02-06:雪の夜に舞い降りた・6
□scene:01 - マンション:リビングダイニングキッチン
数週間ぶりの陽光に照らされる、午前のお茶を
あの
「安定してるわ。寝息も落ち着いてるし」
食べて食べさせ泣いて笑って抱き合って、今は三人
揃って力尽きた時は心配したが、智尋さんが微笑んでいるなら
エプロンを身に着け、コーヒーを
「ありがとうございます、こんな朝早くに」
「私だってチームの
言葉は頼もしくとも、智尋さんが〝一員〟になった日とは勢いが違う。
意地になって
思ったようにはできていない現実も。
リビングのソファーから、疲れ切った未音さんの声。
「こっちにも感謝の言葉があっていいんじゃなーい?」
「毎日呑み放題食い放題で片付け不要なんだから、双子の相手ぐらいいいだろ」
リビングのソファーで液状化し、だらりと寝そべる未音さん。
「おチビちゃんたちの相手さ、結構大変なんだよ? なんか
智尋さんがタブレットを
「あの二人、
未音さんがTVを点けながら、感情を抑えた声。
「お姉ちゃんが自分を犠牲にして
どんな〝最悪〟を思っても、そのヒトの常識に収まる〝最悪〟でしかない。
彼女らの〝
智尋さんがタブレットをテーブルに置き、嘆息。
「本当に誰も止めなかったのかしら。病院を嫌がったのは行く理由があったから……なのに……この国の医療現場がそこまで酷くなってたなんて」
「
「妹だけでも……あの
そして無意識に漏れる、肌身で感じた現実。
「あの
妹たちが救われるかどうかと関係無く、あの
そこまで追い込めるクソ共が実在する事実に、自然と拳に
未音さんが無意味にTVのchを変えながら
「おチビちゃんたちがすっごいお姉ちゃん子なの、親代わりなだけじゃないよね……切ないね」
消えたかった俺は伯父貴に護られ、妹たちのために生きたあの
カミサマがやらかしたかのような設定は遣り直せないが、正す事はできる。
相変わらず自分の明日に興味はないが、姉妹の未来を思うと熱くなる。
エプロン姿で仁王立ちして胸を張り、拳を握りしめる。
下手に身長がある分愉快な有様と思われるが、笑いたい奴は笑えばいい。
「これからは違う」
窓の外、雲間から覗く青空と眩しい
護りたいから生きたいと願う優しい
神も仏もいない世なら、何をやっても
かつて伯父貴がそうしてくれたように、俺も彼女らを護る壁になろう。
俺自身は無力、だが
俺にはどうでもよかった手持ちの札も、あの
「コネだろうが何だろうが、使えるものなら何だって役に立って貰うさ」
俺の意気込みに敢えて水を差すように、未音さんがだらりとしたまま嘆息。
「それで、手付かずの大問題も何とかなりゃいいんだけどねぇ」
智尋さんも難しい
「すぐにでも設備の整った
「保護者
未音さんがソファーの上で
「悠佑クンが始めたコトなんだし、〝運良く〟何とかなりゃいいのにねー。どっかで勝手に爆発してるとかさー」
〝溺れる者は
「無茶言うなよ。無責任に面白がられてただけって、よく知ってるくせに」
〝俺らしくない有様だとは思うけど〟と続く予定を、可愛い
いつの間にか起きていた双子が、いつの間にかTVの前に並んで座っていた。
「「アイツらだ!」」
*
リビングの
勝手に憐れまれ、憐れみを誘っていると晒し者にされた機械に興味は無かった。
それが近頃は、人気女児向けアニメの表示装置として大活躍中。
正義の美少女軍団が飛び跳ね格闘、必殺の魔法で闇を
双子も全国の幼女と同様に憧れを
店先で見るに
この部屋で黒いままの壁を見上げながら、寂しそうにしていたのが事の始まり。
〝見ないの?〟〝見るなら一緒にいてもいい?〟の意を解した郷里さんが号泣。
俺も気が付けば要不要に関係無く、契約できる全ての有料チャンネルを解放。
智尋さんはそれに詳しいらしい娘を
もう手に入らない限定品は、未音さんが
双子とは智尋さんに頼まれ(渋々)荷物を持ってきた際に会ったらしい。
その荷をあの
ヒト嫌いと聞くが智尋さんの娘なら聡明で強い
ともあれ、相変わらず俺が
相当に高価な大型TVや高性能サラウンドシステムが、今や幼女たちの宝物。
いつしか可憐なマスコットや縫いぐるみに楽しいシール
なお郷里さんは見た目通りの怪人扱い、
愛衣の白いステッキはともかく、愛彩が構える黒い大鎌が
*
そんなTVを、今は未音さんがBGM代わりに点けていた。
意図せず映し出されていたのは、臨時のニュース特番。
