01-02:少年の事情・2
□scene:01 - テロリストの拠点:森
屋敷を出ると、
高級SUVが軽装甲車両と兵士を従えて待っていた。
SUVの後席へと小男に
舗装こそされていないが、なだらかに整備された
頭上には木々が重なり、建物や車両も枝葉で偽装。
らしくなかったのは館の中だけで、外は別世界。
先ず目に付いたのは半裸の集団、酒瓶片手に小銃で遊ぶ男女の姿。
穴だらけの国旗に火を点け盛り上がり、公然猥褻に及んだりと品が悪い。
機銃を積んだ民生品のトラックが雑に並ぶ風景は、反政府組織
一方で視界に入る大半は、規律も軍服も引き締まった兵士たち。
軍用ヘリや戦車まで備え、
大佐が怖れているのは、小男たちと似た雰囲気のあるこちら側と一目でわかる。
熱意ある地元民には緒戦で燃え尽きて貰い、主力が大義を引き継ぐ算段か。
俺らしく、思ったままが
「
「お国ではまだ結婚できないお
「まだ結婚できない
「それで身を滅ぼした方が沢山います。自ら
「道を外れてバッドエンドか。自業自得とは思うけど」
「奥様に申し訳なかったのでしょう。浮気相手が娘や孫よりも幼いとなれば」
政府や軍に
俺が察したと察したらしい小男が、
「お客人との
欲望に
後は最期までこいつらにしゃぶり尽くされるか、この世から早期退場するか。
前席から大男が振り返る。
麗しくない巨体で前が見えなくなる上暗くなり、単純に鬱陶しい。
「
俺に媚びるより〝小男の
全く
「えらい好待遇だな。商売人なら経費を抑えそうなのに」
小男が片手で大男を払い、代わりに答える
「今は〝時間をかけたくない〟、とだけ申し上げておきましょう。首を縦に振らない相手に、改めてより魅力的と思われます提案をいたしますと……」
「もっとイイモノを出せんじゃないの? と欲張って返事を渋るかもしれない」
「大尉が申し上げました通り、私共にはヒトの常識を超えたご要望にもお応えできる
「御大層な事言ってるけど、取り敢えずの
「ヒトとは、至高の
一方的でも
だがしかし、心の通わない人形を愛でる行為は自慰行為に類する気がする。
小男が
「悲しい事に、世の中には
「大佐
顔を上げ、嫌らしく
「何しろ正真正銘の本人出演。ヒトは悪人が悪事を働くより善人の不正義を許さないイキモノです。その通りの意味でも、名声を妬んでの
勝ち誇ったように胸を張り、わざとらしく首を振る。
「まぁ公開すれば、の話です。王宮での
確かに〝愛〟を商売道具にして表面上の〝平和〟を演出する手口ではある。
この国が〝
□scene:02 - テロリストの拠点:要塞:裾野
平野の中にあって目立つ、広大だが
その周囲を何度も折り返して登り行く。
途中、大小様々な砲台が岩盤を
遠目には殺風景な岩山、その実ハリネズミの如き重武装の要塞。
小国の手に負えないどころか、多国籍軍の空爆にも耐えられそうだ。
物騒な寄生虫を腹に抱えていては周辺国が警戒、孤立は当然。
開国が悲願なのは、外国からの助力に
例えそれで国体の維持が危うくなろうと、賭けるしかないのかもしれない。
だがしかし敵は余りに凶悪、王国の要と聞く大佐は囚われの身。
基本的に無気力無関心な俺でも、この国はもう終わっていると
□scene:03 - テロリストの拠点:要塞:人工カルデラ
山頂近くのトンネルで内部へ、
小男が誇らしげに両手を拡げる。
「ここでの見聞が、〝正しい選択〟の一助となるでしょう」
小男の後ろに、ドーム型競技場の
但し
そんな空間が、岩山を削り塗り固めたのであろう人工カルデラに収まっている。
見上げれば、
軍事衛星や高高度を飛ぶ偵察機から、侵攻準備を隠す役目は果たしていそうだ。
小男が満足げに胸を張る。
「兵力を集積して
「地元のヒトたちも、ここに?」
閉鎖空間は精神的負担が大きく、落伍者が他を道連れにする話は珍しくない。
小男たちはプロでも、雰囲気革命隊は格好すらいい加減。
小男が事も無げに首を振る。
「好んであのような暮らしをしているのですよ。無理強いはしたくありません」
必要なのは、地元民が王制を批判し反体制勢力に参加している事実。
戦力として期待する以前に、どうなろうとどうでもいいらしい。
小男がドーム内部に向き、
「さあ、始まりますよ」
ドームの中で宙に地に群がる黒い群。
どこかで見たような姿形に、その呼び名が
