05-02:死の天使・2

□scene:01 - ?



「白い」


 何となく呟いて、頭が回り始めた。

 瞬いても、視覚が機能停止フリーズしたかのように白しか見えない。


 靄なら揺らぎや密度の差が見えそうなのに、今は白一色いっしょく

 まるでこの空間自体が発光し、その中を漂っているかのよう。

 それでいて無意識に目を開いていた通り眩しくはなく、ただただ白い。





□scene:02 - 国際空港?:ゲートラウンジ?



 やがて現状いまを知りたい思いに応えるかのように、世界の輪郭が浮き始める。


 目の前に広がるのは、馴染みは無いが見た覚えはあるガラスの壁。

 〝見た覚え〟と回りくどいのは、記憶にある通りではないから。

 目に映る全てのいろが薄く、一言ひとことで言うならやはり〝白い〟。

 靄がかかっているのではなく、はっきり見えているのに。


 全ての輪郭がぼやけて見えるから、俺が寝惚ねぼけているのかもしれない。

 やがてぼやけた頭から漏れた言葉が、くちから零れ落ちる。


「ここ……空港?」


 四方と頭上を見上げ、記憶にある場所だと確認。

 登校途中に拉致され連れて来られたターミナルビルの中、なのは間違いない。


 だが、いつからここにこうして立っていたのかわからない。

 ついさっきのような気もするし、ずっと前からのような気もする。


 何となく思い出せる時点まで記憶を遡る。


「ボーディングブリッジが使える飛行機じゃないから滑走路に降りて、そこに近衛のお姉さん方が待ってて、囲まれたまま歩いてってタラップから乗り込んで、王族用の〝客室〟に案内されて、動き始めたからシートベルトを締めてたら飛び上がって……結構上がったのに放置されたままで、誰かに話を聞こうと部屋を出て、適当に歩いてドアを開けたら空が見えて……操縦席には誰もいなくて……」


