01-02:少年の事情・2

□scene:01 - テロリストの拠点:森



 屋敷を出ると、鬱蒼うっそうと茂った密林もりの中。

 高級SUVが軽装甲車両と兵士を従えて待っていた。


 SUVの後席へと小男にうながされて乗り込み、大男は前席へ。

 舗装こそされていないが、なだらかに整備された道路みちを走り出す。


 頭上には木々が重なり、建物や車両も枝葉で偽装。

 らしくなかったのは館の中だけで、外は別世界。


 先ず目に付いたのは半裸の集団、酒瓶片手に小銃で遊ぶ男女の姿。

 穴だらけの国旗に火を点け盛り上がり、公然猥褻に及んだりと品が悪い。

 機銃を積んだ民生品のトラックが雑に並ぶ風景は、反政府組織はある。


 一方で視界に入る大半は、規律も軍服も引き締まった兵士たち。

 軍用ヘリや戦車まで備え、軍事こんなのうとい俺には先進国と同等かそれ以上の偉容。

 大佐が怖れているのは、小男たちと似た雰囲気のあるこちら側と一目でわかる。


 熱意ある地元民には緒戦で燃え尽きて貰い、主力が大義を引き継ぐ算段か。

 俺らしく、思ったままが台詞せりふになる。


他人ヒト土地によくこんだけのモノが造れたな。大佐はやり手な気がするのに、この国の政府や軍は何をしてたんだか」

「お国ではまだ結婚できないお年齢としでしたね? 羨ましい。ただ愛する相手を愛でる行為に気兼ねが要らないのですから」

「まだ結婚できない年齢としだからかな? 何を言ってるのかよくわからないんだが」

「それで身を滅ぼした方が沢山います。自ら生命いのちを絶たれた方も少なくありません」

「道を外れてバッドエンドか。自業自得とは思うけど」

「奥様に申し訳なかったのでしょう。浮気相手が娘や孫よりも幼いとなれば」


 政府や軍に美人局ハニートラップで穴を開け、そこから中に手を入れやりたい放題。

 俺が察したと察したらしい小男が、たのしそうにわらう。


「お客人との取引ビジネスでご用意します代価は、紐付きではないのでご安心を」


 欲望にまみれた〝交渉〟を持ちかけられ、手を出してしまえば〝弱み〟になる。

 後は最期までこいつらにしゃぶり尽くされるか、この世から早期退場するか。


 前席から大男が振り返る。

 麗しくない巨体で前が見えなくなる上暗くなり、単純に鬱陶しい。


の事は現場に近い私が詳しい。ロウの提案が趣味に合わなければ言ってくれ。それが何であれ、この地球ほしで最上級のモノを望むだけ用意すると約束しよう。遺物が手に入るなら安いものだ」


