04-10:乙女たちの事情・4・III

□scene:01 - 王城:法廷



 その日、准将を始め娘子軍の主力たる数名に公開処刑が言い渡された。

 その他は噂通りに懲罰艦隊送り……これも事実上の極刑。


 法定は〝反逆者〟〝元老院長殺し〟の怒声で満ち、味方は皆無と思い知るのみ。

 塵や飲み残しが浴びせかけられ、その無様な醜態は広く中継されたとう。

 長く身を清めるを許されない汚れた姿に、〝救う価値無し〟との嘲笑も。


 誰一人ひとりそれを止めなかった事実が公正ではなかった証左、だが誰もとがめはしない。

 最早〝彼女らを罵り汚す事こそ正義〟が常識。


 元帥が王弟に謁見を望むも、蛮族来襲の報に出撃を余儀なくされ叶わず。

 娘子軍を認める他の諸将も、同様に遠ざけられている。


 一方いっぽう、民への報道は悪辣あくらつを極めた。

 彼女らが大罪人だいざいにんとなった過程を、詳細且つわかり易く報道。


 公明正大、王国の良心と称えられていたロズベルグの死に民は動揺。

 彼を惨殺する映像の、悪鬼と化した女たちの黄色く冷たいに恐怖した。


 決定的だったのは、証言から創られた有力貴族を肉体からだで籠絡する映像

 いつしかそれはとして、いかがわしきものほど早く広く浸透していった。


 そして〝まさか〟の声を〝やはり〟が追いやり消していく。

 やがて〝だまされた〟〝裏切られた〟と怨嗟の声が満ちていく。


 むしろ、彼女らを擁護していた者ほど〝以前から思っていた〟と主張。

 今や〝他者の行く末〟よりも〝自身の保身〟なのは、当然で必然。


 景気や治安の悪化による重い空気まで、陛下が惑わされたがためとささやく者も。

 数年前との差が〝ロズベルグ喪失による損害〟とされ、噂は真実となっていく。


 全て大罪人だいざいにんありきの話、真偽を見極めようとする者はいない。

 勇敢で優美な娘子軍の失墜が、空気が暗く重い一因いちいんであるとくちにする者も。


 斯くして、哀れな乙女たちは〝いくら責めて辱めても構わない存在〟へ。

 〝そうしない者も同罪〟の意を添えて。


 彼女らの命運は、完全に絶たれた。





□scene:02 - 王城:地下牢:最奥の一室



 准将のソフィーティアは、腕を封じる首枷に足枷で全身の自由を奪わていた。

 ちからなく横たわる体は汚泥に半ばまで沈み、くちに鼻に流れ込むまま。

 相変わらず食事は供されず、頬を伝う汚水でくちを注ぐのみ。


 金属が軋む不快な音と共に檻が開き、大柄な車椅子が入ってくる。


「こんにちはぁ。聞こえますかぁ? われですよぉ」


 ソフィーティアは、声の主に淀んだあかい瞳だけを向けた。


「王家に飼われ生かされてきた卑しき雌犬、その最後の生き残りがこんなにも惨めなお姿になってしまうとは、時代とは残酷なものですなぁ」


 摂政の声に遠慮が無いのはヒト払い済みだからか、全てが同胞だからか。


「そんな枷、ここに囚われた頃なら雌犬の本性でどうにでもできたでしょうに。させなかったわれの勝ち、と言う事でよろしいかな? この国と貴女あなたのどちらも、特にその得難い肉体からだを損なう事無く我のモノとするには少々難儀いたしましたがね。こうしてその惨めな姿で疲れを癒したくなるほどに」