 頭の中がそこで真っ白になる。

 思い出せないのではなく、その先が無いかのように。


「今は〝飛行機の中で見てる夢〟……の中? 転んで頭でも打った?」


 足りないのは知識か経験か、とにかく理解できないなら消去法しかない。


「まだ引き返せる頃合いタイミングで見てる夢……か」


 ふと右の手首を見る。

 そこには愛里沙が巻いてくれたリストバンド。

 彼女が求めるまで絶対に解かないと心に誓った記憶の通り。


「って事は、あの時までは現実リアルなわけだ」


 顔を上げて見渡すと、皆に手を振られ送られたラウンジではない。

 恐らくはそこへ至る途中にあったメインコンコース。


「覚悟完了と思ってたけど、心のどこかじゃやっぱ離れたくなかった……のかな」


 〝夢〟と思いそうくちにしたが、肌身に感じる現実感リアリティで落ち浮かない。

 何となく現状いまを夢と確定できそうな理由を探し、辺りを見渡す。


 警護のために関係者以外立ち入り禁止だったラウンジとは違い、ヒトが多い。

 地域を代表する二四時間営業の国際空港なら、有り得る風景ではある。

 だが、俺の知る〝現実〟とは明らかに異なる点もいくつか。

 先ず、地方の空港にしてはヒトが多すぎる。

 そして……


「静か……だな」


 この風景とセットであるべき〝ヒトの声〟が、無い。

 行き交う人々の声も。聞き流していたアナウンスも聞こえない。

 唯一ゆいいつ耳に届く固い床を靴が叩く音も、隠ったように小さくはっきりしない。


 そして目に映る全てのうすが薄く、輪郭がぼやけている。

 ヒトのカタチをしていても、それ以外の何かのような気もする。

 背格好で大凡の性別や年代は思い浮かぶが、顔が見えないからはっきりしない。


 そんな得体の知れない群を眺めつつ、脱力して嘆息。


「ま、いっか」


 十数年に渡り何もかもに無関心だった非常識さは伊達ではない。

 最近は幾分正常まともになったとも言われるが、ヒトはそう簡単に変わらない。


「どうせ夢だし」


 ふと、肌身をざわつかせる確実な存在感。


 別のサテライトに繋がる連絡通路に、タブレットを抱えた一人ひとりの女性。

 他と違い輪郭もいろも確かだから遠くからでも見分けがついた。

 俺を指差しながら、大股で歩いてくる。


「ああもう! そこのヒト!」


 ミニのスーツ姿に違和感は無いが、大人と言い切れるほどの年齢としにも見えない。

 緩くふわりとした髪や大きく綺麗な瞳には、あどけなさすら感じる。

 社会に出てまだ間もない新顔ニューフェイス、と思うと何となく納得。


 背は余り高くなく俺の肩程度、体型は過剰気味の減り張りが特徴的。

 金髪碧眼が総じてアレックスより印象強く、肌も南欧か中東を思わせる。


 と、素材だけ見れば超一級いっきゅう品だが、総合評価は〝残念〟にしかならない。

 跳ねまくっている髪にれたスーツ等々、アレンジとトッピングが適当すぎる、


 態度もそれなり、肩を怒らせふて腐れた顔は酷い時の早弓より酷い。

 双子の年齢としなら愛らしくとも、成人後だと〝面倒臭そう〟と構えざるを得ない。


一人ひとりいないと思ったら、こーんなとこでボケてたのね。ったく」


 夢とは記憶の再構成だと、どこかで聞いた事がある。

 記憶を適当に繋げて創った動画であり、脚本のある物語ではないと。


 個々の要素は事実なのだから、その中にいる間は現実的。

 しかし目覚めて思い出せれば、記憶の寄せ集めは荒唐無稽。

 矛盾の集合体を脳は〝夢〟と理解、深く考えないから混乱しない。

 やがて正常な情報に修正され上書きされるから、思い出せなくなる。


 なら、空港を舞台にした不可思議な光景を夢に見るのは理にかなっている。

 そしてこの微妙な女性ヒトもどこかで見たはず、だが全く思い出せない。

 その程度の相手にしてはキャラが立っているのが気にはなる。

 他人に無関心な俺にしては珍しく、反応してしまうほどに。


「誰?」

「はえ? 何か言った? じゃ扱い易い、もとい、思い出に浸って安らかになってるハズなのにまだ他人を意識してんの? 承認欲求強すぎ。まーどうでもいいわ。でも良かったーまーたやらかしちったーと思ったよー。今月はどうにかゴマカせる範囲で頑張ってたのに数が合わないのは致命的だし。あーでも今期もうこれであれだから、来期は……あーもー! このままじゃまーたどっかに飛ばされちゃう!? より僻地って実在すんの? ヒトのいないとこ!? 楽できそうでいいかも……って! もうこんな時間じゃん! はいはい! いいからこっち来て!」





□scene:03 - 空港?:サテライト?



