04-09:乙女たちの事情・4・II
□scene:01 - 王城:闇門
王城の側背に半円形に深く抉られ、地階に繋がる質素な門が見える場所がある。
周囲は劇場の観客席の如き斜面、最前列から底は落ちると命に関わる高さ。
底と地上は、王城沿いに設けられた階段で繋がるのみ。
階段の上では、士官と移送用の輸送防護車が待ち受ける。
首枷で手の自由も奪われた准将が、足枷に繋がる鎖を引かれて王城の外へ。
この醜態が、地下牢から囚人が出る正規の様式。
王城内で落とされた首を晒し、棄てに出される場であったとも伝わる。
今は脱走や奪還を警戒する兵のみで、見物客は遠ざけられている。
□scene:02 - 王都:城壁の内:輸送防護車:後部収監室
准将が輸送防護車に追い立てられると、同じ首枷を天井に吊された中佐がいた。
首と、肩まで上げた手首を二枚の厚く重い
それを吊され、
正規軍の重営倉では、軍規に従い食事は供されていた。
だが、その
准将が受けるであろう仕打ちを憂い、〝共に〟と願った結果。
その上で〝真実〟を吐かない彼女から、いつしか
勇猛果敢な彼女の
痩せた士官が眼鏡を整えながら、准将の汚れた身体を眺め舌なめずりして
「こんなにも麗しき美女が
二人を囲む男たちに、准将は見覚えが遭った。
下卑た目を這わせる二人の士官は、
そしてその後ろに控え、彼女らを逃さぬよう見張る兵たちの黄色く濁った目。
古城で中尉を踏み付けた仮面の男たちが、今や王城で武装を許されている。
准将が
「〝
その呼び名は、未だ恩赦が成っていない事を意味している。
落ち窪んだ目に
脂ぎって背が低く小太りの士官が、中佐の避けた軍服の奥を凝視。
「急に景気が悪くなるわ物騒になるわで〝ロズベルグ公さえ生きてれば〟ってみんな言ってんだな。公を殺しちゃった極悪人にいよいよ判決が下るってんで、お祭り騒ぎなんだな」
痩せ男が
「小官が個人的に得た情報によりますと、摂政閣下が中尉より下にある者共だけでもお許しいただけるようご尽力なされているようです。事実、何も知らないお飾り中のお飾りまでが巻き添えで死に様を曝されるのも……との慈悲深い声は増えつつあり、極刑だけは
焦点の合わない目で虚空を見つめる准将と、その顔をただ見つめる中佐。
摂政の
痩せ男が中佐の手枷を点検する風で寄り添い、耳元で
「しかし……恩赦を賜れたとしても、〝助かった〟とは言えないかもしれませんが」
部下の話に中佐が思わず、だが
「どういう……意味だ?」
痩せ男を見て准将の足枷に飛びつき、足下から上を見上げる小太りが
「お命だけはお許しいただけたとしても、だな。五等兵に落として棄てるんだな。
中佐が目を見開き、小太りを睨む。
「
*
第一四艦隊……通称、懲罰艦隊。
実力が伴わぬ自尊心が肥大化した末に、
中からは出られない武装した棺桶で、囮や盾に使われる捨て駒。
戦果を上げれば特赦を賜れるとされ、罪人たちは文字通り必死に闘う。
出港後は刑の執行中となり、そこで何があろうとそれ自体が刑罰。
慣例で男にのみ下されてきたが、若く美しい乙女が捧げられたなら……
*
痩せ男は怯んで膝が砕け、小太りは尻を着く。
しかし首枷で吊られた中佐はどちらにも届かない。
特別誂えの輸送防護車は、
それは即ち、士官たちの情けない姿をも衆目に晒したに違い無い。
痩せ男の
「大人しくしていなさい。裁きが終われば王国民全ての敵、
辱めの理由を供しかねない自らに憤り、中佐は力なく
それでも黙って入られず、歯を食いしばりながら
「み、皆の親は? 由緒正しく高貴な家もあるのに、そんな話が通ったのか?」
准将の全身を嘗めるように眺めながら、小太りが
「どの家も〝妾の娘〟〝貧民窟の哀れな
□scene:03 - 王都:城壁の内:正道路
王城を囲む城壁の内、法務を司る区画へ続くは
広い車道の
その無様な醜態を、沿道に群がる貴族や軍人たちが眺めている。
王城の城壁内に入れるは、誇り高き選ばれし者のみのはず。
娘子軍への
やがて誰かが
軍服が枷に絡まり解れ、肌が露わになっていた箇所を狙ったのは明らか。
それをきっかけに、塵や汚水が罵声と共に乙女の列へ浴びせかけられていく。
〝王家に寇なす不届き者〟〝元老院長殺し〟と叫べば何事も許されるかの如く。
