04-03:プリンセスと最期の夜・3

□scene:01 - 学園:教室(数時間前)



 悠佑がシーナに教室の外へ圧されていった後を、悠悠と歩いて行くアレックス。

 教室は当然騒然、狼狽えおののき声も態度も及び腰の担任に制する事など不可能。

 そんな中、二人を心配そうな表情かおで負う愛里沙……を無表情で眺める弘毅。


(人類代表レベルのコが、まさかの二人目。〝他人ヒトに興味が無かった〟とか言ってたクセに、何人その気にさせてんだか。〝やるべきコトがやりたいコト〟ってだけでも激レアなのに、偶然出会った特別な誰かに特別と想って貰える人生なんて一生分いっしょうぶんの運を使い果たしたって足りるワケない。足が出た分で酷い目に遭わなきゃいいけど)


 ふと愛里沙の落ち着かないと合ってしまい、得意の笑でを返す。

 唇で〝大丈夫♪〟と伝えたが、その言葉に根拠など無い。

 そして自己嫌悪。


(絶対に有り得ないコトを有り得ない♪ ってドヤ顔した後すぐにコレ……どうしてオレって最低野郎なんだろ……)


 困惑したままの愛里沙は、考察で盛り上がる女子に取り込まれ再び廊下へ向く。

 弘毅も皆に合わせて同じ方へ向くが、そのは何も見ていない。


(心は向き合ってるのに目を逸らし合ってるのが見てらんなくて、ハッピーエンドになって欲しくて……でもこれじゃ、日向さんを上げて落としただけのイヤガラセ)


 戻って来た直後、褐色の美女と共に豪快に吹っ飛んでいく悠佑を目で追う。

 視界の端に残していた愛里沙のは、潤んで溢れそうだった。


 弘毅は天井を見上げ、彼が最も嫌う人物……彼自身の唾棄すべき今までを思う。


(どうでもいいに絡まれて、そのを好きな友達……だと思ってたヤツが怒って、そんなつもりは無いから誤解を解こうと頑張ったら余計にこじれて余計なコトすんなとウザがられて……それでもすがり付いてやっと仲良くなれたと思ったら、〝悩みなんか無さそうな顔して、どうせ心の中で笑ってたんだろ〟って吐き捨てられて終わって。終わってくれたらまだいい方だったな。いつもどこでもオレの居場所何て無くて……好きでこんなヘラヘラした顔に生まれたんじゃないのに。生きてるのが辛くて、でも死ぬ勇気なんかなくて、誰もオレを知らない遠くまで来てリセットしたのに……)


 窓の外、何処までも青い空に初めての日を思う。


他人ヒトと関わっても上辺だけって決めたのにな。初日に足が滑って〝上辺〟どころか絡み付いて押し倒した相手が〝丁度いいからよろしく〟って。情けない体格からだのオレを女子の誰かが〝可哀想〟と憐れみやがって、犯人扱いされそうな空気になってくのに〝どうでもいい〟って何でもない表情かお。〝オレといたら不幸になるよ〟って言ったら〝運がいいから大丈夫〟って黙らされて……嬉しかったな)


 そして、その〝相手〟が消えた廊下の向こうに向く。


(自分の目で見た世界に生きてて、他人ヒトが何を言おうと気にしなくて、一緒いっしょにいると〝オレはオレでいいんだ〟って心が楽になれて……絶対に〝狙った〟〝盗った〟ってならないもいて……ずっとトモダチでいて欲しい、きっといさせてくれると思える誰かがこの世にいた幸運を、カミサマに感謝してたのに……)


 その〝誰か〟がいない教室を見渡す。

 目が合った女子が手を振り、目だけで笑って返す。

 そのには彼氏がいるから、迂闊うかつな事をするつもりはない。


 聞き慣れた声に自然と顔が向き、智那と遙香が慰める愛里沙がに入る。


 愛里沙も智那も遙香も、全て〝誰か〟を通して繋がっている。

 そして思う、心から側にいたいと想った〝誰か〟がいないと世界に独り。


(今までのように上辺だけの付き合いに切り替えて、クラス替えまでヘラヘラ笑ってフェードアウト……が楽だけど。トモダチがいる幸せを味わった後はキツいな)