 俺に媚びるより〝小男の支援サポート〟に聞こえるのは、やはり力関係がだからか。

 全くのない話に付き合う意味などなく、話題を変える。


「えらい好待遇だな。商売人なら経費を抑えそうなのに」


 小男が片手で大男を払い、代わりに答える


「今は〝時間をかけたくない〟、とだけ申し上げておきましょう。首を縦に振らない相手に、改めてより魅力的と思われます提案をいたしますと……」

「もっとイイモノを出せんじゃないの? と欲張って返事を渋るかもしれない」

「大尉が申し上げました通り、私共にはヒトの常識を超えたご要望にもお応えできるちからがあります。何なりとお申し付けください」

「御大層な事言ってるけど、取り敢えずの提案はなしは生き|た人形。ラヴだか平和ピースとか意識が高そうな言葉を真顔で使うわりには、俗物的だな」

「ヒトとは、至高のラヴ平和ピースな日々を求めるイキモノでは? その一例、最も人気があってお悦びいただいております取引ビジネスをご提案しただけですよ」


 一方的でもラブラブと胸を張れたら、悦んで飛びつく申し出だろう。

 だがしかし、心の通わない人形を愛でる行為は自慰行為に類する気がする。

 自慰それの一種なのかもしれないが、他人に興味が無い俺にはどうでもいい話。


 小男がうつむいて首を振り、わざとらしく嘆いて見せる。


「悲しい事に、世の中には平和ピースではないラヴもありますが。カイル大佐……名門貴族の現当主にして百戦百勝の軍人、そして誰もが慕い敬う人格者。王室への敬意と怖れは忠臣たる彼あってこそとまで称えられています。そんなおヒトが実は我々の仲間で、最悪の禁忌タブーを犯している動画ムービーが公になったらどうでしょう?」

「大佐無傷のままなのはそれか。生きた飾りにしてた少年も」


 顔を上げ、嫌らしくわらう小男。


「何しろ正真正銘の本人出演。ヒトは悪人が悪事を働くより善人の不正義を許さないイキモノです。その通りの意味でも、名声を妬んでの感情ことであったとしてもね。民の意識が大きく変わるだけでなく、無名の小国に世界が注目するでしょう。どこにあるどんな国か知らなくても、エロスに興味の無いヒトはいません。初見で深く刻まれた印象を拭い去るのは不可能。そんな国に手を差し伸べたら、見返りギフトは何だったのかと痛くない腹を探られてしまうかもしれません。真っ当な国々の責任ある方々は、同じ側と思われたくはないでしょうね」


 勝ち誇ったように胸を張り、わざとらしく首を振る。


「まぁ公開すれば、の話です。王宮での先行試写会プレミアを目にしたヒトたちがその意味を理解し鎖国を続け、尊い平和ピースが保たれますよう祈っております」


 確かに〝愛〟を商売道具にして表面上の〝平和〟を演出する手口ではある。

 この国が〝平和それ〟を選んだ瞬間、寄生虫の巣となる末路を選んだ事にもなるが。





□scene:02 - テロリストの拠点:要塞:裾野



 平野の中にあって目立つ、広大だが然程さほどは高くない岩山。

 その周囲を何度も折り返して登り行く。


 途中、大小様々な砲台が岩盤を穿うがち設けられていた。

 遠目には殺風景な岩山、その実ハリネズミの如き重武装の要塞。

 小国の手に負えないどころか、多国籍軍の空爆にも耐えられそうだ。


 物騒な寄生虫を腹に抱えていては周辺国が警戒、孤立は当然。

 開国が悲願なのは、外国からの助力にすがるしかない現実とも言える。

 例えそれで国体の維持が危うくなろうと、賭けるしかないのかもしれない。


 だがしかし敵は余りに凶悪、王国の要と聞く大佐は囚われの身。

 伯父貴あのヒトがいれば話は違ったろうが、今は行方知れずで生死も不明。

 基本的に無気力無関心な俺でも、この国はもう終わっていると理解わかる。





□scene:03 - テロリストの拠点:要塞:人工カルデラ



 山頂近くのトンネルで内部へ、ひらけた空間に出たところでSUVを降ろされた。

 小男が誇らしげに両手を拡げる。


「ここでの見聞が、〝正しい選択〟の一助となるでしょう」


 小男の後ろに、ドーム型競技場の内部なかを思わせる風景。

 但し規模スケールは桁違い、直径の単位はキロで高さは三桁メートルを下らない。

 そんな空間が、岩山を削り塗り固めたのであろう人工カルデラに収まっている。


 見上げれば、の光を通す天蓋フタが頭上を覆う。

 軍事衛星や高高度を飛ぶ偵察機から、侵攻準備を隠す役目は果たしていそうだ。


 小男が満足げに胸を張る。


「兵力を集積して整備点検メンテナンス、継戦能力を永続的エターナルとする軍事基地ベースとしては既に稼働中。この地球ほしの戦乱全てを遠隔制御コントロールできる司令機能システムもほぼ完成。備蓄は厖大ぼうだい。例え大国と自称する国に包囲されたとしても、先に滅ぶのはあちら様。この戦域エリアに於ける我らの拠点ホーム、難攻不落の大要塞です」

