04-08:乙女たちの事情・4・I
□scene:01 - 王城:城壁外縁:娘子軍官舎
王城の高く美しい城壁の端、市街地に近き
かつての高貴な令嬢がため眺望良き地も、今は身分卑しき者共の
石と木の館は大半が娘子軍創立当時のまま、居心地が良いとは言い難い。
それが今は民に近きと称えられつつ、無駄飯ぐらいと揶揄されてもいる。
王妃の護りなればの特権を、快く思わない者は城壁の中にこそ多い。
□scene:02 - 王城:城壁外縁:娘子軍官舎:下士官室
貴族の子女から始まる娘子軍は、平民に
内から見れば少尉は最下級、部屋も一二人が共に寝起きする。
個室に
正規軍の三〇人部屋に比すれば贅沢、しかし今が限度と知る者は多くない。
改築こそ無駄な出費とされた上での
三段の寝台が四台並ぶ部屋へ入ってきたのは、シャリアールー少尉。
待ち構えていた
「外はどうなってるの?」
「准将閣下は?」
「ミラ様のご容態は?」
矢継ぎ早に浴びせかけられる質問に嘆息で応え、テーブルに着く少尉。
椅子やベッドに腰掛ける同輩たちを前に、用意されたお茶を
落ち着いた頃合いを見計らい、大人びた乙女が
「あの日以来ここに閉じ込められて外の事は何もわからない。なのにシャリーだけがお母様との面会を許されたのは……」
少尉が重苦しい表情で
「元老院に顔が利く父が、頭を下げてお金を積んだから……だと思うんだけど、母は言葉を選んでた。とにかく、今はみんなにも自重するよう伝えなさいって」
快活な乙女が身を乗り出す。
「外はどうなってんの?」
「それがね……」
*
古城の惨劇から数日。
王国では何事も無かったかのように、平穏な日々が過ぎていた。
王妃の失踪を知っていたは極
王妃が秘めていた恋路に走ったとの
だが、実権を握ったであろう王弟はそれを誇示しようとはしなかった。
王たる者が不在の危機に、国体を維持した元老院を高く評価しそのままに。
王制と言えど、全てが王の思いのままになるわけではない。
国は王
無闇な強権の発動は、強い指導者を望む声に水を差しかねない。
正式な沙汰が決するまで王妃直属の特権が生きる娘子軍も、その
いくら重罪であろうと、民に人気のある彼女らに
ゆえにほとんどの乙女たちは〝自主的な待機〟とされ、辱めを受けてはいない。
敢えてその理由は公表されず、だからこそ出所不明の噂に誰もが耳を傾ける。
今この
*
大人びた乙女が俯いて首を振る。
「それじゃ、私たちは……」
王弟が実権を掌握できる〝理由〟にされた、と断言できる者はいない。
身に染みついた不敬を忌む価値観が、実情を見え難くしていた。
それこそが、彼女らを贄にした理由の
漠然とした重苦しい不安に圧されつつ、少尉が窓の外を見上げ
「ミラ中尉……大丈夫かな……」
□scene:03 - 王城:地下牢
古く汚れて暗い照明の中、ヒト三人が並べる長い通路の奥、左右に並ぶ鋼の檻。
外界と隔絶され逃げ場の無い湿り気に満ち、ただ居るだけで腐るが如く。
周囲は強固に保たれているが、小部屋の木は腐り石は崩れていた。
用を足す場は崩れ、寝具
ここは、王城の地下にある牢。
使われなくなって数百年か数千か……それすら定かでないほどに古い穴蔵。
設備が整った専用の施設が外にあり、罪人を王城に住まわすのも妙な話。
乱心した王やその
だが今も生きるは地下数階と、
奥深くは迷宮になっている、とは王都に住まう誰もが知る御伽噺。
遙か昔の大戦で地上から追い落とされ、身を潜めて耐え忍んだ跡、と。
硬い岩盤は護るに適し、浅い層には外敵の侵攻に備えた施設があった。
だが強固に過ぎて拡げるどころか削れもせず、使い勝手が悪すぎる。
蛮族が内戦に陥り脅威が薄れると、全て地上に上げられた。
王妃の
□scene:03 - 王城:地下牢:最奥の一室
手枷と足枷を繋がれた虜囚に、
兵が鍵を開けると、機械式車椅子の稼働音と共に現れる大柄な男。
准将はゆっくりと……そうするしかない
「摂政閣下……」
食事は
摂政はその権限で兵を遠ざけると、小声で話し始めた。