□scene:02 - 街:市街地



 (無言の)愛里沙と一緒いっしょの帰り道。


 智那と早弓は、それぞれ緊急の呼び出しが発生して居残り。

 愛里沙が出席する予定だった何某なにがしかの委員会は、欠席届け多数で順延。

 愛衣と愛彩はどこかのクラブから助っ人の要請、帰りは少し遅いらしい。

 アレックスとの関係に騒いでいたその他大勢も、それぞれ所用が発生の模様。


 帰り際に〝頑張って♪〟と耳元で熱くささやきやがった弘毅やつのお膳立てに違い無い。

 全てが奴の仕業でなくとも何割かは確実、波及効果も想定しての所業だろう。

 面白がられている気もするが、せっかくの機会を逃す手は無い。


 彼女らを棄てたかのような世界に腹が立ち、〝なら俺が〟と踏み込んだ。

 他に乗り換える、棄てると取られかねない展開は本意ではない。


 ゲームならHPゲージが常時真っ赤な愛里沙は、建物の影を選び五歩先を行く。

 影が途切れた後も日傘に収めるには、その前に誤解を解かなければいけない。


 二歩分足を速めて声をかける。


「あ、あの……愛里沙……さん?」


 愛里沙は振り向かず、歩みを止めずつぶやく。


「アレックスさん、綺麗だね」

「え? あ、そ、そうなのかな?」


 それは俺の常識から外れた金髪や白さに芸術アートを思い、評しての言葉。

 照準に収まらない相手に、見て感動する以上の感慨は無い。


 愛里沙は少し頭を垂れ、少し猫背になってつぶやく。


「背も悠佑と丁度いい感じだし」

「そ、そうだっけ?」


 この先ずっと小さなままの愛里沙に〝一〇歳の子供相手に張り合うな〟は禁句。

 とは言えこの話題ルートに適切な選択肢が思い浮かばず、取り敢えず話題を逸らす。


「俺たちとは住む世界が違うよ。同じ制服を着て目線を合わせてくれても、に映る風景は違うさ。愛里沙とは次の足を置く地面を見てるけど、アレックスはずっと高い立ち位置ところからたくさんのヒトたちと創っていく未来を見渡してる。お互い少しの間は向き合えても、ずっとは無理ってわかってる」


 アレックスもわかってるからこそ、あので繋ぎ止めようとしているのだろう。

 愛里沙は背を向けたまま、日影を歩いていく。


「でも前はあのおうちを見上げた事もなかった私が、今はそこに帰ってる」

「見てなかっただけで見えなかったわけじゃない。俺と会ったのだって誰でも通れるただの道路みち。さっきまでいた学校も愛里沙自身が頑張って門を開いた。何があるのか見当も付かない雲の上とは、まるで違うさ」

「目の前で誰かが困ってて、そのヒトのために雲の上に行かなきゃってなったら行くでしょ? 悠佑ってそんなヒトだから。私だって……」

「愛里沙と会うまでは早弓が言ってた通り無気力無関心なクソ駄目野郎だった自覚があって、今も大して変わってないと思うんだがな。ま、国と国の間で手を繋いでおく役を利用してる借りはいずれ返すにしたって、俺にできる事なんざたかが知れてる。手が届く範囲とこで何かあったら見ないふりはできないかもしれない。でも、それが俺の精一杯せいいっぱい。夢を見てくれてるあのには悪いけど、王様の器じゃないよ」


