04-02:プリンセスと最期の夜・2

□scene:01 - 学園:教室



 一限目いちげんめのチャイムが鳴ると同時に、は現れた。

 教卓側の扉が吹っ飛ぶように開き、極上の美少女が堂々登場。

 狂気に満ちたで睨み付けられ、凄まじき早足の摺り足で迫り来る。


「ユウ様───────────────────────────────!!」

「うわわわわあぁ───────────────────────────!!」


 滑るような品の良さがかえって恐怖、生存本能で立ち上がるが俺の席は最後列。

 秒で壁に押し付けられ、背伸びしても届かない泣き顔が見上げてくる。


「ユウ様ユウ様ユウ様ユウ様ユウ様ユウ様ユウ様ユウ様ユウ様ユウ様ぁ────! やっとお会いできました! ずっとずーっとこの日を待ち焦がれておりました!! ああもう胸の高まりでどうにかなってしまいそうです!!! このままでは死にます死んでしまいますぅ!!!! ああああ──────────────!!!!!」


 透き通るような金髪、透き通るように白い肌、そして透き通るあおい瞳。

 そして瑞々しい白桃のように淡く、艶やかで甘い香りのする唇。


 続いて褐色の美女が登場。


「アレックス様! お気を確かに!」


 あくまで品良く、間近で見れば逞しい豪腕で美少女を俺から引き剥がす。


「あ──ん! ユウ様ぁ────ん!」


 脚をばたつかせ両手を目一杯めいっぱい伸ばすも、敢え無く引き摺られていった。

 そして教卓に着いた若い女教師と並ぶ、この学園の制服を着た二人。

 意表を突かれ誰もが言葉を失った中、担任が震えるくちを開く。


「きょきょ今日はみみ皆さんに、ああ新しいお友達をしょしょ紹介しますね」


 生徒に〝皆さん〟と言いつつも、目線は明らかに廊下に並ぶ大層な大人たち。

 漏れ聞こえる肩書きから、学園長や学部長に何某なにがしかの議員はいる模様。

 髪の色や顔つきから、海の向こうから来たとおぼしきヒトも何人か。

 いずれもそれなりの地位にいるヒトたちには違い無い。


 〝スケジュールに余裕がなく、大臣やマスコミに睨まれているから時間厳守で〟

 〝この後は官邸で首相と記念撮影、並びは別紙、決して間違えないように〟

 〝何かあったら必ず後悔する事になるから、くれぐれも慎重に〟

 等々ささやかれたら、担任の笑みが引きるのもむべなるかな。


「とと突然の事で皆さん驚いているでしょうが、えええーと留学生さんですぅ!」



                *



 〝留学生〟については、愛里沙の編入に動いていた頃に耳にした事がある。


 は意識の高い私立わたくしりつだけあって、意識の高い事には大抵手を付けている。

 海の向こうにいくつかある提携校との交換留学も、そのひとつ。

 往事は毎年数十人が異文化交流に励んでいたらしい。


 だがしかし、テロだか流行病はやりやまいだかで〝一時いちじ〟見合わせて以降そのまま。

 そもそも相当の財力を有する家の子たちは、お仕着せの渡航に興味が無い。

 優秀な学生であるほど、得られる知見とかかる時間の割が合わない愚行扱い。


 教師たちも一応いちおうくちにしても薦めはしない事実が、現状を物語っている。

 毎年儀式的に再開が提案され、希望者皆無で立ち消えていたらしい。


 雑談中に〝こんな枠もある〟と耳にした、当時の愛里沙にはどうでもいい話。

 留学生が存在しなかった事実こともあり、今の今まで忘れていたが……



                *



 担任の激しく震えるの先に、白い肌に金髪が映える碧いの美少女。

 無駄に仰々しくなく日本の女子高生らしく、それでいて品良く気高くお辞儀。


「アレックスと申します。みなさん、よろしくお願いいたします」


 その隣で半歩下がり背筋を伸ばす、褐色の肌に赤髪が似合う絶世の美……女?

