05:死の天使
05-01:死の天使・1
□scene:01 - 市街地:通学路
まだ朝早いのに、
その下をゆっくり歩く愛里沙と、日傘を掲げて並ぶ俺。
そして、悦びの雄叫びを上げつつ縦横無尽に駆け巡る愛衣。
「きゃー! お陽様元気ー! きーもっちいいー!」
その後を泣きそうな
「愛衣ちゃん待ってぇ、そんなんじゃまたお姉ちゃんに怒られるぅ」
今にも泣き出しそうでいて爆走する愛衣に余裕で吸い付く脚力は、さすが双子。
愛彩の言う通り指導すべき状況だが、今に限っては有り難い。
何となく顔を合わせ辛い愛里沙に、前を向いたまま話す。
「クソ暑いのに、元気だなー」
愛里沙も前を向いたまま
「誰かとぶつかる前に止めなきゃだけど……」
想いは同じ。
街路樹に駆け上り枝から枝へ飛び回る二人を見る目が緩む。
「あの頃はエアコンの風で
五感の鋭さは第六感の実装を思わせるほど、ヒト様にぶつかる怖れはまず無い。
だが驚かせる程度はままあり、調子に乗って愛里沙の前で正座する
でも今の愛里沙は愛に満ちた声。
「うん、そだね。私の声が届かないとこまで行っても今は悠佑がいるし」
「素直に聞いてくれりゃいいんだけどなー。元気になればなるほど、俺の扱いが雑になってる気がする」
相手が
元々の素質が違うのか、腕力では適わなくなるのは最早時間の問題。
不意に手の甲が愛里沙の腕に触れた。
昨日までなら咄嗟に退いたろう
そこへ彼女の手が重なり
手を繋ぎ歩く彼女が俺を見上げ、柔らかく首を振る。
微笑み緩み、紅く染まった頬が気が遠くなるほどに尊い。
「そんな事ないよ。二人があんなに笑ってるのは悠佑がいるから。怖い事があっても足下が崩れて踏み外しても大丈夫。後ろでいつも見てくれてるヒトがいるから前だけ向ける……それがどんなに嬉しい事か、あの二人はよくわかってるよ」
そんな空気は実感している。
この俺が頼れる後ろ盾などであるはずがない実感とで、言葉にはならないが。
「ま、理由はどうあれ元気なのはいい事さ。いざとなったら頼もしいし」
命を狙われていると聞きながら、何も知らないフリができる理由の
今この時も両国政府に護られているはずだが、二人の
妹たちは姉の危機に敏感で、未確認人物の不用意な接近を許さない。
フラつく自転車やスマホに集中する通行人が、物理的に排除される
しかし
長身から
取り敢えず、二人が無邪気に
*
通学路を安全な速度で走るミニバンが、停まらずスライドドアを開く。
散歩中らしき老夫婦が、事も無げに双子を抱えてドアの中へ放り投げる。
高校生の二人も、〝逃げよう〟と考える間もなく車内に引き摺り込まれた。
それらは全て滑らかに、時の流れは乱れる事無く。
言葉通りの〝
□scene:02 - 国際空港
市街地から離れた海沿いにある、二四時間営業の国際空港。
地方都市の活性化を目論んで多額の公金が投じられたが、所詮は地方都市。
華やかな見た目に惑わされるが、人口密度は
運営に支障が無い程度の収益はあると主張するが、それが限界とも聞こえる。
いずれ増大不可避の維持コストが止めを刺すだろう。
□scene:03 - 国際空港:特別機用ロビー
薄らと埃が浮かぶその
*
見えるが声は届かない向こうに、彼の国のメディアに囲まれたアレックス。
集団はついさっき輸送機で到着、このまま姫と行動を共にするらしい。
俺と並んで眺めているのは、アレックスを守護すべきはずのシーナ。
軍服姿なのは、救国の英雄に最善を尽くす姿勢を示すため。
本意で無いのは見ずともわかるが、
アレックスに向いたまま、シーナにふて腐れた目と口調で心情を主張。
「この国には〝敵を
双子の
実際いきなりではあったが扱いは丁寧、ミニバンの中では
シーナも俺を見ず、アレックスに向いたまま応える。
「最速の
「〝配慮〟ってのは、アレか」
肩越しに背後をチラ見。
そこには数少ない見知った顔のほぼ
心から心配そうな
心から三人を思い、優しく見守る未音さんと智尋さんの姿も見える。
実際に危ない俺の方は心からどうでもいいらしく、追い払われて
目が合った双子が凄まじい勢いで駆け寄り
「うぐぅ……」
二人の〝心情〟が重く腹に食い込む。
俺の脚に
「お兄!