 連絡通路を抜け、サテライトへ。


 そこに、物言わぬヒトたちの列が幾重にも折り畳まれていた。

 窓の外には白い光の中に白い旅客機が一機いっき見えるだけ。


 聞くまでもないとわかっていても、やはり聞いておきたい疑問が漏れる。


「あれに乗るのか」

「そーゆーコト……はどうでもよくて、ってか最後尾はどこ!? このままじゃ遅れちゃう! 作り置きしといた始末書、まだあったかな……」



                *



 あちこち駆けずり引きずり回され、ようやく列の後端を発見。

 金髪美女は膝に手を着き、疲れ切った様子。


「ぜーはーぜーはー……」


 俺の方は呼吸が乱れるどころか微塵も疲れていない。

 夢だから当然とは言え、妙な感じではある。


 どうにか呼吸いきを整えた金髪が、汗塗れの顔を上げた。


「じゃ、じゃあここに並ん……で……」

「最後尾札でも持とうか」


 基本的に無関心な俺なのに、無意識に漏れた気遣いには相応の理由がある。

 一度いちど見た並びを二度三度、同じ角を何度も曲がり引き返す、等々。

 ここに至るまでの案内が、余りに雑だったからだ。


 とは言えそんな札を持ち合わせてはおらず、本気で言ったわけではない。

 さすがに馬鹿にされていると理解したのか、金髪が憤る。


「はぐれてたのはキミだけなんだし! いつもはそんなの要らないの!」

「本当に俺だけ? もういないって言い切れる?」

「そ! それは……」


 ここで神妙な表情かおになり固まるのは、思い当たる節があるからに他ならない。

 見て感じた通り良く言えば臨機応変、実態は行き当たりばったりな性質キャラらしい。


 相変わらず記憶に見当たらないが、個々の要素は強引に紐付けできなくも無い。

 減り張りのある体型は智尋さん、多忙な会社員的雰囲気は未音さんと符合。

 強引さは智那で要領の悪さは早弓が該当。


 金髪美女は仁王立ち、タブレットはストラップで首から下がる。

 腰に手を当て、装着していた白いスティックを手に取った。

 二の腕程度の柄の先に、ピンクのほしきらめく。


 おもむろにスティックを振り回し、聞き取れない言葉をうたい舞い踊る。

 双子の見ていた魔女っ娘アニメがネタ元なのは、考えるまでもない。


 不意にファンシーな破裂音を伴い、金髪の前に歪なプラカードが弾け出た。

 華麗な手続きの割に、湧き出た物体が手作りにしか見えず声も出ない。

 金髪が手書きらしき文字がのたうつそれを手に取り、俺に突き出す。


「じゃ、これ持って並んで」

「本当に持たされるとは思わなかった」

「キミが言い出したコトでしょ。責任取ってよね」


 〝責任〟の意味も使い方も間違っているとは思うが、所詮は夢の中。

 目覚めるまで付き合うしかないなら、逆らっても面倒臭いだけ。


 渋々最後尾札を手に取ると、金髪はタブレットに持ち替え渋い表情かお


「ああもうこんな時間! じゃね! もう勝手に動かないでちゃんと並んでね!」


 金髪は俺を列の最後尾まで引き摺ると、面倒臭そうに背を向けた。

 そのままゲートまで(何度か転びそうになりながら)駆けていく。


 あの女性ヒトにこの先を委ねたくない気もするが、他に職員らしきヒトはいない。

 この規模の空港でそれはあまり非現実的だが、それこそ夢の証左でもある。


 やがて列がゆっくりと動き始める。

 俺が無関心だからか日本人の習性なのか、牛歩の歩みに自然と身体からだが馴染む。


 とは言え列に並ぶ夢が愉快なはずがなく、自然と愚痴がこぼれた。


「どうせ夢ならもっと楽しいのを見りゃいいのに、せめて愛里沙が出てくるとか」



                *



 山間やまあいに生まれ牛は速いと知るから、〝牛歩〟の真意は理解わかっているつもり。

 そんな俺が思う〝遅い〟より、列の進みはとてつもなく遅かった。


 金髪がゲートで対応しているから、とも言い切れない。

 なら当然聞こえてくるであろう不平不満や怒声が一切いっさい全く聞こえない。


 恐らくは、広大な空間を埋め尽くす厖大な人数が第一だいいちの理由だからだろう。

 それが一機いっきに詰め込まれるなど非現実的だが、そもそもここは夢の中。

 非常時にこそ効率的な集団行動をとる、この国らしい風景でもある。

 そうと知る俺が見る夢らしい、とも言える。


 詰まらない夢などさっさと覚めて欲しいが、自らの意志では無理らしい。

 遙か彼方のゲートを見ると、あれが目覚めのきっかけになるような気がする。


 だが、この調子だと最後尾の俺がゴールするのはいつになるのやら。


 スマホで暇を潰そうにも、バッテリーが尽きていたのか起動しない。

 辺りに時計は見当たらずスマホも使えず、今が何時なのかわからない。

 窓の外は白い光で何も見えず、の高さで大凡の時間を知る事もできない。


 〝わからない〟尽くしの中、ただ何となく並んでいる。

 そもそも時間の概念が曖昧だからか、待たされている気がしない。

 何も言わずただ静かに並んでいるヒトたちも、同じ思いなのだろうか。



                *



 随分なのかすぐだったのか、とにかくゲートに到着。

 この空間に残っているのは、最後尾だった俺と例の金髪だけ。

 スティックで〝最後尾札〟を叩くと、ポップな破裂音と共に消失。


 疲れてはいるがこれで終わる歓びも窺える表情かおで、金髪がタブレットを撫でる。


「やーっと終わりかーどうして私が担当する日に限ってこんなに時間がかかんのよーあーでも何とか残業はしなくて済みそ……よーし終わったら呑むぞー! 呑まなきゃやってらんないっての! ほらほら、さっさと行った行ったぁ!」

「はいはい」


 そしてゲートが奏でる警告音。

 金髪が間抜けな表情かおで俺を見る。


「あれ?」


 間抜けな声を確認するまでも無く、ゲートは開いていない。

 金髪の微妙な表情かおを読み取り二歩後退、再度前進。

 そしてゲートが奏でる警告音。


 金髪が間抜けな表情かおで俺を見る。


「あれ?」

「〝さっさと行け〟つったのはそっちだろ。さっさと先に進みたいんだが」


 何となくこの先で目が覚めると思っていたが、抜けられないとは想定外。

 ただ列に並ぶ夢が愉快なはずがなく、心穏やかなままではいられない。

 俺の表情かお危機なにかを感じたのか、金髪が狼狽えつつゲートを操作。


「お、おっかしいな……こないだぶっ壊れたから新しいの入れたばっかなのに、何が悪いってのよ……角度とか? まあいいや、もう一回いっかい通ってみて! ちょっと身体からだを斜めにして! さ、早く!」

