01-07:少年の事情・4

□scene:01 - 岩と砂の都



 東西に果てしなく続く、落差一〇〇mの断層崖だんそうがい

 北の高い側に密林、南の低地には広大な砂漠が拡がる。

 緑と砂を隔てる断崖は流れ落ちる水で覆われ、白い飛沫や虹が彩る。


 その狭間に密林を見下ろす、しかし全貌は薄く見えるほどに広い台形状の山。

 崖下に落ちた水は断層崖だんそうがいに沿って流れ集まり、山は湖に突き出す岬の如く。


 そこに一二〇万が住む都があった。





□scene:02 - 岩と砂の都:ホテル:プレジデンシャルスイート



 岩山要塞大爆発あれから凡そ一週間。


 ここはこの国が誇る最高級ホテルの最上級スイート……と聞いた。

 高層と誇るには低く、俺が落ち着く程度の質にこの国の実情が見て取れる。


 窓から見える街並みは低く、石と砂の風景は都にも見える。

 緑がほとんど見えないのは、ヒトが要する以上の水が巡っていないため。

 都なのに電力はまるで足らず、夜に明るいのはホテルここと遠くに霞む王宮のみ。


 この部屋で寝起きし、日に一度病院へ連れて行かれて健康診断を繰り返す毎日。

 かすり傷ひとつ無く誘拐や監禁の自覚も無く、健康体だと思うのに。


 鎖国中に外国人が誘拐された非常事態となれば、神経質になって当然ではある。

 そしていつも誰かの目がある気配、でも檻に閉じ込められてはいない。

 これが世に言う〝軟禁〟なのかもしれない。


 それはともかく、目下の問題は〝暇すぎる〟。


 〝護衛付き〟を条件に、外出できなくはない。

 だが戦車と歩兵部隊が周囲を固める散歩は、地元の方々に大迷惑。


 例え自由に出歩けても、地図も標識も初めて目にする異国のもの。

 当てなく歩いて〝日本とは違うなー〟と感想を述べるぐらいしかできない。


 ホテルで手に入る雑誌や新聞、1chしかないTVも当然ながら異国の言葉。

 何となく眺めて〝日本とは違うなー〟と感想を述べるぐらいしかできない。


 結果、できる事と言えばスマホを遅ーいネットに繋ぐぐらい。

 頻繁に切れてゲームは困難、この国では全ての有料サービスが対象外。

 監視を警戒してエロサイトは避けるべき、そもそも動画はエラーになる。

 阿部某のサイトのような軽いサイトを探すぐらいしかできず、暇を持て余す毎日。


「早く帰りたい」


 いつ終わってもいい人生だが、終わるどころか始まらないのは想定外。


 〝そろそろ〟と身体からだが覚えた時間に、上品なノックの音。

 ドアを開けると、筋肉の星から筋肉を広めに来たかのような筋肉の塊が一二人いちダース


「オ迎エニ上ガリマシタ」


 定期検診の時間が、筋肉と共にやってきた。

 岩山要塞は大爆発したが、ニュースを理解できず実際の状況ところは不明。

 屈強な護衛が集団で付き添うのだから、まだ危機は残っているのかもしれない。





□scene:03 - 岩と砂の都:幹線道路



 装甲車に前後を護られた黒塗くろぬりのSUVに乗車、やがて窓の外が流れ出す。

 明らかに日本ではない風景の中に、あるはずの無い看板を探して嘆息。


「牛丼食いたい」


 連日、とてもとても豪華な料理が怒濤のように押し寄せる。

 この国の料理を中心に、フレンチに中華や寿司が三食とおやつに夜食。


 だがしかし、〝豪華〟だから〝満足〟とは限らない。

 食事に不満が無いと、いつしか味について何も思わなくなっていた。


 そんなある日、ふと〝牛丼〟なるワードが頭に浮かんだので求めてみた。

 無気力無関心な俺にしては珍しい現象だが、浮かんでしまっては仕方が無い。


 出てきたのは分厚いのにくちの中でとろける牛肉と、フォアグラやトリュフの山脈。

 そして別の皿で供された、くちの中でとろけるバターがかぐわしいご飯。


 それらが凝った装飾が施された食器と共に、テーブルに並ぶ。

 この国では入手困難と聞いた種も含む、瑞瑞しいフルーツの海に囲まれて。


「違う、そうじゃない」


 求めないのに過分に遇され身動きできない自由に嘆息、すべきと思う事も無い。