狙われるのは、見るからに弱っている者ばかり。
優位な者が弱者を攻める
誰しも成果を求めるが常道であり、容易な方を選ぶは理に適う。
やがて小さな
下衆共の熱はいよいよ高まり、罪人への糾弾ではなく辱めの場と化していく。
□scene:04 - 王都:城壁の内:輸送防護車:後部収監室
中佐が痩せ男を睨み付ける。
「あれは何の真似だ?」
「小官がある筋から得た情報に寄りますと、貴女方と同じかと。これから法定にて、
中佐は唇を噛んだ。
どう言葉を取り繕おうと、扇情的な晒し者とするが目的の列に他ならない。
痩せ男が覗き窓から周囲を警戒する風で、再び中佐に寄り添う。
その
「お遊戯会で遊んでたお嬢様方に、どんな任務でも正しく遂行できるよう、現実なる価値観を教示してあげているのでしょう。お飾りの軍隊からいきなり正規軍、それも
中佐が猛り、飛びかかろうとするも虚しく鎖を鳴らすのみ。
「下衆め! 民はこれを見て声を上げないのか? 誇り高き王国民がこれを
先程とは違い、届かないとわかっている痩せ男は余裕の笑み。
小太りが、身を
准将が焦点の定まらない目を、窓の外に向ける。
誰かが止めてくれると期待し、願った。
王国の至宝、男子の理想、婦女子の憧れと称えられ、そうあろうと努めてきた。
だが、何も起こらない。
哀れな乙女たちを、いやらしい
痩せ男が眼鏡を整えながら、外から見えないように中佐の髪を舐める。
「〝麗しき
中佐が思う、ここに至るまで知る者は少なくほとんど見知らぬ品のない者ばかり。
准将と中佐は、暫く見ぬ間に城内の顔ぶれが様変わりしていた事実に戦慄。
王弟と心変わりした王妃による新たな価値観に、ただ
小太りがが、痩せ男に
「もう時代は変わったんだな。諦めるんだな」
□scene:05 - 王城:軍事法廷前
法廷前で輸送防護車を降ろされた二人の前に、中将の軍服とその部下たち。
「久しいな、卑しき雌犬と犬に尻を振る浅ましき者よ」
中佐が思わず飛びかかろうとするも、首枷に繋がる鎖が伸びるだけ。
「貴様ぁあ!!」
中将は絶対に届かない位置で
「小官もあの夜を証言するよう、
中将は中佐の髪を掴み、苦痛に歪む顔を無理矢理上げさせる。
「もう
黄色い拘束衣
見開いた中佐の瞳に映るのは、壊れた玩具のような中尉の姿。
「おね……中……佐……殿……お久し……ぶり……です」
雨上がりの空のように澄んでいた目は濁り、落ち窪んでいる。
艶やかだった肌も、見える箇所は全て痣に覆われていた。
涙と鼻血の後が重なる顔は腫れ、内出血で黒い。
中将が後ろに控える部下から、豪奢な鞭を手渡される。
「在りし日の中佐同様、分を弁えぬ言動には我々もほとほと困り果てていてね。まあ卑しき者共を黙らせる技の鍛錬には丁度いい。こんな風に!」
風切り音と共に自由を奪われていた体が跳ね、倒れ、足下を転げ回る。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、本人の意思に関わらず無様に踊らされる。
腕を拘束されているために、顔や頭部を護る事をできない。
痛みに苦しみ、のたうち回りながら白目を剥き、泡まで吹き出した。
中佐が首枷の中から必死に中尉に寄り、泣き叫ぶ。
「ミラ!? 止めろ! 止めてくれえ!!」
中将がぐったりして動かない中尉の顔を踏み付けながら、中佐に向く。
「この無礼極まりない
「平民とは言え軍人だ! 相応の扱いをせよ! まだ裁きは下っていない!」
「そう言えば平民の……いや腐臭漂う貧民だった中佐を拾い上げたのは、身分
中尉の顔に靴底を擦り付ける。
「
「貴様……どこまで私たちを
「世迷い言を。知っているのでしょう? 小官が真に泣き叫ぶ姿を見たいのは、その雌犬の方だと」
准将が力尽きた体を
「ならさっさと私を好きにしろ。今なら如何に辱められようと
その声に
思わず体が動いただけで、中将には
中将が大袈裟に溜息を
「是非そうしたい……ところなのだが安心し給え。貴官に限っては〝傷付ける事
腹を蹴られた中尉は叫ばず動かず、まるで水が詰まった袋の如く。
微かに揺らぐ肩で、
中将が、中佐の頬に鞭を入れる。
「だから雌犬よ! 貴様の
准将の前髪に隠れて見えない目が、見開いている。
他の誰でも無い……何もされず、何もできない自分が憎かった。
中将の目配せに、中佐の後ろにいた兵が
黄色く濁った目をした兵が、中佐の首枷から鎖を外して背中を突いた。
「うあ!?」
手首を首の高さで拘束されては為す術無く、頭から地面に倒れる中佐。
石畳を避けて植込みまで
起き上がろうと
その頭に中将が靴を乗せると、腰を高く掲げた無様な姿のまま動けなくなった。
「
怒りと屈辱に震えながら、
額を土にめり込ませて真下を向くのは、中将に言うわけではないとの思いから。
「お、お願いいたします」
中将が中佐の頭を強く踏み付け、土の中に押し込む。
「中尉を……ミラをお救いください。わ、くぅ! 我が身はどうな……う! っても構いま……く、どんな……命にも、うぐ、従いま……」
中将はそんな彼女を嘲笑いながら足首を捻り、さらに土の中へ沈めていく。
「何か言いました? 聞こえませんねぇ」
「ぐ! く!」
「お、おねがい……しま……く……ぅ……」
石畳の上を乱暴に転がされ、その光景を見せられていた中尉が呻く。
「ジル……おね……様……い……いき……して……」
呼吸ができず、全身を痙攣させる中佐の目から止め処なく涙が溢れ出ていた。
その涙は我が身の惨めさを嘆いてのものか、愛する
見かねた准将が腕に
「最早……」
だが、どうにもならないとわかっていたから、
その
醜く高笑いする中将と、腰を高く掲げた中佐を嫌らしい目で眺めて
泣きじゃくる中尉の鎖を引く男は、下半身を撫でるように蹴り転がしている。
程なく騒ぎを聞きつけた人々に囲まれるが、誰も止めようとはしない。
その異様な空気を切り裂く、堂々とした声。
「何事か!?」
誰もがその迫力に
腰を抜かして植込みに沈んでいた中将が、恐る恐る
「マ、マッケンゼン元帥閣下? え、遠征はいかがなさったので?」
下衆な見物人が後退りして囲みが割れた中に、その男はいた。
綺麗に纏まった銀髪、整った銀色の髭には老練さと厳しさが窺える。
長身では無いが、骨太な体型と力強い歩みは、
眼光鋭い目と髭で見えない口元は、相手に本心を読ませない。
しかし、それでいて相手を見透かしているようで、油断ができない。
口髭の奥から、怒気に満ちた重い声。
「王城にて
無様な姿を晒した中将が、必死に起き上がって虚勢を張る。
「か、艦隊司令部からの任を放棄されてか?」
「我が
静かだが思い言葉に中将は腰が
元帥の傍らに立つ筋骨隆々に眼鏡の壮年が、堂々と部下に号令。
「かかれ」
筋肉眼鏡は、提督と同じく揺るぎない強さを覗わせる副官。
その後ろに控える兵たちも、同様に屈強で
颯爽とした
その後ろでは、これも
娘子軍の列が解放され、手当を受けている。
新体制下でこその立場を思い出した中将が、慌てて提督の前に立つ。
「ここ、
元帥が
「いつ、貴官の意見を求めたか?」
「そ、それは……そ! そこの雌犬は、かつて尉官如きだった頃に佐官だった小官にあらぬ疑いをかけ狼藉に及んだ、卑しく野蛮な
「我が軍ではいつ、中将
「く……」
紳士的だった提督の語気が、
「裁定が下っていないのなら彼女らは貴官と同じ誇りある王国軍人。
「ぐっ!」
膝が震えて
「大丈夫か……と尋ねる有様ではないな」
「元帥閣下にはいつもお
「儂も長期遠征とは名ばかりの厄介払いを強いられている身。偶然見かけた風を装い手を貸すがやっと。これまでのようにはいかぬと認めて備えているつもりだったが、こうも早くに状況が変わろうとは……港からここまで見知った顔は少ない。貴官らが至宝と称えられる意味を知る者なら、黙ってはおれぬはず。なのに……今や城内では声を上げられぬのか、それともそのような者はもう……」
「もったいなきお言葉……その軍をここまで
元帥に支えられた准将の肩が、震えている。
彼女の肩をより強く支え、元帥が
「今は声を上げずとも、貴官らの真なる勇姿を待ち望む者は少なくない。あるべきを捻じ曲げ邪道を往くなど決して長続きせぬ。貴官らは王道を往け。誇りを捨てるな。儂も手を尽くそう」
「は、はい!」
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