04:プリンセスと最期の夜

04-01:プリンセスと最期の夜・1

□scene:01 - マンション:リビングダイニングキッチン



 いつもなら、そろそろ姉妹が朝食を食べ終わる時間。

 そこへヒールを蹴り上げ髪を振り乱し、駆け込んでくる未音。


「おはよ! 悠佑クンいる? まだ出てないよね!?」


 ミルクティーでくちの周りを飾っていた愛衣が顔を上げる。


「未音姉? おっひさー♪」


 ミルクティーでくちの周りを白く彩っていた愛彩が首を傾げる。


「お兄ちゃんはお姉ちゃんと先にいったよ。智尋せんせいに診てもらってから学校がっこに行くって」


 頭をむしる未音。


「あー! そんな事も言ってたような!? 直前に直接伝えとかなきゃいけないのはわかってたけどギリギリまで秘密にしなきゃだったし他にも……どうしよ……」


 頭を抱えてうずくまる未音を案じて駆け寄る愛衣と愛彩。

 未音は無表情の顔を上げて三秒固まり、破顔。


「ま♪ いっか♪ 悠佑クンだし運で何とかするっしょ♪ 丁度いいから一休ひとやすみしてこーっと♪ ビールビールぅん♪」





□scene:02 - 街:市街地



 数日に渡り降り続いた大雨がむと、一転いってんして雲ひとつ無い青空。

 愛里沙を消耗させないよう、日傘を掲げ強烈な陽射しから護りつつ歩く。


「朝から暑いな……どう?」

「うん、まだちょっとふらふらするけど……うん、大丈夫だよ」


 〝契約〟から数日。

 丸一日いちにち目覚めなかったとき狼狽うろたえたが、ようやく学校へ行けるまでに回復。

 街もほぼ復旧、そこかしこに痕跡は見られるものの間もなく片付くだろう。


 愛里沙との距離感が激変した俺には、世界がどうあろうとどうでもいいが。

 二歩先を踊るように行く彼女が、笑顔で振り返り見上げてくる。


「私ね、悠佑にずっと言いたかった事がもうひとつあって……」


 既に二桁を超えて繰り返している〝もうひとつ〟。

 全て同じ傾向だから、既に恥ずかしくて背中がうずいている。


「いつも私に合わせてゆっくり歩いてくれて、ありがと」

一緒いっしょに歩いてんだから自然となってただけ。そこまで言って貰えるような事はしてないさ」

「こんな日は、私が日影になるようにいてくれるでしょ?」


 覚醒するまでどうでも良かった長身も、今は壁になれて良かったと誇れる。

 そして愛里沙は俺の思いを受け止め、影になる方に寄ってくれてもいる。

 以前なら確実に拒まれた日傘を差す担当も、今はそれで当然のように。


 俺に向いて見上げたまま、後ろ向きに歩く愛里沙。


「きっと寒くなったら、の当たる温かい方にしてくれるよね」

「そん時も自然とそうなるんじゃないかな。今は〝契約〟もあるし」

「そう言ってくれるって、聞く前から思えるのが嬉しい……巧く言えないけど」


 そう言って、俺が知る全てを霞ませる微笑みで見上げてくれる。

 〝契約〟など方便、愛里沙が心を許せる理由になるならそれでいい。

 きっと彼女を見る俺も、自然と〝嬉しい〟表情かおになっているに違いない。


「なんなら雨の日みたいにしようか? その方が傘に近くて確実に日影になるし」


 未音さんに貰った、可愛くも多重構造でしっかりした日傘を掲げて見せる。

 微笑んだまま頬を紅く染め、前に向き直り半歩遠離る愛里沙。


「そこまでは……」

「ま、人目があるしな」


 以前なら〝余計な事を言って避けられた……〟と頭を抱えていただろう。

 今は〝いざとなれば本当にする〟と、わかってくれていると思えるのが嬉しい。


 愛里沙が前を向いたまま、歩みを遅くしほぼ隣に並ぶ。


「あ、雨の日だったらまたお願いしたいかも……智尋せんせに絶対濡れちゃ駄目って言われたし、傘で外からよく見えないかもだし、中から見る世界はとっても不思議でちょっと良かったし……」