 こちらは頭を下げる事無く、鋭い眼光で前方一八〇度の全てを睨み付ける。


「シーナだ。よろしく頼む」


 向こうは俺を知っている。

 金髪美少女に名を呼ばれ、褐色の方からは今も熱い視線を感じる。


 だが俺は、思い浮かぶ中に合致する姿が無い。


 意識が曖昧な頃に会っているはずが、思い出せない相手は珍しくない。

 必要なら改めて挨拶すればいいだけで、いつもなら気にも留めない今更の感覚。


 だが彼女らに限っては、無視できないでいた。

 異国情緒溢れる極上の見た目だとは思うが、それだけ。

 身の程を知っているから、釣り合わない相手は芸術品アートと同じ。

 さらに言えば芸術品アートにも興味が無いのに引っ掛かるのは、その名前。


(〝アレックス〟と言えば、伯父貴が見てたアニメに……あれ? そんな事をいつか思ったような女子向けじゃなかったような、全く何も無い平面に桜色の突起物アレが二つ立ってた美少年が……)





□scene:02 - 学園:廊下



 瞬きした瞬間、背中から教室後方の扉を抜け廊下に吹っ飛んでいく。

 次に目を開けると、褐色の美女に窓際の柱へ押し付けられていた。


 客観的には、いつか流行った壁ドンスタイルにも見えるだろう。

 現実的には彼女の指先が喉を突く暗殺スタイルであり、俺の命は風前の灯。


 助けを求め大人たちに向くも、数人の屈強な黒服が〝何でもない〟と説明中。

 漏れ聞こえる言葉によると、彼女たちの一切いっさいが不問の模様。

 思えば金髪美少女が暴走した時も〝見守る〟のみだった。


 褐色の唇が俺の耳を噛むほどに寄り、ささやく。


(アレックス様は、お生まれになった瞬間から麗しくもお美しい女性だ)

(で、でも〝アレックス〟って……)


 俺の認識では勇ましくも格好いい機動兵器の愛称であって、男性名。

 そして脳裏に蘇る、褐色の面倒臭い美女と金髪の美……少年?


 ふと背筋に冷たい汗が流れ落ち、その原因に違いない気配の方に向く。

 褐色の美女がうやうやしく頭を下げ、流れるように後方へ控え膝を着く。

 そして近づく、そんな面影があるような気もする麗しい顔。


「アレクサンドリアと申します。皆はアレックス……と」


 自動的に自制心が発動、小声でいきどおる。


(いやだって! 俺が見たのは真っ平らな……)


 半歩下がって身をよじり、横に向くアレックス。


「あれから随分成長しましたのよ?」


 頬を紅く染めてうつむきつつも、明らかに大袈裟に見せ付けるように胸を張る。

 退いたのは、胸板の全容を見せ付けるために他ならない。


 得体の知れないプレッシャーに、思わず息を呑む。


(でもだって!? 俺が抱いたあのコはもっと細くて華奢きゃしゃで……)


 上背が近いが色々と絶無な早弓を知っているから、〝有る〟主張に異論は無い。

 くびれから腰へと拡がる上品な曲線美ラインは、芸術的アートと称賛すべきほどに可憐。

 肝心の部位は鳩胸程度な気もするが、命が惜しいのでくちにはしない。


 アレックスがあかく染まった頬を両手で覆い、指の隙間から俺を見上げる。


「私自身、こんなにも急に……と驚いております。王宮の医師が言うには、その……恋を……したから、ではないか……と……」


 そして肌身を焦がされるかのような激しい熱。

 赤黒いオーラの発生源に向くと、殺意溢れる血走った目があった。


 生存本能が脳をフル回転、秒で察して褐色の美女に寄る。


(俺に男趣味は無いしアレックスはたった今の今まで男だと思ってたんだ! 失礼な誤解は謝るけど命を狙われるようなやましい事はしてないし考えてもいないからな! ってかあんたの恋路に邪魔だから睨まれてると思ってたのに、女相手かよ!?)

やかましい! お生まれになって以来あの日まで身も心も清らかで真っ白だった姫様のお心を乱した存在自体がいやしくやましく醜い男め! 我が国ではくちにもできぬ禁忌を、女×女はまだしも男×男などどう見ても猥褻物なのに無制限で誰でも思う存分に買い漁れる羨ましくもねたましい国に生まれた奴にとやかく言われたくはない!!)

(ちょっと待て! 前半にも言いたい事はあるが、後半は俺とは無関係だろ!?)

(姫様のお側から一時ひとときたりとも離れられるはずなく! 外には魅惑の書籍のみならず関連商品まで溢れかえっていると言うのに私がどんな思いでここにいると!?)