 朦朧もうろうとしているソフィーティアは何も見えず、耳も遠い。


「何……を……おっしゃって……」


 摂政が車椅子からその足で立って降り、ソフィーティアに顔を寄せる。


「他の雌共はヒトを惑わす褒美にしかならんが、この血肉は別。われの一部とするか、孕み袋にして予備を沢山こさえるか……これからが本当に楽しみよ」





□scene:03 - 王城:中央回廊



 王城の中枢に在る昇降機は、一度いちどに三桁が乗れる籠が二桁。

 扉は仰々しく、それらが並ぶ空間は広大で高い。


 その中に、扉が在って然るべき幅の壁面。





□scene:04 - 王城:地下:廃され閉ざされたはずの回廊



 蛮族が内戦に明け暮れ脅威が薄れた昨今、王城の地下は忘れられていた。

 強固な岩盤に護られた地下壕としての機能より、利便性を求めて。


 地下にあった施設が全て地上に移されては、そこへ繋がる昇降機も不要。

 ゆえに〝迷い込まぬよう〟との名目で潰された……はずだった。


 しかし、実際は地下牢と共に生きている。

 それを知るのは、限られた者だけが使えるように塞いだ摂政とその配下のみ。





□scene:05 - 王城:地下:あるはずの無い部屋



 暗闇を行く大柄な車椅子。

 やがて止まると、一六の炎と香炉がまるく囲む。

 岩を穿うがって拡げたたまの内、底がいくらか埋まって床となる。


 彼を囲む灯りは暗く、足下の他は漆黒の闇。

 車椅子から立ち上がった影の全容も、闇に溶ける。


 やがてかれた香の煙に、丸い光がいくつも浮かぶ。

 摂政の正面に浮かぶ、他より大きな光が揺らぐ。


『もう今の顔を見るに至ったか、ヴィジャールよ』


 〝ヴィジャール〟と呼ばれた摂政が、うやうやしくひざまずく。


「大長老様、そして長老衆に於かれましてはご機嫌麗しゅう」

『よいよい、形式的な挨拶など要らぬ』


 ヴィジャールが立ち上がる。


「大長老様にたまわりました計画よりいささか早うございますが、この地を統べる組織のかなめが我らの手の内に。ついては次の段へと進むご裁可を」

『よろしい。これまでの働きを認めよう。その地の支配とヒトの収穫を許す。全ては我らの合議によって』


 奥の光が前に出る。


『それはそれと、貴様と同時に放った一党いっとうがどうなったか……聞き及んでおるか?』

「もちろんでございます。しかしおごり高ぶり自滅は我らが最もおちいりやすく、いましめねばならぬ愚行と承知しております」


 右の光が揺れる。


『なら良い。所詮は下等生物とあなどなかれ』

「ははっ」


 語るべきが語り終わり、光がざわめく。


『もうここまで来たか。望外に早かったのぉ。良き良き』

『早いに越したことはあるまいて。万物の高みにおる我らとて、生き延びてこそよ』

『うむ。今や純血は絶え近い上位種は残り少ない。後は考えるをしない雑種ばかり』

『強く賢い我らにとってこの世は楽園。永遠に悦ぶか下等な者共が蔓延はびこるを見ながら絶えるか……貴様にかかっておるのだぞ』

『救いとなろうその地には、永い永い時間ときと無数と言う他無い同胞の血肉を注いだ。そこに遣わす一党いっとう時間ときと手間をかけて育て、磨き上げた。が……』

『まだ若く退くを知らん貴様などに、我らの命運を託すなと五月蠅い者もおったな』

『じゃがいつか最も強く数多い一党いっとうとなり、我らの期待に応えてきたのは確かじゃ』


 中央の光が周囲を散らす。


『貴様の幸運が我ら全てを永遠とわに導くと信じよう。事が成った暁には、長老衆ここに席を用意するに誰も異論は無かろう』

「はは! 有り難きお言葉!」


 中央の光を残し、他が遠く消えていく。


『次のしらせを心待ちにしておるぞ』


 残ったひとつの光がヴィジャールに寄る。


『それとな……我を忘れた者共の末路、努努ゆめゆめ忘れるなよ』





