01-03:少年の事情・3

□scene:01 - テロリストの拠点:要塞:内部



 部屋を出ると、辺りは危機感を煽る警報音や聞き取れない言葉に満ちていた。


 武器を持つ連中に見つからない方がいいとは思うが、気配の消し方を知らない。

 危機感に乏しいから、本気で身を隠しているのかと問われたら自信も無い。


 だが何度か気付かれたような気がするのに、なぜかことごとく放置。

 挙げ句には手に曲がり角で鉢合わせるも、とがめるどころか見もしない。


 あるじの賓客と知っての放置より、実行中の任務の他には興味が無い様子。

 むしろ断続的に響く爆発の間近にいながら、冷静に過ぎるようにも見える。


 興味が無いのはお互い様なので、難しい事は考えずに素通りさせていただく。





□scene:02 - テロリストの拠点:要塞:メインゲート前



 トンネルを抜け岩山から出ると、すぐに急カーブ。

 その先は緩やかな下り坂が何度も折れつつ裾野を巡り、密林へ。

 例えクルマを運転できたとしても、ふもとまで降りるには時間がかかりすぎる。


 真っ直ぐ道路の端まで行って見下ろすと、真下に例の館が見えた。


「スキー実習でと間違って乗った、上級者用リフトの上がこんなだっけ」


 それは遙かに遠くぼやけた、幼い頃の風景。

 見上げれば何とかなりそうな斜面が、見下ろすと断崖絶壁。

 いろいろあって生に拘りが無いとは言え、苦痛を好む趣味は無い。


 不意に、背後から背中を蹴り飛ばされるような衝撃。

 遅れて届く重い音と、足下から全てが崩れそうな強い揺れ。

 さっきまでくぐもっていた爆発音が、徐々に鮮明になっている。


 スキー場では当然のようにリフトで下りたがここには無く、残り時間も無い。


「他の選択肢も無い……か」





□scene:03 - テロリストの拠点:要塞:斜面



 ゆるりそろりと爪先つまさきから降りるつもりが、足が滑って前のめり。


「うわ!?」


 顔から岩肌に突っ込みたくないなら、前傾したまま全力疾走するしかない。


「うわわわわ────────!!」





□scene:04 - テロリストの拠点:館:豪奢な玄関ホール



 顔を覆った両腕が扉にぶつかり砕ける直前、開いた兵士が吹っ飛び衝撃緩和。

 深い絨毯の上で前転し続け勢いを受け流しつつ、急減速。

 気を失う寸前まで転がりようやく止まった。


「た、大佐! ぶは! げほっ、ごほっ!」


 無事に生還できた理由を考察するより、今はするべき事がある。

 先ず目に入ったのは、後ろ手に手錠をかけられ床に座らされていた大佐。


「少年! どうした? 何があった!?」

「あ、ぜぇ……れ? ぜぇ……ここにいた……連中……は?」

「そこだ」


 大佐が立ち上がりながら向いた先で、数人の兵士が折り重なって倒れている。


「扉の前に並んで私たちを監視していたのだが、一人ひとりが外の騒ぎを確認すべく開けたところへ……」

「あー」


 不幸な事故だった。

 伸びている数人の兵士を見て、何となく違和感。


「あれだけ? 一〇人以上はいたんじゃ?」

「〝山の様子がおかしいが何も連絡が無い〟と様子を見に行き、帰って来ないとまた一人ひとり……で、残ったのがあれだ」

「〝要領の悪い奴〟〝気の弱い奴〟〝流される奴〟辺りか」


 いつか何かで見た〝エースの条件を指折り数えるシーン〟が思い浮かぶ。

 こちらはやられ役モブ条件それだが。


 素人の俺でももっとやりようがあると思うのに、この為体ていたらく

 思えば小男と大男の言動はまだ理解できたが、その他大勢モブはどこか不自然。

 予め状況によって行動が定められていて、それ以外は思いもしないかのように。


 そして今は基地壊滅など有り得ないと、適当に設定してあったかのよう。

 屈強な大佐を前にして、皆一緒でないと心細かったのかもしれないが。


 閑話休題それはともかく、転がっていた兵士の懐から鍵を探して大佐の手錠を解錠。


「取り敢えずここを出ましょう」


