02-07:乙女たちの事情・2・I

□scene:01 - 王城



 内海うちうみほとりに拡がる、対岸が霞むほどに巨大な噴火口状の地形。

 王城は大陸側のいただきそびえ港はその直下、内海うちうみと繋がった中にある。





□scene:02 - 王城:港



 水面の港と山頂にある王城を繋ぐ昇降機は、身分や用途によって数種。


 中央にあるのは、一際ひときわ豪華で風格のある王族用。

 その両翼に並ぶ貴族のためは、高貴であるほど中央に近きを使う。


 あかふねから出た准将が座す車輌が向かうのは、中央のその隣。

 当人の思いはどうあれ、王妃に最も近い将たる行いを義務づけられている。


 城の左右に螺旋階段が収まる塔もあるが、古く非現実的な段数で廃され久しい。

 現代いまは侵入者を誘わぬよう大扉は厚く塗り固められ、周囲を草木が覆い隠す。





□scene:03 - 王城:港:昇降機の前



 降車した准将を出迎えたのは、大きな外套を纏った摂政ただ一人ひとり


 正規軍の将なら行列を成すこの時代、彼女は王妃の供でなければ部下を伴わない。

 高貴と自負する貴族たちからの心ない言動で、皆の心が痛まぬように。



                *



 代々美貌の将に率いられし娘子軍は、少女が憧れ男は見惚みとれる象徴的存在。

 その一方で、執念深くさげすねたののしる者もいる。


 理由は二つ……ひとつは平民が士官になれる事。

 娘子軍の法には〝資格ある者が将をたまわり統率す〟とだけ。

 正規軍に根付く〝士官は貴族〟なる不文律が、娘子軍そこにはない。

 階級は実力の現れ、平民の佐官まで存在し地位それしかない者共は面白くない。


 独立した組織だが、王国に於いて軍の士官は階級の通りが慣例で常識。

 平民が貴族と並び敬礼される光景が、自尊心を肥大化させた者たちをいらつかせる。


 幾度となく是の声が上がり、今の准将が就いた頃が最高潮。

 しかし王妃が〝現状いまよし〟と公言するだけでなく、自ら平民を登用。

 公の場で意見する者はいなくなったが、彼女らへの偏見は寧ろ陰湿化していた。


 もうひとつは、麗しくも勇猛な乙女たちへのねたみ。

 武を志す貴族の令嬢に、王妃を守護する役を当てた騎士団が始まり。

 後日ゆえあって特に選ばれし平民も許されたが、主たるは志願せし令嬢たち。


 華麗な軍服姿は少女たちを虜に、しかし憧れを手にできるのはほんの一粒ひとつぶ

 選び抜かれた原石が、厳しい訓練で磨き抜かれて王妃のかたわらで輝く。

 〝王国の至宝〟と称賛される二つ名は、大袈裟ではない。


 そんな娘が王妃の側仕そばづかえとなれば、その家の格も否応いやおうなく高まる。

 一方いっぽうで所領の広さや由緒正しきわれに依らない名声が面白くない家も。

 そも婦女子が世に出るを嫌う者は、彼女らを精鋭と称賛する声が我慢ならない。


 そんな者共は、〝お嬢様のお遊戯会〟と人知れずささやいていた。

 平民をさげすむ者たちとは別種の、実を伴わない自尊心が吐き出すねたみの言葉。


 かつては王妃を批判するも同意として、表だってくちにする者はいなかった。

 事情が変わったのは三ヶ月前、王妃が姿を消してから。


 ただ姿を見たい者も失踪したと知る者も、問うて責めるは先ず娘子軍。

 王妃に付き従うは、前線が遠い現代いまの世なれば王都に飾ると同じ。

 軍人でありながら死からは遠い実情が、言葉の意味を深くした。


 責める貴族たちも戦場におもむきなどしないがそれこそ禁忌、くちにする者はいない。



                *