(聞けよ)


 そのに浮かぶ涙の意味と、垂れ落ちる鼻水には退かざるを得ない。

 アレックスが穏やかに微笑むのは、シーナの性癖を知っていたからに違い無い。


 睨み合ったまま膠着状態になったところで、教室から担任の声。


「くくく楠原君のお、おお知り合いだそうですね。たたた大変仲がよろしいようで、ななな何よりです。しょ、しょ紹介の途中だったから、教室に戻ってくれると先生、嬉しいな……なんて? あは、あは……はは……は……」


 担任は曇った眼鏡の向こうで、笑顔を引きらせ泣いていた。

 学園の重鎮たちも同様で、冷や汗で済む政府関係者とは立場が違う。

 何かあれば現場に責任が押し付けられるのは、この国ではよくある話。


 不意に、シーナの怒気に満ちた顔が寄る。


「フン!」


 足でも踏まれると覚悟したが、意外にも鼻息を浴びせかけられただけで済んだ。


 世界を出し抜いて成立した国交に、異論や横槍は少なくない。

 友好条約は締結されたが、利害に依らない関係は実績を積み重ねてこそ。

 〝留学〟もその一環いっかんなら無茶できず、人目を引く行為には相応の理由が必要。

 さっきのあれは、アレックスを……国を辱める物言いを止めたとも解釈できる。


 しずしずと品良く歩くアレックスに、二歩下がって付き従うシーナ。

 あの国で慣れた〝後ろ回し蹴りが届かない距離〟を保ち、俺も後に続く。





□scene:03 - 学園:教室



 改めて教卓で待つ担任の下へと歩く二人。


 後ろを歩くシーナの、左右に振り上がる巨大な尻に目を奪われる男子たち。

 女子の方はスマホでアレックスの正体を知り、リアルのお姫様に興味津々の模様。


 新たなクラスメイト、それも異国の美少女に美女となれば盛り上がって当然。

 型に嵌められようとしている身としては、これからを思うと気が重いが。


 喉に手を当て爪が刺さった痕をさすると、微かに浮かぶあの国での記憶。

 巨大な尻と軍服姿、そして今の制服姿が重なり思う確かな違和感。


「シーナ、その制服……三〇で女子高生?」





□scene:04 - 学園:廊下



 瞬きした瞬間、廊下の柱を遙かに超えて階段脇の影。

 喉に腕が食い込み足は宙に浮き、眼球の前には鋭く研がれた長い爪。


 人目につかない暗所で狂気に満ちたが迫り、妖艶な厚い唇が開く。


「まだ二九、だ」





□scene:05 - 学園:教室



 教室での紹介が終わると、アレックスとシーナは退場。

 迎賓館で両国政府関係者やメディアに対応するため。

 授業への参加は明日からと知らされた。





□scene:06 - 学園:迎賓館



 高等部から森と呼ぶべき密度の遊歩道を数分歩くと現れる、古風な洋館。

 伝統と格式ある学園が誇る堂々としたたたずまいは、異国の姫を迎えるに相応ふさわしい。






□scene:07 - 学園:迎賓館:応接室



 昼休みになると俺も迎賓館そこへ呼び出され、豪奢な広間へ通された。

 国や自治体の代議士に様々な団体の代表との会合は、一段落いちだんらくした模様。

 アレックスは、次の予定のため退出していく紳士淑女と挨拶を交わしていた。


 それを横目に、未音さんからようやく現状を説明して貰うに至る。


(……ってなワケ。表向きは〝ん事無き方々の交換留学で親交を深めましょ♪〟。実際んトコは妙なコトをしないされないための担保。人質みたいなものよ)

(あの国が絡んでる話で俺が担ぎ出されるのは、まあ仕方無いけど……)


 それで得た絶大な立ち位置ポジションが、愛里沙たちの件で無理を通すための切り札。

 未確認だが俺の立ち位置を考慮し、配慮して貰えている可能性もある。

 協力を求められたなら、俺に拒む選択肢は無い。


 俺はそれとして、他に選択肢はなかったのかと突っ込まざるを得ない件もある。


(シーナの女子高生姿あれは波風立てない護衛のつもりか。俺たちに海の向こうのヒトは年齢としがわかり難いしそう主張されちゃうなずく国民性とは思うけど、正体知ってる目には大昔のエロ動画なんだが)