 胸の奥が熱く膨張、呼吸いきすらままならないから何も言えない。

 愛里沙が二歩先まで駆けて振り返り、拳を胸に構えて俺を見上げる。


「あ! お! 重かったら無理しないでね? それに悠佑だけ濡れちゃうし、誰かに見られたら……」


 いきなり背中に飛びつきのしかかる、野郎の平たい感触。

 肩越しに、見慣れた美形の顔が並ぶ。


「誰かに見られたらどうなるの?」

弘毅おまえか」


 大きな溜息と共に呼吸が回復。

 いつもと違う経路ルートで二人きりと期待していたのに、弘毅こいつ通学路ルートとは大誤算。


 項垂うなだれる俺を無視して、愛里沙に寄る弘毅。


「今日はこっちから? 千種さんのクリニック経由? 日向さん良くなったんだね。良かった良かった♪」


 愛里沙は若干の焦りを残しつつも、平静を取り戻していた。


「あ、ありがと、古賀クン」


 弘毅が愛里沙と俺の間で何度か首を振る。


「ふーん、へー……なるほどねぇ……」

「何だよ。ヒトの顔見て笑いやがって」


 弘毅の手招きに応じ、歩きながら前屈み。

 頭ひとつ分差があるから、他に聞かれたく無い話は俺から合わせる必要がある。


(日向さんの前で言うほど無神経じゃないよ。楠原のコトだから核心を突いちゃうと何でもないみたいに言ったり、下手したら咄嗟に否定しちゃう最悪の展開になりそうだし。やーっと歯車が噛み合ってきたのに、勝手にダメにしてヒトのせいにされたくないからね。友達思いのとてもとても優しいオレに感謝したまえ♪)

(な、何の事かな?)

(え? 言ってもいいの? 彼女さんの前で)

(待て待て待て待て! 何を言い出すつもりかは知らんが待ってくれ……って、何でそう思った?)

(そんな顔してるし)

(後学のために聞いておくが、どんな顔してる?)

(面白い顔♪)


 言われっ放しは面白くないが、返る言葉が一々いちいち致命傷だからたちが悪い。

 二の句が継げない間に、歩みを遅くしていた愛里沙に追い着く。


「どうしたの?」


 一言目ひとことめに詰まった俺を差し置いて、弘毅の野郎が前に出る。


「オレなりにちょっと罪悪感があってさ、罪滅ぼししたいなって話」

「?」

「それはともかく。だーれかさんを狙ってた女子の群が世に放たれたから、オレ何かにもいい出会いがあればなー」


 放流の理由を察して固まる愛里沙との間に入る。


「仮にその〝誰か〟が俺の事なら〝高級あのマンションで独り暮らし〟ってな追加要素オプションに面白がられてただけで、俺単体はどうでもいい話だからな。大体んなのはこっちからお断りだ」


