04-04:プリンセスと最期の夜・4

□scene:01 - 学園:迎賓館:応接室



 初めて手を繋いだ日から、暫く経った日の昼休み。

 思いがけない話に、思わず声が大きくなる。


「また、あの国に?」


 迎賓館で政府のヒトに手渡された受話器の相手は、未唯さんだった。

 たかが電話にわざわざ迎賓館ここまでやってきたのは、盗聴を警戒しての手間。


『乗りかかった船から下りちゃえるほどの器用な性格キャラじゃないし、コレがあのらに役立ってるフシもあるから、〝行かない〟とは言わないよね? 取り敢えず明後日に記者会見と晩餐会パーティ。明日は両国の役人その他大勢とその打合せ。資料やら何やらその他諸々今晩持って帰るから、覚悟しといてねん』

「元はと言えば、世話んなってる叔父貴の仕事だからな。俺で務まるなら……それはそれとして、えらく急な話だな」


 ついさっき聞いた出発は夏休み中、仮の予定では八月に入った辺り。

 急なようで一ヶ月ひとつき先なのは、諸々の手続きに加え政治家の点数稼ぎセレモニーのため。

 ここでの〝急な話〟は、俺には無意味な行事が今すぐの勢いで始まると聞いて。


『まーメンドクサいけど万全の態勢を整えるための時間稼ぎでもあるからさ。実際、郷里クンやお友達が水際で潰してる悪巧みも、ここんとこ急に増えてるみたいだし』

「専門的な話はよくわからないから任せるよ。悪いようにはしないんだろ?」

『そのつもりよ。その辺りも今晩直接話すわ。じゃねーん』


 警護役だか監視役の無表情な黒服に受話器を渡し、申し訳なさそうな顔に向く。

 正確には憂う白い美少女と、この期に及んでも俺を殺意で睨む褐色の美女。

 アレックスが恭しく上品にこうべを垂れる。


「申し訳ありません……我がままをお聞き入れいただいて」

「アレックスが謝るこたぁないさ。世の中思い通りにならない事ばかり、なのに計画の変更は俺が直接確認しなきゃならないように仕込んでたのは伯父貴。〝いつかこんな事もあるだろうな〟ぐらいに思ってたし。そもそもが大袈裟な話だから、サインして判子しただけで今までっとかれた方が幸運だったんだよ」


 この立場で姉妹のために無理を通す事は今もあり、応じないわけにはいかない。

 大筋に迷いは無いが、全く何も気にならないわけではない。

 素朴な疑問がいくつか浮かぶ。


「でも、叔父貴の悪巧みは悪意を詰め合わせた契約書で順風満帆だと思ってたのに。大抵の厄介事は自動的に無かった事になるか邪魔者は滅ぶはず。今になって俺本体が必要なんて、何があったんだろ?」


 未音さんあのヒトが携わった仕事なかに、漏れや見落としなどあるはずが無い。

 他の要因を鈍い頭から物理的に絞り出す思いで、腕を組む。


「寄生虫は大佐が根刮ぎ退治したから、もう人目に付いた作戦に〝救国の英雄〟様が正義を主張アピールしてわからせる必要もないはずだし」


 〝様〟付けなのは、コントを装わないと正常まともくちにできないからに他ならない。

 冴えない顔も、引き攣った愉快な笑顔になっていると思われる。


 閑話休題それはともかく


 寄生虫の群は政財界の中枢や軍の他、新聞社や放送局にまで巣くっていた。

 当然、メディアを使って自分たちこそ正義であると主張して激しく抵抗。


 そこへ民の希望たるアレックスを救った英雄様が、〝悪いのはあっち〟と宣言。

 国中が、正義の使徒たる大佐を支持する声で大いに沸いた光景を覚えている。


 だが、話題があの国になるとアレックスの表情かおが俄に暗くなる。

 シーナが黒服の一人ひとりに寄りささやくと、公安だか特戦群だかのむれは退出。

 すんなり退く様子に違和感もあるが、警護なら部屋の外でも可能ではある。


 扉が閉まると、神妙な表情で俺に向く二人。


「実は、事業についてのお話はこの国で波風を立てないための方便。本当はユウ様をお護りするためなのです」

「俺を?」

「我が国を蝕んでいた闇は根刮ぎ討ち払われました。レイス卿……大佐とその旗下に集いしつわものたちが二度と邪悪な根を張らせはしないでしょう。ですが、その残党共がユウ様を狙い蠢いている、との情報を得たのです」

