01-04:乙女たちの事情・1

□scene:01 - 王城:悠久廊



 王城の主郭と別東を繋ぐ、白く輝く通路。

 透き通る石の花が高い天井まで咲き誇り、白銀の鏡が如き床に映る。

 その様は、と星どちらの下であっても時を忘れて魅入るほどに美しい。


 中でも中程にある楼閣は、一際荘厳で煌びやか。

 ヒトの背丈と広げた手の幅に数倍する王と王妃のが在るに相応しい。


 そこで柱の陰に身を潜める、数名の乙女たち。

 一人ひとりは背が高くつばの長い将官の帽子を目深に被った美女。

 あかみがかった金髪に、花に剣と盾の細工が施されたあかい髪飾りが映える。


「どうだ?」


 つばの無い尉官の帽子を頭に乗せた美少女が、緊張の面持ちで答える。


「最後の調査対象でしたお二人とも、特段のお変わりは無いご様子」


 帽子と軍服を飾る白き花の紋章が、同じ組織に属している事を表している。


 ここは〝悠久廊ゆうきゅうろう〟と呼ばれる、王城の奥にある長いみち

 奥の別東は後宮だった時代もある、かつては王の近親者が住まいし地。

 王城に残る王族が王妃のみとなった今、思索にふける他に訪れる者はいない。


 そもそも王族にまみえる資格ある者は極限られる。

 ここに映える容姿でないと嘲笑は必至、高貴と自尊するほど近づきがたい。

 その要件を満たしていれば、見通しの良さも相俟あいまって密会に好都合とも言える。


 美少女の報告に、ちからなく答える美女。


「そうか……」


 その声に落胆は無く、期待していた内容ではないが予想の範囲とわかる。

 美少女が報告を続ける。


「食の趣向、余暇の交友関係、生活習慣等々に他の方々同様の傾向、変遷がお見受けできますが、いずれもこれまで同様に流行をお取り入れになられたものかと」

「そうか……難しい調査をご苦労だった」

「でもこれって〝関係なさそう〟ってヒトたちが〝やっぱり関係なかったねー〟って確認してるだけですよね。周囲を固めて的を絞る? って意味では無駄じゃないとは思いますけど、こんな事してていいんでしょうか。やっぱ直接……」


 側に控えていた、低くつばの短い佐官の帽子を被った長身の美女が睨む。

 黒髪の奥で煌めく、みどりに透き通った耳飾りが美しい。


「黙れ中尉」


 この中では最年長と思しき佐官の軍服にも、白い花が飾られていた。

 その彼女が将官に向く。


「これで他の可能性は全てついえました。やはり怪しむべきは〝あのお方〟かと」


 中尉を制したのは、万一誰かの耳に入るを怖れたため。

 そして不敬と責められたなら、自分一人ひとりを切り捨てれば良いと考えて。


 だが責めたいやからの狙いは将官であり、副官の配慮など無駄と二人共知っている。

 将官の表情かおが僅かに綻んだのは、副官の個人的な想いを知っての事。


 二人の間に中尉が割って入る。


「あーそれ私が言おうとしたのに! ズルいですお姉様! じゃなかった中佐ぁ……むぐ?」


 招かれざる〝誰か〟を察した中佐が、中尉のくちを塞ぐ。


「シッ!」


 遠くから足早に寄る人影ヒトかげに中佐と少尉が退いて頭を垂れ、将官が敬礼。

 彼女らの前で止まったのは、王国貴族の伝統衣装に身を包んだ初老の紳士。


 頬のたるみと皺に積み重ねた年月が窺えるが、十分に美男の範疇。

 襟と左胸を飾る金の紋章は、彼が王に仕える貴族の中で最上級の証。

 紳士は王と王妃のうやうやしく一礼した後、将官に向き厳しく鋭い目で睨む。


「昼間から悠久廊こんなところで世間話に興じるとは、婦女子らしい……いいご身分だな」


 将官が姿勢を正し、答える。


「これはロズベルグ公爵閣下、ご機嫌麗しゅう」

「准将は呑気に散歩かね? よもや貴官らの役目を忘れたわけではあるまいな」

「我らは王室最高位にある女性、即ち王妃陛下の御身をお護り奉るためのみに在り。この身は陛下の盾、生命いのちは陛下のつるぎ。忠誠に生き、死を許されると心得ております」