□scene:06 - 王城:地下:廃され閉ざされたはずの回廊



 昇降機から地上へと降りた車椅子を迎えたのは、元老院の衣装を纏った肉塊。

 マール爵がうやうやしく、王国のものではない礼をする。


「長老衆へのご報告、それと……哀れな負け犬に勝利の宣言ですかな、首領様。いえ摂政閣下」


 〝首領〟と呼ばれた摂政が、動力式の車椅子を進めながら答える。


「百を超えるときようやまで来たのだ。誰かに聞かせたくもなる」

「永うございました。本国にこもり惰眠を貪る枯れ汚花共には一瞬いっしゅんでしょうが、我ら若衆には耐えがたき無駄な時間とき

「フン……王族でなければ頂点に立てぬこの国を余所者が手にする手段……価値観の逆転がようやく成ったのだ。信じて疑わなかった常識が実は間違っていたとなれば、その真逆こそが正しきがわとなる。古き血統が利己的で王にあたわずとなれば、新しき血こそ良きとなる……のように」


 摂政と共に歩くマールがわらう。


「この地で正しき象徴とは王家と艦隊、そして娘子軍。まず王を排除し変化の気運を漂わせ、悲しむ間も無く王妃が王弟を求めたなら国が揺らぐは必定。運良く王の弟は世捨て人。誰もよくは知らぬ者を、民を顧みぬ無責任で身勝手な狂人と広めるは楽でございました」

唯一ゆいいつの世継ぎを失いしも望外の幸運。排除の手間が要らぬ上に、王と王妃の精神こころに深く広く暗い溝を自ら刻んでくれもした。おかげで難無く入り込めたわ」


 マールが腕を組んで思案の仕草。


「しかしながらヒトは無数。我らは強き存在の宿命で子を能力ちからに限り有り。数を求めて別種のはらを使うても、できるのはめいに従い働き死ぬしかできぬ捨て駒ばかり」

「そして狩られ食われるために生を受ける下等な者共は、際限なく湧き在り続ける。身の程を理解わからぬほどに低能ゆえ、ひとつ所におれば無駄に足掻いて手を煩わせおる。目障りなら内から流れを変え無害に堕とす、が定石ではあったが……」

「小賢しい元帥一人ひとりならまだしも、その配下も油断なりませぬ。無力化にはまだ永い時間ときを棄てる覚悟でした」

「あの雌共も。慈悲深き王妃が懐刀、王国の至宝と称えられるちからは認めぬ者ほどよく知る。捨て置けばいずれ我らにまつろわぬ者共の旗印となったであろう」

「そしてロズベルグ。王無き王国を纏めさせるため敢えて遺した駒ではありますが、最適であっても最良でなかったのも事実」

「いずれ我らに扱い易い代になるまで、これまで通り待つ所存であったが……」

「あの雌犬と共に仕込みの中へ、などとご助言されるとは僥倖ぎょうこうでございました」

「ヒトは精神こころが揺らいだままではいられぬ欠陥品よ。奥底にある価値観を裏返せば、後は容易たやすい。奴らが悪と信じたい者を悪と断罪するだけで、その裏側にが当たる」

「ロズベルグに代わり首領様がお立ちになれば、その御威光をさえぎれる者などこの地におりませぬ。手付かずの艦隊も正しき法には従うしかなく。徐々にちからを削ぎ頃合いを見て第二艦隊のように無能者に仕切らせる算段でございましたが……どうでしょう、このまま華々しく散らせますのも一興いっきょうかと。かの元帥と配下の実力は本物。無闇にいじらず残しておけば、いずれ内面白い使い道が見つかりましょう」

「クク……このような話はまだ遠い先だったはず。まさかこんなに早く成ろうとは。まるで見えざる手にされているかのようだ」

「例の件も、もう間もなく暴けましょう。長老衆に感付かれるより早く無敵の軍勢をこしらえますれば、この世を我が一党もうの楽園にするも夢物語ではございませぬ」


 外套の奥で、無数の黄色く濁った目が細くなる。


「思えば今この時ここにいるのは、上にいた者共がいくさやまいで勝手に消え失せたゆえ。クククッ……われは本当に運が良い」

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