その後ろに潜み、顔を覆う指と髪の隙間から潤んだ瞳で見上げる愛彩。
「お兄ちゃんいつ帰って来るの? 明日? 来週? 甘いのがいいなぁ……」
安心させてやりたいが、嘘は
「ど、どうだろ? 何かあったら未音さんが教えてくれるよ」
二人の後を歩み寄ってきた未音さんが顔を覗かせ、
「そうそう。この、あ・た。し♪ が着いてんだから安心して♪」
両国の窓口である未音さんまで姿を消すと
暫くはこの国に
「まっかせて! 世界中の美味し~いモノを楽しませてあげる♪ レシピはもう頭の中にたっくさん詰め込んどいたから♪」
愛衣と愛彩が真顔になって顔を見合わせ、三秒固まる。
そして愛衣が右脇に縋り付く。
「やだ! お兄のがいい! お兄じゃなきゃダメなの!」
左脇に縋り付く愛彩に爪を立てられた。
「お兄ちゃんはわたしたちがどうなってもいいの!?」
未音さんが腕を組んで
「ま、まあ? 確かに料理はあんま得意な方じゃないけど切ったり焼いたりしなきゃ食べられるものだってつくれるのよ?
野菜スティックは血に塗れ、当りめは炭化し塵になる。
買ってきた惣菜パックすら撒き散らす未音さんには、
いつの間にか背後にいた智那が、
「じゅ、準備までは完璧だと思うんだけど、なーぜかつくってたのとは違う何か? ができちゃうんだよねー」
類い希なる知能と底無しの記憶容量で、始めるまでは完璧で称賛に値する。
しかし実技はまるで駄目、何かする度食材が損なわれ出来上がりは別物。
失われたほとんどは味見と称して腹に収まるから、
あの母親にしてこの娘? とも思うが、智尋さんの料理を見た覚えがない。
家事全般が代行サービス任せだったのは、多忙だからと思っていたが……
分類上自然と、必然的に隣にいた早弓に顔を寄せる。
「何つーか……後は頼む」
「わかってるわよ。あたしが体張んないと愛里沙が頑張っちゃうし」
早弓の向いた先にに、頑張る姿勢の愛里沙と案ずる智尋さん。
思わず駆け寄り、無理させじと説得する智那と未音さん。
早弓も溜息を吐くと、その
そして最初から距離を置き、明後日の方を向いていた野郎が
窓際へ歩き、空気を読んで存在感を消してくれていた弘毅の隣に立つ。
オレをチラ見した
「
窓の向こうに見える軍用の輸送機を眺める。
「羨ましがられるような
「相変わらず
「つい最近まで自分が男子かどうかにも興味が無かったもんでな。で? 命を預ける身としては
「心配要らないでしょ。世界に冠たる米軍が誇る高性能機だよ。仲良くなって売って貰ったのかな?」
「まだそこまでの関係じゃないはず。ちょっかい出してたのが乗り捨てたのを大事に使ってんじゃないかな。あの国の軍隊は大体そんな感じと聞いてたし」
「なるほど。でも無理して使ってるようには見えないし、それどころか見えるトコは新品みたいに綺麗。実際ほとんど新品に置き換わってるかもね。表向きは留学生でも
「言ってくれた以上にしてくれてるとは思ってたけど、やっぱ何も知らないで覚悟を決めるより〝知ってる奴が大丈夫って言ってた〟じゃ全然違うわ。お前がいてくれて良かった。ありがとな」
「どういたしまして♪ そう言えばあの輸送機、何の名目でここにいるの? 楠原の行く末は極秘中の極秘のはずだよね?」
「アレックスが来週だか来月にアメリカへ観光に行くから、その脚。本当はこの後、自衛隊の基地で見張られながら整備する予定だったらしい」
「それがエンジンも止めずにとんぼ返り、か。無茶な運用だけど、国賓待遇の楠原を乗せるんだから万全の態勢を敷いてるでしょ」
「動かすのも整備すんのもあのシーナが〝大丈夫〟と鼻高々だった近衛の精鋭。他の誰にも触らせないって言ってたし、その点は心配してない」
弘毅が声の
「気になるとこがあるとすれば、航続距離かな。空荷でも届く距離じゃないし。あの丸いの、燃料タンク? ひょっとして荷室全部?」
大きく開いた機体の後部扉の少し奥に、サイズ
