辺を調査。

 プロ意識の無さは周知の事実、当てにされていない立ち位置ポジションで好きに動ける。


 そして妹たちが腹を満たして寝入った後、報告会が始まりなった。

 言葉に詰まった俺は未音さんに制され、智尋さんが郷里さんに向く。


「悠佑君やうちの娘と……それでなら、いつから……」

「一五年前に越してきて九年前に父親が失踪、四年前に母親が他界。父親は既に死亡認定されていました。ただ、虐待があったかについてはわからんと言うか妙な感じと言うか……」


 未音さんが文字通り身体からだで突っ込み、郷里さんが仰け反り三歩後退。


「そこ大事でしょ! まさか何日もかけてお役所に行けばわかる事で終わり?」

「そ、それが虐待それを見た、聞いたヒトは一人ひとりもいないんだ。それどころかその家には他に誰も出入りしてないと……」

「じゃあ誰があんなコトを!? 虐待抜きでもおかしいでしょ! 子供たちだけって役所は何してんのよ! って? どうやって暮らしてたの?」

「周辺の家々や商店で妹さんたちを見かけたら何か無くなっている事が多々あって、まあじゃないかと。姉は学校に行かず家に引き籠もり。姉妹揃って他人ヒトの言う事を聞かず役所の担当者を見ると逃げたりわざと転んで〝暴力を振るわれた〟と暴れたり、今の時代、子供に無理をすればネットやマスコミの餌食になりかねんしでどうにもならんと近所のヒトたちが……」

「本当に? そう言ったの?」

「ああ。大抵〝親のいない可哀想なら〟って話から始まるんだが、結局みんな言うんだ。〝不憫ふびんに思い優しくしたら恩を仇で返す悪ガキ共〟〝くちを開けば全部嘘〟〝厄介事に絡まれたくなかったら泣こうがわめこうが真に受けるな〟とな。所轄の方は勝手に動いてるのがバレたらマズいんで軽く探っただけなんだが、盗難や器物破損は被害が軽微で届けも無いから、姿が見えない〝父親が帰って来たら〟と後回しにして役所の対応を慎重に見守っていたようだ」


 未音さんが目を閉じ眉間に皺を寄せる。


「ってコトは、つまり……」


 郷里さんが申し訳なさそうに巨体すくめる。


「何もしていないしする気もない。後、あの娘らのいえに近い病院も当たってみたが、どこもそんなは知らん、聞いた事もないと」

「チビちゃんたちがウソをいてるとは思えないし、思いたくないけど……」


 黙り込む大人たちに言い放つ。


「傷だらけで〝妹を〟と言った姉を、必死に護る妹がいる。俺がこの目で見た事実はそれだけ。違う事を言う奴ぁは嘘をいてるか勘違いだろ。どうでもいいさ」


 実際にあのを診ている智尋さんも深くうなずく。


「あれは自分でできるものではないわ。それも、かなりの腕力や体重でないと」


 未音さんも得心した表情かおで腕を組む。


「大体〝みんな〟ってのがおかしいのよね。ヒトには個性ってのがあんだから、同じ景色を見たって後で聞いたら全然違ってたりするものよ?」


 捜査の信憑性を疑われている流れに、郷里さんが狼狽うろたえる。


「く、くち裏合わせは俺も考えた。でも何十人に聞いて全員が言うんだ! 誰かを怖れている風にも見えなかったし」

「余計怪しいわ。大体あんた、〝聞き込み〟苦手じゃなかったっけ?」

だしな。逃げられたり怯えられたり泣かれたり。向いてないんだよ」


 そう言って、太い骨と厚い筋肉で未音さんの胸回りよりありそうな両腕を広げる。

 立てば二メートルの巨体で笑顔は恐怖、心胆寒しんたんさむからしめても仕方が無い。


 事も無げな態度に呆れる未音さん。


「あのね……なのに今回に限って〝何十人〟も話してくれたって、おかしいでしょ」

「そ、それは……」


 智尋さんが厳しい表情かおで腕組み。


「誰が何と言おうと事実は事実よ。体格の違う、少なくとも二人以上が相手だったに違い無いも、妹さんたちが言う〝大人の男女〟の通りだし」


 その〝事実〟に黙ってはいられない。


「ご近所さんは、あのらの家を乗っ取ってた誰かに睨まれないようにしてたか……いや郷里さんの見て聞いた通りだと、たのしんでいたのもいそうでぞっとする」


 未音さんが首を振って嘆息。


「世の中には自分こそが賢く正しく、他を愚鈍ぐどんで社会に害悪と嫌い見下しさげすむ事こそヒトのため、と勘違いしてるのもいるわ。真性ホンモノから軽度ソレっぽいのまで、結構な数がね。側にいてはならない卑しい存在ヒト視界に入れば気分を害し、身の程を思い知らせるほどに正義を誇って自分に酔いもするでしょう。そんな存在から成果トロフィーを取り上げちゃった悠佑クンは、絶対正義に仇なす悪の手先ってトコかしら」