「まさかとは思っておりましたが……いえ〝まさか〟と思う事で、現実を見ぬようにしておったのかもしれません」
「閣下、ここでは……」
兵の姿が見えずとも、盗聴されている怖れがある。
〝摂政〟の存在自体を
そう忠告しようとした准将に、摂政が掌を見せて制した。
「ご安心を」
大きな外套を僅かに持ち上げると、車椅子には後付けされたらしき機械。
恐らくは監視装置を惑わすもので、彼が〝安心〟と言うなら
「この自由にならぬ大きな
外套を戻すと、改めて准将に向いて頭を下げた。
「
責めたい思いはあったが、准将にはそれよりも聞きたい事があった。
「我が子らは? あの後どうなったのか、ご存じではありませんか?」
最後に見たのは手足を拘束され、装備を無理矢理剥がされた惨めな姿。
小突かれ蹴り飛ばされ、柔肌を痣だらけにして追われていた。
「准将と同じく表向きは常日頃の通り。事情を知らぬ者は官舎から出られぬ囚われの身。ただヘレフォードに睨まれておりました中佐と兵を率いて強行為された中尉は、第二艦隊司令部地下の重営倉に。ただ存外に大きな怪我は無く。回復には
「無事……だったか……」
「それが喜ばしい事かとなると……中将が同行させしは、捕虜とした蛮族への拷問や辺境の粛正で認められし者共。
「それでも……それでも、生きていれば……」
摂政の表情が、さらに神妙さを増す。
「それと……いや、言葉を取り繕っておる場合ではありませんでしたな。辱めの
「そう……ですか」
あの夜、黄色い目を血走らせた男たちが美女と美少女たちに群がっていった。
まず考えられそうな惨状が
王妃直属の乙女たちが沙汰無く私刑に遭ったとなれば、人心が乱れるは必至。
下劣な者共の
王弟も実権を確実とするまでは、世が乱れるを
まだ以前の常識が通用していると知った准将の
「
「娘子軍は、その時代の最上位に在る女性……王妃陛下や王女殿下をお護り
王国の要は、王とその忠実な臣下たる貴族。
いかな事情があろうと、軽々しく処すれば国の足下が揺らぎかねない。
摂政の
「正式な沙汰が出るまで、の事でありましょうが」
王弟を襲撃し元老院長を
深く
捨て置かれるのは、世が〝魔女の正体〟を受け入れるまで。
将たる己の責との憔悴が、食を絶たれ消耗した
その空気を変えようとしてか、摂政が平然とした
「ところでヘレフォード中将とは以前より面識が? そのような遣り取りがあったと耳にしましたが」
「今より一六年前の事。平民の子女を欲望の捌け
准将は顔を上げ、遠い日を思う。
「当時の
「その辺りの騒ぎは辺境にまで届いておりましたよ。なるほど……しかし一六年前となると准将はまだ幼子。中将の矛先がその先代様に向くのはわかりますが……」
「小官が
「その件は
「それが……軍に入れ遙か遠い僻地へ送り〝追放〟の
〝かつて〟を想い、准将の
民を想い民の側に立って民を護りし優しき国母……王妃の怒りは凄まじかった。
だが、ヘレフォード家は王国の経済に大きく関わる上級貴族。
元老院より王国経済の安定をと諭され、出た沙汰が〝顔も見たくない〟。
王の権威が絶対のこの国で、王妃の目を盗んで中央に返り咲くなど有り得ない。
「それなのですが……
「〝
「王城の乱れは仇敵に利するも同じ。知る理由無き者に知らせる理由無し……としておりましたが、未だ公式には
「何と!?」
「正体が露見して争ったのか、
「市中に紛れ込んでいる怖れあり、との噂は耳にしておりましたが……それが事実、しかもそこまでとは」
「蛮族に弱みを見せられませぬゆえ
「なるほど……そう言う事か……」
王の没後は政務をロズベルグ公爵、軍はマッケンゼン元帥が対処していた。
しかしマッケンゼンは、二ヶ月前に
軍の最高位たる元帥が艦隊司令など、本来なら有り得ぬ降格人事。
王の不在に生じた危機を速やかに収めるべく最強の
理には
だが秀でた者が秀ですぎると、他が愚鈍になるのが世の常。
マッケンゼン不在の大本営に何が? そもそも遠征は必要だったのか?