(あ、あたしもそう思わないでもないんだけどさ? 学園の周りはこの国の然るべきヒトたちが目立たないようにガッチリ固めてんだけど、中まで筋骨隆々のオジサマやオネエサマが彷徨うろくのはあんまよろしくないのよ。何でもない風を装っとかないと、あの国との友好が面白くない連中にイチャモンつけられちゃうしさ。シーナさんなら実戦経験値無さ過ぎなこの国の団体さんに頼るよりよっぽど現実的。現状では最良の手なのよん)

(そんな事だろうとは思ってたけどさ。なんだかんだで結構馴染んでたし)


 規格外の胸と尻に魅了された男子共に、熟れた魅力はご褒美に他ならない。

 承認欲求を満たすため敢えて否定しようとした輩は、敵と見做みなされ粛正された。


 むしろ、同じ学園の学生として友好的なのは女子の方。

 砂漠でけた肌と無駄な贅肉にくの無い筋肉体からだは、一流トップモデルクラス

 それでいて自らを飾る知識に乏しいとなると、女子たちの格好の玩具。

 ノーメイクと適当に纏めただけの髪型は、素材としてとても美味しい模様。

 完全体でお姫様でもあるアレックスをいじにくいにくい分、生贄となっていた。


 ここでの〝引っかかり〟が外れると、さらに根本的な疑問が浮かび上がる。


(でも、止ん事無いアレックス……さんの留学をで? 国レベルの話だったら、もっとそれらしいとこがいいだろ。東京とか)

(んもうぉ♪ 理由はわかってるクセにぃ♪)


 恐る恐る背後をチラ見。

 慈愛に満ちた笑顔でたたずむアレックスが、そこにいた。

 民の象徴足るべく磨き上げられた完璧な笑顔に、えも言われぬ圧を感じる。


 未音さんの説明が終わったと見做みなしたアレックスが、滑るようにすぐ側まで。

 部屋の隅にいたから、追い込まれているような気もする。


「闇に潜む悪党共に囚われヒトならぬモノとしてさらされ辱められ、いずれは……思うだけで心引き裂かるまで陵辱され生きたまま地獄に堕とされようとしていたわたくしを! わたくしたちの国を!! ……ユウ様はお救いくださいました」


 自覚のない英雄譚だが、その名声を利用しているから否定できない。


「あ、ああ? あ、あれ……ね?」

「この、あの頃はまだ哀れで無様だった身体からだを優しく抱え上げてくださいました! 悪党共の巣が破滅した業火から護り、抱き締めてもくださいました!!」

「あ、あれは……」


 アレックスの目配せでシーナが動き、あの国の役人らしきヒトに耳打ち。

 そのヒトと顔を見合わせた未音さんが、竜手を広げて来賓に向く。


「若いヒトたちの友好を見物なんて野暮ってもんです。私たち大人がいたらやり難いでしょうしねん♪ ささ、大人は大人で大人の話をしましょう!」


 扉が開かれ、列を成し出て行く大人たち。

 アレックスが望む状況と思うと背筋が伸び上がり、未音さんに駆け寄りすがる。


(置き去りにするのか!?)

(盗聴器や隠しカメラは無いと確認済みよ。姫がお呼びになるまで誰も邪魔しないし安心して熱烈歓迎に励んで♪ 仲良くしてくれるとあたしも仕事がし易いし♪)

(異国のお姫様を、さかってる年頃の男子とだけにしていいのかよ!?)

(シーナさんもいるし何もできないでしょ。それに悠佑クンってば、虚無だったときの分遅れてんのか発情期そんなのはまだみたいだし)

(いやいやいや、俺が襲われる可能性だってあるんだが)

(大丈夫大丈夫♪ シーナさんは姫の前で暴走できるコじゃないし。悠佑クンが手を出さない限り……まさか、あの二人狙ってた?)