「地元のヒトたちも、ここに?」


 閉鎖空間は精神的負担が大きく、落伍者が他を道連れにする話は珍しくない。

 小男たちはプロでも、雰囲気革命隊は格好すらいい加減。


 小男が事も無げに首を振る。


「好んであのような暮らしをしているのですよ。無理強いはしたくありません」


 必要なのは、地元民が王制を批判し反体制勢力に参加している事実。

 戦力として期待する以前に、どうなろうとどうでもいいらしい。


 小男がドーム内部に向き、たのしそうにつぶやく。


「さあ、始まりますよ」


 ドームの中で宙に地に群がる黒い群。

 どこかで見たような姿形に、その呼び名がくちから漏れ出る。


「ドローン?」


 自動車サイズの本体にローターを複数備えた黒い機体。

 車輪の着いた畳のようなドローンも走り回る。


 多くの兵士が行き交うが、正常に稼働しているか確認しているだけのよう。

 機体の整備は全て陸走ドローンが自動で行い、ヒトは介在していない。


 黒い機体は見えるだけで二桁に収まらない。

 整備の済んだ機体ものは木箱に収められ、広く高く積まれていく。

 壁面に寄せてそびえる〝山〟の中身が全てなら、〝無数〟と言う他ない。


 後ろ手に組んだ小男が、自慢気に胸を張る。


「目標を設定すれば後はAI任せ。何かとコストがかかった冷戦時代を思うと戦争も簡単で安上がりになりました」

「ニュースかなんかで見たより大きいな」

「コンパクトなスマホサイズから巨大な爆撃機タイプまで、地下の格納庫に各種取り揃えております。後程ご案内しましょう。今日は近日中に実施されます大規模演習、ヒトが乗る全ての兵器を過去にする最新型のお披露目に備えた各種テストを実施しております。私共のちからをご覧いただくには、丁度良いかと」