 下半身を僅かに隠すアレックスは、両の手首と足首を繋ぐ他に首輪にも鎖。

 奴隷を思わせる拘束具を外したいが、手持ちの鍵はどれも合わない。

 特別な生贄は部下に任せず、直接管理していたのかもしれない。


 幸い首輪の鎖は、柱を模した容れ物ケースの中に持ち手が結わえられていただけ。

 拘束から解放した今は、抱え上げれば動かせる。


 一方大佐は転がる兵士を縛りつつ、小銃と拳銃を取り上げて武装。


「少年は銃を扱えるか?」

「巧く使える自信が無いのでそういうのはお任せします。俺はこっちを……」


 抱き抱えられるままのアレックスに、手近にあった布を被せて首から下を隠す。

 彼は細く、軽く、身長はあれど体躯たいく然程さほどではない俺でも苦にならない。

 巫山戯ふざけた調度品に収まるよう、虐げられていたのかもしれない。





□scene:05 - テロリストの拠点:森:館の前



 警報音が鳴り響く密林では、地元の方々が大混乱。

 岩山の外は雰囲気革命隊が大半で、元より正常に機能していたのか疑わしいが。


 大佐の巨体が物陰から物陰へと軽やかに駆け、その後を着いて行く。

 俺が抱えるアレックスを気遣い、素人でも追える経路ルートなのがさすが。


 身を隠せる物陰で足を止めた大佐が、岩山を見上げつぶやく。


「山頂の業火に警報、空を覆う黒煙……空襲? 国軍が救出に来たか、或いは国連に我らの声が届き……」

「残念だけど援軍じゃない。地下に溜め込んであった武器弾薬に火が点いたんだ」

「何と!?」

「周りの国をき尽くせる量のミサイルもあるとか言ってたから、この程度じゃまだ前座かな?」

「一刻も早くここを脱出しなければ! 車両クルマは……」


 二桁のクルマやオートバイが、だらしない方の兵士たちと共に群れている。

 連中の怒声を解せる大佐によると、我先に逃げようとしての事故が発端らしい。


 〝お前が悪い〟〝どこに目を付けている〟〝殺すぞ〟と罵り合いがエスカレート。

 騒ぎにかれて似た者同士が続々集合、目に付く全てを破壊し火を点け大暴れ。

 岩山から降り注ぐ火の粉も加わり、心も辺りも熱く燃え上がる。

 いつしか心がひとつになり、立派な暴動に成長した模様。

 革命のシュプレヒコールが楽しそうだ。


 現実に目を向けるとそこかしこで火の手が上がり、囲まれている。

 逃れようにもまだ通れそうみちは、き爆煙を纏う岩山へ向かうもの。

 地下に小男が嘯いていた通りの代物があるなら、辺り一帯が爆散しかねない。


 大佐が降り注ぐ火の粉で燃える足下を見て、小銃を握る手を震わせる。


車輌あれを奪い……いや駄目だ! 叛徒はんとと言えど、アレックス様がおられるのに民へは銃を向けられん。最早これまでか。いっそ亡骸を辱められぬよう森の奥へ……」


 ふと聞こえて然るべき音、見えていいはずのものがどこにも無いと気付いた。

 今にも膝を着きそうな大佐の前に立つ。


「ヘリの操縦、できますか?」





□scene:06 - テロリストの拠点:ヘリポート



 SUVの窓から見えた記憶を頼りに、ヘリポートへ。

 全て飛び去ったか逃げ遅れが押し寄せているかとも思ったが、無人。

 山頂から降り注ぐ瓦礫がれきと火の粉の中に人影ヒトかげは見えず、だが一機残っている。


 大佐が建物の影からヘリの周囲をうかがい、つぶやく。


「何機かは飛んだようだが」


 残るわだちの浅さを見ると、他は瓦礫がれきが降り始めた頃に飛び立ったらしい。

 見えるのは、岩山の山頂トンネル付近に見える残骸のみ。


「一機はあそこですね」

「仲間を助けようとして爆風に煽られたか、殺気だった者たちが飛び乗りバランスを崩したか……」

「それを見たら、一緒に飛んだが無事でも逃げてそう」


 それで無くとも上空には黒煙が満ち、火が点いた大小の瓦礫がれきが激しく飛び交う。

 この空域にとどまるのは自殺行為に他ならず、空での待ち伏せは有り得ない。


 大佐は残された機体に慎重且つ素早く近づく。

 一回りした辺りでアレックスを抱えた俺も追い着いた。