 他人ヒトうらやむ境遇だろうが欲したものは手に入らず、無いなら無いで構わない。


 車窓から雲ひとつ無い青空を見上げて思う。


「俺……何してんだろ……」





□scene:04 - 岩と砂の都:王宮:王宮前



 SUVが停まりドアを開けると、病院であるはずがない大袈裟な建物。

 足下に敷かれた、靴の半分が沈むカーペットに違和感を禁じ得ない。

 その両側に正装の士官がずらりと並ぶ、万全の警護体制。


 ホテルから見えた偉容に片言の日本語で説明を受けたから、正体は知っている。


「何で王宮ここに?」


 中央アジアだか中央アメリカだか中央アフリカだかにあるらしい、小さな国。

 三度聞いても覚えられなかった名とその位置は、全く頭に定着しない。

 脳内で〝どこでもいい〟か〝どうでもいい〟と認識しているらしい。

 何事にも無関心な俺らしく、未だに三歩歩くと忘れる始末。


 そんな国は有史以来の独立国でありながら、近年は鎖国中。

 となれば独善的に聞こえるかもしれないが、実態はちょっと酷い。


 大国やその衛星国との狭間にあって、軍事的な要衝となり得る重要な地。

 そして豊富な天然資源が手付かずがゆえに、国際社会から


 誰かが手を出すと、他の誰かが黙っていない。

 それは、絶対的でわかり易い悪事である〝侵略〟が前提。

 勝てば正義、負ければ戦犯と歴史に刻まれるなら退けはしない。

 冷戦時代に於けるバトルロワイヤルそれは、全面核戦争を意味していた。


 当時の超大国、米ソの両方がスパイ合戦を経てこの国の重要性を同時に認識。

 互いに〝こんな国知らない〟と振る舞う事で衝突を避けたのが初まり。

 それがずっと維持され続けていたとう。


 つまり〝無視しておいて鎖国してると言い掛かりを付けられていた〟が真相。


 冷戦中は、東西両陣営が親分の方針にのっとり地図にも載せないでいた。

 オカルト方面では〝幻の王国〟として、知るヒトぞ知る存在だったとか。

 今や都市伝説と化し、常識的なヒトほど存在を認めない傾向があるとう。

 実在するはずのない国から出られないとは、現実なるものは屡屡油断しばしばゆだんができない。


 冷戦終結後、周辺国から友好関係の構築を探る動きも一瞬はあったとか。

 だが新旧強国が我が物にしようと牽制し合い、結局は孤立したまま。


 ここで登場するのが、叔父貴。

 何時如何なる手口で王宮に取り憑いたのか……今となっては定かでない。


 資源の採掘から輸送して精錬し部品に加工するまで行う工業。

 水利事業から農地整備に新たな開墾や大型機械の導入まで含む農業。

 泥の道を舗装し住宅地や商業地域に教育機関を効率的に配する街の整備。

 等々、いつの間にか儲け話の全てに手を広げて支配する勢いでうごめいていた。


 そんなタイミングで情報が漏洩リーク

 世界中の商社や投資家が注目、こうなると政治や思想はなど二の次。

 勝者を目指す以上に、敗者に墜ちるわけにはいかない競争レースが華々しく開幕。


 熾烈しれつで浅ましくも壮絶な営業合戦が繰り広げられた。


 国際世論は〝そんな国実在するの?〟から〝開国までが勝負!〟へ。

 そして〝今更しないなんて許されると思う?〟となり開国は既成事実に。

 岩山要塞の連中が王家の子をさらって阻止しようとしたのも、そんな事情から。


 主犯が叔父貴なのは確実だが、王宮内にも協力者がいたものと思われる。

 どちらがどちらに協力のかは、考えるまでもない。


 そんな主役がいきなり行方不明。

 誰もが〝何を考えているのかわからない〟実績に恐怖し、戦慄。


 親族にしか判別できない手がかりが出たとなれば、騒然となって当然。

 で、俺が招かれた……手がかり云々は偽情報ガセだったが。


 叔父貴の御威光で丁重に扱って貰えるのは有り難いが、役目は終わったはず。

 さっさと解放していただきたい所存。


 考えるしかない日々が、無気力無関心になった理由をくすぐる前に。