 そして摂政もその地位と車椅子を要する身体からだに、いて当然の付人がいない。

 〝斯様かような身分にあらず〟と拒むは誰もが知り、清廉せいれんと評されている。


 その大男が、大きな車椅子に腰掛けたまま准将に頭を下げる。


「演習は無事に終わったようですな。ご苦労様でした」


 敬礼を返すソフィーティア准将。


「過分なお言葉をたまわり有り難き幸せ。摂政閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう」

「ははは。われにそのようなお気遣いは無用ですよ。ささ、行きましょう」


 摂政が肘掛けの先にある操作盤を撫でると、駆動音と共に車椅子が回頭。

 摂政に続き、准将も昇降機へ乗り込む。





□scene:04 - 王城:将官用昇降機



 外套の奥から穏やかな声。


「第一艦隊相手の善戦、見事な艦裁ふなさばきでございました」

「ただ、マッケンゼン閣下にご指導いただきましたと存じております」

直掩ちょくえんのみと言え〝王国の護り〟と誉れ高き提督を翻弄ほんろうされたのです。大いに胸を張ってよろしいかと」

「陛下のふねをお預かりする身なれば、あの場を切り抜けられずは恥ずべき所」

「そも敵中にただ一艦いっせき、幾重にも敷かれた陣から脱出など叶うはずなく、貴軍を衆人環視の中で辱めるためは明らか。それを四分しぶんいちも抜かれたのです。提督も冷や汗をかかれた様子でございましたぞ」

「目標は〝半ば〟でありましたが遠く及ばず。司令部からの呼び出しは、その責めでありましょうが……閣下はどうしてここに? 敗残の将をおわらいになるためだけではないと愚考いたしますが」

「これはこれは……」


 演習後の儀礼的行事を前に呼び出された准将は、いつも通り一人ひとり

 高貴な者が使う場で覗き見や盗み聞きなどあってはならず、清掃は極めて厳。

 そして〝雌犬をしつける良い機会〟と聞こえたら、今の司令部にとがめる者はいない。


 この日、誰かが彼女と密かに話したければが好都合。


 礼接にのっとり半歩後ろに控える准将に、頭まで覆う外套の奥はうかがい知れない。

 やがて昇降機が動き、摂政が語り始める。


「あれから何度か王弟殿下の下へ参りましたが……ご存じでしたかな?」

「存じております」

「では、何度も参りました事情もおわかりでしょう」

「何も無かった……と」

「殿下は思慮深いお方です。王位に想い無しと示すため、遠い古城ふるじろでの静かな余生ときをお選びになったほどに」


 王妃が失踪して三ヶ月。

 関わる全てを疑い洗い、ただ一人ひとり残ったのは国王の弟。


 未だ〝王弟〟と呼ばれるは、王妃と同じで変える儀が未だゆえ

 国王の国葬はおごそかに執り行われたが、王統の時間ときはそこで止まったまま。

 当初は涙に暮れる王妃に誰も触れず、そして失踪し〝喪に服す〟となったため。


 〝王妃と同じ年に生まれ、同じ時を過ごした王弟は兄に盗られたと恨んでいる〟

 それはその頃を知る誰もが思うが、誰もが知らぬ表情かおでいる噂。


 しかし、その名をくちにする事すら不敬となれば慎重に過ぎるも止むなし。

 その居城に入る手段を求めて尽力するも、虚しく時間ときが過ぎるだけだった。


 摂政が斜め後ろの准将を意識し、顔を傾ける。


「ただ何度も参っておりましたら、時々の暑さ寒さにまつろわぬ空気が揺らいでおるかのような気がしましてな。元を辿るとただの石壁。仮に……仮にですが、その向こうに地の底へ降りる階段などあれば、その先は一年を通してぬるさの変わらぬ地の底かと」

