02-08:乙女たちの事情・2・II
□scene:01 - 王弟の城:前庭
時折月を隠す厚い雲は、間もなく襲い来ると聞く嵐の前触れ。
遠くから風に乗って歌が届く。
今を嘆き、新しきを望む希望の歌が。
摂政が言った通り、軍による集団的街頭行進と
仇敵たる蛮族が内戦に陥り危機が薄れて久しく、国よりも
今はどこも無人か定数に遠く及ばず、王都防衛の任を果たせていない。
草陰の闇から、中佐の凜々しくも抑えた声。
(お考えを改めてはいただけませんか?)
准将が穏やかに、しかし強く拒む。
(貴官こそ帰れ。ここにおわすればまだしも、でなければ……この賭に負ければ誰が陛下をお救いできると言うのだ)
小高い丘の上に在る、高くは無いが広大な城。
かつては純白の宝石と称えられた名城も、今は昔。
砂と土に
王位に欲無きと示すため、王の弟は敢えて老朽化していた
付人は少なく、彼らが住まう塔の他は前庭すら朽ちるに任せた有様。
その身を隠すに不自由しない荒れた前庭に、十数人の乙女たちが潜んでいた。
中佐が准将に詰め寄る。
彼女は今夜の潜入を知らされず、中尉の
(〝賭に負ければ〟小官が閣下を逃します。誰が残るべきかは考えるまでも無き事。この身の全てを捧げましたあの夜の……もうお忘れか)
(あれは姫殿下の意と先代の命。そこまで言われるような事をした覚えはないがな)
年長の中佐が、潤んだ
極めて優秀な彼女を振り切るなど不可能、知られた時点で許すしかなかった。
見つめ合う二人の間に、中尉が顔を挟む。
(お二人には残っていただき私が指揮ってく、って作戦はどうでしょう? ついては少佐ぐらいに上げていただきますと嬉しいんですが。佐官の軍服って格好いいし)
植え込みで姿勢を低くしていたため、小柄な彼女でも割り込めた。
その頭を、中佐が両の拳でぐりぐり。
(そんな意見具申があるか! それに〝私〟ではないと何度言えばわかる!?)
音を立ててはいけない隠密行動中なれば、適切な対処。
頭を抱えて
(軍の階級は学校の学年ではない! 中尉すらお情けなのに娘子軍最初の伍長にでもなってみるか!?)
元は
正規軍に〝士官は貴族を
高貴な家々が卑しき平民に
中尉が
(ジルお姉様の意地悪ぅ。
ぐりぐりの時間が再会。
*
頭を抱えて小さく
(どぼじで~私なりに考えてるのにぃ~)
彼女に比して横に二回りは豊かな美少女……ジュリールー技術大尉が寄り添う。
中尉と違い髪が肩に届くのは、短髪であるべき歩兵ではないため。
(ミラちゃんてば、やっぱ軍人さんには向いてない?)
(ジュリ大尉殿はいいですよねー。お
娘子軍の法に身分に類する文言は無く、血筋の明記は長の条件のみ。
如何にそう定まったのかは記録に無く、初まりより平民がいた記録は残る。
そして王国で原初の法への異論は建国の勇者王を愚弄するに等しく、絶対禁忌。
しかし身分制度は永い
事実、記録に名はあっても歴代王妃と並ぶ絵の中に平民は存在しない。
目を向けるどころか
そんな娘子軍が危うくなったのは、蛮族との争いが激しき頃。
正規軍が磨り減る
解散が現実味を帯びると、まず定めるべきは乙女たちの〝その後〟。
家に帰され、
事情が異なるのは、正規軍では士官になれない平民とその下。
正規軍の士官は貴族が慣例、少尉から始まる娘子軍のままは有り得ない。
身分卑しき者共が貴族に並び、敬礼させていたを快く思わない者は少なくない。
帰る家があるのに軍に残る物好きな平民は、〝最下級に落とされる〟と
ヒトとして扱わないが常識の貧民には〝慰安用の消耗品扱い〟なる妄言まで。
蛮族が内戦に陥り危機感が薄れると、誰かが原初の法を正す是非を思い出す。
話はそこまで、しかし乙女たちが棄てられる例え話に
そんな危惧に涙ぐむ中尉へ、膨よかな美少女は寂しい笑顔。
(私にはお
(でもミラちゃんなら大丈夫! 殺して壊しまくる方は成績最凶だし! 蛮族さんと戦争になったら、とーっても頼もしい戦力だもん! 取り合いになるよ、きっと♪)
(そ、それは模擬戦での話で……ヒト聞きの悪い言い方止めてください!)