「ドローン?」
自動車サイズの本体にローターを複数備えた黒い機体。
車輪の着いた畳のようなドローンも走り回る。
多くの兵士が行き交うが、正常に稼働しているか確認しているだけのよう。
機体の整備は全て陸走ドローンが自動で行い、ヒトは介在していない。
黒い機体は見えるだけで二桁に収まらない。
整備の済んだ
壁面に寄せて
後ろ手に組んだ小男が、自慢気に胸を張る。
「目標を設定すれば後はAI任せ。何かとコストがかかった冷戦時代を思うと戦争も簡単で安上がりになりました」
「ニュースか
「コンパクトなスマホサイズから巨大な爆撃機タイプまで、地下の格納庫に各種取り揃えております。後程ご案内しましょう。今日は近日中に実施されます大規模演習、ヒトが乗る全ての兵器を過去にする最新型のお披露目に備えた各種テストを実施しております。私共の
壁面の大型のエレベーターから、機体と共に多量の弾薬が続々と出てくる。
岩盤の下には大小のドローンだけでなく、かなりの弾薬や燃料もあるのだろう。
木箱の英字が俺が読める通りの地名なら、出荷準備が済んだ機体。
大きなバッテリーらしき固まりだけでなく、ミサイルや機銃弾も満載状態。
小男の口振りからして、そのまま敵地に置くだけでいい〝商品〟なのだろう。
危険極まりない貨物だが、テロリストなら事故も〝テロに成功〟と喜びそうだ。
ふと、足下を見る。
「この下に……か」
岩山の中は、とても綺麗に仕上げられている。
無名の小国に巣くうテロ組織にしては、かなり高度な土木建築技術。
館の地下もそうだったが、俺が知るテロリストの〝
いつか叔父貴が見ていた大昔のアニメにあった〝秘密基地〟のよう。
かつて夢見られていた未来に、
ドローンによる突風で砂塵が舞い、
袖で口元を覆った小男が、もう一方の手で兵士が開けた扉を指す。
「ここではお茶も出せません。どうぞあちらへ」
□scene:04 - テロリストの拠点:要塞:内部
基地の通路は、館の地下と同様に四角いパイプの中を行くかのよう。
エレベーターは扉が鉄柵で、カルデラの内部を見渡せる展望仕様。
いくつかあった隔壁は、小男を見た兵士が敬礼して解放。
やがて、他とは一線を画する仰仰しい扉の前へ。
小男が虹彩と掌紋、パスワードで認証すると三重の厚い板がスライドしていく。
□scene:05 - テロリストの拠点:要塞:コントロールルーム
左に少し上がり、右に大きく下る空間は小劇場の如く。
映画館ならスクリーンがあるところに窓があり、ドローン広場を見下ろせる。
劇場や映画館と異なるのは、整然と並ぶ横に長い机。
そこにはモニターにキーボードとマウス、そしてジョイスティック。
特別な部屋に違い無いのに、いたのは軍服やスーツではなく作業着に
完成間近の風景は、この国の命運が尽きるまでのカウントダウン中にも見える。
本来は左の最上段がエラいヒトの席だろうが、最も目立つ机は窓際にあった。
開発用らしく、様々な機材が山と積まれ無数のケーブルが伸びている。
小男の目配せで元からいたヒトたちは立ち去り、三人だけに。
大男が人数分のコーヒーを用意。
「希少な高級品からさらに厳選した逸品だ」
差し出されたから受け取っただけであり、中身に興味が無ければ飲む気も無い。
見るヒトが見れば興味深い部屋だろうが、俺が思うのはここに来た意味のみ。
二人は大窓へとゆっくり歩き、ドローンの群を満足げに見下ろし
部屋に入ったところにいたままの俺は、
「首を縦に振らないと
小男がカップを鼻に寄せ、香りを
「それは
「あんたらが
叔父貴が行方不明だから、俺を人質にしても使い道は無い。
遺物とやらがいずれ俺のものになるなら、その後で奪えばいい。
監視して強奪するだけで済む話であり、俺への予告も接待も不要。
コーヒーの香りにうっとりして目を閉じる小男。
肯定しているようには見えないが、否定もされていないから話を続ける。
「なのに遺物の代価に上限は無い……まるで、俺と仲良くしたいみたいなんだが」
「さすがはあの叔父上に最も近いヒト。そこに至る
同僚との競合とはわかり易い価値観であり、違和感もわかり易い。
「身内に油断できないわりには、屋敷の地下では
両の掌を上に向け、わざとらしく気落ちして見せる小男。
「お客人の入国が
入国してからここに至るまでは〝運が良い〟と言えたのかもしれない。