□scene:05 - 岩と砂の都:王宮:中央エントランス



 案内されるまま、王宮の中へ。

 充満する〝重さ〟に歴史の〝深さ〟を感じる。


 奥から王宮ここ相応ふさわしくも頼もしい圧が迫る。


「少年!」


 声をかけてきたのは、岩山要塞でお世話になった大佐。


 一分いちぶの隙無く決まった礼装の軍服姿でも、第一印象は健在。

 〝人間ブルドーザー〟と評した巨体が迫り来る圧は、心臓に良くない。


 あの日は〝言葉が通じる味方〟に気が緩んだが、本来は住む世界が違うヒト。

 おごそかな王宮では〝名門貴族で軍の重鎮〟の風格に、襟を正さずにはいられない。


「大佐が俺を王宮ここまでお呼びに?」

「いえ私では……まさか今日が如何に特別な日となるか、ご存じないのですか?」

「まだこの国の言葉がよくわからなくて。今日も連れて来られるままです」


 新聞からの情報収集は、一度手にして〝無理〟と断念。

 TVで言葉を学ぼうと試みたが、二分で挫折して以降はけてもいない。


 やっと言葉が正常まともに通じる大佐と会えた今が、今を知る好機。


「〝特別な日〟に呼ばれたのが俺?」


 岩山要塞大爆発と周辺大火災は直後の豪雨で鎮火したらしいが、損害は知らない。

 アレックス……限りなく全裸に近かった王族の美少年との物理的接触もあった。

 救出のためであっても不敬な行為には違いなく、そう責める士官もいる。

 賓客待遇は、鎖国中の来訪者への無難な対応だったのかもしれない。


 聞き覚えのある高い足音と共に、聞き覚えのある女性の怒声が迫る。


「貴っ様ぁ! よくも私の前に顔を出せたな!!」


 殺意剥き出しで表れた、士官の礼装を身を纏った褐色の美女。


 軍靴を履いた背丈は、日本だと長身の部類に入ると思う俺とそう変わらない。

 赤みがかった金髪、鋭く蒼い、通った鼻筋は〝美人〟と評する他無い。

 やや量感のある唇には、熟れたなまめかしさまである。


 そして胸と尻はまさに巨大。

 〝垂れ〟と〝跳ね〟がひとつになる絶妙な舞いハーモニーは、人体の奇跡と称えるべきか。

 出会いが最悪でなければ、俺の無関心さをどうにかしてくれたのかもしれない。


 だが〝他人ヒトに無関心〟とは〝どう思われようとどうでもいい〟と同じ。

 激しい剣幕に動じる事もなく、言うべき事は言わせて貰う。


「連れて来られたんだよ。勝手に来たわけじゃない」


 大佐が割って入り、女性士官に向く。


「シーナ、どうしてここに?」

「お父様は黙ってて。上官として自重をお求めなら今すぐ軍服を脱ぎます」


 大佐を〝お父様〟と呼び〝シーナ〟と呼ばれた美女は、シーナ・レイス大尉。

 本名はもっと長いらしいが、教えてくれないから知らないまま。


 シーナが大佐をかわし、俺を指差す。

 これが王宮でなかったら、突き付けられていたのはRPG-7だったろう。


「そして許されざる大罪だいざいに及んだ証を! この手でこいつの身に刻み込んでやる! 物理的に!!」

「その〝大罪だいざい〟とやらがの事なら〝仕方無かった〟事になったろ?」


 あの日、ヘリを迎えてくれた〝絶対に裏切らない女性士官〟がこのシーナ。

 味方と思って駆け寄ったら回し蹴りを食らい、気を失ったのが初対面。

 もうひとつの情報、〝攻撃的で凶暴〟をこの身で思い知った次第。


 美女に痛めつけられたい趣味はないから、無罪としっかり主張しておく。


「俺なんかが絶対に触れちゃいけない方でも、あの時はするしかなかったんだ。後で会った王宮ここのヒトたちもわかってくれたし、大佐だって」

「それではない!! いや、それだけでも十分万死に値するが、貴様はさらにさらに恐ろしくおぞましい、許されざる最悪の事態に至らしめてしまったのだ!!」


 気が付いた時には、アレックスとは別のヘリで都の上空。

 そのまま病院で診察を受け、ホテルとの往復生活が始まる。

 言われた通りに過ごしていたから、ここまで怒らせた覚えはない。

 それ以前を振り返っても、思い付く限りの問題は解決済みのはず。

 俺にかいせない何かがあったとしても、既に物理的制裁は喰らい済み。