そして彼方を治めれば此方で不穏な影と、
今となっては、もう全てが手遅れなのかもしれない。
今となっても
「時に……王妃陛下はいかがお過ごしか?」
「王弟殿下に国王陛下の幻を見てられるようです。片時も離れず寝所も共に。早晩、我が国は新体制へと移行する運びとなりましょう」
「それは……」
それ以上、言葉が続かなかった。
敬愛して止まない王妃の無事は、喜ばしい事に違いないはず。
だが彼女が知る王妃は亡き国王を心から愛し、民のために在った
ただ
「陛下は国の象徴として奥へ。殿下も戴冠せぬまま共に。王国は元老院に委ねる……とお考えのご様子。
「確かに〝
「お二人のお心を下々が語り合っても詮無い事。取り敢えずではありますが、殿下が王城に戻りしは目出度きと、貴軍に恩赦賜れないかと尽力しております」
「どうか全ての責は小官
「
「それは……」
「永きに渡り我が国土を脅かす蛮族の野望に打ち勝っては参りましたが、その代償に人的資源の枯渇が現実味を帯びて参りました」
確かに王国全土で人口は減少傾向にあり、軍も定数を欠いて久しい。
長い目で見れば〝波の下にある時期〟とも言えるが、また上がる保証は無い。
「そこで富国強兵策とし、全ての身体的に女性である王国民は、三人以上の子を産み二人以上を献上せよ、相手がおらぬ者は王国が宛てがう……なる法はどうかと殿下が元老の方々に
「そ、それはさすがに難しい者もいようと、小官は愚考いたしますが……」
ただ一言〝異常〟と言えば済むところ、発案者を思い言葉を選んでいる。
「それも果たせぬ者は、より強き
准将の脳裏に、古城の非道な地下施設が浮かぶ。
軍医中尉は、ヒトならぬものをも相手にさせられていたと言っていた。
王弟が乱心しているなら筋が通ってしまい、下卑た妄想と捨て置けない。
摂政が淡々と話を続ける。
「ご再考をと申し上げる元老もおりましたが殿下の、延いては陛下のお機嫌を損ねたようで……いずれ元老院の顔ぶれも様変わりしましょう」
「もしそうなれば……」
王弟の目的が蛮族に勝利する事なのかそれだけなのか、今は何もわからない。
確かなのは、間違った方へと落ちている実感のみ。
ヘレフォードの如き
義を重んじ、厳しく、
摂政が外套の下で首を振る。
「殿下の城、その地下実験室での惨劇が、王都で再開する運びに」
「ご存じでしたか!? あの凄惨な有様を」
「准将が記録させました
「我らが? どうしてそんな……」
「
准将が唇を噛む。
部下の失態、或いは裏切りを憎んでいるのではない。
彼女の子らに、仲間を裏切る哀しき者などいるはずがない。
それに記録は被害者の
なのに娘子軍の仕業と信じられているなら、それなりの
〝事実〟を演出するために彼女らを使い創られ、広められたものが。
その怖れを思わず部下たちを
准将が何も言えぬと察し、摂政が話を続ける。
「蛮族共が王国に潜り内より滅ぼすため、人知及ばぬ所業にまで及んでいると
「どうしてそれを我らの……いくら記録に手を加えようと、そこまで……」
「娘子軍はヒトならぬ人形の軍隊……
「我らにあれほどの事ができると!?」
「できる、できないなどどうでもいいのです。大事なのは信じたいかそうでないか。ヒトが怖れるは孤立無援、求めるは
「そんな世迷言が、我らを……」
娘子軍が儀仗的存在なのは事実であり、王家と民の求めなくして存在し得ない。
自分たちの立ち位置を改めて思うと共に、その足下が揺らぎ、崩れゆく実感。
「無理が無理を強いております〝今〟が続く道理がございません。それまでは王国に仇なす者と
「心得ております。この身を
本来の美貌を知る者が見れば、無残な有様としか言い様が無い。
〝化けの皮が剥がれた〟との噂も、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます