02:雪の夜に舞い降りた

02-01:雪の夜に舞い降りた・1

□scene:01 - 寂しい山の中:バイパス道路



 〝その〟は、俺の知る常識からかけ離れた存在だった。


「軽っ!!」


 腕の中にいるはずなのに、羽を抱いているかのように実感が無い。

 そして軽さそれ以上の現実が、凄まじいいかずちとなって脳天から爪先つまさきまで突き抜けた。


「この、傷だらけじゃ……びょ、病院! 救急車を……」


 しかしスマホを巧く掴めず取り出せない。

 雪にまみれて滑る? 寒さでかじかんで? このを抱えるだけで精一杯?


 違う。


 身体からだなかが激しくたぎり、噴き出す熱で全身が燃えるように熱い。

 少女を抱える腕は自分でも驚くほどに強く、指先までちからがみなぎる。

 内からあふれ出る〝何か〟で、ぼんやりしていた俺の輪郭が濃くなっていく。


 そして彼女は余りにはかなく軽く、壊してしまうと怖れ萎縮し迂闊うかつに動けない。

 深く呼吸いきをして落ち着き、慎重に確実にスマホを取り出す。


 そこへ白い雪のカーテンを突き破り、疾風はやてのように襲い来るあおい閃光。

 髪を後ろで纏めた幼女が、少女を抱える腕に飛びつく。


「ダメ! 病院は絶対にダメ! またいっぱい泣かされちゃうぅ!」


 思わす退こうとした脚に、別の髪の長い幼女がしがみ付く。


「ダメぇ、お姉ちゃんを助けてぇ、病院へ行ったら死んじゃうよぉ」


 傷付いた少女を抱えたまま幼気いたいけな幼女二人に抱き付かれ、一歩も動けない。


「んな事言ったって……って〝お姉ちゃん〟? お前ら、このの妹か?」


 小ささサイズはそう変わらず、むしろしがみ付かれるより抱える方が軽くて一瞬混乱。

 髪を纏めている方が俺の腕を掴んでい上がり、を合わせて大きくうなずく。


「うん!」


 長い髪を下ろしている方は俺の身体からだをよじ登り、少女の顔を覗き込む。


「お姉ちゃ……置いてか……いで……」


 腕の中のは、あれから全く動かない。

 ここで突っ立っている場合ではないぐらい、俺にもわかる。

 ただの高校生以下でしかない俺には、救急車を呼ぶぐらいしかできない事も。


「だから病院に連れてくっつってんだ! とにかく病院に……」


 髪を纏めた方が、右手の指を掴んで離さない。


「ダメー!!」


 髪を下ろした方は、左腕を力一杯遠ざける。


「お姉ちゃんは病院に行っちゃダメなのー!」


 結果、スマホを持った左手に右手の指が届かない。

 緊急事態だし幼女の腕力など無視できるしすべき局面。


 程なく右腕にしがみ付いていたちからが抜けていく。


「お姉を殺さないで! 殺さ……っく……うぁ……」


 左にいた方がずり落ちていく。


「お姉ちゃん……病院……ダメ……死んじゃ……っく……」


 やがて二人は俺の脚に抱き付きながら雪に沈み、動かなくなった。


 妹たちの訴えは無視できないが、雪を無視していると全滅しかねない。

 数分前に降りたタクシーのわだちさえ、既に埋もれて消えていた。


 そもそもバイパスに入るずっと前から、擦れ違ったクルマは一台いちだいも無い。

 道中も危うかったが今や道路は完全に凍結、閉鎖されている橋もあるだろう。


 そうと知りながら、なぜタクシーを降りたのか?

 どうなろうと構わない性質キャラだから。


 身ひとつで腕の中のをどうするつもりだった?

 他人ヒトに興味が無いからそこまで考えていなかった、が正解。


 スマホのバッテリーがのは?

 伯父貴に強いられ惰性で持っていただけで、気にした事がない。

 ついでに言うなら、たかが牛丼一杯いっぱいを探し求めるためにナビアプリで酷使もした。


 そんな自分に心の底から腹が立つ。

 一歩いっぽも動けない身体からだが、全身がうずいて堪らない。


 腕の中のが小さく息を吐く。


「ぅ……」


 まだ胸は上下しているが、俺が震えているだけかもしれない。

 ほのかにあかかったはずの頬が白く見えるのは、気のせいだと思いたい。


 少女の閉じたままの目から、涙が流れ落ちた。

 身体からだの奥底から湧き出し内に充満した熱が、脳天を突き破り天高く大噴火。


「ああもう俺は運が良いんじゃねーのかよ! 何とかしやがれこのクソ野郎!!」


 そう叫び終わった瞬間、視界の全てを閉ざす雪の向こうに微かな光。


 やがて姿を現す、凡そ半世紀前から存在するいにしえの四輪駆動車。

 大きなブロックタイヤに巻き付くチェーンが奏でる金属音が頼もしい。

 排気はボンネット脇から天井へ抜けるから、雪深くとも詰まる心配は無い。

 それっぽい形状かたちや車高が高いだけの雰囲気車ではない、真のヘビィデューティ。


 すぐ側で停まった四駆の窓から、四角い大きな顔がのっそり登場。

 確かに大柄ではあるが、この場合の〝大きな顔〟は言葉通り。

 その四角いまゆが、〝ハ〟の字になった。


「悠佑君じゃないか」

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