二人の後ろで、無表情のままどんな
准将が頬を緩ませつつ、二人を見て
(そろそろ突入したいのだが……)
その
軍に拾われる前のように呼ばれては教育する中佐が、申し訳なさそうに
(あれで能力は群を抜いておりますから、閣下が選抜なされたのも、その……小官も理解でき……ます……ので……)
月に雲が重なり、乙女たちが闇に呑まれていく。
漆黒の中に准将の
*
淡い月光を映し煌めく
そこには殺意も憐れみも無い、ただ生きる為に獲物を狩る野獣の如く。
小柄な少女に制圧された長身のロズベルグが、必死に叫ぶ。
「や、止めろ! わ、
雲が晴れ、月に照らされる娘子軍に囲まれた大柄な男たち。
全て
准将が瞳を
「閣下はなにゆえ
王族の居城へ侵入など正気の沙汰にあらず、娘子軍の精鋭は決死の覚悟。
極刑上等の集団なれば、障害の排除に躊躇などしない。
「き、貴官らの暴走を恐れてだ! 事実!
「そこまで
「や! 止めろ! 為すべき事は我らも同じ! 摂政殿に儂の真意をお伝えしたら、今宵貴官らが必ずや決起するから協力をと
「何ですと?」
「仮に
「それは……」
「殿下は貴官の血をご存じ。命運尽きてはせめて〝陛下と共に〟とお迷いになれば、何とする? 最悪を思い戦慄するは同じ、されど儂はその先を恐れておると知れ!」
准将が緊張を解き息を吐く。
「放せ。閣下に手をお貸ししろ」
中佐が短刀を収め、ロズベルグの前で膝立ちとなって恭しく手を差し出す。
中尉を始め娘子軍の兵も同様にし、男たちと揃って立ち上がる。
ロズベルグが土を払い落とすのを待ち、准将が
「この先は閣下の意に従え、と?」
「闇夜に武装して殿下の城……〝極刑〟もと
「
彼と同様鋭い目をした男たちは、その言葉に強く
王国貴族の
老兵、されど軍を惜しまれながら退役した
それとわかった上で、准将が現実を説く。
「〝お遊戯会〟と評されます我が兵たちに、この
「儂を誰だと思っておる。王城より見下ろしておるのは、ただ眺めを楽しむためではない。貴様らの実力を知らぬと? 永く攻めを受けず役目が
「あら?」
「さればこそ、だ」
ロズベルグが呆れた
「重々〝手加減無用〟と命じたのだがな……わからぬでもないが」
笑みを浮かべて恐縮する男たち。
壮年の男たちは筋骨隆々でいて機敏、動きも目も鋭く隙が無い。
強靭な
ロズベルグが、准将とその後ろに控える乙女たちに向く。
「フン……若きは良きことばかりではない、と言う事か。どうやら儂を……己よりも
その眼光で意見無用と知らしめた後、大きく息を吸い、吐き出す。
「儂には次代に継ぐまで元老院を束ね、王国を
准将が息を呑む。
「その〝声〟とは。即ち……」
「〝王弟殿下を新たな王に、世に
中尉が
「だったら〝一緒に探そう〟と
その態度と言葉遣いを正そうと、中佐が身を乗り出す。
だがロズベルグは中佐の
「気概が足りんからだ! 何のための陛下直属か! 今の情勢下でも貴軍なら役目を果たせる法も
助けを求めて振り向くと、中佐は
毒を吐いた分の勢いが減じたのか、ロズベルグが幾分落ち着く。
「次代が定まるまで……元老院が統べるを許されるは
中尉を始め、乙女たちはロズベルグが何を言っているのか理解らない。
頼みの准将と中佐が黙り込んだままなら、そのまま控えるしかない。
その有様に、ロズベルグはやれやれと言った風に話を続ける。
「命を下せる陛下が不在ゆえ軍は動けぬ。儂を始め個人で持てる
その辺りだけは朧気にわかった
「小官共は王妃陛下直属だから、正規軍も元老院も関係無し?」
ロズベルグが大きく
「准将の陛下に捧ぐ忠誠は