 だから、わからない。


「俺、何かやらかした?」

「この期に及んでその物言い……許さん! そこへ直れ! 手打ちにしてくれる! そうなればあのお方も……」


 シーナが腰のサーベルに手をかけた。

 大佐が彼女の後ろから肩に左手を置く。


「なるほど、そういう事か……」


 右手はをこめかみに当て、少し首を傾げたいわゆる〝頭が痛い〟姿勢ポーズ

 シーナが腰のサーベルに手を添えたまま、大佐に向く。


「おめになるならお父様も斬ります!」

「久しぶりに手合わせできるのは嬉しいが、控えなさい。お前が馬鹿な事をして一番悲しまれるのは何方どなたかを、よく考えるのだ」

「しかし! しかし!!」

「それに、お前も今までに区切りを付け、これからを考える良い機会ではないか? もう三〇だ。友人たちは皆その半分に満たぬ年齢としとついでいるというのに」


 彼女に関する新たな情報を、何となく反芻はんすう


「三〇?」


 一〇代は苦しいが、二〇代なら聞き流せる。

 などと思っていたら白刃の煌めきが雷光の如く走り、俺の喉を突いていた。


「二八、だ」


 大佐が肩を怒らせ、腰のサーベルに手を置く。


「シーナ……少年がここに参られた理由を知っておろう。それより先は、私が相手をする他なくなるぞ」

「ふんっ!」


 巨大な尻を左右に跳ね上げ、颯爽さっそうと去るシーナ。

 大佐が恐縮して頭を下げる。


「娘に代わってお詫びする。が最善だったと何度も言い聞かせたのだが……」

「いえ。不勉強のせいで禁忌タブーに触れていたのでしたら、謝るのは俺の方です。いつか悪意は無かったとわかって貰えるかもしれませんし」


 本心だが、日本に帰れば無関係になるからどうでもいいとも思う。

 とは言え、生命いのちに関わるまで嫌われている理由は知っておきたいとも。

 まだ暫くこの国にいなければならないなら、面倒臭い事は少ない方がいい。


「大佐がご存じなら、俺が何をしてしまったのか教えていただけませんか?」

「事は極めて単純がゆえに、いささか複雑でもあって……私のくちからは話せないのです。状況が定まるまでお待ちいただきたい」

「そうですか……わかりました」


 親身で紳士的な大佐を困らせたくはないし、そうまでして知りたい事でもない。

 そうまで知りたくない事と言えば、シーナについてもうひとつあった。


「シーナさんの日本語もとてもお上手でしたけど、大佐から?」

「あれでほとんど独学でしてな」

独学それであれは凄い」

「私は開国に備え主要先進国の言葉は一通り教育を受けておりましたが、それを見て娘も興味を持ったようです」

「時代がかった言葉も使いこなしてましたけど、そんな教材まであるんですね」


 鎖国中にそれとは、開国が悲願だったと思わせる逸話エピソード


「国交の無いお国から直接、他では手に入らぬ書籍を公の場では語れぬ裏の経路ルートまで使って取り寄せてもいたようです。少年に褒められたと聞けば娘も喜ぶでしょう」

「さっきの剣幕あれを見た後じゃ、どうなんだろ? でもそれを聞いて落ち着きました。怒られっぱなしだとすっきりしませんし」


 電光石火で威嚇されたと思ったら、うっかり手が滑ってすっきりされかねない。


 文字通り、目にも留まらなかった切っ先を思う。

 この国に伝わる剣術は二刀流、あれでも一応は手加減してくれていた。

 片手で相手をしつつ、もう片方で不意を打つ技もあるらしく油断はできないが。


「あの剣裁き、さすが本職プロですね」

「目に見えるところは一人前いちにんまえでも、中身はまだまだですよ」


 あの剣技でどの辺りが〝まだまだ〟なのか、全くわからない。

 剣を振るい闘う職にく気も才能も無く、根本的に興味がない。

 未知なる価値観との接近遭遇に、改めて〝ここは異国〟と思う次第。


 大佐が遠い目になる。


「我が国は変化の直中ただなか、昨日の正しきが明日も同じとは限りません。シーナにも私の娘として期待されるより、良き未来が……親が意見する年齢としではないのですがね」