 壁面の大型のエレベーターから、機体と共に多量の弾薬が続々と出てくる。

 岩盤の下には大小のドローンだけでなく、かなりの弾薬や燃料もあるのだろう。


木箱の英字が俺が読める通りの地名なら、出荷準備が済んだ機体。

 大きなバッテリーらしき固まりだけでなく、ミサイルや機銃弾も満載状態。

 小男の口振りからして、そのまま敵地に置くだけでいい〝商品〟なのだろう。

 危険極まりない貨物だが、テロリストなら事故も〝テロに成功〟と喜びそうだ。


 ふと、足下を見る。


「この下に……か」


 岩山の中は、とても綺麗に仕上げられている。

 無名の小国に巣くうテロ組織にしては、かなり高度な土木建築技術。


 館の地下もそうだったが、俺が知るテロリストの〝隠れ家アジト〟らしくない。

 いつか叔父貴が見ていた大昔のアニメにあった〝秘密基地〟のよう。

 かつて夢見られていた未来に、ようやく辿り着いたらしい。


 ドローンによる突風で砂塵が舞い、かたわらをトラックや装甲車が往き来する。

 袖で口元を覆った小男が、もう一方の手で兵士が開けた扉を指す。


「ここではお茶も出せません。どうぞあちらへ」





□scene:04 - テロリストの拠点:要塞:内部



 基地の通路は、館の地下と同様に四角いパイプの中を行くかのよう。

 エレベーターは扉が鉄柵で、カルデラの内部を見渡せる展望仕様。

 いくつかあった隔壁は、小男を見た兵士が敬礼して解放。


 やがて、他とは一線を画する仰仰しい扉の前へ。

 小男が虹彩と掌紋、パスワードで認証すると三重の厚い板がスライドしていく。





□scene:05 - テロリストの拠点:要塞:コントロールルーム



 左に少し上がり、右に大きく下る空間は小劇場の如く。

 映画館ならスクリーンがあるところに窓があり、ドローン広場を見下ろせる。


 劇場や映画館と異なるのは、整然と並ぶ横に長い机。

 そこにはモニターにキーボードとマウス、そしてジョイスティック。


 特別な部屋に違い無いのに、いたのは軍服やスーツではなく作業着に安全帽ヘルメット

 完成間近の風景は、この国の命運が尽きるまでのカウントダウン中にも見える。


 本来は左の最上段がエラいヒトの席だろうが、最も目立つ机は窓際にあった。

 開発用らしく、様々な機材が山と積まれ無数のケーブルが伸びている。


 小男の目配せで元からいたヒトたちは立ち去り、三人だけに。

 大男が人数分のコーヒーを用意。


「希少な高級品からさらに厳選した逸品だ」


 差し出されたから受け取っただけであり、中身に興味が無ければ飲む気も無い。

 見るヒトが見れば興味深い部屋だろうが、俺が思うのはここに来た意味のみ。


 二人は大窓へとゆっくり歩き、ドローンの群を満足げに見下ろしわらう。

 部屋に入ったところにいたままの俺は、かたわらの机にカップを置いて嘆息。


「首を縦に振らないとでヤっちゃうよ、と?」


 小男がカップを鼻に寄せ、香りをたのしみながら語る。


「それはいささか深読みしすぎというもの。私共の本意は別にあります。お客人はもう、わかってらっしゃるのでは?」

「あんたらがになったら、俺にはどうしようもない」


 叔父貴が行方不明だから、俺を人質にしても使い道は無い。

 遺物とやらがいずれ俺のものになるなら、その後で奪えばいい。

 監視して強奪するだけで済む話であり、俺への予告も接待も不要。


 コーヒーの香りにうっとりして目を閉じる小男。

 肯定しているようには見えないが、否定もされていないから話を続ける。


「なのに遺物の代価に上限は無い……まるで、俺と仲良くしたいみたいなんだが」

「さすがはあの叔父上に最も近いヒト。そこに至る経緯ルートはともかく、結論は正しい。そう、私共の望みはお客人との良い関係。正直に申しましょう。私共にも担当地域テリトリー、縄張りとも呼ぶ取り決めルールがあります。なのに、他者よその手柄に手を伸ばす悪質な同輩もいましてね。お客人との一時ひとときを奴と共有する気などありません。この基地ベースで最も機密レベルの高いまでお招きしたのも、盗み聞きピーピングされたくないからです」


 同僚との競合とはわかり易い価値観であり、違和感もわかり易い。


「身内に油断できないわりには、屋敷の地下では迂闊うかつだったな」


 両の掌を上に向け、わざとらしく気落ちして見せる小男。


「お客人の入国が最重要機密トップシークレットだったとはいえ大佐が直々に護衛エスコートとは我らも知らず、ついでに確保ゲットとはまさに一石二鳥! ……と、素直に喜べたら良かったのですがね。彼は別の場所にいたはず、そちらで作戦を指揮していた私と大尉には想定外の事態。取り敢えず別々にと命じましたのに、セキュリティの不調エラーで使えた部屋はひとつだけ。ついにはそこも駄目になったようで……何も知らせていない兵共が不躾ぶしつけな振る舞いに至る前には間に合いましたが、お恥ずかしい限りです」


 入国してからここに至るまでは〝運が良い〟と言えたのかもしれない。

 逃げおおせる直前に囲まれたのだから、やはり〝物は言い様〟のたぐいでしかないが。


 気を取り直した風に顔を上げ、わらう小男。


「目覚めたお客人の前に叔父上と縁のあった味方フレンドとして登場。表面上は友好的ですが本性は下劣な大佐、王国は相応の理由があって孤立、お客人は危険な状況デンジャラスとご説明。お付けした護衛ガードがいずれ遺物を入手ゲット……用意しておりました脚本シナリオの一例ですが、どの経緯ルートもお客人との友好関係を築く事から始まる点は同じ。今も変わっておりません」