(なわけねーだろ。ってか〝も〟って何の事だよ。にしても、どうしてこんな……)

(人質として差し出されるに当たって〝まだ言ってなかったお礼を直接〟って、うら若き乙女が恥ずかしそうに頬を染めて涙ぐんじゃってね。その姿がもう感動的で貰い泣きするヒトまでいてさ。それに二人が良い感じだったらあの国とのあれやこれやも安泰で、あのヒトたちの立ち位置も順調に上がってくでしょうし。そんなこんなで、なったワケよ)

(俺の意向は聞きもしないで一切いっさい無視か)

(いやいや、関係者みんなちゃーんと考えてたよ。綺麗ドコロとイチャイチャさせてやるんだから感謝してくれるだろう羨ましいヤツめ、みたいな空気だったような気もするけど♪ じゃね、私が楽するためにも頑張って♪)


 未音さんは最後に部屋を出た黒服とアイコンタクトし、扉へ向かう。


 大人たちが姿を消すと、シーナが扉の施錠を確認してカーテンも閉めた。

 貞操の危機におののく俺の前に立ち、制服を脱ぎ出すアレックス。


 思わずくちを押さえたのは、声を聞いて駆け付けられると俺の立場が危ういから。

 その拍子にバランスを崩し、後ろに倒れて腰を落とす。


 アレックスは幸いにも下着一歩いっぽ手前で手を止めた。

 だが、安堵して腰が抜けたままの俺を跨ぐように仁王立ち。

 膝を着いて、目線を合わせ……乱れた制服を開け、まくり上げる。


「ご覧くださいまし。は、私をお抱きいただきました歳にユウ様のお手が触れたところ。侍女たちに厳しく命じてあの日のままにしております。ユウ様の汗、匂いが残ると思うと、恐れ多くて洗い落とすなどできるはずもなく」

「は?」


 俺の頭上に浮かぶ〝?〟クエスチョンマークを無視、制服を掻き上げ腹と腿を露出。

 その目は、熱く歪んでいた。


とここは、もユウ様の汗が落ちたところ。腿の裏と間のこの辺りは逞しいその腕が。そしてとしらずお触れになり、わたくし恥ずかしくもあんなに……あぁ全てあの日のままわたくしの指と唇と舌の他は何も誰も触れておりません。も! もですぅ! はぁはぁ……」


 救いを求めてシーナを見ると、うつむいて首を振るのみ。

 あの国で誰かを〝変えてしまった〟と責められた日々を思い出す。

 我を忘れてたかぶっているアレックスの下から抜け出し、シーナに寄り恐縮。


「何か……すまん」

「姫は両陛下がお年を召されてからお授かりになられた、ただ一人ひとりの至宝。それゆえこの世に蔓延はびこるあらゆる悪意から遠ざけここのつとおなり、あの件だ。できる限りの手を尽くしたが、最早どうにもならん。この期に及べば私もアレックス様にとって最良の幸せをお手伝いする他ない。そして貴様は責任を取って当然の立場に在る……そうは思わんか?」

「〝責任〟って……」


 この国で〝責任〟を取る上で足らない数字に引っ掛かる。

 察したらしいシーナが、嘆息。


「飛び級されている。学力に問題は無い。高等学校への編入はこの国も了承済みだ」


 あの時がその年齢としなら、あの平面にも納得。

 さっきの子供のように天真爛漫なはしゃぎようも、ほんとう子供そうなら。

 日本に於ける白人評を鑑みれば、同級生なら一五か六と見誤ったのも。


 一般的いっぱんてきな野郎なら、この事態を幸運と受け止め狂喜乱舞するかもしれない。

 だが俺には他に為すべき事があり、護るべき相手がいる。


 そう想った瞬間ふと背筋が涼しくなり、恐る恐る振り返る。

 慈愛に満ちた微笑みと、今想った全てを見通したかのように開いた瞳孔に戦慄。


「ユウ様は悪逆非道な悪党共を殲滅、そのオジ様は情け容赦なき大国であろうと我が国へ迂闊うかつに手出しできぬようにしておいてくださいました。そして思ったのです……これは! これこそが運命!! ……と」

「あ、あのさ? えーとジャパニーズツリバシコウカ? わかる? ……って日本語喋ってたっけ?」

「勉強しました……必死に。シーナにお願いして。今日この日を夢に見て」


 感動に浸るアレックスの後ろで、シーナが歯を食いしばって泣いている。

 〝断れるわけがなかった〟と、その潤んだ瞳が物語っていた。


 現実を見誤った瞳孔のまま、悠然と踊るような身振り手振りで語るアレックス。


「吊り橋効果、修学旅行カップル、文化祭の準備で遅くまで残った二人が想う特別な感情……そのような精神状態におちいるシチュエーションではあったかと。でも、わたくしは違います」