 異国の行く末と他人ヒトの有り様など、自分すらどうでもいい俺には計り知れない。

 この国を去れば無関係となるヒトたちだが、皆に良き未来であればと思う。


 大佐の娘と入れ替わりに、また年齢としが微妙な美女が手を振りながら駆けてくる。

 ビジネススーツ姿の日本人、それも見慣れた顔にほっとする。


「いたいたー」

「未音さん? どうしてここに?」


 この女性ヒトは、御前みさき 未音みおさん。

 背は低く無く高くも無く、ヒールを履いても俺の目よりは低い。

 細身だが極めて健康的、無尽蔵の持久力が傍迷惑はためいわくな超一流の企業戦士。


 この若さで上司を押し退け、役員すら避けて通る傑物けつぶつ

 相手が派閥だろうが縁故だろうがを通し、押し通せる実力と実績の持ち主。


 叔父貴とは大学時代からの友人で同僚、恐るべき事に同格とも評されている。

 酒の席で漏れた互いの印象によると、ただの腐れ縁より近い仲らしい。

 仕事中毒ワーカーホリックで無責任な伯父貴に代わり、俺の世話まで焼いてくれている。


 初対面時から主観的な年齢面にかんがみ、下の名で親しく呼べと強いられている。

 無理強いされなくても、気が付いたときにはかけがえのない姉貴分だった。


 尊敬しているし美人だし、胸や尻は親しみやすいし憧れに似た感情も。

 ただし年齢としの差以外にも様々な障壁があり、その感情を見せ難い女性ヒトでもある。


 そんな美女が、怪訝けげん表情かお


「〝どうして〟って……連絡行ってないの?」

「何かあったの?」


 何から話せばいいのか惑う表情かおの未音さんと、何も知らず何も言えない俺。

 停滞した空気を読んだ大佐の右手が、未音さんに差し出される。


「初めまして。ミス御前ですね。本日貴方方あなたがたの護衛とご案内を仰せつかっておりますカイルと申します。ご存じでしょうが、彼は……」


 未音さんが両手で大佐の手を、しっかり力強く握りしめる。


 今ここで、二つの要素が化学反応を起こしつつあると俺にはわかっていた。

 着火の瞬間不発に終わる、湿気っていた花火の如くわびしい結末を迎える事も。


「どーもー御前でーす♪ ミ・オ・ちゃん♪ って親しみを込めて呼んでくださーい日本語お上手ですねーイロイロとお話しは伺っておりましたけどーこ────んなにイ・イ・オ・ト・コ! とは全然聞いておりませんでーやだなーもーそれならそうと言ってくれても良かったのにぃ! 悠佑ゆうクンたら気が利かないんだからもーあら? あらあらぁ? こーんなに日本語がお上手なのはいらした事があるとか? でしたらどこかでお会いしてるかもしれませんよねーもしまた来られましたらーミオちゃんが個人的に特別コースをご案内しますぅその代わりぃここではぁそのぉご自宅なんかをご案内していただけるとぉ嬉しいなぁとかぁ……なーんてねーえへ♪ いえいえ当然タダでとは申しませんぞ! 大和撫子ならではの清楚でおしとやかな奥ゆかしい魅力でお返ししたいなーなーんてねーウフ♪ ウフフフフ♪」


 行動力が肥大化した未婚女性ハンターが魅力的な男性エモノに反応した結果、ご覧の有様。

 致命傷でのたうち苦しむ前に、止めを刺してやる。


「大佐、娘がいるよ」


 目を見開き強張った表情かおで、ゆっくりと俺に向く未音さん。


「〝娘〟? って事は……」


 切実に望んで止まないただ一点いってんに於いてのみ、その優秀さが全く発揮されない。

 連戦連敗街道をひた走り続ける、とてもとても残念な女性ヒトでもあったりする。


 既婚者の余裕か察した大佐が、傷口の悪化を防ぎにかかる。


「ご案内ついでに私のうちにもご招待しましょう。家内も喜びますよ」


 露骨なアピールが社交辞令で受け止められ、自体は急速に沈静化。

 正気を取り戻した未音さんが、ガックリ肩を落とす程度に収束。


「あ、あはは……地球を半周してきたのに、イイ男はどこも売り切れなのね……」

「〝イイ男〟だからっとかれないんじゃない?」

「それっておかしくない? こーんなイイ女が放っとかれてんのよ?」

「〝イイ女〟だから余程の自信がなきゃ手を出しにくいとか面倒臭そうとか……そんな事よりどうして未音さんがこの国に? ここに着いてすぐ〝叔父貴の後任〟ってヒトに会ったけど、異動の話とかあったっけ?」