「それで通れていいのか?」


 いぶかしみつつ気持ち後退、金髪の方を見ながら再度前進。

 そしてゲートが奏でる警告音。


 そして狼狽える金髪。


「ヤバ! 本格的にやっちまった!? ちょちょちょ! ちょっと待って!」


 白いステッキを手に取り振りかぶる。


「えい! とりゃ!! うらぁ!!」


 金髪を振り乱し、白いステッキでゲートを縦から横から総攻撃。

 ファンシーな見た目によらず相当に頑丈らしく、ゲートが凹み歪んでいく。


 〝こないだぶっ壊た〟のは〝ぶっ壊た〟を言い換えてと確信。

 〝〟は無自覚に違い無く、常識的に考えて関わってはいけないタイプ


 コントにしても程度レベルが低いが、当事者になってしまうとは不運にすぎる。

 的外れな強運扱いが見せている夢なら、まだ少し病んでいるのかもしれない。


 気が済んだのか、金髪を振り乱したままブラのヒモをさらして俺に詰め寄る。


「はぁはぁはぁ……さ! もう一回いっかい! 通って!」

「悪化してるようにしか見えないんだが」

「早く! さっさと!」

「はいはい」


 そしてゲートが奏でる警告音。

 そのまま三歩後退して金髪に向く。


「で?」

「くっ……残業したくないのに遅れ気味だったから一人ひとり予定を早めはしたけど、でも前はこれぐらいなら受け付けたし、多少アレでもこの辺を思いっきりぶっ叩いてればなぜか管理者モードになって適当にデータを書き換えて誤魔化せたのに……他に私がやらかしてそうな事ってなると、まさか……まさかまさかまさかとは思うけど……」

「何だよ?」

「キミ……ユウって読める字とスケって読める二文字でユウって名前よね?」

「そうだよ」

「ユウ……スケじゃないよね? スケは無し? 絶対? 本当に要らない? 本当は要るのに勝手に無いことにしたりしてない? 絶対絶対ぜ──ったいにユウスケじゃ無いと言い切れる!? どうなの!?」


 もの凄い勢いで迫られて数十歩後退、尻を突いたところへのしかかられた。

 客観的には、いわゆる〝押し倒されている〟状態。


 鬼気迫る金髪の表情かおちからの入らない我が身に本能が怖れ、声が震える。


「そ、それ、たまに間違えられるけど二文字でユウだよ。俺もスケと読める字は要らないと思うし名前書くとき面倒臭いし文句があるなら親に行ってくれ。もう死んでるけど」


 疑いの眼差しと曲がったくちで美貌を台無しにしつつ、斜めに構える金髪。


「えー本当にぃ?」

「本当だってば。〝スケ〟にこだわるけど何かあったのかよ」

「まあね。イロイロ……あったのよ。そん時もアイツにイヤミ言われたしそれで調子狂ってミス連発して飛ばされるしそんでまたイヤミ言われるしあんの野郎! まさかまーだアレを根に持って……あーもう! どうして私がこんな目に────!!」

「俺に〝アイツ〟さん宛の愚痴を聞く義理はないと思うんだが」

「ウルサい。ちょっと黙って。ゲートはちゃんと動いてるみたいだしどうして通ってくんなんだろ? クスハラユウ、クスハラ、ユウ、ユウスケじゃないしクス、ハラ、クスとハラ……ここも間違ってないよね……あぁもうどうして……」

「ああそれ、クスバルって読むんだよ」


 金髪に雷が墜ちたかの如く、いきなり仰け反り天を仰ぐ。

 そしてそのまま石化したかのように固まった。


 時間の概念が無いからわからないが、相当な時間ときが流れていったと思われる。

 やがて〝ギギギ〟と軋むような音と共に、蒼白になった顔が俺に向く。

 押し倒されていたままだったから、目と目の間は数センチ。


「ク……スバル?」

「うん」

「ク……スハラじゃなくて?」

「そう」

「でもだって……いろんな書類とか……誰かがキミを呼ぶ時だって……」

一々いちいち突っ込むのも面倒臭いし。役所に出す書類とかじゃなきゃどっちでもいいし、誰かに見られて聞かれるのも面倒臭いし、クスハラで通してた」

「クスバル、ユウ?」

「それが正解」

「クスハラ、ユウ……じゃ、なくて?」

「それでもいいよ。ちゃんとした手続きは駄目だろうけど」


 ゆらーりと音も生気も無く、空気が揺れるように金髪が立ち上がる。

 ストラップで首からぶら下げていたタブレットを持ち、指を滑らせる。


「クスバル……ユウ……一六歳……予定寿命は……」


 タブレットを覗き込んだ姿勢のまま、肩だけが震え出す。


「フフ、フッ、フフフ、フフッフッフハ! フハハハハ! フフフフフ……ハハ! ハ! ハハ!! グワッハ──────────────ハハハハハハハハ!!」

「お、おい!?」


 タブレットを両手に持ったまま高く掲げ……

 そのまま曲げていた膝に叩き付けて二つ折り!