 わざとらしくうつむき、溜息をきながら首を振る。


「どの脚本シナリオもに無かった脱出エスケイプゲームが、お二人の仲を取り持ったようで。最低最悪のヒトとして結末を迎えると決まった大佐カレと関わっても、不利益デメリットしかありませんのに。無駄な情が私共との取引ビジネスに支障を来さないかと、いささか心配しております」

「だから圧倒的なちからを見せたのか」

「この国はもう、どうしようもありません。王宮は特権を失う恐れに門戸を閉ざし、国体の維持に尽力している大佐をうとんでさえいます」

「開国したがってる、って俺が聞いてた話とは違うな」

「そんな頃もありましたが、今は昔」

「どうせあんたらの仕業だろ?」


 うなずく代わりにニヤつく小男。

 後ろで大男も不敵な笑みを浮かべている。


 俺たちを陥れた飛行機の操縦士パイロットたちは、近衛に属すると大佐も認めていた。

 俺がどうだろうとコイツらに余裕があるのは、既に勝利しているからか。


 小男が指を鳴らすと、大男がかたわらのキーボードを操作。

 全てのモニターにが入り、基地内の各所らしき映像が映し出される。


 大小各種のドローンだけでなく、軍用機や戦闘車両もかなりの数。

 やがて全てのモニターに物騒な柱の束が映り、小男が得意げに語り出す。


「大佐が我々を攻めあぐねていた最大の理由は、これ。王都どころか、近隣諸国までをき尽くせる量の巡航クルーズミサイル……なんですが、ただ長い棒スティックが並んでいるだけでは面白みに欠けますし、先ずドローンアレをご覧いただいたのですよ」


 後ろ手に組んだ小男が、物騒な映像の中をゆっくりと歩く。

 くだんのドローンが、圧倒的火力で戦車や兵士たちを薙ぎ払う記録映像も並ぶ。

 圧倒しているつもりだろうが、興味も実感も無いから見た瞬間に忘れているが。


「さて、本題です。遺物がお客人のものとなってすぐにお取引できますよう、私共の連絡員エージェントがお側に着く事をお許しください。普通のヒトにしか見えませんのでお客人の日常を損なう心配はありません。もちろん〝タダで〟は虫が良すぎますが、叔父上の庇護でお金マネーの心配は無いご様子。そこでお客人のめいに忠実、いつどこでもどのような要求にもお応えするようにしておきます」