「いやさー、それがちょっとシャレになんなくなってっててねー。止ん事無き方々とビジネスライクを越えたお相手もしなくちゃならないし、駆り出されたのよん」

「〝止ん事無き方々〟相手のスキルもあったんだ」

「留学先にそんなコがいてさ、そん時にコネをコネコネーっとね」


 その非凡な行動力と交渉力は、学生時代から遺憾無く発揮されていたらしい。

 これでこの年齢としまで〝彼氏いない歴=年齢〟とは、神様もこくなキャラメイクを。


「でも俺、何かやらかしたみたいなんだけど……」


 殺意、憎悪、妬み、恨み、嫉妬……

 大佐の娘が俺に向けた瞳には、そんな負の感情が渦巻いていた。


 深刻な事態を思う俺に、呆れ果てた表情かおで溜息をく未音さん。


「ホントにね」

「知ってんのか? 来たばっかなのに?」


 未音さんはすがる俺を無視して、迫り来る背広スーツの集団に向き大佐とうなずき合う。


「揃ったようですし、行きましょうか」


 結局何の説明もなく、ただ着いて行くしか無い俺。


「〝揃った〟? 〝行く〟ってどこへ? 話が全然見えないんだけど」





□scene:06 - 岩と砂の都:王宮:静かなる朝靄の間



 通された豪奢な部屋で待っていたのは、この国の重鎮たち。

 いつだったか何かのついでに紹介された、大臣たる門閥貴族の方々。


 暫しの歓談の後、お偉方が順に挨拶スピーチ

 大佐は軍や王宮憲兵隊を指揮するため、紹介された後に部屋を出た。


 続いてこの国の文官と商社のヒトたちが姿勢を低くしながら入室。

 部屋の一角に書類の山脈を築いていく。


 最後に入室したのは、一見ヒトが良さそうでいて中々に切れそうな日本の大使。

 憲兵総監が扉を閉めると、施錠を再確認。


 大使?


 表向きはまだ鎖国中なので、今は俺が押し込まれているホテルに間借り中。

 大使館となる予定のビルは、王宮に近い一等地いっとうちで既に着工済みだとか。


 巨大な事業を日本の商社が仕切るとなれば、両国の関係が密になるのは必然。

 急遽覚書が交わされ、開国と同時に国交が樹立する運びとなったらしい。


 巨大事業?