「うっがー!! まーた! やっちまったよ────────────!!」


 両手で頭を掲げる過程で、折れたタブレットは後ろへ投げ捨てられた。


「いい加減にしろよ何なんだよ日本人の名前って? 音読みとか訓読みとかルールがあるならきちんと守れよ! 〝クスハラ〟って読めてそれで通してんならもうそれでいいじゃんよ! 〝クスバル〟とか初めて聞いたよ!! 〝雪〟と書いたら〝ユキ〟と読め! 〝アマヨ〟じゃねーよ勝手に分解すんな!! 〝海〟は〝ウミ〟だろ!! 〝マリンスカイブルー〟じゃねーよコラ!! 〝マリンブルー〟でもありえねーのに〝スカイ〟はどっから来た!? あ!? 〝聖騎士〟に気を利かせて〝ナイトちゃんですかぁ?〟って聞いたら〝でんせつのさいじゃくゆうしゃ〟ってオイ!? 伝説の勇者だったらトロだかサケだかにしとけよ!! ってか女のに〝さいじゃく〟とかありなのか? 誰も気付いてないけど実は最強だって設定? 何が? 頭? じゃあ〝さいじゃく〟でいいよ!! 〝月〟に〝ライト〟ならわかるけど、ってかわかってしまう自分がアレだけど! 〝るんるんるんるーん〟ってハァッ!? 〝る〟は多分〝ルナ〟からとして〝ナ〟はどこ行って〝ん〟はどっから来た? ってか何で四つもあんの? どうして最後だけ伸ばしてんだよぉ!? 双子の兄がアクアマリンだから妹の方はルビーで楽勝♪ と思ったら何で紅い玉でサファイアなんだよー! 〝アカよりミドリが好き〟ぃい? じゃあ素直に緑を輝かせろよ! 〝字が難しくて届ける時書けなかった〟んなら出直して調べろ!! ってかカタカナでいいじゃんよ!! どうして無駄に漢字にこだわんだよぉおお!!!!」

「む、昔は色々あったらしいけど、今は戸籍にふりがなを振れるんじゃ……」

「漢字の読みも意味もルールを無視する連中が届け出のルールだけ守ると思う!? 周りを〝まあそれなら〟と諦めさせた後は妄想力豊かな表現で呼ぶし! 後から気が変わって読み方変えてたなんてザラ! 双子や三つ子を入れ替えたり! ってか! ふりがな振るようになってからの方がメンドくなってんですけどぉ!? あたしらが使わされてる名簿リストだっていい加減旧くさいんだよ! 死んだか死ぬ予定の場所といつ撮ったかわかんない顔写真に名前とか! 他は字が小さくて多いし読ませる気ゼロだし現場に推理させんじゃね────!」


 押し倒されていた状況からは解放されたが、起きて逃げるには時間がかかる。

 本能的危機感が、無意識になだめる言葉を探す。


「どうどうどう」

「はぁはぁはぁはぁ……には大人しく次の段階ステージへ行くヒトしかいないはずなのに勝手に歩いて列に並んでないしペラペラ喋るしおっかしい気はしたのよ……あーもーちっくしょ────────────────────────────!!」


 左脇から新しいタブレットが沸き出し、その上で指を滑らせる。


「取り敢えずコッチは帰して送るハズだったアッチをバレる前に……もうバレてたら取り敢えず逃げるか……ダメだ、減給にボーナスカットで元手が無かったんだった。今度バレたら私が払う方になっちゃいそ……クッソもうどうしてこんな事に……あーメンドクサ」