「飛べそうですか?」

「二つあるエンジンのひとつと、機の状態を知るすべが機能しそうにない。機械に頼らずヒトの腕と勘だけで飛ばさねばならん。置いて行った理由はそれだろう」


 近くで見れば外板が凹み、めくれ、点検パネルの中に瓦礫がれきが刺さる。

 キャビンやローターが形を保っている方が不思議に思える。


 〝敵陣で無人の中に一機残る〟など、ご都合主義にもほどがあった。

 〝駄目な時は駄目〟と思い知ってきた俺のくちから、感情のない声が漏れる。


「駄目か」


 感情の無い俺と違い、大佐は不敵に笑う。


「もっと酷い機体で作戦に臨んだ事もある」





□scene:07 - テロリストの拠点:ヘリコプター



 大佐はAPUを始動し離陸準備をしている間に、俺はアレックスと後部座席へ。

 首輪に繋がるリードはシートと背中の間に詰め込み、ベルトを締めてやる。


「ァ……」


 透き通る瞳が潤み、俺が知るどんな宝石よりもきらめく。

 丸く膨らみ仄かにあかい唇は、この世にある全ての果実よりも甘く見える。

 その彼に〝シートベルトを〟としか思わない俺は、やはり正常まともではないのだろう。


 ヘッドセットを着けた大佐が、APUの音に掻き消されぬよう怒鳴る。


「無線は駄目だ! 全ての周波数が妨害されている! だが、これでは奴らも助けを呼べん! 兵の命より秘匿が大事か!」


 その怒声を、断続的な轟音と押し寄せる衝撃がさえぎる。

 機体が激しく揺さぶられ、今にも崩壊しそうなほどにきしむ。

 腹の奥を震わせる強烈な振動に耐えられず、膝を着いて俯いた。


 揺れが収まるまで待ったが震える膝だけでは立ち上がれず、窓の縁に手をかける。


あつっ!」


 どこで何がどう爆発したのか、山頂から斜面に沿って熱風が押し寄せる。

 メインエンジンが始動すると同時に、前席の大佐がさらに大きな声で怒鳴る。


「やむを得ん! このまま行く! 少年もベルトを!」


 やがて凄まじい轟音で耳が駄目になり、全ての音が遠くなる。

 揺さぶられるままのアレックスを護るべく、その隣でベルトを締め抱き寄せる。


 大佐のハンドサインで、ぶらさがるヘッドセットに気付いて装着。


「いいです! 行ってください!」


 目一杯張り上げた声が届いたらしく、すぐにヘリが浮き始めた。





□scene:08 - 密林上空:ヘリコプター



 機体が前傾して速度が上がるとエンジン音が遠くなり、少し耳が楽に。


 窓の向こうに、分厚い爆煙をスフレのように被った岩山が見える。

 布か樹脂に見えた山頂の蓋は既に無く、時折奥底から業火が吹き上がる。


 いつの間にか、アレックスが自力で窓に向いていた。


「ア……」


 厚いアクリル板を通して見える、火口から伸びる幾筋もの光。

 その噴射炎は眩しく、山頂を多う爆煙に大穴を開けるほどに太い。

 小男が得意げに語っていた、国をけるほどに強力な巡航クルーズミサイルだろう。


 後席から見える、大佐の横顔が強張る。


「あの業火で破損し、せめて我が国に落ちてくれたら……他国であっても迎撃能力のある都市であれば……」


 だが打ち上がったのは、強固な地下にて無事だったからに他ならない。

 〝誘導装置だけは破損していれば〟の思いは、期待ですらなく祈りのたぐい


 この期に及んでの攻撃は意図あっての行為ことか、ただの腹立ち紛れか。

 いずれにせよどこかの誰かが無残にかれ、それは俺たちの罪となる。

 俺は世間にどう思われようと今更だが、大佐とアレックスの罪は国の罪。

 王国が夢見ていると聞く開国は、テロリストの思惑通り夢と消えるだろう。


 アレックスが窓に顔を寄せる。


「ア!」


 岩山の真上で一八〇度反転、真っ直ぐ下へ落ちていくミサイルの群。

 やがて裾野で広がり重なる巨大な光の大輪たち。


 それは上空から見下ろす、地上〇メートルで花開く花火大会。

 爆風に煽られてか火口にだけは落ちないから、打ち上げは止まらない。


 大佐の言葉は冷静だが、声は震えていた。