「みんなそう言うんだよ」

「いずれ王となる重責。待ち受ける現実。永く悲願でありました開国……その全ての鍵であり要であるユウ様に抱き締められた私の、この胸の奥から止め処なく湧き出す想い……これを〝運命〟と言わずして! 何と申せば良いのでしょう!?」

「〝勘違い〟じゃないかなー」

「あの日、敵の直中ただなかにありながらあの落ち着き、動じなさ……正に王の風格! この身と国を託すに相応ふさわしいお方は、ユウ様、だ、け♪」


 あの頃の俺は、怖じ気づいたり怯えたりのような負の感情とは無縁だった。

 明日に興味が無かったから、いつ終わっても仕方が無いと思っていた。

 前向きにも見えた行動は刹那的な想いの現れで、信念など無かった。

 彼女にも特別な意識はなく、そもそも男のコだと思っていた。


「あれはだな、アレックスさん? 様と知らずに……」

「今まで通り〝アレックス〟……とお呼びくださいませ。両国の関係を良く思わない者共の耳に届きますと、他人行儀は友好も偽りと怪しまれかねません」

「そ、それは確かに……」


 落ち着いたと見たのか、シーナが回収していた制服を手にアレックスへ寄る。


「姫様、まで来た第一だいいちの目的をお忘れなく。此奴こやつの処遇はそののちにと、両陛下にご承諾なさったはず」


 シーナが助け船を出してくれた。

 船頭が明らかに俺の死を願っているが、他に現状ここを脱するすべが見当たらない。


「〝第一の目的〟?」

「貴様と叔父上の助力によって、我が国は閉ざされていた未来への扉を開けはした。だがその先は余りにも暗く、長く険しい」


 身だしなみを整えたアレックスが、一国いっこくの姫らしい悠々たる態度で語る。


「今なお我が国を傀儡にせしめんとするちからがそこかしこより及んでおります。それも生き延びるすべひとつではありましょう、ですが平穏な日々は終わり、二度と……」


 有無を言わさない自然体に、自然とうなずいてしまう。


「どこかに寄れば、別のどこかは面白くない。負け組になりたくないから黙って見てられないし、邪魔された方も黙って引き摺り下ろされたくない。そうなると行き着くとこまで行くしかない……か」


 協力と言い換えた間接的支配、内戦、分裂、それがための他国の介入。

 権力ちからある者たちの狩り場と化す未来など、悪夢でしかない。


 シーナが巨大な胸を張る。


「海に囲まれた天然の要害にあり、どの大国とも浅からぬ間柄でいて、距離を置けるちからを有する先進国……貴国との良好且つ対等な関係構築を期待できる現状いまは、我が国にとって得難い好機なのだ」

「何だかんだ言って金はあるらしいし、あちこちと同盟してて手を出し難そうだし、組む相手としては悪くないのか」

「貴国も我が国の資源を含む地政学的価値を高く評価してくれている」


 中にいると粗が目立つが、外からは使えるところを高く評価する場合もあるのだろう。

 アレックスが瞳を潤ませ見上げてくる。


「ですがこの世の中、善いヒトばかりではないのも事実……我が国は貴国がお望みの通りにお応えする所存、ではありますが……」

「自分の懐や地位のために利用しようとする、小賢しい奴もいるだろうな」

わたくしに託されました使命は、真に時代を共にすべき方々を見定め、貴国と、貴国から繋がる国々との扉が開かれるよう時代ときの流れを整える事にあります。それは第二、第三の者では叶いません。後々〝勝手に言った〟とされよう者と、真の友に成り得ましょうか。ゆえに次代の王たる身を以て。わたくしがここにおりますのは、民の未来を背負う覚悟……とご理解くださいませ」


 シーナがうなずく。


「国レベルの交渉は役人がお膳立て、その上で大臣や首長の出番となろう。だが我が国は外交ルートが確立しておらず、貴国の誠意に頼るのみ」


 大人抜きでしたかった話はアレックスのアレだけではなかったと理解し、嘆息。


「〝誠意〟ね……この国にそんな高尚な覚悟があるかな?」


 シーナが暗い表情かおうつむく。


「現政権へは悠佑殿の叔父上が根回し済みだったようだ。全てあのおヒトが用意した筋書き通り、現状に満足していると感じる。仮に納得していなくとも叔父上を強烈に怖れている節があり、その思惑からは逃れられんと見た。だがしかし……」