逃げ
気を取り直した風に顔を上げ、
「目覚めたお客人の前に叔父上と縁のあった
わざとらしく
「どの
「だから圧倒的な
「この国はもう、どうしようもありません。王宮は特権を失う恐れに門戸を閉ざし、国体の維持に尽力している大佐を
「開国したがってる、って俺が聞いてた話とは違うな」
「そんな頃もありましたが、今は昔」
「どうせあんたらの仕業だろ?」
後ろで大男も不敵な笑みを浮かべている。
俺たちを陥れた飛行機の
俺がどうだろうとコイツらに余裕があるのは、既に勝利しているからか。
小男が指を鳴らすと、大男が
全てのモニターに
大小各種のドローンだけでなく、軍用機や戦闘車両もかなりの数。
やがて全てのモニターに物騒な柱の束が映り、小男が得意げに語り出す。
「大佐が我々を攻めあぐねていた最大の理由は、これ。王都どころか、近隣諸国までを
後ろ手に組んだ小男が、物騒な映像の中をゆっくりと歩く。
圧倒しているつもりだろうが、興味も実感も無いから見た瞬間に忘れているが。
「さて、本題です。遺物がお客人のものとなってすぐにお取引できますよう、私共の
小男が指を鳴らし大男がマウスをクリック、全てのモニターに小さな四角が並ぶ。
それは、どこかで見たような気がする証明写真のような
だが、
確かな見覚えがあったのは、そのほとんどが身に着けている制服。
「俺が通ってる学園の生徒?」
極少ない知った顔が無いから全員ではないが、かなりの数。
俺の監視が目的なら、大人や子供は住んでいるマンションの住人か。
全ての
「どれでも何人でも好きなだけお選びください。奴隷としてのご奉仕は遺物の代価と別、この
「全員あんたらの身内じゃあるまいし、本人や家族を脅すかして言いなりに?」
「その説明は難しく、お客人も理解できないでしょう。お互い大きな
無言で向き合う
大窓の上にある時計の秒針が一周した辺りで、空気に異変。
大男と小男の額に皺が寄る。
笑顔がひくつかせながら、小男が
「
〝
こんな連中の紐付きとなど〝
「そんな
無気力無関心ゆえに無害な俺が警戒される理由は、
大男の顔がみるみる青ざめていく。
「我らとて喜んで煮え湯を飲んでいたわけではない! だが迎え撃てば壊滅、追撃の部隊は全滅、待ち伏せすれば兵站拠点を襲撃され武器弾薬から予備の食料まで
〝あのヒトならやりかねない〟思いで、俺は無表情のままと思われる。
それをどう解釈したのか、小男まで地団駄を踏む。
「圧倒的火力で全てを焼き尽くせば或いは! いえ彼なら
表情は〝怒り〟だが、青い顔や震える肩を総合すると〝怖れ〟が見える二人。
商売敵に知られるはずがない油断から、本音が噴き出したのだろう。
それはともかく、計り知れない身内に改めて嘆息。
(国レベルで暗躍してる悪の組織相手に、何遊んでんだよあのヒトは)
同じ側から見れば緻密な計算と野生の勘も、
種を明かせば案外単純だが、それを思い付く頭の中身がちょっと
ともかく〝殺されてはいない〟思いで緩んだのか、
手を置いた下にキーボード、腕に当たったカップからもコーヒーが襲いかかる。
結果、そこにあったモニターが目まぐるしく変化。
押した以上の入力は、キーボードが壊れたからに他ならない。
様々なウィンドウが開き重なり、最も大きいのはカルデラ内部の映像。
その低さや角度は、駐機中の黒いドローンから前方を映した
大男がもの凄い気負いですっ飛んで来て、俺の手を掴んで胸の前へ。
「そ、それに興味があるのか? やはり男子だな! 確かに戦闘機を操るフライトシミュレーションゲームのようではある!」
画面を見たのは視界の変化に反射しただけで、興味を持ったわけではない。
俺を懐柔する術に万策尽きた目には
言われて見れば、ドローンを操縦できるように見える。
小男も駆け寄ってきて椅子を
「それも人気の対戦型風! バトルロワイヤル的で無双風な
敢えて言うなら俺の望みは〝終わり〟だが、他人に理解できるとは思えない。
ふと、素朴な疑問が頭に浮かぶ。
「〝AI任せ〟じゃなかったっけ? 操縦できるの?」
大男が誇らしげに胸を張る。
「戦場では、目前の事実より政治的事情が優先する場合がある。現実とは往々にして理不尽、計算した通りになるかは運次第。電波その他が妨害され必ずしも遠隔で操作できるとは限らず、特に兵を