機体に給油しているよりも多くのタンクローリーがそこ、増設タンクに並ぶ。
「どっかに寄って給油しなきゃいけないけど、予備のタンクがあれば候補地が増えて絞り込み難くなる。で、敢えて見せてるんだと」
「へー」
欺瞞情報で敵の初動を遅らせ、追われても狙いを定めさせない。
俺に理解できる範囲でも打てる手は打っているから、実際はそれ以上のはず。
弘毅が後ろを振り返り、ニヤつく。
「ちゃんとやんなよ」
振り返ると左右に控える双子や女性陣がつくる花道、その奥に最強の笑顔。
愛里沙が智那と早弓に背中を押され、〝ととと〟と歩み寄る。
未音さんと智尋さんに見守られ、双子を引き連れて。
俺も歩いて近づき、膝を着いて綺麗な顔と向かい合う。
目に焼き付けたいのに、髪が抜けた痕を隠す帽子と視力を補う眼鏡が恨めしい。
できる限りの優しい顔で微笑む。
所詮は俺だが、愛里沙に
「何かあったらすぐに戻る。遠い
愛里沙が
「うん待ってる。悠佑がそう言ってくれたら、必ずそうしてくれるって思えるから。悠佑は大丈夫? 私にできる事は少ないけど、悠佑のためなら何だってできるから、何でも言ってね」
「そう言ってくれる
言いたい事、言うべき事を考え出せばいくらでも浮かぶだろう。
でも今はこれで十分、たったこれだけなのに焦りや迷いが全く無い。
言葉にしなくても伝わっている、わかり合えている……そう思える
見つめ合ったまま数瞬……早弓の
「それだけ?」
〝それだけ〟だから、当然の
「何を期待してたんだよ。俺が泣いて寂しがるとでも思ったか?」
「あんたはまあ、でも愛里沙は……」
愛里沙が不思議そうな表情で早弓に向き、次いで俺を見上げる。
「私、何かヘンなコト言ったかな?」
「安心しろ。ヘンなのは
視界の端で野獣が
「何だと!」
早弓が飛びかかるより早く、割って入った重量物が首筋にぶら下がる。
智那が俺と愛里沙の首に両腕を回し、無理矢理顔を寄せた。
(なーんかおかしいとは思ってたんだけどー、そーだったんだーふーん)
感付かれた怖れと焦りで思考が停止。
愛里沙も顔を真っ紅に染めて俯く。
やがて目の焦点が合うと、智那の掌が愛里沙のささやかな膨らみで蠢いていた。
強く、しかし小声で智那に詰め寄ったのは当然にして必然。
(やめんか! 嫌がってるだろ!)
(楠原クンだけズルーい、私にもちょっとぐらいお裾分けしてくれていいじゃん)
(物理的に分けられるワケねーだろ!)
(〝お裾分け〟ってワードは否定しないんだ、そーなんだームフフゥン)
愛里沙がさらに深く俯き、空気を伝う体温が急上昇。
自らの失態と智那への憤りで俺も熱くなる。
(
それは心から言い切れる。
具体的に説明しろと迫られたら心を閉ざしそうだが。
智那のイヤらしい顔が迫る。
(じゃあ具体的に説明してよ)
頭が異様に回る
(ねーねーナニしたの? うまくできた? ってかやり方知ってたんだぁ♪ でも、こーんなに可愛くて幼気な愛里沙に……そうなんだぁ♪ 楠原クンってばやっぱ……ムッフフ)
しかし何事かと囲む他の面々に何事か知られるわけにはいかず、
背後に筋肉の気配。
話を逸らす絶好の機会と振り向く前に、首根っこを引き摺り上げられた。
そのまま回頭一八〇度、鼻と鼻が
「時間だ」
軍服姿の美女がキレのある動きで控えると、目の前に極上の美少女。
いくつものカメラやマイクを従え、アレックスがゆっくりと歩み寄る。
愛里沙たちのために立場を利用している身としては、空気を読まざるを得ない。
差し出しされた右手を取ると、流れるように左手も添えられ重なる。
アレックスが振り返ると、手に手を取り合う男女の図が完成。
フラッシュが瞬くと、そうしなければならない圧に負けて笑顔に。
ぎこちない俺と違い完璧に微笑むアレックスが、俺にだけ聞こえるように
(まだまだ先の事と油断しておりました)
(な、何の事かな?)