「あー……それだけの事はやった事になってるしなー」


 実際にやった事と評判に差がありすぎる、理不尽な展開。


「でも、そういう事ならこの国の警察に任せとけばいいんじゃないか」


 一般的いっぱんてきには、世界レベルでも相当に優秀と評されていると聞く。

 実際、落ちこぼれを自負している郷里さんですら公僕としては誰も疑わない。


 憤怒の表情で踏み出すシーナを、アレックスが制する。


「それが、聞き入れては貰えず……双方の情報に食い違いがある、確認して知らせてくれる、とだけ。実際、何ら対応していないようなのです」

「なるほど」


 大手柄を立てた郷里さんたちは、称賛される以上にねたまれているとも聞く。

 〝出る杭は打たれる〟として知られる、この国では普遍的な価値観。

 嫌がらせの一環いっかんとして関係者に非協力的なのも、有り得る話。


「ちょっと待った。となると、もう既にヤバいんじゃ? 学園ここもそうだし往き帰りの道中もそうだけど、まず狙われんのは俺ん……」


 アレックスが小さく首を振る。


「狙われているのはユウ様お一人ひとり。そしてユウ様のご自宅はこのシーナを以てしても潜入が叶わなかった堅牢さ」

「忍び込もうとはしたのか」


 再開以降は大人しく、立場をわきまえたのかと思っていたらそうでもなかったらしい。

 学年性別分け隔て無く親睦に勤しんでいたのは、それも彼女の役目だからか。

 俺への直接的攻勢アプローチは失敗していただけで、本性に変わりは無かった模様。


 シーナが前に出て一礼いちれい、アレックスがうなずくのを見て俺に向く。


「セキュリティシステムに怪しまれると、エレベーターと階段のシャフトが装甲板で塞がれる仕掛けはまだしも、報復される怖れまであっては試す事すら叶わなかった。そもそも我々が知る物質、論理ではつくられていないと言うしかない。そして建物の基礎や柱、最上層付近は全てが極めて強固。戦車の装甲程度ならどうにでもなる私が傷のひとつも……残る侵入経路ルートは壁を登り窓を穿うがつぐらいだが、どうせただのガラスやアクリル板ではあるまい。一体いったい何なのだ? とても地球産には思えん! 二三世紀のデパートから取り寄せでもしたか!!」


 俺には想像の範疇に収まる実態だが、シーナのいきどおりもわからないではない。


を造らせたヒトが、この世の常識を気にしてないからな。世界中を飛び回って仕事するついでにどっかの軍事機密だか企業秘密でも手に入れて、私利私欲のために使ったんだろ」


 呼吸いきを整えたシーナが、努めて抑えて話を続ける。


「この国の機関が頼れずとも、我らの手の者もいる。敵がそれを知らぬはずがない。直接も狙撃も容易ではない上で確実を期すなら……極論だが、遙か遠くから戦術核を撃ち打ち込まれる怖れを否定できない」

「ま……っさか?」

「核までは使わなくとも、あのマンションから出たところへ燃料気化爆弾を放ち辺り一帯いったいを吹き飛ばす手もある。連中が我が国で何をし何をしようとしていたか、貴様もその目で見たはず」

「それは……」


 確かに周辺国を壊滅させる巡航ミサイルまで揃えていた。

 そして盤石の体勢にあともう少しで滅ぼされる、考え得る中で最悪の結末。

 そういたした俺への恨み、潰された面子の回復に手段を選ばないのは当然で必然。


 シーナが見るからに俺とくちを聞きたくない表情かおで、俺を見下ろす。


「狙いは我が国から未来へを奪った上で偽りの光を指し示し、再び自覚無き隷属へのみちを歩ませる事。そのためには心から言葉にしたくはなく仕方なくくちにするが、今や精神的支柱となっている〝救国の英雄〟を亡き者とし民に知らしめるが確実。連中に逆らった者諸共、経済大国なりの軍事力を有するこの国で街ひとつが消滅……抵抗など無意味と知らしめる良きデモンストレーションにもなろう」


 言いたくない言葉を言い終わったからか、俺に正対するシーナ。


「無論ならぬよう尽力するが、この世に〝絶対〟など有り得ん。だが万一まんいちに備え市中に潜ませている者共は、本来いてはならぬ者たち。両国の関係を鑑みれば余程の事態とならなければ使えん」


 アレックスがうなずく。


「両国間のより良き未来を想えば貴国を信頼してお任せすべき……ですが危機を知り今できる事があるなら……採るべき選択肢は後者、と私は考えます。ユウ様を本国に託した後、わたくしも表敬訪問の名目で米国へつ予定。この地に残る者たち全てを他の皆様の護りに回せます。我が国へのご招待は我が国のため。そのためにはユウ様のみならず皆様の無事が絶対と覚悟している事、ご理解くださいませ」