「政権が変わればその限りじゃない。世界の裏で暗躍してた伯父貴は行方不明」


 うつむいたままのシーナの前で、アレックスは真っ直ぐ俺を見る。

 その意を解し、台詞せりふを続ける。


「そこで〝永く続く権威に敬意を払う〟って価値観のあるこの国に、永く続く王家のお姫様。敢えて決定権の無いいち留学生として。今この国を仕切ってる連中だってその方が都合がいいだろうし、下手に波風立てないを期待できる。俺と同じ学園なら伯父貴の影もちらつくから、現状いまが続く間は迂闊うかつに手を出せない……ってとこか」


 スカートの裾を持ってお辞儀するアレックスと、深く頭を下げるシーナ。

 その覚悟には相応の態度で返すべきであり、嘘はけない。


「大体事情はわかった。俺もそっちとの繋がりを利用させて貰ってるし、できる事があれば強力するよ。それは約束する。でもアレックス……俺にはもう……」


 フラグが立ちそうだが、俺が選ぶ選択肢は考えるまでも無い。

 〝ハーレムもの〟とは、誰か一人ひとりに絞らず全員を手放さない状態。

 どのヒロインにも優しいのではなく、自分に優しい主人公の物語と思う。

 ただ一人ひとりを護りたい、護りきれるかどうかもわからない俺には無縁の設定。


 不意に笑顔を花開かせ、辺りを踊るように歩き出すアレックス。


「従兄妹のヒナタアリサ様、一五歳。私の他にもう一人ひとりいた、悲しい終わりを迎える直前まえにユウ様の手で救われた、幸運な女の子」


 可能な限りつきまとい、ロリコンとさげすまれているのは周知の事実。

 それも特別な関係ではあり、噂を耳にして解釈するのも無理は無い。

 取り敢えず、アレックスが思うような関係ではない事実を表明しておくべき。


「いや愛里沙は……」


 音もなく素早く擦り寄ったアレックスに、くちの前に指をかざされ黙らされた。


「戸籍上はクスハラアリサ。〝ヒナタ〟はオジ様の娘とかたる以前。これを名乗るは、ご両親はもういないと幼い妹様たちが思い、知る愚を避けるため。そして下賎な輩に詮索され騒ぎになるを嫌った学園の配慮……そうのはミサキ様ですが」


 未音さんの仕事が見破られていた事実に戦慄。

 身内には隙だらけだが、対外的にはあの伯父貴が一目いちもく置くほどのヒトなのに。


 二の句が継げない俺の周囲を、悠悠と歩くアレックス。


「ご両親の最期と非道の仕打ちは敢えてくちにしませんが、悪辣な者共が牙を剥く前によく行かれた公園、お店、好きな食べ物好きな色、告白された回数に運動会で軽快に駆け抜ける動画その他諸々存じております」

「な!? んだと……こ、ここ告白された回数まで……」


 できうるなら運動会の動画は目にしたい。

 狼狽うろたえる俺の懐まで迫り、見上げてくるアレックス。


「あの娘とはまだキスだけ……でしょ?」

「え?」

「大雨の日、傘の下……」

「ど! どうしてそれを!?」


 それは愛里沙が気を失う直前。

 手は傘を持ち愛里沙を抱え、顔で支えるしかなかった瞬間。

 俺自身あれがだったのか、実際に触れたのかどうか自信が無い。

 大雨を受ける傘で視界は歪み誰かに見られたはずはなく、忘れようとしていた。


 数歩退がって、得意満面のシーナを背に仁王立ちするアレックス。


「世界に見捨てられ、忘れ去られた小国が永く生き延びたのは偶然ではありません。正面から太刀打ちできねば、内に忍び崩す手もあります。諜報戦には秀でていると、自負しておりますの」


 遠い異国から来たはずが、優秀な捜査官である郷里さんを超えている。

 雨と傘の下を知っているのは、相応の人材か技術を擁している証左。


 となると不思議に思うのは、アレックスの余裕。

 俺の想いを知りながら、知っている事を誇る笑顔の理由がわからない。


 俺の心を見透かしたように、楽しそうに笑うアレックス。


「永く孤立していた我が国には、真っ当な国々ではとうの昔に忌諱きいされ廃された法や慣習が今尚残るものがあります。民の平穏は国体の維持あってこそ、即ち、王の滞りなき存続もそのひとつ。未だ後宮が在るは王に限り一夫多妻制が許されている……とも言えましょう。それをよしとしない考えが浸透しいずれ廃されるとしても、今すぐではありません」