『やはりあの業火の底にあっては、無事では澄まなかったのだろう』


 この事態が想定外で、適当に現在位置を設定していたのかもしれないが。

 やけに自信過剰だった奴らを思うと、有り得ないとは言い切れない。


 とにかく周辺国まで飛ぶ事なく、この件は〝ここだけの話〟で終わるだろう。

 ヘッドセットから、大佐の安堵して緩んだ声。


『無線が通じた。信頼できる士官に救援を要請する。もう大丈夫』


 努めて平静を装っているが、歓びを抑え切れていない。

 不意に胸が重くなる。


「ア、アァ……」


 アレックスがベルトをすり抜け俺にしがみ付き、見上げていた。

 俺の知る常識よりも細すぎたのか、しっかりと閉めていなかったらしい。


 だがしかし、俺に少年趣味はないはず。

 仮に美少女が相手でも、本能が機能するかも怪しい。


 アレックスの両脇を抱えて座らせ、ベルトを締め直そうと手を伸ばす。

 だが俺の方はフリーだった乗り込んだ直後と違い、巧くいかない。


 〝今だけ〟と思い自分のベルトを外した時、ポケットから何かが落ちた。

 空港で規則に従い電源を落としてから、持っていた事を忘れていたスマホ。

 思わず伸ばした手が電源スイッチの辺りを掴み、起動プロセスに入った感触。


 外れかけたヘッドセットから、大佐の緊迫した叫び。


『衝撃波が来る! 踏ん張れ!』


 頭を揺さぶり耳を遠くし腹の奥に激しく響く、とてつもなく重い圧。

 岩山に何があったか考える間も無く身体からだが浮き、天地左右に視界が回る。

 アレックスを抱き寄せようとするも、何かに頭をぶつけて気が遠くなる始末。

 気が付けば位置関係が〝左右〟から〝上下〟になり、綺麗な顔を見上げていた。


 シートに横たわった俺の目の前、鼻先一〇センチに緩い微笑み。

 状況を正そうにも、背中に回った腕がベルトに絡まり身動きが取れない。

 重力のままに下がったアレックスの腕が支えとなり、密着だけは避けられた。


 〝美形に押し倒される〟のはもちろん、〝少年に〟など想定外にもほどがある。

 アレックスの首輪から伸びるリードが、なぜか俺の腕に巻き付いていたのも。


 王家に近い貴族の大佐が恭しいのは、少年が王家のヒトだからに他ならない。

 禁忌タブーの塊に触れないよう努めているが、最早どんな努力も手遅れかもしれない。


 幸い大佐は無線に夢中の模様。


『絶対にアレックス様だけは裏切らない士官と連絡がついた。正規の管制に内通者が紛れ込んでいないとも限らないから、秘密裏に王都への空路ルートを用意してくれている』

「そ、それは良かった」


 機体が揺れアレックスが身をよじり、俺の腕に絡まる全ての布切れが落ちた。

 純白の平らな胸と淡く色付いた先端のコントラストは、神々しくも艶めかしい。

 剥き出しであろう下半身は俺自身の胸板にさえぎられ見えないが、救いはそれだけ。

 布とリードが巻き付く腕を検証されたなら、俺以外に犯人はいないと俺も思う。


 獲物に狙いを定めているかのような綺麗な瞳に、俺の冴えない顔が写る。

 目を閉じた瞬間に唇が落ちてきそうで目が離せず、結果として見つめ合う二人。


 クスリか何かでとろけたとろから、甘いしずくしたたる。

 首輪に繋がるリードを腕に絡める俺は、飼い犬にむさぼられる寸前のよう。


「ァ……ンフ……」


 大佐は事態の好転に気を取られ、後ろの惨状を知らない。

 エンジンの轟音でアレックスの熱い吐息も掻き消されているだろう。


『例の士官が合流地点を指定してきた。もう少しだ』

「は、はい」


 俺の返事を何と勘違いしたのか、アレックスの顔が近づく。


「ンフ……」

『そうそう。その士官は……の私が言うのも何だが、極めて攻撃的で凶暴でな。特に男子の有り様に極めて厳しい。だが、あのようなアレックス様のお姿に全く動じず、敵要塞を見事破壊し我らをも脱出せしめた少年だ。その誠実さと勇敢さには、も平伏するだろう』

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