 そう言いながら、腰からぶら下げていた星飾りのスティックを手に取った。

 そしてどこからともなく流れる、音が抜けた外れた安っぽいBGM。

 適当でいい加減な態度で舞い踊り、薄汚れた煌めきを撒き散らす。


 文字にすれば華々しくとも、不貞不貞しく腐った態度が酷すぎる。

 双子が見ていたアニメの記憶が元ネタなら、情操教育に悪いにもほどがある。


 規定の通りに舞い終えた金髪が、面倒臭そうに決めの姿勢。


「はぁ……えい! っと、ふぅ」


 だるそうな表情かおで俺に向けてスティックを振り下ろす。

 そして見つめ合う二人。


 体感的に秒針がたっぷり一周いっしゅうした辺りで、金髪が小首を傾げる。


「あれ?」


 これで目が覚めるかもしれないと期待していたから、俺の方も拍子抜け。


「何かする気ならさっさとやってくれ」

「ちょちょちょ! ちょっと待って!!」


 もういちど駆け足で舞い踊り、俺の目前でウィンク。

 それが正式な手続きなのだろうが、引きった笑顔がちょっと怖い。


「あ、あれ? どうして……何かこう、言いたい事ない?」

「ちょっと年齢的に厳しいかなーとか? 賞味期限は一〇年前に終わってそう」

「そうじゃなくて飛んじゃそうとか墜っこちそうとか! あーもう! そこでじっとしてて!」


 今度はフルオーケストラを背景にじっくり丁寧に舞い踊り、ウィンク。

 鬼気迫る表情での投げキッスが、比喩的表現抜きで怖い。


「はぁはぁぜぇぜぇ……ど、どう!?」

「ツッコミ待ち?」

「ボケてない!」

「じゃあ、俺がボケたらいいのか?」

「そうじゃなくて! どうして……どうして生き返んないの!?」

「は?」

「まだこっそり帰してゴマカせる可能性がほんのちょっとは残ってる! かも!! しれないのにどうして……キミ、どんな死に方したんだっけ?」

「飛行機に乗ってて、目の前が真っ白になって……」


 いきなり横を向いて腕を組み、落ち着く金髪。


「あー」

「おい今〝全部わかった〟って顔したな? それに〝死〟って……おい! 俺に何があったんだ!? 何か知ってるのか!?」

「えとねぇ、あのねぇ、全然ぜーんぜん大したコトじゃなくってぇ、キミが乗ってた飛行機のエンジンが止まっちゃってぇ、こりゃ墜落するなー絶対だねーって感じだったしぃ、チャチャッと終わらせてササッと上がりたかったしぃ、燃料タンクに火を点けてぇ、景気よく爆発させちゃったぁ♪ えへ♪」


 てへぺろ。


 頬を紅くし舌を出して俺に向きつつ、目線は明後日あさっての方向いている金髪。

 空気が触れるだけで痛むほどに乾いた喉で、声を絞り出す。


「それ……って……どう……いう……意……味?」

「ごっめーん♪ キミの肉体からだ、木っ端微塵だわ」

「ちょちょちょっと待った!! 何から何まで全くわけがわからないんだけど!! まさか俺……死んだ……のか?」


 そんな事は、ここの記憶が始まった瞬間ときからわかっていた。

 俺はどうやら死んだらしい。


 ただそんな経験は無く知識に乏しく、現状いまを受け入れられなかった。

 だから見聞きし感じた情報を理解しようとした結果、〝夢〟となっていた。

 案内人らしき金髪が俺の常識から外れすぎていたのも、原因のひとつに違い無い。


 受け止められる以上の現実にされ、膝が崩れそうになる。

 そんな俺を前に、金髪は子頭部をポリポリ。


「うん。まぁ。そんな感じ。ちょっとした手違いで」


 ふと視界の変化に背筋が騒めき窓に向くと、白い飛行機が動きはじめていた。

 乗る意味を知らずその意思が無くとも、置いて行かれて気分が良いはずがない。


 憤る勢いに任せて金髪に迫る。


「おい? 〝ちょっと〟してないだろ!?」

「あっははーっと。アレで死なないってコトはエンジン止まってもヒラヒラやんわり落ちる予定だったのかにゃあ。まー死んじゃったモノは仕方ないよね! いつもならちょちょいと生き返らせて夢か臨死体験で済ませるのになー。やー失敗失敗」