 小男が指を鳴らし大男がマウスをクリック、全てのモニターに小さな四角が並ぶ。

 それは、どこかで見たような気がする証明写真のようなの群。


 だが、他人ヒトに無関心な俺が判別できる顔は多くない。

 確かな見覚えがあったのは、そのほとんどが身に着けている制服。


「俺が通ってる学園の生徒?」


 極少ない知った顔が無いから全員ではないが、かなりの数。

 俺の監視が目的なら、大人や子供は住んでいるマンションの住人か。

 全てのが表示されるのを待って、小男がくちを開く。


「どれでも何人でも好きなだけお選びください。奴隷としてのご奉仕は遺物の代価と別、この取引ビジネスを邪魔されたくない私の一存、気持ちサービスとお考えいただければ」

「全員あんたらの身内じゃあるまいし、本人や家族を脅すかして言いなりに?」

「その説明は難しく、お客人も理解できないでしょう。お互い大きな利点メリット……その一点のみを評価いただければ」


 無言で向き合う二人ふたり一人ひとり

 大窓の上にある時計の秒針が一周した辺りで、空気に異変。

 大男と小男の額に皺が寄る。


 笑顔がひくつかせながら、小男がくちを開く。


生命いのちが危うい状況で、ヒトにはあらがえないはずの欲望を提案されて全くの無表情……他人ヒトにも何にも無関心という話、ここまでとは……」


 〝他人ヒトに無関心〟とは、他人ヒトとの関わりが心底わずらわしくなって行き着いた結果。

 こんな連中の紐付きとなど〝わずらわしい〟どころではなく、むしろ冷める。


「そんなちからがあんなら、クスリでも使ってどうにでもすりゃいいのに、何でそこまで手厚いんだ? やっぱ伯父貴のせい?」


 無気力無関心ゆえに無害な俺が警戒される理由は、伯父貴それしかない。

 大男の顔がみるみる青ざめていく。


「我らとて喜んで煮え湯を飲んでいたわけではない! だが迎え撃てば壊滅、追撃の部隊は全滅、待ち伏せすれば兵站拠点を襲撃され武器弾薬から予備の食料まで根刮ねこそぎ奪われる始末!!」


 〝あのヒトならやりかねない〟思いで、俺は無表情のままと思われる。

 それをどう解釈したのか、小男まで地団駄を踏む。


「圧倒的火力で全てを焼き尽くせば或いは! いえ彼なら飄々ノホホンと生き延びた上に消し炭になっていたのは我らの方となりかねません! そんなとてもとても厄介な相手の肉親ファミリー、それも唯一の存在を慎重デリケートに扱うのは当然でしょ!!」


 表情は〝怒り〟だが、青い顔や震える肩を総合すると〝怖れ〟が見える二人。

 商売敵に知られるはずがない油断から、本音が噴き出したのだろう。

 それはともかく、計り知れない身内に改めて嘆息。


(国レベルで暗躍してる悪の組織相手に、何遊んでんだよあのヒトは)


 同じ側から見れば緻密な計算と野生の勘も、められた方には魔法のたぐい

 種を明かせば案外単純だが、それを思い付く頭の中身がちょっと変態おかしい


 ともかく〝殺されてはいない〟思いで緩んだのか、かたわらの机にもたれかかる。

 手を置いた下にキーボード、腕に当たったカップからもコーヒーが襲いかかる。


 結果、そこにあったモニターが目まぐるしく変化。

 押した以上の入力は、キーボードが壊れたからに他ならない。


 様々なウィンドウが開き重なり、最も大きいのはカルデラ内部の映像。

 その低さや角度は、駐機中の黒いドローンから前方を映したのよう。


 大男がもの凄い気負いですっ飛んで来て、俺の手を掴んで胸の前へ。


「そ、それに興味があるのか? やはり男子だな! 確かに戦闘機を操るフライトシミュレーションゲームのようではある!」


 画面を見たのは視界の変化に反射しただけで、興味を持ったわけではない。

 俺を懐柔する術に万策尽きた目には見えた、が真実に近いと思われる。


 言われて見れば、ドローンを操縦できるように見える。

 小男も駆け寄ってきて椅子を退き、俺をそこへ座らせる。


「それも人気の対戦型風! バトルロワイヤル的で無双風ないちvsたい無数の模擬戦闘も可能です! 流行をお望みとは、叔父上の影がチラつき少々構え過ぎておりました。お客人も普通の少年だったのですね」


 敢えて言うなら俺の望みは〝終わり〟だが、他人に理解できるとは思えない。

 ふと、素朴な疑問が頭に浮かぶ。


「〝AI任せ〟じゃなかったっけ? 操縦できるの?」


 大男が誇らしげに胸を張る。


「戦場では、目前の事実より政治的事情が優先する場合がある。現実とは往々にして理不尽、計算した通りになるかは運次第。電波その他が妨害され必ずしも遠隔で操作できるとは限らず、特に兵を跨乗デサントさせての潜入では指揮官を乗せる方が確実なのだ。君が偶然起動したのは、そのテストプログラム。裏で装備の変更や補給のシステムも動いているようだが、それは機体の操縦とは無関係だから気にしなくていい」