 〝せっかくの今〟と言った当人の不用意な物言いに、黙ってはいられない。

 俺自身が〝今〟を力強く肯定するよう誘導されたような気もするから、たちが悪い。


 そこへ通りかかる、中等部のら。


「あ! いたー♪ 古賀先輩だー♪」

「せんぱーい♪ おはよーございますー♪」

「おはよーございまーす♪ 今日も元気貰ってきまーす♪」


 美形としか形容できない完璧な笑顔で応える弘毅。


「おはよう♪」


 高等部からの編入で部活に入らず他人との接点が乏しいくせに、さすがは美形。

 向こうから探し求めて寄って来る、並の男子おとこなら誰もがうらやむいつのもの光景。

 ふと弘毅こいつの本性を思い出す。


「年上にしか興味持てないんじゃなかったっけ? 今だって心の底からどうでもいい表情かおしてたろ」

「よくわかったね。さすがオレが身も心も解放してる唯一ゆいいつ男子オトコ


 ちらりと愛里沙を見るが、特に動じる様子はない。

 今だけは〝男×男は今や普通〟と教育していた智那に感謝すべきか。


「人聞きの悪い事言うな。ってか、ネトゲの相手はどうした?」

「気は合うし頼もしいし頭はいいし。いい年齢としなの隠せてないのに若く思わせようと無駄な努力してるところがまーた可愛くて理想的なんだけどさ。女のヒトかどうか、からわかんないしオレにオトコ趣味は無いし、どうしたもんかな?」

「言い切りやがった。さんざ俺をもてあそんどいて」

「そんな趣味があったらもてあそんだりしないよ。オレって色恋沙汰そんなのは一途と思う、多分。未経験だからよくわかんないけど」

もてあそんでる自覚はあるんだな」

「ここまでオレを本気にさせたのは、楠原が初めてだよ……」

「あのな」


 いつの間にか不安げな表情かおをしていた愛里沙に気付く。


「どうした?」

「あ、あのね……古賀君は私なんかより悠佑ととっても仲が良くて、ずーっと悠佑を見てた女子ヒトがいるのも知ってるし……私なんかが、その……悠佑の〝追加要素オプション〟? あそこに住んでいいのかな……って……」

「俺が勝手に連れてきたんだからいいに決まってる。大体弘毅こいつ男子おとこでお互いそんな趣味は無いと、今はっきりしたしな」


 弘毅が真顔で割って入ってくる。


「他のらがどんなにアピールしても無反応、あの家に入れるなんて有り得なかったらしいのに、日向さんは無理矢理連れ込まれたんでしょ? 責任取らせなきゃ。今、楠原もはっきり言ったし」