「所詮は〝手先〟したっぱなのが俺らしいな。ま、俺の知った事っちゃないさ」


 他人に無関心な性質キャラは相変わらず、どうでもいい奴らはどうでもいいまま。

 だが内から沸き出す熱が、の内に入り込もうとした全てをく実感はある。


「絡んできたら伯父貴のやり方で相手するかもだけど。それしか知らないし」


 未音さんが目を閉じ腕を組んで首を傾け、眉間にしわを寄せる。


「平和主義だから売られた喧嘩は必ず買って、完全に完璧に徹底的に完膚なきまでに叩き潰す。鬱陶うっとうしいのは関わらせないのが真なる平穏と和みに至る大前提……ねぇ。悠佑クンてば世間の常識をあんま知らないし、アイツより凄いコトしそうで怖いわ」


 未音さんが郷里さんに向き、拳を握りしめていきどおる。


「にしても何なの!? 隣近所が当てになんなくて役所が及び腰とか、ソコに限った話じゃないけどさ。小さな女のがあんなって全くロっクな町じゃないわね!」


 郷里さんが左手にシステム手帳を開きつつ、右手のハンカチで額の汗を拭く。


「そ、そうとも言えんと言うか愛想の良いヒトばかりでむしろ好印象だったんだが……ここ一〇数年大きな事故も事件もない、現代いまのこの国じゃ珍しく結構な勢いで人口が増え続けてるのも、静かで住みやすい良い町だからと……」

「学校は? ヒトのくちに戸は立てられないって言うじゃない。子供だったら尚更よ。普通じゃないコを見れば、良くも悪くもっとかれないでしょ」


 他人と関わらない俺も〝病んだフリの中二病〟や〝構ってちゃん〟扱い。

 だが郷里さんは大きく大きな顔を振る。


「それが誰もあのらを知らないんだ。妹さんたちから聞いた園に適当な理由をでっち上げて入ってな、同じ年齢の子らとそれとなく話してみたんだが〝この雪でもみんな来てる〟〝入園してから来なくなった子はいない〟って言うんだよ。大人に脅されていたり、嘘をいているようには見えんかったし」


 未音さんの振り上げた拳が宙を舞い、智尋さんが厳しい表情かおで話を継ぐ。


「入園した直後に母親が亡くなったとしたら……通わせて貰えなければ他の子らにはいないと同じ、大人たちも厄介な保護者を嫌って見ないフリ……だったとすれば……あのらは確かにそこに存在するのに」


 言葉が途切れた。


 郷里さんの男性としての評価はさておき、公僕としての能力は誰も異論が無い。

 未音さんの剣幕もいきどおりが溢れただけで、疑ってはいない。


 くちつぐむヒトがいるとは思っていたが、ここまで何も出ないと言葉も出ない。

 進むべき道が見えない現実と、子らを護ろうとしない社会への落胆で。


 郷里さんが顔を上げる。


「こんな俺を、まだ友人扱いしてくれる奴がいる。ちゃんと出世してやがるから足を引っ張りたくなくて背を向けてたが、背を腹に代えよう。俺には見えん何かを、雲の上から見つけてくれるかもしれん」


 未音さんもうなずく。


「あたしはあのらの〝これから〟を考える。顔を上げて向いた先がどっちだって、歩き易くしておく。それが大人の役目でしょ」


 智尋さんが腕を組んでうなずく。


「私の役目は言うまでも無いわね。全力を尽くすわ」


 俺も思わず意気込む。


「俺も。俺は……」


 そこまで言って何もできない、何のちからも無い事実に喉が詰まる。

 鉄壁の城塞も潤沢な資金も大人たちとの繋がりコネも、全て伯父貴のもの。

 護られているのに護る気分で粋がっていた間抜けさが恥ずかしく、虚しい。


 郷里さんが俺の肩に優しく手を置く。


で彼女らを見守るのも、大事な役目だ。あのを見つけたのは悠佑君だしな。目が覚めた時に知らない大人ばかりよりいい」


 巨体の向こうで、大人の女性二人も優しい表情かおうなずいている。


 〝それでいい〟が〝それしかできない〟となって胸の奥に突き刺さる。

 今はただ、うなずいて返すしかできなかった。

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