 小男が俺の手をジョイスティックに添えさせる。


「さささ、どうぞどうぞ。存分にお楽しみください。私共と組みしていただけるなら一機進呈プレゼントいたしましょう。お望みなら操縦席コックピットあつらえた専用機もお造りしますよ。赤く塗って角もお付けしましょう。とにかくお試しあれレッツプレイ!」


 大男が身を乗り出してコーヒーまみれのキーボードを交換し、叩く。


「同系機を敵性航空機、陸送ドローンを戦闘車両と認識する模擬戦闘用プログラムを起動した。一定数を撃破するごとに敵機が増えていくように設定したから、リアルなゲームをたのしめるぞ!」


 フライトシミュレーションゲームに特段興味は無い。

 他人ヒトとの関わりをわずらわしく思う俺が、対戦を好むはずもない。


 ここでゲームオーバーでも〝別に〟だが、苦痛を好む趣味も無い。

 大佐やアレックスを進んで見棄てる気も無いが、所詮俺は俺でしかない。

 そして異国の高校生にできる事など、事態の好転に期待して時間を稼ぐぐらい。


「そこまで言うんなら、ちょっと試してみようかな」


 何かを思い出した大男が、慌ててくちを挟む。


「まだ最終調整デバッグが終わっておらず、全ての機能モードを試せるよう指揮権を基地の最上位に設定した唯一の機体。ここの開発が進むたびに手を加え続けてきた機体それに何かあれば、すぐには代わりを用意できん。その分基地の完成も遅れて、我らの面子が……できる限りでいいから、なるべく慎重に操作してくれ……ると有り難い」

「そういう事なら」


 貴重な機体を損ないたくない本心が丸見えだが、長持ちさせたいのは俺も同じ。

 数時間から半日も休憩インターバルがあれば、俺など怖れる必要は無いと気付かれる。


 右手をジョイスティックからマウスに持ち替える。

 一瞬で終わってしまわないために、せめて謎の文様をどうにかしたい。


「〝日本語〟でなくても英語とか、俺に理解わか言語ことばにしたいんだけど……」


 不意に新たなウィンドウやダイアログが立ち上がり邪魔をする。

 キーボードは交換済みだから、これは異常入力ではなくシステム内部の問題。


 大男が手足を振り回して不思議な踊り。

 抜本的に対処したいが、その間に俺が興味を失っては……と混乱している模様。


「な、何せ〝調整デバッグ中〟だからな。内部情報を確認するための一時的なプログラムが、まだ残っているようだ。かまわんから全て消してくれ」

「いいの? じゃあ……」


 何も考えず閉じるボタンをクリックし続ける。

 そもそも読めない文字、内容を確認しようがない。


 ようやくそれっぽい箇所ところをクリックしていると、リストの中に読める文字。


「あったよ〝日本語〟。自衛隊にでも売り込むつもりなのか? 何をするにしたって取り敢えず反対される組織とこだし、面倒臭いんじゃない?」


 小男が蠅のように掌を擦り合わせてニヤつく。


「お国への売り込みビジネス実に簡単ベリイーズィ。現場は実績の無い自国製メイドインジャパンを嫌い、財布を握る組織は実戦など有り得ないから高価な戦闘機や戦車は不要ノーと主張。そもそも一般的な兵器を正しく扱うには圧倒的にベリーベリー人手が足りません。そこへ表向きは真っ当な米国企業アメリカンから、米軍も導入済みの安価で人手のかからない流行はやりの品をご提案。実は、もう既に……」


