04-11:プリンセスと最期の夜・8

□scene:01 - マンション:リビングダイニング



 この家自慢の大窓は、並の家なら二階分の高さを超える。

 窓際の二階に当たる高さに、左右の階段から上がるテラスがある。


 テラスそこにブランケットに包まって腰を落とし、夜空を見上げる。

 俺の胸に背中を着け、一緒いっしょに見上げていた愛里沙が振り返らずにささやく。


「お父さんがいなくなってから少し大きくなって、もう会えないんだと理解わかって……もっと大きくなって、あの時涙が止まらない私にお母さんは……」





□scene:02 - 小さな家:ベランダ(?年前)



 大きく豪華でもなく、しかし住むヒトの品の良さが一見いっけんしてわかる白い家。

 小さな庭を一望いちぼうできるベランダに、純白のブランケットを纏い座る美しい女性。


 黒髪の美女が、豊かな胸の間で見上げる少女に優しく語りかける。


「愛里沙がまだ赤ちゃんだった頃に、お星様を欲しそうに手を伸ばすからお父さんが抱っこしてね、それでも届かないから泣いて困らせた事があったのよ」


 少女が泣くのを止めて女性を見上げ、頬を少し膨らませる。


「お星様に手が届かないのぐらい知ってるもん」

「でも、愛里沙は今もお星様が大好きでしょ? だからにいたんだもんね」

「う……ん」

「さあ……見上げてごらん」


 素直に見上げる少女を女性が優しく抱き締める。


「見えるのはお星様だけ。でもお母さんはここにいるでしょ? お父さんも、きっとどこかで……お星様が大好きな愛里沙を想って……寂しく涙がこぼれそうになる夜は、上を向いてお父さんと一緒いっしょにお星様を見ようね」





□scene:03 - マンション:リビングダイニング



「もう少し大きくなって、あれは優しい嘘だったんだと思って胸の奥が苦しくなったけど……今は理解わかる。お母さんはお父さんを信じて、ずっと待ってた……最期まで」


 言葉がなかった。

 果たされなかった想いを語るには、俺は何も知らなすぎる。


 できるのは、彼女の母親がそうしたように優しく抱き締めるだけ。

 直に伝わる体温がとうとい。


 愛里沙の綺麗な顔が、俺を見上げる。


「お母さんが最期まで後悔してた事があったの」


 愛里沙がブランケットから腕を出し、巻いていた包帯を解く。

 よく見れば、それは〝包帯〟では無く巻き付けるタイプのリストバンド。


 露わになった腕に、煌めく繊細な銀色のチェーン。

 虐待者の管理下でも身に着け隠せたのは、全身傷だらけだったからか。


 愛里沙がそのチェーンを解き、リストバンドと共に俺に差し出す。

 チェーンは二組あり、それぞれにシンプルだが品のいいリングが通されていた。


「お父さんの家に伝わる指輪。持ち主に強いちからを与えてくれるけど、二つ揃わないとダメなんだって。お父さんが長い仕事で家を出る前お母さんに自分の分も渡したの。でも……だからお母さんは〝お父さんに持ってって欲しかった〟〝どうして自分のを渡さなかったのかな〟って……ずっと……」

「じゃあ俺には必要無いな。言ったろ? 絶対に死なない悪運だけは強い野郎って。誰に聞いてもそう言うさ。ってか、そんな指輪なら愛里沙が持ってて欲しい」

「言ったでしょ? お母さんは後悔してたって。だから……私、こんなに小さくて

身体からだもダメで……悠佑はこんな私でもって言ってくれるけど、私だって何かしたい。〝何かした〟って想いが欲しい」


 愛里沙が俺の右腕を両手で持ち上げ、ブランケットから出す。

 リングを置きチェーンを巻き付け、リストバンドで覆う。

 小さな手が俺の腕で忙しく動く様が、堪らない。


 彼女の〝したい〟が終わり、俺を見上げてはにかむ。


「できた♪」

「ありがと。これでもう、絶対の絶対に大丈夫」

「うん♪」


 そして俺の胸に背を預け、夜明け前の夜空に魅入る。


 眼鏡と消えない隈の奥から見る夜空は、霞んでいるに違い無い。

 でも俺の目に映る彼女のは、夜明け前の星々よりも綺麗だった。

 眼鏡を外して直に見たくなったが、これ以上を望めば罰が当たると思った。





□scene:04 - マンション:マンション前



 この街一番いちばんのタワーマンション、そのいただきを見上げる一組ひとくみの男女。

 長身で痩身、そして和装の男が指先で眼鏡を整える。


「あんなところに縁は無かったはずなのに。だから現実世界このよは面白い」


 派手なプロポーションの女が、派手な服をひるがえす。


「いい夢見なよぉ……寝ても覚めても悪夢になる前にさぁ♪」


 男が愉しそうに嗤う。


「さあ。新たな章の始まりです」

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