「王妃陛下直属、軍の命令系統に属さず独自の行動を許されている娘子軍じょうしぐん……それをべる役目にある貴官に問う。王妃陛下はどこにおわすか?」

「陛下はご静養中です。お気持ちが落ち着かれますまでの事と、ご理解たまわりませ」

「わざわざ人気ヒトけの無い悠久廊ここに貴官が入ったと知り駆け付けたのは、そんな戯れ言を聞くためではない! 国王陛下がお隠れになってもう三ヶ月、いつまで隠し通せると思っておる!?」


 准将が声を潜めてささやく。


「お声が……たれの耳があるやもしれませぬ」


 もちろん、双方ともここに誰もいないのは確認済み。

 警戒するは、確認できない存在がここまで手を伸ばしていた場合。

 それ即ち古くから王国に敵対し、争い、害なしてきた卑しき蛮族共。


 最高意志決定に重大な問題が生じていると知れたら、黙ってはいないだろう。

 群れなし押し寄せられたなら、神聖なる王国領が蹂躙されかねない。


 ロズベルグがいきどおる。


「さればこそ。王国婦人の最高位を御護りするは、全てが婦女子たる貴官ら娘子軍の領分とする法にのっとり任せていたが最早猶予はない」


 国王亡き今、そのヒトは王国の頂点にありながら未だ〝女王〟と呼ばれない。

 儀式や手続きは元より、当人の意志が示される以前に行方知れずとなったため。


 准将が声を抑えつつも強く言う。


「お待ちください。仮に陛下がおひとりでなければ、みだりに追い詰め許されざる暴挙に及ばせるやもしれませぬ。我が軍に今暫くのご猶予を」

「今更それか。前は〝民の心をみだりに乱さず〟との考えに一理いちりありと思うたが、同じ過ちは繰り返さぬ。ちまたでは麗しき精鋭揃いと持てはやされておるが、その実、実戦経験皆無のお遊戯会ではないか! この無駄飯ぐらいめ!」


 乙女たちは何も言えず、項垂うなだれるのみ。

 できる限りを尽くしているが、未だ手がかりすら得ていないのも事実。


 唇を噛むのみの乙女たちに、ロズベルグが嘆息。


「薄々感付いたか或いはただ陛下不在に気が緩みしか、王城の中にはこの機に己が地位を高めようと道を外れかねん者もいると聞く。その邪な志を蛮族が知れば……後に考え過ぎと嗤われるのは一向に構わん。取り返しが付かなくなるより余程な。それが今、ここにいる者の責務」


 項垂うなだれたまま帽子のつば表情かおが見えない准将を、ロズベルグが見下ろす。


「今やおさたる資格有るは貴官ただ一人。〝お嬢様のお遊戯会〟など無用と囁いておる元老共も儂に賛同するであろう。この意味、わかるな?」


 ロズベルグは乙女たちがくちを開こうとする都度睨み付け、何も言わせない。

 その上で〝問いに答えずは同意〟と言わんばかりに続ける。


「貴軍の法には〝必要とあらば全軍を率いて〟ともある。もちろん時の国王陛下が王妃陛下や王女殿下を御護りする御意志を示された形式的なもの。その一文のみで王統に無き者が強大な権限をるに何の制限もないのがその証左。諸侯や元老院の同意を得る必要もな」


 ロズベルグが准将に向く。


「ここまで言えばわかろう。准将が身を退けば正規軍を動員できる。民からのしらせも期待できよう。王国の危機を露見せし過ぎた行いと責めあらば、後で元老院長の儂が受ける。陛下さえご無事であればこの命惜しくはない。貴官も相応の処分となろうが存在意義を果たせるなら本望であるはず」