(国に帰ってからゆっくりと、でも確実に……悠佑様にお覚悟が無くともやりようはいくらでも、そう考えておりましたのに。でも、この逞しい胸に抱かれる最初の子は誰の子か……まだレースは始まったばかり)
(い、いやだから……)
(合流の予定を早めます。遅くとも彼女と同じ日の内に。お覚悟くださいませ♪)
□scene:04 - 国際空港:滑走路
そして輸送機は飛び立った。
全ては滞りなく、空港に知らせていた予定よりも九〇分以上早くに。
□scene:05 - 国際空港:特別機用ロビー
この件の手続きを始め多量の仕事が待つ未音が移動を宣言。
他の者たちも、〝お茶でも〟の
万全なら姉を守護する双子も空腹には勝てず、脱力して甘味を求める群に。
ただ
いつしか点となった彼を追い続ける彼女を、誰もがそっとしておきたかった。
彼女自身が次の
やがてシーナたちによる法に
珍しい軍用機の存在を知り駆け付けたが、
搭乗までの暇潰しに流れに流され、ただ散策していたヒトたち。
その
眼鏡の奥で霞んだ瞳が大きく開き、
ガラスが震えた。
ターミナルビルの壁は殆どガラス、中にいると世界が震えたと同じ。
そして、あちこちから上がる悲鳴と怒鳴り声。
彼女が目で追っていた……見えなくても目が離せなかった辺りに黒い雲が見える。
初老の男が叫ぶ。
「爆発したぞ!」
黒い塊から何本もの赤い糸が伸びて、落ちていく。
愛里沙には全てが霞んで見えて、頭は理解しようとしない。
(何が? 空が?)
壮年の婦人がスマホを向けて嘆く。
「あの赤いのは火は!? どうしましょう……こんな……」
愛里沙だけが見た閃光よりも遙かに強く大きな光と音が、全てを震わせる。
ロビーにいる者は当然、空港にいる全てが叫び
「うわあ!!」
「きゃー!!」
愛里沙の軽すぎる
すりむいた肘と膝、そして踵に鋭く重い痛み。。
骨を繋いでいるネジやプレートが肉を突き、裂く不気味な感覚。
こんな時はいつも、大きな影が駆け寄った。
動けないと抱き抱えてベッドへソファーへ、少しでも楽になれるように。
それに慣れていた、当たり前だと思っていた愛里沙は自らの肩を抱いて震える。
「悠佑……悠佑は?」
恐る恐る痛みを堪え立ち上がり、顔を上げる。
いつもならもう暖かくなっていた肩も
回らない頭がただ
「夢……見てるの……かな……」
頭ではそう思うのに、体の震えが止まらない。
閃光と轟音に心躍る者たちが、スマホを掲げ駆けて来る。
「二度目の爆発で、完全に吹っ飛んだぞ!」
「どこの飛行機だ!?」
「わからないわ! でもああ酷い、何て恐ろしい……」
愛里沙の脚から
(みんな、何を言ってるんだろう……これは夢なのに)
スマホを空に構えた女が、足下の愛里沙に気付かず蹴り飛ばす。
「最初の爆発で運良くいい感じに吹っ飛ばされて助かる、とかありそう?」
その〝運良く〟に目を見開き、空を見上げる愛里沙。
その小さな身体を、スマホを空に向けて構えた男が蹴り
「知らないのか? あの高さから落ちたら水はコンクリートみたいに固いらしいぜ。落ちたら肉は弾けて骨まで粉々さ。爆発の
「じゃあもう駄目かー。絶対の絶対に」
小さな彼女に気付かず踏み付けられた眼鏡を拾い、かける
板とネジが骨を
ひびの向こうに、海面に叩き付けられる黒い光が霞む。
「これは……夢……きっと……でも、どこから……どこまで……」
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