 周囲のモニターに次々と赤い不穏な文様、そしてドローンが起動する様子。


 そしていきなりの閃光に目がくらむ。

 咄嗟にしがみ付いた机が跳ね、腰が上がり重みを失った椅子が吹っ飛ぶ。


 その原因に気付いた小男が大窓へ駆け寄り、叫ぶ。


どういう事ワァッッツ!? ドローンが撃ちまくってるわよ!!」


 激しく絶え間ない振動と爆発音、そして窓の外に見える閃光と燃え上がる炎。

 大男が蹌踉よろけて倒れを繰り返し、窓際の他とは違う開発用機材のある机へ。


「今は〝ドローンを敵機と想定した演習〟であって、実弾は使わないはずなのに! これは……ドローンを敵と見做すプログラムを呼び出しコールし戻るリターンするはずが〝侵入した敵により基地が壊滅するシミュレーション〟に飛んでジャンプしている!? そもそもどうしてこんなシミュレーションが存在している? 作戦の遅れが本国に伝わる前に取り戻そうと、工数節約のため急ぎ命じたライブラリ化でバグ……と、とにかく止めなくては!!」


 大男が齧り付いているモニターが赤く染まり、警告音が鳴り響く。


「〝最優先命令〟? 〝極少数に被害甚大なら全滅の怖れあり、機密保持のため全てを滅せよ〟……だと!? 〝壊滅シミュレーション〟を起動したのは機体。自身を単騎での侵入者と設定するようになっていたなら……お客人のため難易度をぬるくした〝演習〟で侵入者が圧倒的となり、〝最高機密保持システム〟……我らは手を出せぬブラックボックスに伝われば……」


 閃光から腕で顔を庇いつつ、窓から戦況を見下ろす小男。


「そう言えば……長老衆から〝極少数を相手に転進したいくさ刮目かつもくせよ〟ってお言葉をたまわって、あたしたちが負けるなんて有り得ないけど、何もしないわけにもいかないから取り敢えず試行シミュレーションしてみなさいと命じたような……気がするような……」


 二人がゆっくりと顔を見合わせた瞬間、腹の奥を揺さぶる重い音と振動。

 戦隊モノの決めシーンよろしく、大窓の外で一際眩しい閃光。


 監視映像では、ドローンが基地を壊滅させるべく猛攻撃中。

 堪らず兵が反撃すると、その規模に応じドローンが増えて集中攻撃。

 後退は戦線の拡大、善戦は被害増大を意味し、AIは役目を果たしている模様。


 コントの終幕を思わせる展開の原因なら、心当たりがある。

 さっき押した厖大なボタンの中に、そうするよう命じるものがあったのだろう。


 カルデラに満ちた業火は、大男と小男が逆行で黒くなるほどに強烈。

 断続的な凄まじい振動で机が吹っ飛び、モニターやキーボードが散乱。

 ついには天井が崩れてはりが落ち、その向こうにいる大男と小男が砂埃に霞む。


 三重の分厚い板による強固な扉の近くだからか、俺の周囲だけは無事なまま。

 手元のモニターが赤く明滅し、天井のスピーカーからも警告音声。


『警告、警告』


 変えたのはこの席だけなのに、大窓から見える大型モニターも次々と日本語へ。

 開発中のソフトを最上位にしてはいけない教訓が、最悪の展開を見せている。


最終破滅ジェノサイドモード発動中。防護区画閉鎖まで一分。資格在る者は速やかに待避せよ。最終破壊ジェノサイドモード発動中。防護区画閉鎖まで四八秒。資格在る者は速やかに待避せよ。最終破壊ジェノサイドモード発動中。防護区画閉鎖まで……』


 大窓に分厚い装甲板が下り始めると同時に、背後の扉が開く。

 〝全てを滅〟するのに〝近隣諸国まで焼き尽くせる巡航ミサイル〟は良い火種。


 生き延びたいとは思わないが、大佐や美少年を見棄てたいとも思わない。

 目の前の二人に付き合う義理があるとも。


「じゃ、そゆことで」


 回れ右した背後から、小男の悲痛な叫び声。


「ちょ!? 待って! 待ちなさ────い!!」


 大男の泣き声が重なる。


「うわぁ! あともうちょっとでリセットって最悪じゃないかぁ────!!」

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