03-07:乙女たちの事情・3・III

□scene:01 - 王弟の城:地下:階段



 地下から昇降機を経て、地上への階段を階段を上がる乙女たち。

 中佐が前を行く准将に顔を寄せる。


(この件、いかがなさいますか?)

(我らの手に余る。ロズベルグ閣下にお伝えしよう)


 准将が顔を上げ、階段の上を見据える。


(そのためににいるのではない。地下でないなら、次に向かうべきはひとつ)


 王妃、あるいはその手がかりを探すなら、王弟、あるいはその周辺を探すべき。

 そしてここで准将が〝気配〟を感じたのは、彼が住まうとされる辺りのみ。

 そこへは、娘子軍と同じ目的でここに来たロズベルグが向かった。

 地下の件を含め、合流が先決なのは考えるまでもない。





□scene:02 - 王弟の城:屋内菜園



 隠し扉を抜け、再びかつては屋内菜園であった広い空間へ。

 一切いっさいの音を立てず、影から影へと身を隠す乙女たち。


 次の目的地は、ロズベルグたちが向かった王弟の居室があるとおぼしき塔。

 夜更けではあるが、王族からの信厚き彼なら謁見を許されているかもしれない。


 彼らに疑念を抱かれないよう、敢えて正面から行くべきか。

 彼らを信用できないのなら、内庭の木々に身を潜めて近づくべき。

 その両方で不測の事態に備える手もあるが、少ない戦力を分散する事になる。


 そうささやき指示を仰ごうと寄った中佐を、准将がこぶしで制止。

 次の瞬間、それが開く。


 乙女たちは直ちに散開、朽ちた柱の陰、枯れた噴水のたもとに身を隠す。

 肩に提げていた小銃を構え、ここに入るただひとつの扉に銃口を向ける。


 そしてそのまま数秒。


 離れて身を隠していた中佐が直ちに危機ではないと判断、准将に寄る。

 指揮の補佐、万がいちに於いては引き継ぐためにも可能なうちに状況の把握が必要。


(いかがなされました?)

(血の臭い……多く、濃く、新しい)


 それが誰の血かを思い、戦慄する中佐。


(まさか!)


 その憤りは、突如の轟音と眩しい光に掻き消された。


 石壁が吹き飛び、天井が崩れ、濃密な粉塵が乙女たちを襲う。

 履帯で瓦礫がれきの山を砕き乗り上げ現れたのは、八つの大きな鉄塊。


 強襲揚陸戦車の群が、餌箱を覗き込む獣のように乙女たちを見下ろす。

 崩れ落ちた天井の向こうには、強力な照明で照らす軍用機も見えた。


 他人ヒトよりも夜目が利く准将が、思わず目を腕で覆う。


(うっ!)


 鉄塊に備わる強力な照明が、物陰に身を隠す彼女らに浴びせかけられる。

 その側面が開き、無数の重い足音が岩塊を砕き踏み潰す。


 強烈な照明の向こうから、細い影が准将の名を呼ぶ。


「フッ……久方振りだな、王家の雌犬よ」


 それは、娘子軍の全員を銃口に捉えたと知らせる合図。

 状況を察した准将が、苦々しく答える。


「その声……ヘレフォード少佐か」


 照明が逸れ、視力を取り戻した乙女たちを鉄塊の上から見下ろす一人ひとりの男。


 長身で痩身、白が混じる長髪を後ろに流し、肌は白を通り越え青い。

 薄い目、薄い唇、細く高い鼻は、それなりの見た目ではある。

 それを美男と自負されると、笑って返すしかないが。


「上官に敬意を払い給え。貴様は今、第二艦隊司令たる中将の前にいるのだ」

「〝中将〟だと? 貴様が?」

「ロズベルグ公、及びその忠臣二四名殺害のかどで全員を拘束する」

「閣下が……殺害? お亡くなりに!?」

「このに及んで良く言う。皆砕かれ千切られ踏み潰され……ヒトの所業では断じて有り得ぬあの惨状、貴様以外の誰に為し得えよう。妻子のみならず、孫までいる者もいたと言うに」

「我らではない! 誰がそのような……」

「まだ言うか。何と見苦しい。何と浅ましい。我らがここにいるは、殿下よりたまわりし救援要請がため。王都の護りたる第一だいいち艦隊に同盟罷業どうめいひぎょうと聞き、その穴を埋めんと駆け付けておって幸いしたわ!」

「まさか!? そんな……」


 娘子軍の誰もが、その言葉の意味に絶望した。

 最も怖れていた事態……王妃に届く前に、不可侵の相手に全てが閉ざされる。


「王弟殿下は王妃陛下のお求めで、国王陛下の在りし日々を語られておられただけ。ちからなきお姿を民には見せられぬとお忍びで……陛下のご不在を機と見做し、下劣なはかりごとに及ぶとは言語道断!」