 准将に責を負う覚悟はあるが、許し無く娘子軍を終わらせる権限はない。

 そして彼女らが怪しむ対象は、怪しむ事を許されない世捨て人。

 大軍は要らず、むしろ王妃の身を案ずれば追い詰めたくはない。


 何も知らないからこその正論に反論できず、黙る彼女にロズベルグがいきどおる。


「今は貴官こそ邪魔と知れ!」


 小柄な中尉が、たまらず将官の前に出る。


「お待ちくださいませ。まだ手を尽くしてはおりませぬ。今少し、今少しお時間を。せめて、あのお方だけでも……」


 中尉の前に中佐が立つ。


「控えよ」


 くちにするだけで死を賜るとされる〝その名〟に至る流れを遮った。

 平民出身の中尉では、娘子軍が王妃直属とは言え慣例を覆は難しい。


「この二ヶ月で我々にできる限界を中尉も知ったはずだ。残念だが」

「でもお姉様! このままでは……」


 中尉の声が途切れたのは、身がすくんだため。

 重く、湿った男の声がここにいる皆にからみつく。


「はてさて、何の騒ぎですかな?」


 は、いつの間にかそこにいた。


 車椅子に座していながら長身の中佐より遙かに高く、幅は倍以上。

 頭から被る灰色の外套は地に届き、実際の姿は計り知れず表情かおも見えない。


 全身を覆う外套と枯れ木のように細い指は、辺境で患った病がためと聞く。

 特別誂えの車椅子は前後に長く、後部には医療機器や動力部が備わるとう。


 王国貴族の最高位にあるロズベルグが、恭しく頭を下げる。


「これはこれは摂政閣下。ソフィーティア准将に、娘子軍の有り様を正しておったところです」

「〝正す〟……と? 彼女らの言葉は王妃陛下のお言葉、われは娘子軍の有り様をかいしておりましたが、もしや陛下のお言葉にご不満でも?」

「い、いえ。そのような事は決して……」

「はっはっはっ。言葉遊びは止めにしましょう。陛下の御身はわれも案じております。ですが悪戯いたずらに人心を乱せば、浅ましき蛮族に組みすると見えるやもしれませぬ」

「ぐ……」

「先程の元老院でそうお話しになったのは誰非たれあらずロズベルグ公、貴男あなたですぞ」

「こ、古来よりの仕来りとして一年……国王陛下がお隠れになり一年は王家の方々に触れる事無かれと、確かにそう申し上げましたが……」

「文字通り〝喪に服す〟ため、そして、そうと称した時間稼ぎ……かつて次代を巡る争いで国情が荒れたてつを踏まぬよう、内々で済ませるための〝仕来り〟ですな」

「ですが! 〝止むを得ず〟とした二ヶ月前とはいささか事情が異なっております! ここ数年来の凶事がどれだけ国力を削ぎ、民を不安に陥れているか……取り返しが付かなくなった後では遅いのです!」

「なればこその娘子軍ではありませぬか? 陛下を案ずるなら、〝王国の至宝〟と誉れ高き彼女らを支えこそ。足を引っ張っている場合ではございませんぞ」

「しかし!」

われは今は亡き国王陛下より次代までを託されました身。彼女らのように王妃陛下のお言葉とまでは言いますまい。ですが……さて、公は何ぞ託された身ですかな?」

「そ、それは……」

「手を尽くさねばご自身を赦せぬ思い、我などに理解るはずもございません。ですがその〝手〟は慎重に伸ばさねば、闇の底より王国をうかがう蛮族に機を与えかねませぬ。それこそ公のおっしゃる〝取り返しの付かない〟事態となりましょう。娘子軍が王妃陛下の忠臣とは公も良く知るところのはず。貴重な味方とは思いませぬか?」

「摂政閣下のおっしゃる意味はわかります。全てに承服はできませぬが。今は、みだりに世を乱さぬ事にのみ同意しましょう」

「ここでの件は、われの預かりでよろしいかな?」

「いつまでも待つ気はありませんがな。では」


 ロズベルグは摂政に一礼すると、敬礼する准将を一睨みして去って行った。

 足早に去る彼を見届けた摂政が、車椅子を回して准将に向く。


「やれやれ……目の敵にされてますな。元より娘子軍に含むところのあるお方。今の貴女方が無駄飯ぐらいに思えてならんのでしょう」


 准将が深々と頭を下げる。


「摂政閣下、この度は……」


 その前に、小柄な中尉が飛び出る。


「ありがとうございます閣下! 助かりましたぁ!」


 軍人らしからぬ態度、それも仮とは言え遙か上位の者へのに中佐が驚愕。


「中尉!」


 中尉の襟首を掴み、後方へ引き摺り倒す。

 摂政が軽く手を挙げ、中佐に微笑む。


「いいのですよ、お気持ちは伝わりました」


 怯える中尉と不機嫌な中佐をで抑えつつ、准将が話を引き継ぐ。


「度々のご助力に深く感謝しております。ですが、閣下のお立場が……」

「これも幼き頃からの友の願い、託された役目と心得ております。一方は定めに従い王となり、一方は辺境をふらつき……道程みちのりは違えど再会し時の思いは同じ。この国の未来でした」