 全く悪びれていない表情で後頭部をぽりぽり。


「まさか俺、本当に死……夢だよな!? こんなフザケた現実無いよな!? 夢だと言ってくれ!!」

「夢ならよかったんだけどさー私的にも。あーもーどうしよ……アイツ、まーた薄ら笑い浮かべてわらうんだろなぁ……もう絶対に大きな顔されたくなかったのにクッソ」


 目尻に涙を浮かべ拳を握り、心底嫌そうに吐き捨てた。

 俺を間違って殺した事より上司の嫌味が気がかりそうで、俺も拳にちからが入る。


 胸ぐらを掴もうとしたその瞬間、真下からの光に目が眩んだ。

 そして〝光〟の中から聞こえる間の抜けた男の声。


「はい!」


 〝光〟の正体は小柄なおっさんの頭頂部まで広がる額だった。

 草臥くたびれたスーツと捻れたネクタイが、妙に似合っている。


「はいはいはいはいごめんなさいごめんなさい、ちょーっとごめんなさいよ──」


 金髪が無責任そうなチョビ髭を前に姿勢を正す。


「係長ぉ……」

「まーた遅れそうだったから課長にゴマすって誤魔化して手続きの済んだヒトだけでも送っといたけど……まーた何かやっちゃた?」

「すみませーん。まーた違うを連れてきちゃったみたいでぇ、そのぉ……」


 目に見え耳に聞こえる全てが俺に想定できる範囲外。

 取り敢えず聞けば知る事ができそうな事象に対処する。


「あ、あんたら何者だ!?」


 チョビ髭が後頭部まで拡がる眩しい額を輝かせ、事も無げに答える。


「天使だよ」


 見つめ合ったまま、脳内のアナログ時計で秒針一周いっしゅう


「て……今、何……て?」

「ホラホラどこからどう見ても天使でしょ? 信じなさい♪ ホーラ信じなさい♪ 信じるモノはスクわれる♪ 足下じゃないよーん♪」

「いや、すり切れたスーツ着たおっさんにしか見えないんだけど」

「ほう? チミにはそう見えとんのかね」



                *



 どうにか理解した、と無理矢理思い込んだ話を俺なりの言葉でくちにする。


「じゃあ何か? あんたら死んだヒトを次の部署に送る会社か何だかの?」

「まーそーゆーコトねん。ウチのコがチミをホントに死ぬヒトと間違っちゃったってワケなんだなーコレが。いやもーまいっちゃったね」

「まいってんのはこっちだ! そこだけは絶対に間違っちゃ駄目な仕事だろ! てか〝天使〟だぁ? どう見たって無責任なサラリーマンと残念な新人OLだぞ?」

「それはね、ここが場所だからなの。大体ふんわり〝死んだ?〟って感じでここに来るんだけど、余計なコト考えて彷徨さまよわれたりなんかしちゃったらホントーに大変。で、そのヒトの記憶からこれからどこかに行っちゃう雰囲気を引っ張り出して、アタシたちもそこにいそうなカッコに見えて言葉に聞こえるように、ね」


 金髪が割って入る。


「右から左に流すだけなら楽でいいんだけど、もう死んでんのに気付いてなかったり未練タラタラだったりで彷徨さまよってるもいてさ、コレがねー。ソレも業務しごとの内だからどんなにメンドクサくてもお手当着くわけじゃないし、あーもーしんど」


 間違って殺された身としては黙っていられない。


「それが仕事だろ。ちゃんとやれよ」


 カチンときたらしき金髪が、タブレットを数回叩いて俺に向ける。

 幾重にも重なり散らばるダイアログやウィンドウの最上位に、二枚。

 そこに並ぶ文字らしき文様は、俺の知るどれとも似ておらず意味不明。


 わかるのはアニメの設定画のような二枚の写真。

 ウィンドウのひとつに俺、もうひとつには見ず知らずのお婆さん。


「〝クスハラユウ一一六歳〟と〝クスバルユウ一六歳〟じゃきっとハイフンか何かに見えたのよ! ってか漢数字とかアラビア数字にローマ数字と何種類も使ってんなよ日本語! どれかひとつにしろよ! こんなの間違っても仕方なくない!?」

「この顔をどう見たら〝一一六歳〟に見えんだよ! それにこのヒト婆さんだろ! 性別も違うじゃねーか!!」

「じゃあキミ! トカゲの顔見て年齢としわかる!? イチャついてるスズメのどっちがオスでメスかの見分けがつく!? か!! っての!!」


 何となく納得できる価値観に返す言葉に迷い、一瞬いっしゅんの隙。

 金髪はたっぷり溜まっていた鬱憤をぶちまけるかのように捲し立て続ける。


「音読みに訓読みや名前に使うときだけとかルールがあんだからちゃんと守れよ! 独自ルールとかもうワケわかんないんですけど!」

「見た目で区別がつかないから名前に頼んなら、ふりがなまで確認しろよ!」

「ドコらへんにいんのか名簿に載ってるしぃ、そこまで行けば後はパッと見で読める名前だけで先ず当たりだしぃ、フツーは要らないデータまで気にするよりたっまーに怒られる方がコスパもタイパもいいしぃ、これでもちゃんと考えてんだもーん」