中佐が哀しい目で、
ロズベルグが
「
中尉が息を呑む。
「そうなれば、陛下をお救いしても……」
「
准将が顔を上げ、深く、意味ありげに
尤もらしく聞こえたから何となく
意を得たロズベルグも
「事、ここに至ってはできる限りを果たすまで。殿下の
□scene:02 - 王弟の城:玄関
仰々しく巨大、しかし古く痛んで見える城の正門。
王統に在る者の居城であり、主を護る役目を果たす能力は十二分に備わる。
正面からなど忍び込むには不適当極まりないが、命じたのはロズベルグ。
その扉の装飾に中尉が身を潜める。
その後背、彼女に護られた技術大尉が保安装置を解除。
植込みの影から中尉の手信号を見て、中佐が後ろの植え込みへ手信号。
完全武装した小柄な乙女たちが、闇に溶け込み入城開始。
大柄な男たちが安全を確認した後、ロズベルグが続く。
「静かな……ヒト少なきとは言え、夜はこれほどまでに寂しい城だったか」
貴族の男たちが後なのは、娘子軍を囮か盾にしたからではない。
そもそも同じヒトである以上、無視できない現実というものがある。
若くしなやかに跳ねる
美女と美少女の群に格好つけて無理をして、腰を痛めた者も何人かいる始末。
ロズベルグが准将に向く。
「儂らは近衛が護りし城の
「ご忠告感謝いたします。閣下もくれぐれもお気を付けて」
広大な中庭を囲む強固な城壁の中に在る通路を、男たちは左へ駆けていく。
この
目指すは内庭の奥に見える塔、そこにただ
見上げる准将の、
「気配があるのは、あそこだけのようだ」
暗闇の中で、中佐が頬を寄せ
「特に信の厚い者だけをお側に、と耳にしておりました通り……ではありますが」
中佐が神妙に
「参りますか?」
「いや。閣下にお任せしよう。仮に殿下と相対する
准将が王妃に忠実なのは周知の事実だが、王弟との関係は語られていない。
公私を共にしている中佐が、聞こえなかったかのように
「ただ
やっと理解できる話を耳にして、中尉が意気込む。
「行きましょう! そこに陛下がいらっしゃるなら早くお救いしたいです!」
中尉の言葉に、後ろに続く乙女たちも勢いづく。
准将が
「続け」
乙女たちは通路を右へ、音もなく消えていく。
目指すは、摂政が准将に伝えし怪しき壁のある
王城の資料室で調べて知った、往事は牢があったとされる地下へ。
□scene:03 - 王弟の城:屋内菜園
床から天井までの窓枠だけが残る向こうから、薄雲に霞む月明かりが降り注ぐ。
色彩豊かな自然が溢れていたであろう、水路や花壇の跡が残る広い空間。
今は放棄され泥と砂に埋もれた中に、乙女たちがいた。
中佐が
「確かに妙だ……他は風に
中佐の下から中尉が顔を覗かせ、頬を壁に。
「ホントだ。ここだけ怒ったお姉様みたいに暑苦しいと言うか熱いですね。奥に熱が
中佐が中尉の頭上に肘を落としつつ、愛用の携帯端末を睨む技術大尉に向く。
「どうか?」
「壁の装飾に細工が仕込まれています。暫くお待ちを」
やがて石と石が擦れる音と共に隙間の周囲がごっそり沈み、細い通路が現れた。
その先に地下への階段、そして構造物が剥き出しの昇降機が見える。
摂政が語った通り彼の巨大な車椅子には狭く、階段は急。
しかし小柄な乙女たちなら、
中佐が手信号と共に
「前へ」
乙女たちが闇の奥へ姿を消すと、侵入が露見しないよう通路が塞がっていく。
割れた窓の向こうに見えていた月が雲に隠れ、辺りが暗闇に包まれていく。
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