 次の言葉を待ったが、うつむいて歩く背中を一〇秒眺めて〝まだ俺のターン〟と理解。

 声をかけようと歩みを速めた瞬間、愛里沙が蹌踉よろけた。


「きゃ」


 咄嗟に突進、弾みで後ろへ振られた手を掴む。


「大丈夫?」

「ご、ごめんなさい」


 愛里沙は前を向きうつむいたまま、肩を震わせている。

 帽子と眼鏡に阻まれ、表情は読み取れない。


 単純に痛いのかアレックスの件で焦らせたのか、いずれにせよ俺のせい。

 愛里沙のためにと思いながらも果たせていない現実に、呼吸いきが詰まり胸が痛む。


 どうにかが見えるまで顔を傾けてはくれたが、目線はらしたまま。


「ごめんなさい」

「わざとじゃないんだし、謝るような事は何もしてないよ。それよりどこか痛いとか辛くて? 智尋さんに……」

「わ、わざと! ……なの。つまづ……しようとしただけで」


 混乱して固まる。


 常時いつも〝生きる〟だけで一杯一杯いっぱいいっぱい、嘘などという詰まらない価値観とは無縁のはず。

 ここで途切れると取り返しが付かなくなる予感に、慌てて言葉を絞り出す。


「で、でもど……して……そんな……」

「こ、古賀君が悠佑のコトだから〝手を伸ばして転ぶフリすれば絶対に掴む〟って。上手く〝フリ〟ができなくて、本当に転びそうになっちゃったけど」

弘毅あいつが? 何考えてやがんだ」


 そう言いつつも、愛里沙の手を握っている事実で表情かおが綻びそうになる。

 何のつもりかは、ラーメンでもおごってやった時に問いただそう。


 の中で、愛里沙の小さな手が俺の指を掴む。


「〝誰かに割り込まれたくなかったら繋がっちゃえ〟……って」

「あの野郎……」


 チャーシューと煮卵を追加。

 何なら替え玉も無制限で許す。


 血の巡りが悪くどこも冷たいはずの全身からだが、今は熱を帯びて見える。

 愛里沙の横顔は耳まであかく、ほのかに暖かい小さな指が俺のの中で動く。

 握り、掴まれている関係を〝繋いだ〝にしたくて、俺も彼女の指に合わせる。


 なった瞬間、顔を上げた愛里沙と目が合う。

 俺もきっと、目を見開いたその表情かおと同じになっている。


 どちらからともなく前を向き、黙って歩き始める。

 木漏れ日の中、影を心地好く思うのは顔が火照っているから。


 掌の中で、指と指の間に愛里沙の小さな指が引っ掛かる。

 離したくない、離されたくない思いが結実した偶然のカタチ。

 実際に目にした誰かにどう見えようと、俺には紛れもない〝恋人握り〟。


 同じ表情かおをしていた愛里沙も、きっとそう思っている。

 そう確信できる事実ことが尊く、嬉しい。


 緩い水風船の上を行くように、足の裏が柔らかく歪むかのよう。

 〝地に足が着かない〟とはこの事かと感心しつつ、口元が緩む。


「た、確かにこれだと誰も割り込めないな」


 掌の中で、愛里沙の小さな手にちからが入る。


「余り手にちからを入らてられないからずっとは難しいけど、今は……だよね」


 他でもないが求められている実感に、身体からだの奥から熱が沸き上がる。

 痛くないように優しく慎重に、でもしっかりと愛里沙の小さな手を握る。


「大丈夫。俺が離さない」

「それも〝契約〟?」

「そういう事にしとこう」

「悠佑」

「何? 契約更新?」

「うん……そかも。あのね、悠佑」

「どした?」

「呼んでみただけ」


 俺を見上げるあかい笑顔が、尊い。


 どんなに手入れをしても乾く髪や荒れた肌を見て思う、俺の役割。

 生きている実感、生きようと思うまでってくれた幸運に目が熱くなる。


 ふと、愛里沙の愛らしくも綺麗な顔が曇る。


「あのね……」


 何度か顔を伏せて見上げるを繰り返し……

 前を向いて呼吸いきを整える。


「ずっと聞きたかった事がひとつ、あるんだけど……」


 普通のができるまでになれたとは言え油断はできず、緊張して息を呑む。


「〝言いたかった事〟じゃなくて?」

「うん……ずっと気になってて、でも聞いちゃダメな気もして、でも……」


 人生の大半を呆けていた俺の底は、浅い。

 綺麗なに映る冴えない野郎が俺の全て、比喩的表現抜きで他には何も無い。


 愛里沙は気にしても俺にはどうでもよく、現実に問題無い事かもしれない。

 いずれにせよ彼女が気に病む必要は無く、不安を煽らないよう平然と尋ねる。


「何?」


 ゆっくりと顔を上げ、目を合わせ……

 小さく首をかしげて、小さな唇を小さく開く。


「悠佑……大丈夫?」


 未だ危い愛里沙に、五体満足の俺が心配されるのは想定外。


 目まぐるしく変わる日々に追い縋る無様さを案じてくれたのなら、それは杞憂。

 生きる意味が無かった頃ならまだしも、今はみなぎる活力が誇らしい。


 それに、〝大丈夫〟なは慣れている。


「愛里沙にそう言って貰えるだけで元気が湧いてくる。俺は大丈夫だよ」

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