「ちゃんとやるのは自分のためかよ! それで詰んだと言われた野郎が〝じゃあ仕方無いかぁ♪〟って笑って済ますと思ってんのかよ!! どうしてくれんだ!?」

「あ゛? 謝って欲しいの? さっせ──ん」

「っの!!」


 チョビ髭が涼しい表情かおで金髪を押し退け、俺の前に。


「はい! はいはいごめんなさいごめんなさい、ちょーっとごめんなさいよ──」


 とがめもせず慣れた動きに、金髪には何を言っても無駄だと悟り済みと窺える。

 そして矛を収める理由になってもおらず、当然憤慨。


「何だよ!?」

「ここは朝の通学路」

「は?」


 本当になった。

 輪郭が曖昧で白んで見えるのは、俺の記憶から創られた空間だからか。


 チョビ髭が根拠不明の自信を纏い、胸を張ってのたまい続ける。


「パンを咥えて前方不注意だった女と男が出会い頭でぶつかったと思いねぇ」

「何言ってんだ?」

にらみ合っていたが見つめ合い、そして男は目を逸らす。女は俯き頬を染める」

「おい」

「そして女はこう言うんだ……〝このパン、食べますか?〟」

「聞けよ」

「そしてオトコは頷いて、〝キミを……食べたい〟……そのまま二人はー! なーんちってか──! いっや───! まいったな────!!」

「いい加減に……」

「オヨビでない? オヨビでない! こりゃまたシツレイいたしましたつ!」


 昭和の時代ならハラホロヒレハレと踊る場面なのだろうが、今はただただ脱力。

 金髪が大人しく眺めていたのは、こうなるとわかっていたからか。


 無責任これを荒場を収めるスキルとし、部下を持つ立場になったのかもしれない。

 枯れそうな見た目で〝係長〟なのが、無責任の限界なのかもしれないが。


 大きな溜息をいてチョビ髭に向く。


「さっきまで……死ぬ前にいた空港に見える理由は、大体わかった……気がする」

「ごめんなさいね。このコったら……」

「イテ」


 チョビ髭のツッコミが、思いっきりくびれた腰に入った。


「いつも大体こんな感じでね。いつもはすぐに生き返って貰って愉快な夢ってコトにしてゴマカしてるんだけどね。ここに飛ばされてからはウワサほどじゃなくてホッとしてたのに、久々にやっちゃったーって感じかしら」


 金髪が右手を挙げチョビ髭に迫る。


「今のは体罰です! セクハラです! パワハラです! 組合に訴えます!」


 チョビ髭が微塵も動じていないのは〝いつもの事〟だからと思われる。


「アタシのとこに、組合費滞納のお知らせが来てたわよ」

「ケチな連中ね。このわったっし! が入ってあげたんだからポスターとかパンフのモデルでチャラとか言ってくれてもいいのに。モデル代は貰うけど」

「とまぁこんなコなの。運が悪かったと諦めて、このまま死んでくんない? 本当に死ぬ予定だったクスハラユウさんの代わりに」


 思わず問いたださずにいられない。


「は?」

「あっちにチミの余った寿命を注ぎ込めば、魂の数は合うから助かるの」

「諦められるか!? ってかなんなんだよコイツは!?」


 話す労力と、そのために頭を使う時間がもったいない。

 理解できない、理解しても何の意味もない話に付き合っていられない。


「もういい。係長だ組合だっつってんだから社長なんかもいんだろ。そいつを出せ。大声で呼べば現れんのか? 文句クレームは話ができる奴に全力でぶちまけてやる。手違いで殺されて黙ってられるか」


 金髪が首と手を振り、冷や汗を撒き散らす、


「ちょちょちょ! ちょっと! ちょっと待って!! 社長はダメ!! 絶対!! 私だってちょっとは反省した気がするからちょっと話聞きなさいよ!!」

「話を聞いたら、この馬鹿馬鹿しい夢から覚めんのか?」

「クッ……やっぱこーなるか……」


 俺の懐柔は無理と諦めたのか、二人の天使(自称)が背を向けて密談中。


「係長! もう〝あの手〟でやっちゃいましょう。コイツを黙らせて数を合わせて、私のミスなんかなかったコトに。こーんなド田舎、上は手続きさえちゃんとしときゃ右から左へ流すだけですから絶対にバレません、って。多分」

「そうね、ここは〝あの手〟しかなさそうね。バレちゃマズいのはもう手遅れ。このヒトさえ納得して黙ってくれたら数は合ってみんな幸せ、って昔から定番の手だし」


 向かい合っていた二人の顔が、ゆっくり同時に俺に向く。

 金髪が一歩いっぽ踏み出し、両の拳を腰に当て不敵に笑う。


「生き返ればいいんでしょ?」

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