「今、何と言った!? 陛下がここにおわすのか!?」

「今知ったような物言いはめよ。お止めになった陛下諸共をいとわず身を挺した公とその忠臣を手に掛けておきながら……元より無用のお遊戯会、本分たる陛下を守護たてまつる任果たせず娘子軍消滅は時間の問題。次代を狙う不埒な貴族いえの女をそそのかしたかそそのかされたのか。恐れ多くも全てを殿下の罪とし、新たなあるじの威を借り特権と贅沢にまみれた日々にすがり付こうとは。だが詰めが甘かったな! 公と忠臣のむくろが盾となり、彼らの下でお二人はご無事だったのだ!」

「真に我々だったのか、今一度いまいちど陛下にお伺いいただきたい!」

「いくら衆人環視の中で度々叱責されていたとは言え、誰が誰ともわからぬまで刻み潰すとは……王国に寄生する害獣共よ! 新たな飼い主共々断じて赦しはせぬ」

「我々が頂くのは陛下ただお一人ひとり!」

「そのお一人ひとりがどこに御座しますかを知らずに、密かに蠢いていた事実こそ貴様らの真意。そして公を八つ裂きにし、忠臣たちの腕を、脚を引き裂き、顔面を砕くなど、正に盛った雌犬の所業! 他の誰ができると言うのか!!」

「ぐっ……」」


 唇を噛む准将に、無数の銃口を見据えつつ中佐が顔を寄せた。


(自重を。我らが地下を巡る間に駆け付け事態を把握、准将が気配を知り得ぬほどの彼方より機を見て突貫。ヘレフォードにしては手際が良すぎます。今は何者かが描いた絵図の上、ここであらがうも承知の上と考えるべきです)

(しかし……)


 拘束されたが最後、弁明の機会すら無いかもしれない。

 あらがう機会を逸す怖れで、部下たちに投降を指示できないでいる。


 不意に中尉が身を乗り出す。


「あれは! 陛下!?」


 崩れた石壁の向こうに、彼女らが求めて止まない女性ヒトの姿があった。

 遠目にも五〇を超えてなお美しく、麗しいその姿が誰かは明らか。

 いつか見た長身の男性……王弟に手を引かれ軍用機へ。


 中将が片手を上げると、重装歩兵が構える回転式多銃身機関砲が中尉に向く。


さぬか! これ以上、陛下のお心を寒からしめるつもりか!!」


 望みがあるとすれば、王妃を王弟から奪取して真実を明らかにするのみ。

 だが相手は倍を超える重装歩兵と、八輛の強襲揚陸戦車を駆る陸戦兵。

 上空に艦載機の群まで飛び交うとなれば、不可能と諦めるしかない。


 准将がその拳にちからを込め、筋肉が張り詰めた脚を、腰を落としていく。

 その瞳はあかく美しく激しく揺らぎ、燃え尽きる覚悟を現していた。


「中佐、いやジル……後を頼む。あの日の約束を守れず、済まない」

「准将!?」


 中佐は叫んだだけで動けない。

 准将がになれば、止める事などできないと知っている。


 中佐の背後から、中尉が身を乗り出す。


「准将閣下はお控えください! ここは小官にお任せを!」

「ミラ!?」


 背を踏み台にされた中佐が瞬時に伸ばした手は、中尉に届かなかった。

 筋力を数倍化する強化外骨格に火が入れば、生身でかなうはずが無い。

 小さな体躯からだ瓦礫がれきの影に巧みに隠し、重装兵たちを翻弄ほんろうする。


 彼女直属の部下たちも後に続く。

 厳しい訓練で会得した重なり合う舞は、機械の目すら時に欺く。

 戦車の火砲は目標を定めきれずに揺れ動き、時には同士討ちして火花を散らす。


 訓練通り他の兵も援護射撃、中尉たちの死角を狙わせない。

 背後に構わず舞い踊る中尉は、相手の脆弱な箇所を小銃で狙い撃ち。


 「たりゃあぁあ!!」


 火力を抑えているのは、それで必要十分だから。

 目標はあくまで王妃に辿り着く事で、脅威の排除ではない。


 しなやかで強靱な肉体からだは、常識を越えて機敏。

 その身に纏う強化外骨格は、技術大尉が手を加えた特別製。

 屋内で群れなす戦車は自由に動けず、砲塔の射角も限られる。

 重装兵が持つ得物は重く大きく動きが鈍く、中尉を追えるはずがない。


 関節がゆがんだ重装歩兵や、暗視装置を潰された戦車の動きが止まっていく。

 最早退けない状況に、准将が手を挙げ振り下ろす。


「前へ!」


 待ちに待っていた号令で駆け出す乙女たち。

 統制が乱れた歩兵や戦車を次々と無力化し、前へと進む。


 頃合いと見た中尉が指をくちに。


 独特の口笛を合図に、彼女直属の乙女たちが四方に跳ねた。

 中尉同様、壁や石柱を全身全霊で蹴り付け地をい宙を舞う。

 短刀を構えた乙女たちが、四方八方から中将目掛けて飛びかかる。


 たが中将はいささかも動じる事無く、嘆息。


「放て」


 その合図で四方から網が放たれ、瓦礫がれきの山に叩き付けられる乙女たち。


「きゃ! ぐ……」

「ぐ! ぁ……」

「ぅあ!! く……」


 漆黒の網は極めて強靭なだけでなく、その目の粗さに比して凄まじく重い。

 中尉を始め、乙女たちは石の床に叩き付けられたまま立ち上がれない。

 藻掻もがけば藻掻もがくほど余裕が無くなり、深く食い込み動けなくなる。


 ただ一人ひとり、類い希なる反応速度と野生の勘で中尉は避けていた。

 拳を振り上げ、意気上がる技術大尉。


「私の特別製を甘く見ないでね!」


 だが戦場で機会を好機とするに欠かせぬ実戦経験が、中尉には無かった。

 今はただ王妃にすがるべきなのに、地をいずる部下たちに心が揺らぐ。

 憤りが無意識に身をよじらせ速さを失った瞬間とき、機はついえた。


 跳ね上がった姿のまま固まった中尉は、そのまま地に落ちる。

 技術大尉が口元を手で覆い絶句。


「稼働……限界?」


 桁外れの出力と反応速度を誇る装備には、それなりの動力が必要。

 増強はしてあったが、地下の隠し扉を開けて消耗した分は少なくなかった。


 うつ伏せのまま落ちた中尉は、重く固まった外骨格に封じられ動けない。

 戦車から降り、動けぬ乙女を足蹴にして見下ろす中将。


「嘗めるな。何の備えも無く雌犬けだものの群を狩りに来たと思ったか」


 中将が軽く手を掲げると、闇に蠢く仮面を着けた男たち。

 乙女たちに倍する大男たちの手には、しなやかにたわむ大振りな棒。

 握るに適した柄の部分より先は太く、無数の小さなびょうが打たれている。


 その異様なたたずまいに恐怖した中尉が、声を震わせる。


「え? な、何を……まさか……まさかですよね!?」


 准将が俊足で駆け寄り、網を引き引き裂こうとするも指に食い込むのみ。


 男たちが公には知られていない、情報部に属する拷問官と気付いた中佐が叫ぶ。

 手にした得物は、本来吊された虜囚を楽に激しく痛めつける責め具。

 びょうには骨や肌を損わず、激しい苦痛を長く与える仕組み。


 仮面は非道の行いを恨まれ復讐されるを避けるため、とわれている。

 ヒトを痛めつけて快楽を得る地位の高い者が、正体を隠すに都合が良いとも。


 あらがえぬと知る中佐が、恐怖に全身を震わせ叫ぶ。


めろー!!」


 中佐の嘆きをたのしんだ中将が、気怠そうに手を挙げ……下ろす。

 やがて響き渡る、中尉とその部下たちの悲痛な声。


 頑強な男たちが、小柄な乙女たちをついばんでいく。

 その道に長けた者たちは、強化外骨格の隙間も熟知。

 肉が潰され、血の泡を吹く悲鳴が何度も何度も……何度も……

 打ちのめされながら、動かぬ強化外骨格の中から助けを求める中尉。


「や、止め……」


 准将は目を見開き指に血を滲ませ網を裂こうとするが、まるで歯が立たない。

 愕然とする彼女に、中将が嫌らしくわらう。


「無駄無駄。諦め給え。それは王弟殿下より賜りし、卑しき獣を捕縛せしめる網よ。〝王家の雌犬〟を飼うに、斯様なものまであるとは」


 准将が中将の前でひざまづく。


「投降する! 抵抗はしない! 今すぐめろ! めてくれ!! 全責任は将たる私にある! 全ての責めはこの肉体からだで受ける!!」


 中将は嫌らしくわらうのみで、何も答えない。

 抵抗できない相手をいたぶる悦びに陶酔し、この時を止める気など一切いっさいない。


 立ちすくむ中佐たちの前で、中尉たちへの暴力が続く。

 必死に伸ばした手を叩き潰され弾かれてもまた上げて、王妃に助けを求める。


「陛……下……たす……」


 だが遠くに霞む王妃は、男たちに蹂躙されている少女を一瞥いちべつ

 草木が視界に入っただけの如き無表情に、乙女たちはただただ戦慄。


 やがて王妃は先に乗り込んだ王弟に手を引かれ、輸送機へ。


 准将も中佐も、目の前の事実にどう対処していいのかわからない。

 飛び去る輸送機を見上げながら、ただ哀れな乙女たちに涙するのみ。


 ひざまづき許しを請う准将を十分堪能したのか、中将が部下たちに両手を拡げる。


「さあ! 王国に仇なす賊どもを引っ捕らえよ! 多少手荒に扱っても構わん。その罪深きを思い知らせる事で、おのおの忠誠を示すがよい!」


 男たちの目が、未だ囚われていなかった乙女たちに向いた。

 絶望して気力もついえた美女と美少女たちに、男たちが群がっていく。

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