 どう答えていいのかわからず、あたふたしている愛里沙が可愛い。

 それはそれとして、弘毅の物言いには突っ込まざるを得ない。


「誰が〝無理矢理連れ込んだ〟だ? あの時は愛衣と愛彩が……」

「言い換えると〝意識の無いをお持ち帰りした〟になるけど、その方がいい?」

「この野郎……」


 全て事実だから反論できない。

 下手に正そうとすると、言い訳に聞こえてしまう怖れもある。


 弘毅が両のを胸の高さで天に向け、〝やれやれ〟の体勢。


「ま、もう仲良くなっちゃたってみーんな知ってんだから、何でもないフリする方が不自然。もう開き直っちゃいなよ♪」


 頭が良くて回転も早い愛里沙が目を見開き両手でくちを覆う。


「〝みーんな〟……」


 一瞬いっしゅん遅れて、弘毅に詰め寄る。


「どういう意味だ? まさかお前か!?」

「オレじゃないよ。千種さんが〝全部見てた〟ってさ」


 愛里沙がおののく。


「全……部?」

「〝傘の下でお姫様抱っこして見つめ合ってた〟とか♪」

「え……」

「〝売約済み〟〝手出し無用〟〝笑えないコトしたら社会的に抹殺してやる〟って、要注意対象に釘刺して回ってたよ」


 背筋を伸び上がらせ、両手でくちを覆う愛里沙。

 思わず間に割って入り、駆け出す構え。


「いつの間に!? 早く止めさせないと! 今ならまだ……」

「もう無理じゃないかなー? 楠原にバレたらメンドクサいから、日向さんにも絶対言うなって釘刺されたんだけどね」

「そのお前が爽やかな表情かおで語ってんのは……」


 もう止める意味が無い段階に到達済みだからに他ならない。


「でも! どうして!? だってあの日は!!」


 伸ばした手の先が霞む大雨、そして愛里沙は傘の中、

 判別できる範囲は無人、誰かがいる気配すら無かった。

 だからこそ及べた、余りにも分不相応な恥ずかしい行為。


 思い浮かぶのは、不敵に笑う肉が眼鏡を整える姿。


「どんだけ遠くから覗いて……あの眼鏡には望遠機能でも着いてんのか?」

「さすがに〝そこまでは〟と思うけど、千種さんだからねぇ……当人が言うにはあの大雨から護るのは楠原の役目だから先に帰したのに、日向さんだけ走ってくのを見て追いかけた、と。で、二人がいるのを見つけて楠原がちゃんと役目を果たしてんならいいけど、そうじゃなかったら突っ込むつもりで遠くから見てた、と」

「それはまぁ、わかる」

「で、に映る風景に風とか雨の勢いと水やビニールの屈折率何かを計算してみたら面白い場面になった♪ って嬉しそうだったよ」

「脂身でできた妖怪め……」


 現実的に考えれば、こっそり近づき一部いちぶ始終を観察していたのだろう。

 慎重だったつもりだが、愛里沙に目を奪われ隙が生じた怖れは否定できない。


 そしてあの妖怪には、それを巫山戯た冗談と笑えない実績がある。


 歩く練習を始めた愛里沙が大きな怪我をせずに済んだのは、智那やつのおかげ。

 曰く、〝数値化できる状況ならある程度の未来は予測できる〟。


 ラプラスの悪魔だか魔だか知らないが、まともに取り合う話ではない。

 しかし転ぶより早く待ち構えていた場面を何度も目にしては、油断ができない。


 智那の物言いは事実に基づき隙が無く、俺には智那やつを否定する頭が無い。

 言い換えれば〝先に吹聴された証言を後から違うと証明できない〟ともなる。


 愛里沙の大ファンを自認する智那やつが、これを面倒臭い連中対策に使ったのだろう。

 こうなると愛里沙に向いていた矢印の何割かが、俺に狙いを変えて突き刺さる。

 それは俺の望むところで口では勝てないなら、掌の上で転がされるしかない。


 弘毅が呆れた表情かおで俺に向く。


「楠原狙いのらが〝世に放たれた〟のは認めたクセに、今更何を驚いてんだか」

「あ、あれはあの日ちょっとあった女子やつらが何か言ったんじゃないかと……」


 かたわらに寄り添い見上げる愛里沙が、涙ぐんでいた。


「ゆ、悠佑ぅ……私、どうしよう……」


 この場を凌ぐ適切な単語ワードをと考え始めた瞬間、弘毅が顔を突っ込んで来た。

 あらかじめこの展開を想定していたに違いない。


「落ち着くまで楠原からあんま離れない方がいいかもね。独りだと何かあったか気にされそうだし、側に置いといたら大きさ的に弾除けにはなりそうだし。第一だいいち、本人もその気だし……ねぇ?」


 誘導されているとわかっていても、否定できるわけがない。

 照れ隠しで後を掻きながら胸を張る。


「お前にわざわざ言われんでも最初から本気だ。弾除け上等、面倒臭いには永年無気力無関心だった野郎の無神経さを思い知って貰うさ」


 愛里沙が纏う空気が緩み、俺との物理的距離も数センチ近づいた気がした。

 弘毅が俺に向いて片目を閉じ、ニヤつく。


「どんな可愛いコや綺麗なノに絡まれても全然無視してたのに、結局日向さんだけは特別だったとはねぇ♪」


 言いにくく受け入れて貰いにくい事を巧く言ってくれても感謝しにくいからたちが悪い。

 愛里沙が耳まであかく染めているのは、俺と同じ想いだからと思いたい。


 弘毅がたのしそうに笑う。


「こーんな楠原ヤツなのに代わりはいないぐらいに想ってて、それを素直にぶつけられる美少女でも現れたらわかんないけど、そんなのこの世に二人もいたら奇跡だよ♪」

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