「何と?」

「ただ口惜くちおしながらこの身体からだくぐり抜けるは叶いますまい」


 大柄な彼が座すのは、その体躯たいくより大きな特別あつらえの車椅子。

 後部に医療機器や動力部と見える構造物が張り出し、通れるみちは限られる。


 不敬極まりない密談にも関わらず、摂政は淡々と続ける。


「殿下が王位からえて遠離とおざかるため、僅かな従者のみと共に在るのは……」

「存じております」

「ですが、いくら殿下がおおせでも御護りせぬわけには参りませぬ」

「それが近衛の役目、意義あるものと承知しております」

「それはそうと今夕、いずこかで軍の有り様についての示威行動があるそうですな。今風いまふうを思えばめられませぬ。予算逼迫、待遇悪化、ゆがみは生じます」


 集団的街頭行進、同盟罷業どうめいひぎょうなど、命令には絶対の軍人にあるまじき行為。

 だが、仮とは言え王国のいただきに在るはずの摂政は平然としている。


 外套の下から伸びた枯れ枝の如き指が、准将の軍服に〝何か〟を忍ばせる。

 昇降機の扉が開く直前、機械がうごめかすかな音に紛れて摂政がささやく。


(里の長老たちはわれが何かを成す度〝運が良い〟とわらいますが、確かにそんな日々でありました。今はそれがまことで、われと同じ方に向く貴女あなたもその内にありますよう願っております)





□scene:05 - 王城:昇降機の前



 昇降機を降りると、二人の男が険しい表情かおで歩み寄る。

 しかし摂政はいささかも動じず、穏やかに応える。


 「おやおや」


 使用する者が極めて限られる上に、司令部へ呼び出された直後。

 男たちが〝誰〟を待っていたのかは明確。


 前に立つ長身の男……ロズベルグ公爵の脇から丸い小男が前へ。

 ヒトの体臭とかけ離れた高価な香水がむしろ不快、粘り着く声は更におぞましい。


「これはこれは……王妃陛下の御召艦をくも華麗にお沈めになった、指揮官殿ではありませぬか」


 反射的ではあるが、元より礼儀正しい准将が嫌味無く敬礼。


「ロズベルグ公爵閣下、ロール卿も……」


 背はロズベルグの肩に満たないが、幅は三倍を超える小男はロール伯爵。

 代々ロズベルグ家にかしづく家の現当主、元老の一人ひとりでもある。


 敬礼を解いた准将が、頭を下げる。


「我が身の不甲斐なさに恥じ入っております」

「これを機に娘子軍こそが恥と認められたらいかがかな? 身分卑しき者共どもには人気があるようですが……いや誇れるような事ではありませんでしたな。失敬失敬」


 険しい表情かおで准将を睨むロズベルグは、いささか緩んではいるが未だ美男の部類。

 一方いっぽうロールは小さく丸く、他者の落ち度を見逃さない鋭さが気持ち悪い。


 ただおとしめに興じられるだけの時間に意味を見出せない准将が、改めて敬礼。


「小官は艦隊総司令部に呼ばれておりますので、これにて」


 摂政とロズベルグの間に、悠悠たる態度で立つロール。


「待ちなさい。丁度良い。貴官に話があります。なに、時間は取らせません」


 ロズベルグのを借りての態度だが、それができる胆力は侮れない。


「各所を騒がせる災いの数々……貴官にも思うところがあるのではないかな?」


 数年前から徐々に社会が不安定となり、王国全土に暗い闇が漂っていた。


 事故や災害は何時いつの世も日常、今日こんにちの不安や不幸も国が傾くまでは至らず。

 それゆえ抜本的対策に及ばず、救われなかったヒトは不運と諦めるのみ。

 やどちらを向いてもくすぶる火種、いずれ国をがす炎となりかねない。


 経済活動は鈍化、必需品すら高騰して生活は窮乏、そして治安の悪化。

 すさんだ故郷を見限り、王都に辿り着くも貧民窟ひんみんくつに堕ちるしかない民も少なくない。


 准将は、いつか聞いた王妃の言葉を思い出す。


「世に数多あまたの波あり。寄せる悪しきを良きが返して平穏成るを、今は悪しきばかりが重なる不運の最中さなか。いずれ良き時巡り、落ち着くものと承知しております」

「それを理解できるは限られ、甘受できるはさらに少ない。フン……さすがただ命に従うしか能の無い武人の考え。我ら元老は民の心を案じて日々腐心しておるのにな。その〝拠り所〟無し! で」