その中で屈強な黒服に囲まれ連行されていく、
長身で痩身の男は笑顔が揺るがず、
派手な
得体の知れない男女ではあるが、その出で立ちには失笑を禁じ得ない。
男は地味な和装、女は派手な凹凸を惜しみなく晒す物理的にも薄い今時風。
その全てが焼け焦げ煤けて頭髪はカリフラワーの如く、男の眼鏡は割れていた。
これが爆発コントのオチでないなら、他に理由が思いつかない。
ぞの身に纏うのは服だったとわかる程度の布切れと、紐か糸。
姿勢正しく歩く男はともかく、周囲全てに噛み付く女の方は大解放。
大事件の生中継で無修正は致し方なく、後世まで遺る実用映像となるだろう。
吹雪を天使の羽に見せた彼女を映した目では、醜悪と評するしかないが。
以前ならどうでもよかった他人の見た目に感想など、随分
未音さんが皆にも聞こえるよう
『……の模様です。繰り返します。武装グループによる籠城は、港周辺が爆発という最悪の結末となりました。町では見渡す限りガラスが割れビルや家屋が倒壊、我々がおります丘も、辺りのメガソーラーが吹き飛び車輌が横倒しになるなど被害は甚大。先程まで見えていたはずの武装グループが立て籠もっていました倉庫やドックなど、全て無くなりました。爆心地には巨大なクレーターも確認できます。自爆との見方もあり生存者は絶望視されていましたが、先ほど二名が確保された模様。その他は……はい? 新たな情報です。二人は警視庁が密かに追っていた重要人物で、グループを指揮する立場にあったとの事です! えー……』
愛衣と愛彩の後ろに立って膝を着き、目線を合わせて追う。
幼い二人がこれほどまでに怒りに満ちた
「〝アイツら〟って、お姉ちゃんを虐めた奴らか?」
二人は黙って、力一杯勢いよく
元気になった愛衣と愛彩は、弱々しく
その
智尋さんもリビングに降りてきてTVに見入る。
「それにしてもがあったの? 〝武装グループ〟って……確かにこの港町はいろいろ妙な噂のあったところだけど……」
俺もその名に覚えがあるような気がする、
画面に、ネットの地図サービスを用いた在りし日の姿が映し出される。
社会学者と紹介された人物が、
『……ですね。前世紀まで砂浜と原野だったところに、複数の外資系大手通販企業や投資家グループが流通の中継地、ハブ港としてつくった町です。その機能に特化する余り日本語が通じず、日本に特有の慣習もなく、近年は社会実験として日本の法律も
大人二人と俺も黙ってTVに見入る。
想定外にも程がある事態に、何を言っても的外れになりそうで何も言えない
スタジオのアナウンサーが、何度目かの状況説明に入っていた。
『繰り返します。昨夜遅くに激しい爆発と無数の破裂音……発砲らしき音を聞いた、港に火が見える、との通報が相次ぎました。それを受け到着した消防車が銃撃され、駆け付けたパトカーや機動隊にはミサイルが降り注ぎ中へは入れなかった模様です。幸い消防や警察のヒトたちはドローンによる絨毯爆撃が始まる直前に脱出していた、との事で被害は確認されておりません』
未音さんが
「何があった、ってのよ……」
即応性に期待しスマホでSNSを覗くも、見るべき
「ネットは駄目だな。驚くか
お気持ちばかりの短文に読む意味は無い。
議論している風でも客観的に見れば明らかに荒唐無稽、読むに値しない。
実況動画もあるにはあるが、辺鄙な港町だからか極少ない上に似た
「警察が着く前に飛ばして実況してたドローンは全部撃ち落とされて、今はこっそり遠くからTVとか警察を映してるのしかないな」
事実を知りたい者には〝どうでもいい〟か〝それ以下〟でしかない。
結局、画面がブレず画質がマシなTVでリアルタイムを知るがベター。
未音さんのスマホに着信音。
「郷里クン? はあ!? ちょっと待って!!」
スマホをスピーカーホンにしてテーブルに置く。
『今その現場だ。前に〝友人に話してみる〟と言ったろ? ソイツがやってくれた。雲の上からその上まで探ってくれてな。その途中でいろいろあってな。
智尋さんが腕を組んでTVを
「あの
ずっと世に関心が無く、今も世間知らずだからか俺には何事も単純に見える。
「理解できなくて当然。できたらあっち側の素質があるって事だからさ」
スマホから郷里さんの状況説明が続く。
『でな、友人の話じゃ……』
*
その港町の正体は、とある厄介な組織の拠点だった。
この国は海の外が絡むと及び腰、禁制品の流通と保管にとても都合がいいらしい。