小男が俺の手をジョイスティックに添えさせる。
「さささ、どうぞどうぞ。存分にお楽しみください。私共と組みしていただけるなら
大男が身を乗り出してコーヒー
「同系機を敵性航空機、陸送ドローンを戦闘車両と認識する模擬戦闘用プログラムを起動した。一定数を撃破するごとに敵機が増えていくように設定したから、リアルなゲームを
フライトシミュレーションゲームに特段興味は無い。
ここでゲームオーバーでも〝別に〟だが、苦痛を好む趣味も無い。
大佐やアレックスを進んで見棄てる気も無いが、所詮俺は俺でしかない。
そして異国の高校生にできる事など、事態の好転に期待して時間を稼ぐぐらい。
「そこまで言うんなら、ちょっと試してみようかな」
何かを思い出した大男が、慌てて
「まだ
「そういう事なら」
貴重な機体を損ないたくない本心が丸見えだが、長持ちさせたいのは俺も同じ。
数時間から半日も
右手をジョイスティックからマウスに持ち替える。
一瞬で終わってしまわないために、せめて謎の文様をどうにかしたい。
「〝日本語〟でなくても英語とか、俺に
不意に新たなウィンドウやダイアログが立ち上がり邪魔をする。
キーボードは交換済みだから、これは異常入力ではなくシステム内部の問題。
大男が手足を振り回して不思議な踊り。
抜本的に対処したいが、その間に俺が興味を失っては……と混乱している模様。
「な、何せ〝
「いいの? じゃあ……」
何も考えず閉じるボタンをクリックし続ける。
そもそも読めない文字、内容を確認しようがない。
「あったよ〝日本語〟。自衛隊にでも売り込むつもりなのか? 何をするにしたって取り敢えず反対される
小男が蠅のように掌を擦り合わせてニヤつく。
「お国への
周囲のモニターに次々と赤い不穏な文様、そしてドローンが起動する様子。
そしていきなりの閃光に目が
咄嗟にしがみ付いた机が跳ね、腰が上がり重みを失った椅子が吹っ飛ぶ。
その原因に気付いた小男が大窓へ駆け寄り、叫ぶ。
「
激しく絶え間ない振動と爆発音、そして窓の外に見える閃光と燃え上がる炎。
大男が
「今は〝ドローンを敵機と想定した演習〟であって、実弾は使わないはずなのに! これは……ドローンを敵と見做すプログラムを
大男が齧り付いているモニターが赤く染まり、警告音が鳴り響く。
「〝最優先命令〟? 〝極少数に被害甚大なら全滅の怖れあり、機密保持のため全てを滅せよ〟……だと!? 〝壊滅シミュレーション〟を起動したのは
閃光から腕で顔を庇いつつ、窓から戦況を見下ろす小男。
「そう言えば……長老衆から〝極少数を相手に転進した
二人がゆっくりと顔を見合わせた瞬間、腹の奥を揺さぶる重い音と振動。
戦隊モノの決めシーンよろしく、大窓の外で一際眩しい閃光。
監視映像では、ドローンが基地を壊滅させるべく猛攻撃中。
堪らず兵が反撃すると、その規模に応じドローンが増えて集中攻撃。
後退は戦線の拡大、善戦は被害増大を意味し、AIは役目を果たしている模様。
コントの終幕を思わせる展開の原因なら、心当たりがある。
さっき押した厖大なボタンの中に、そうするよう命じるものがあったのだろう。
カルデラに満ちた業火は、大男と小男が逆行で黒くなるほどに強烈。
断続的な凄まじい振動で机が吹っ飛び、モニターやキーボードが散乱。
ついには天井が崩れて
三重の分厚い板による強固な扉の近くだからか、俺の周囲だけは無事なまま。
手元のモニターが赤く明滅し、天井のスピーカーからも警告音声。
『警告、警告』
変えたのはこの席だけなのに、大窓から見える大型モニターも次々と日本語へ。
開発中のソフトを最上位にしてはいけない教訓が、最悪の展開を見せている。
『
大窓に分厚い装甲板が下り始めると同時に、背後の扉が開く。
〝全てを滅〟するのに〝近隣諸国まで焼き尽くせる巡航ミサイル〟は良い火種。
生き延びたいとは思わないが、大佐や美少年を見棄てたいとも思わない。
目の前の二人に付き合う義理があるとも。
「じゃ、そゆことで」
回れ右した背後から、小男の悲痛な叫び声。
「ちょ!? 待って! 待ちなさ────い!!」
大男の泣き声が重なる。
「うわぁ! あともうちょっとでリセットって最悪じゃないかぁ────!!」
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