 王妃の失踪は、国民には伏せられていた。

 だが、最高権力者が姿を見せない不自然さは不安と不審を助長。


 皆〝いずれ王妃が……〟と願いしも、姿を見せぬ間に夢見る余力も磨り減った。

 今日と同じ明日が保証されないヒトたちは、具体的な策を求め始めている。


 ロールが後ろ手に組んだ球形に近い姿で、准将の前をゆっくりと左右に歩く。


「全くいいご身分ですなぁ。日がな一日、王都で安穏に暮らす日々。護るべき陛下のお姿が見えない、即ち暇を持て余しておられると揶揄する者もおると言うのに」

「その件につきましては、今暫くお時間を……」

「諸侯はもちろんの事、兵も民も心はひとつ。無駄を排し、余力を正しきに使えと」

「我が軍は王妃陛下のためだけにあります。民との信を築くはまつりごとの範疇かと」

斯様かような古き慣習に嫌気の差したる将兵が上申で、司令部は大忙しですぞ」

「さればこそ陛下のお姿を一日いちにちも早く、と……」


 丸いロールが、肉塊にくの隙間から覗く細い目で准将を睨む。


「この期に及んでぬけぬけと……はっきり申し上げよう! お嬢様のお遊戯会などが軍のいただきに並ぶ限り、いずことの信も成し得んのだ!」


 元老院は二つに割れている。

 〝権威を損なわぬよう事を荒立てず〟とする摂政派に勢いは無い。

 〝あらゆる手を尽くす〟ロズベルグ派が、現実的と支持を得つつある。


 近頃は〝新国王を擁立してでも〟との声まで聞こえる。

 今に疲れ、今と違う未来を求める嵐が古きを流そうとしているかのように。


 いずれにせよ王妃の生存が前提は、万にひとつの考慮は不敬であり常識ゆえ。

 ロールが准将から摂政へと向き直し、大きく大袈裟にうなずいた。


「摂政閣下のお考えは、まっこと正しい」


 身振り手振りが滑稽なのは、敢えて逆撫でしているからに他ならない。


「しかしながら我らが仇敵、愚かで卑しき蛮族共についてはいかがお考えか?」


 伯爵が摂政に意見など身の程知らずの暴挙だが、これこそが本来の対立構造。

 平民が頂点に立つあるまじき現状の是正こそが、彼らの目指すところ。

 王と諸侯で成り立つ王国に、第三勢力は芽の段階で摘むべき異物。


 小さなロールが、大柄な摂政を見上げ唾を飛ばす。


「蛮族共の次なる狙いが我らが王国は、忌まわしき過去を振り返れば明らか。永きに渡り粗暴な者共らしく愚かにも殺し合っておった内戦を収めたのは、頭目が今の代になってから。其奴そやつが得体の知れぬ妖術を使うとの馬鹿げた噂も、何某なにがしかの油断ならぬ意を含んでおるやもしれませぬ。化物共に浅ましき野心を抱かせぬためにも、現状いまの危うさをご理解いただきたく、お願い申し上げる次第です」

「で、王弟殿下ですかな」

「左様。残る真なる血を継ぎしは王弟殿下のみ。高貴なる血に連なる家から王弟妃をおめとりいただきますればこそ、王国の権威と繁栄ありと愚行いたします」


 〝王に〟とくちにせずは〝王妃を排して〟とは言っていない、とする方便。

 摂政が顎に枯れ木のような指を当て、うなずく。


「ふむ……なるほど……」


 ロールの顔がほころんだ。

 摂政の言葉にちからが無く、現実を受け入れたかのように聞こえたため。


われの過分な肩書きは、あらゆる道筋を求めねばならぬ立場とも承知しております。ついては王弟妃にはどなたのご息女をお考えなのか、お聞かせ願えますでしょうか。それが〝いつの話か〟については、十二分に議論の余地がありそうですが」

「お望みなら、今からでも」


 摂政が准将に向き直す。


「それでは。本日は大軍への攻め様につきまして、良き演習でございました」


 大柄な彼が会釈すると、自然と准将に顔が寄る。


(ここはわれにお任せを。時間稼ぎぐらいの役には立ちましょう。准将はあらぬ疑いをかけられぬよう、くれぐれも真のちからは秘めたまま……そのおぞましき姿が民の目にどう映り庇護していた王妃がどう思われるか、貴女あなた自信が最も知るはず)

(どうしてそれを……)


 准将がその意を解し目を見開いた瞬間とき、既に車椅子は背を向けていた。

 摂政は黙ったままのロズベルグに寄る。


「それでは参りましょう」


 何も言わないまま背を向けるロズベルグに、摂政が続く。

 その二人を、無視されたロールが追って行った。

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