02-02:雪の夜に舞い降りた・2

□scene:01 - 寂しい山の中:バイパス道路:四輪駆動車



 助手席から後席を振り返る。

 毛布にくるまれ眠る少女の左右に、毛布にくるまれ眠る二人の幼女。


 幾重にも巻いてかさ増し、幼女が少女に寄り添うようにシートベルトで固定。

 少女を抱えたまま乗り込む直前、一瞬いっしゅん目を覚ました妹たちが譲らずなった。


 惜しげなく使った毛布は、四駆に山と積まれていた防災物資の中にあったもの。

 持ち主オーナーの性格と職業上、その手ものには不自由しない。


 前に向き直り、運転席に話しかける。


「雪凄いけど、大丈夫?」

「フン♪ このクルマにこれぐらいの雪ならどうって事ない」


 確かに大雪の中を〝速い〟と感じる速度で、安定して走行中。


「頼りにしてるよ」

「バカなクルマとバカにされてたが、今こそ本領発揮だ! ガハハハハ♪」


 環境意識に黒煙を浴びせかける、エコよりも性能だった時代のディーゼル四駆。

 この辺りだと、この踏破能力が生かされる機会は年に一度いちどあれば多い方。

 年間三六四日は燃費最悪の道楽車に過ぎず、賢い選択とは言い難い。


 だがしかし、自家用車とは趣味のたぐいであり当人が幸せな選択でいいとも思う。

 何より今の俺には、最新の最高級車に勝る援軍。





□scene:02 - 町と街の界:大きな橋の袂:四輪駆動車



 運転席の巨体がハンドルを抱えて前傾、降りしきる雪の向こうに目を凝らす。


「ここか」


 やがて赤く光る棒を持ったヒトが二人、四駆の前に立ちはだかる。

 かたわらには、赤色灯を頂く白と黒に塗り分けられたセダンが一台。


 一人ひとりが近づき、運転席の窓が開く。


「すみません、この橋は渡れません。凍っていて危険なんですよ」


 雪にまみれた警察官が申し訳なさそうな表情かおで、遙か彼方を誘導棒で指す。


「このず──っと先にある国道の橋を渡ってください」


 山間やまあいに産まれた俺には〝これで?〟と思う積雪だが、この辺りでは致し方無し。

 雪が珍しい地での急な積雪に、冬用タイヤやチェーンの装着は期待できない。


 しかし迂回するだけで余計に時間がかかる上、クルマが集まっての渋滞は必至。

 後ろのらを思うと二時間の遅れは許容できず、強行したいが相手は警察官。


 運転席の巨体が敬礼。


「ご苦労様です。通ってよろしいかな? 見ての通り備えは万全ですので」


 差し出された身分証を見た警察官が、姿勢を正して答礼。


「失礼しました! どうぞお通りください」


 この調子で最短経路ルートを行けば、一〇分もかからない。


 運転席に座る一見二足歩行する某霊長類のような男性ヒトは、郷里ごうりさん。

 下の名も耳にしたはずだが、上が正解過ぎて印象に残らず覚えていない。


 身長は二メートルを超え、全身筋肉の塊で体重は計り知れない。

 短い髪に太い眉と太い首、見る人が見れば一般人カタギではないと一目瞭然。

 だが戦闘態勢モードは未確認、〝気は優しくて力持ち〟の印象は初対面時のまま。

 加えて頭も弱く見られがちだが、ある時期までは出世街道を驀進ばくしんしていたらしい。


 どこで何をどう間違ったのか未音さんに一目惚れしたらしく、つきまとっている。

 半歩間違えば〝国家権力を有するストーカー〟だが誰も心配していない。

 未音さんにはあらゆるレベルが全く足らず、文字通り相手にならず。

 〝国家権力を有する便利な下僕〟として、こき使われている始末。


 俺とは〝未音さんの生態を知る貴重な情報源〟として仲良くしてくれている。


 今は出世街道から外れ、事実上の自動昇進オートレベルアップである警部補止まり。

 組織内での評価は低くなく、〝その気になれば〟と惜しむヒトもいる模様。

 本人にそんな気は無いらしくうちに入り浸っているから、当面はこのままだろうが。


 凍結した橋を渡りきると、郷里さんが前を向いたまま話を再開。


「取り敢えずの事情はわかった。今は後ろのらを第一だいいちに考えよう」

「そう言ってくれると思った」

「しかし、病院に行かない縛りプレイとはな」

「行けないなら来て貰うさ」


 アクセサリーソケットからアダプタを介して充電中のスマホを見せる。

 SNSアプリに、年齢としを思うとアレな可愛いスタンプ。


「話は着けた。智尋ちひろさんは未音さんに説得して貰う」

「直接ではなく? 後ろのらには回り道してる余裕など無いと思うんだが」

「〝病院に行け!〟って怒るに決まってる。今は説明とか説得してる時間が惜しい。そこを未音さんに頼んだ」


 商社勤めで交渉は本領。

 その上二人は親友だから、非常識な提案でも一蹴いっしゅうはされないと期待できる。


 郷里さんの表情かおが引き締まる。


「なるほど。しかし、さっきも言ったけど無理と判断したら職権を行使するぞ。まあ千種医師ちぐさせんせいなら、この国一番の病院に行くより確かだと思うがな」

「俺も智尋さんほどのヒトを知らなかったら、〝うちに〟なんて言ってなかったよ」


 用の済んだスマホを消灯すると、身を寄せ温め合っているかのような三人が映る。

 彼女らを見ていると、体の奥から熱い〝何か〟が止めなく湧き出してくる。

 その熱が肌をざわめかせ、〝何か〟をせずにはいられない。

 拳を握り、彼女らを凍えさせた雪荒ゆきすさぶ暗闇を睨み付ける。


「とにかく、できる事をする」


 隣で大きくうなずく巨体が頼もしい。

 ふと、気にしている場合ではなかった事が気になった。


「そう言や、郷里さんはどうしてあそこに?」

「定時に帰ろうとしたらこの雪だ。〝署に待機しとけ〟って呼び出されたんだがな。どうせ当てにはされとらんし、ちょっと寄り道してたんだよ」


 職場は街の大きな警察署なのに、出会えたのは山中のバイパス道路。

 わざわざ人気ヒトけの無い道路で遠い隣町へ〝寄り道〟の途中。

 雪道対策万全、防災物資を山と積んだクルマで。


 未音さんがつきまとわせているのは、正義のヒトだからに他ならない。

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