「な……何を言いたい?」

わたくしの夫となりなさい。王と成ってアリサ様を後宮に召し上げるのです」

「は?」

「他の国々の後宮それが如何な意味を有していたのか詳しく存じ上げませんが、我が国の第一だいいちは国の、民の穏やかな日々が永遠とわに続く事。どの姫が次の王母となろうと歓びはひとつ。それがアリサ様であっても、わたくしを含め誰も咎めはしません。せっかくできた御学友との仲をそのままに、とお考えならチグサ様やハヤミ様もお迎えなさいませ。誰にも疎外感を抱かせぬよう、子もおつくりになると良いでしょう」

「は?」

わたくしとて、誰にも負けるつもりはございませんが」


 世界から見放されても生き延びた小国、だからこその強さは計り知れない。

 だがしかし、ハーレムルートに進む気などないのだから退くわけにはいかない。

 かけがえのないたったひとつさえ巧く歩けていないのに、他のルートなど目に入らない。


 拳にちからを込め、アレックスを見る。

 彼女が背負う重く大きな現実を思うからこそ、無責任な返事はできない。


「アレックス! 俺は……」


 俺の鼻先数センチに、スマホを突き出すアレックス。


「こんなのもあります♪」


 画面そこにあったのは、一枚いちまいのエロ写真。

 手前に冴えない男の横顔と裸と思しき肩。

 そいつに四つんいで覆い被さる全裸の美形。

 思わず狼狽うろたえ半歩後退、脚が絡まり腰を落とす。


「そ、はあの基地からヘリで脱出した時の……」


 元より申し訳程度にしか隠していなかった美形が、なった覚えはある。

 俺もシートベルトに絡まり引っ張られ、肩が露出した事も。

 ポケットにあったスマホに触れて電源が入った気も……


 諜報戦にけているなら、俺のスマホから動画を抜くぐらい容易だったろう。

 アレックスは膝を着いて俺に跨がり、再びスマホを見せ付ける。


「こんなのも♪」


 は、横たわる裸に見える男にまたがりる美形。

 誰が何を妄想しようと、俺には合体中に感極まった様子に見える。

 ヘリが乱気流に揉まれた際のものに違い無いが、信じる者などいないだろう。


 アレックスがスマホの上で指を滑らせると、次々と現れる美形の痴態。


「ちなみに、元は動画です♪」


 即ち特定の意図に基づく切り抜きであって、印象と事実は大きく異なる。

 俺たち以外の事実を知らない人類が、何を真実と思うかは考えるまでもないが。


 シーナが真顔で俺を睨む。


「この時アレックス様は、まだ九歳ここのつ。幼女趣味とさげすまれていても実際は違う……そう知る者たちがどう思い直すかもよく考えた方がいい」


 どんな高等話術を駆使しようと、この一枚いちまいあれば俺への評価は確定する。

 完全に制したと見たのか、悠然と立ち上がりシーナと並ぶアレックス。


「ご安心くださいませ。公開はいたしません。そんな事をすれば我が国の未来までが危うくなると、承知しております」


 自らの醜態など意に介する様子はなく、国のみを憂う姿に本気を思う。

 エロいサービスだけで終わるはずがなく、さらなる不安で呼吸いきがままならない。


 アレックスが不敵に笑う。


「でも、やっと穏やかな日々に辿り着かれましたアリサ様がご覧になりましたら……どうなりましょう?」


 予測していた台詞せりふだが、だからと言って対策はまだ思い付いていいない。

 何も言えない俺に、何も言えるはずがないとわかっていたように彼女が笑う。


一人ひとりに拘り全てを失うか、全てを手に入れ愛されますか……アリサ様を想えば想うほどわたくしを棄てられはしない……お優しいユウ様ならお理解わかりいただけると、信じております」


 その勝ち誇った笑顔に圧倒されつつ、思うところあってシーナに向く。


「アレックスって、今いくつだっけ?」

「先月、一〇歳になられました」

「は……はは……」


 生まれた瞬間ときから王と定められて生きるオーラは、この国の常識では計り知れない。

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