先進国なりの軍事力と同盟関係で安全が保証され、外への警戒心が極めて希薄。
海外で流行とされる高い意識を
武器や薬物、そしてヒトを流通する要として発展したのは当然で必然。
そんな地がずっと無名なままだったのは、それだけ慎重だったからに他ならない。
話題になってもメディアを使い今風の話題で上書きする等、したたかだった。
郷里さんの友人も、姉妹から男女を
男女は本来組織の者ではなく、僅かだが
そして偶然、今朝は複数の便が重なり荷揚げできないほどに集積していた。
例の男女がそこの
その〝事情〟とやらには心当たりがあるが。
ともかく全貌を掴み確たる証拠を得る前には
自治体は完全に、国も
覗こうとした全員が表舞台から退場させられかねない。
そうして迎えた夜明け頃、火が点いた。
発端は、荷揚げを待つ列に並んでいた
いきなり爆発炎上、搭載していた火器が暴発して全方位に
恐らくは別勢力の介入ではなく、複数の偶然が重なった最悪の事故。
意図してか何かの間違いか、沈み行く船が反撃したように見えて続く者が続出。
そして誰が敵で味方かわからない自衛の応酬、町は瞬く間に火の海と化した。
*
ふと視界の端に、見覚えのある物体。
TVに映っていた遠景に、どこかで見たドローンらしき残骸。
もしコイツらとアイツらが属する組織が同じなら、思い浮かぶ
その港町は開発と発展に成功した、悪の秘密基地、
そして他人の手柄が気になる
全て憶測であり、今の俺にはどうでもいい連中だからどうでもいい話だが。
*
どうでもよくなかったのは、郷里さんの友人。
集積された危険物と新たな
万一を想定して部隊を移動する演習を、
現実に火が点き道路は閉鎖され、足止めされた
だが政治的圧力で誰も動けないまま。事態は急速に悪化。
そしていよいよとなったその瞬間、天を焦がし大地を揺るがす大爆発。
山積みの弾薬に火が点いたか、極めて強力な武器を使ったか……
生存者など有り得ない惨状に、追い詰められての自爆説が濃厚の模様。
死体どころか痕跡すら見当たらず、爆散して煤と化したと
〝生存者の発見〟と〝確保〟も、爆煙の中へ突入した陸自によるものらしい。
*
港湾施設の名残を空から映していたTVが、男女が連行されるVTRに。
様々な感情が綯い交ぜになって沸き立ち、思いを言葉にできない。
「こいつら、どうなるんだろ?」
郷里さんがスマホの向こうから答える。
『取り敢えず拘留して聴取となるが、何せ〝国際的なテロ組織のトップ〟だ。奴らに散々な目に遭わされたって国から身柄を寄こせって打診がもう来てる。それも
智尋さんが眼鏡を治しながら鋭く
「仮にその通りになったとしても、引き渡す時が危なくないかしら?」
『確かにそのタイミングが最も危険ですが、要領最悪で外圧に弱い国です。逃がせば国際的に非難され深刻な責任問題になるとなれば上の方こそ必死、ヒトも予算も出し惜しみはせんでしょう。ここと引き渡し先の両国で、要職がごっそり乗っ取られでもしてない限り手は出せんかと。対象の存在と所在が明らかになりましたし、我々にもできる事があるはずです』
未音さんが意を得た
「それは……そうかも?」
顔を見合わせる大人二人と俺を、不思議そうな
膝を着いて双子と向き合うが、そこまで。
安心させたいが、純粋な幼子に嘘を
不意に未音さんに背後から抱き付かれ、よく見なくても美人の顔が並ぶ。
「もう大丈夫よ♪
何となく感じていても確証が無かった二人が、はっきりと言葉を得て花開く。
「「ホントに!?」」
「ホントホント♪」
首を回して密着する美人の顔に向き合う事、鼻先数センチ。
(何で俺なんだよ)
(こんなフザケた話を二人に説明できるもんならやってみなさいよ。悠佑クンの敵になったメンドクサいヤツらが運良く勝手に爆発したんだしさ、話の筋は通ってるし。あたしらが
(この
(そう思ってても
大人の都合を解せない愛衣と愛彩は、落ち着かない
「ったく……俺に任せとけ。また悪さしようとしたら蹴り飛ばしてぶん殴ってやる」
双子が抱き合って跳びはねる。
「「やったやった! わーいわーい♪」」
壁を数枚隔てた向こうで眠る、あの
これが〝優しい嘘〟なのか〝決意の表れ〟なのか、俺にはまだわからない。
ただ、かつて伯父貴たちもこんな気分だったのかと思うと、胸の奥が熱くなった。
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