 情や施しではなく利己的な理由と聞けば、真に必死とうなずける上手い物言い。


 俺が消えると〝あの国が正常まともな国となるために必要な行程〟も一緒に消える。

 そうなった頃は生命いのちすら成り行き任せだったが、今は護りたいらがいる。

 Win-Winの関係なら、拒む理由は無い。


 アレックスが俺の目を見てうなずいたのは、承諾した表情かおになっているからだろう。


わたくし共が得た情報と過去の例から導き出した、賊が十分な準備を整え足並みが揃う頃合いは夏の長期休暇中かと」

「なら未音さんたちが動いてる表向きの予定は、囮か。下手に隠して探られるより、形式的だけどあるべき行事を重ねていると思わせるために」

「はい。島国ゆえに船か飛行機か……いずれにせよ出国時が最も危険。詳細をお話ししないのは機密保持、そして直前まで賊の動向を見計らうためとお考え下さいませ。本国より特別な訓練を受けた者たちを呼び寄せ、道中の警護にお着けします。どうかご安心を。我が国の威信を賭けてお護りいたします」


 当然の懸念をシーナに向ける。


「そんな手練れを俺に回して、そっちはいいのか?」

「姫様の警護は今まで通りだ。貴様に着ける近衛の精鋭は、特別機の乗員に扮して。貴国を信用していないと疑われる愚は侵さんよ。〝今まで通り〟我らが必要と考える数も武装は許されんが、いざとなれば私一人ひとりでも。素手の格闘すら慎重を強いられるこの国では肉の壁にしかなれずとも、役目は果たしてみせよう」


 アレックスが穏やかに微笑む。

 その意と年齢としを思うと、一点いってんの曇りも無い覚悟が重い。


「貴国のご助力もあり米国を始めちからある国々とお話する機会を得ております。個々の想いは様々なれど、我が国ではなく礼を尽くすべき相手の面子を潰さぬよう貴国はわたくしを護るでしょう。何より総てシーナの随伴が前提。今のユウ様より、余程安全とお考えくださいませ」


 手が届かない話を気にする意味は無く、目を向けるべきは次の一歩いっぽを置く足下。


「で? 俺はこれからどうすればいい?」


 アレックスにうながされ、シーナがうなずく。


「いつでも、例え今晩でも出立しゅったつできるように最低限の身の回り品を常に携帯しろ。パスポートや長期の外出を覗わせるようなものは、敢えて仕舞ったままにしておけ。手続きなど後でどうにでもなる」

「わかった」





□scene:02 - 学園:森林小道



 予定が詰まっているアレックスを残し、迎賓館を後に。

 本校舎との間にある森の中、整備された遊歩道を一人ひとり歩く。


 実態がどうあれ決めた理由は危険の元凶、即ち俺をみんなから遠ざけたいから。

 相変わらず俺自身の未来に興味は無いが、姉妹の将来が気にかかる。


 そして最悪の事態を俺が消える事で避けるとなると、別の問題が浮き上がる。

 家事全般を担っている俺が抜けた穴を、埋めておく必要が。


 家事代行のようなサービスに頼る手もあるが、なるべく他人を入れたくない。

 虐待者との過去を思うと、うちは絶対安心な城のままにしておくべき。


 今現在うちに入れるよう設定してある中から、となると選択肢は多くない。

 ここ数ヶ月の間、手を差し伸べてくれた中で大体の実力は把握した。


 この件を含め忙しくなる未音さんは頼れず、そもそも家事全般が壊滅的。

 多忙な智尋さんは業者任せだったため、その経験値は皆無と実際に見て実感。

 娘の智那も同様で、頭の中だと無双できても手脚を動かすとなるとまるで駄目。


 前線に復帰した郷里さんは多忙を極め、それ以前に家事のたぐいは未音さんの遙か下。

 器用そうな弘毅はうちに上がった事がなく未知数、今から期待は楽観的に過ぎる。

 無理をしようとするに違い無い愛里沙は、双子に言い聞かせて止めさせよう。


「仕方無い……早弓あいつに頭を下げるか」


 常に正面から威圧されていた俺には、凶暴な脳筋女でしかなかった。

 しかし最近は俺の前で愛里沙にも向き、今まで見えなかった面が視界をかすめる。


 意外にも洗濯は素材に応じた洗い方で畳み方、掃除は隅々まで行き届く。

 意外にも料理まで玄人裸足、和食は高級料亭に慣れた未音さんが舌を巻くほど。

 意外にも家事の全てに渡り極めて丁寧、無限の体力に任せて手間暇を惜しまない。


 智那によると家が和風で礼儀作法に厳しいらしく、幼い頃かららしい。

 ストレスの捌けぐちにされていたらしき過去を思うと、手放しで称賛はできないが。


 やつに〝頭を下げる〟が土下座を意味するとしても、愛里沙を想えば涙を飲める。

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