「存じております。両陛下より、幼少の頃のお二人をよくお聞きしておりました」

「では、この話はご存じですかな? あれはいつの事でしたか……幸薄き村で夜露を凌ぐ小屋を建てておりましたところ、運悪く流星が落ちましてな」


 中尉が勢いよく身を乗り出す。


「そこに偶然立ち寄ったのが、貧しい旅人のフリをして諸国を漫遊されてた王様……その頃は王太子殿下だったお方が御自ら民をお救いに! でもって王城からの助けを懐に入れて私腹を肥やしてた領主が、その罪を辺境の若者……お若い頃の摂政閣下にに押し付けて殺しようとしてた悪行を皆の前で白日の下に! で、逆切れした領主とその用心棒たちを、もっの凄く強いお付きの者と共に成敗! 最後に正体を明かして精神的にも物理的にも叩きのめして颯爽と次の国へ! 他にも陛下が諸国を漫遊して世直しされたお話、私大好きで全部知ってます! この〝もっの凄く強いお供〟って摂政閣下の事ですよね! 最初はいなくて途中参加でしたし!」


 その非礼な態度に、中佐が無表情のまま髪の毛を逆立てる。

 摂政が開いた掌を向けて制したため、大事だいじには至らなかった。


「その後もわれは辺境を巡り見聞きしたままを届け、時に盛りすぎ時には足らぬ正規の報せを正し、いつしか進言として扱われ、果ては〝何かあれば〟と……あの時は酒の席での冗談のはずだったのですが」


 興奮したままの中尉がりきむ。


「閣下はそのお約束を守っておられます! 先刻も、まだ手を尽くしてはおりませぬ小官共を切り捨てるをお止めくださいました!」

「いえいえ。過分な肩書き、王妃陛下を再び王城へお迎えできますまでの方便。友がしていたなら、なるようにお助けする……それだけの事です」

「後もう少しなんです! 他は全て調べ尽くしました! でも……お立場がお立場で時間をかけて慎重にしないといけなくて……時間ばっかりっちゃって……」

「王弟殿下ですな、怪しいのは」


 摂政は、事も無げに止ん事無き相手をくちにした。

 中佐の鋭いが摂政に向く。


「その物言いは不敬と存じますが」


 前に出ようとした准将を抑え、中佐が続ける。


「そのお考え、お言葉が如何いかな意味を持つのか、おわかりのはず」

「実を申しますと、われも門外漢なりにお探ししておりましてな。友が愛したヒトゆえせずには……そうですか……貴女方もお考えなら、なのかもしれませんな」


 准将が中佐の肩に手を置き、退しりぞかせて語る。


「この国の未来にいかな影を落とすやもしれません。ここだけのお話に願います」


 その固い言葉と態度に、迂闊うかつに動けないいきどおりが現れていた。

 外套の奥深くで、摂政の口角が緩む。


「ほう? 怖れておられる……王国最強、比類無き戦乙女いくさおとめと称えられている貴女あなたが。〝その時〟に何もできぬと、あるじが蹂躙されるをただ見ると怖れて……ですかな?」


 前に出ようとする中佐を准将が止める。

 肩を震わせ顔を強張らせる准将に、摂政が微笑む。


「もしやとは思っておりましたが、じかに見て合点がいきました。われが知る娘子軍なら早々に進展あったはず。なのに決断しない事を決断し続けるかの如き時間ときの浪費……伝統と格式を演出する大袈裟な物言いと聞き流しておりましたが、その血は御伽噺おとぎばなしのこる通り……」


 摂政が、驚愕と怖れに震える中佐に向く。


「准将と公私を共にし、全てをお知りでしょう中佐のそのお表情かお……なるほど、その目で見た事がおありなのですね。なるほどなるほど……」


 意味がわからず狼狽うろたえる中尉を押し退け、を鋭くした准将が前へ。


「その話……どこで?」

「辺境を旅し、その土地土地に伝わる物語の中にはこの国に伝わる英雄譚と似たものもございましてな。御伽噺おとぎばなしの全てが子供騙しの妄想や創作つくりばなしではなかったら? 浅ましき願望や愚かな教えをげば、現在いまも意味ある真実が……ともあれ貴軍がちからを尽くしておられたならわれ如きの出る幕などありませぬが、理由わけあって目をらしておいでなら話は別」

「何をお考えか?」

理解わかっておったつもりが、心の底では常識に囚われ貴女方をあなどっていたようです。貴軍に覚悟がおありなら、時計の針を早めるすべがございます。われにお任せを」


 外套の奥で、黄色く濁った目がわらう。


(真実であろうとなかろうと、信じる者には現実。この女共めどもが心より御伽噺おとぎばなしの通りであろうとするなら、いつになるともわからぬ好機ときを待たずとも……われは運が良い)

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