 確かに叔父貴は、他の国々を出し抜いていくつかの事業を獲得していたらしい。

 それはただの超一流エリート、そして未音さんへ引き継がれたと聞いた。


 つまり俺とは無関係……のはず。

 なのに目の前に天高く積み上げられた書類の山へ、署名サイン押印ハンコを強いられてる。


「面倒臭ぇ……」


 サインやハンコそれは〝今時〟と揶揄やゆされる、現役男子高校生には無縁だった儀式。

 だが実際にやってみると、強いる事で契約相手が見てくれたようにも思える。

 機械も電気も要らず、特別な知識も不要な本人確認手段という見方も。

 何だかんだ言って、一〇〇年後も残っているかもしれない。


 一〇〇年どころか今すぐ終わっていい俺には、どうでもいい話だが。

 閑話休題それはさておき、隣でアシストしてくれている未音さんにささやく。


「俺、この国に何しに来たんだっけ?」


 次々と訪れるヒトや書類を器用に捌きながら、ささやき返す未音さん。


「黙ってあたしの言う通りにしてればいいの、悪いようにはしないからさ」

「〝悪いようにしない〟って台詞せりふは……」


 〝悪い事が起こるフラグ臭い〟は、新たに押し寄せた書類の山脈に潰された。

 それらの内容は、叔父貴が話を付けていた事業に似ているようで全然違う。


 町役場の建て替えと聞いていた計画が、どう見ても高層ビルの束であったり。

 町と町を繋ぐ鉄道敷設の頭に高速が着く上に、国の全土を網羅していたり。

 とにかく規模スケールがとてつもなく拡大、予算に並ぶ数字は正に天文学的。


 資源採掘のため切り開く密林は最小限、その分は砂漠の緑化で補う。

 人口の増加を見据え都市と農地の拡大は緻密に連動、常に余裕を維持。

 全て急成長に備えつつも、国の有り様はなるべく変えない計画プランなのが好印象。


 一方いっぽうで世界中から押し寄せている企業や投資家相手にも、策が用意してあった。

 美味しそうな食べ残しや手付かずの金脈に群がっているが、全てが幻想ファンタジー


 実際は極めて困難な事業を、十分に調査しないまま競って請け負う地獄絵図。

 行き詰まるまで待ち契約違反と宣告、投資分をいただく算段になっている。


 先んじて権益を獲得しながら中途半端を装っての漏洩リークは、狡猾こうかつな罠だった。

 他の商社や投資家をおびき寄せ、開国を既成事実化するのが主たる目的。

 ついでに、そのハイエナ共からも血肉を根刮ねこそぎ食らうつもりで。


 この手の話は、今に始まった事ではない。

 叔父貴あのヒトが絡む異変には〝また何か企んでるな〟と確信。

 身近なヒトが失踪したのに未音さんが悲観していないのは、このため。


 中には、例の岩山要塞とその周辺開発計画もあった。

 正規軍の新たな拠点とする他、最新装備の導入と運用計画まで存在。

 連中も手玉にとられていたと言っていたし、陥落は時間の問題だったのだろう。


 着いていける人類は未音さんぐらいで、基本的に単独行。

 今回も一人ひとりでこの国へ営業に入りなのだから、計り知れない。


 一般的には非常識でも、非常識なヒトのやった事だから気にならない。

 だが今回に限り今までとは大きく異なる点があり、今まさに俺を悩ませていた。


「あの……未音さん?」

「手ぇ休めないで話せるんなら、聞いてあげる」

「頑張ります……えーと俺、何やってんだろ?」

「契約書にサインしてハンコ押してる」

「それはそうなんだけどそうじゃなくて、トップレベルの先進国をゼロから造り上げる天地創造的な何かが、何で俺との契約で未音さんの会社が下請けになってんの?」


 詳細は不明……隠されているわけではなく、読んでも理解できない。

 とにかく全ての事業の最上位に、この国の王様と俺が並んで君臨していた。

 巧妙に隠されているが、俺を排除すると全てが瓦解する罠まで仕込まれている。


 未音さんは器用に手を止めず大きな溜息をく。


「そりゃぁアイツの仕込みに決まってるでしょ。こんなフザケた仕事できるの、他にいるワケないし」

「〝いつか叔父貴あのヒトみたいに〟って無理無茶無謀な夢見た頃もあったけど、まだただの高校生なんですけど。何でこんな面倒臭い事に……」

「国王陛下の〝悠佑クンとは格別の末永く深いお付き合いを〟って御意向がアイツの仕込みの通りと宰相閣下が解釈されて、日本側こっちも〝向こう何世紀か分の資源が確実に格安で手に入る〟から〝国内経済の安定と長期的な発展〟が見込めるだけじゃなく、政治屋さんたちの悲願だった〝国際的な立ち位置の見直し〟まで……って、ホントに何も聞いてないの?」

「何か聞いたのって、病院で五体満足問題無しぐらい」

「じゃ、この国で〝時の人〟になってんのも知らない?」

「何それ?」

「外敵の手先となり人心を惑わせ幼気いたいけな子らをもてあそんでいた悪しきカリスマを成敗! って話」

「あー……心当たりは、ある」


 〝カリスマ〟とは、元大尉と呼ばれていた大男か。

 実体は〝大きい〟ぐらいしか取り柄がない小物だったが。

 その偉容を小男が誇大に演出プロデュースし、組織の広告塔にしていたのだろう。


 そして惑わされた地元のお若い方々も、確かにそこにいた。

 惑わす方がアレなら惑わされる方もアレな、お似合いの取り合わせだったが。


 盛り上がる理由がない俺を放置し、高揚して頬をあかく染めた未音さんが続ける。


「邪悪なAIが操るドローン大軍団も、その一機にハッキングして全機撃墜! この国だけじゃなく隣国まで脅かしていた巡航ミサイルの束も要塞ごと大爆発! 邪悪な組織は完膚無きまでに叩きのめされて再起不能! やったー!! とか」

「あー……あれか」


 キーボードに手を着きコーヒーをこぼして〝ハッキング〟とは、普通言わない。

 端的に言えば全て迂闊うかつな連中の自滅であって、俺はそこにいただけ。


 未音さんが興奮して肩を躍らせる。


に敵のトップ二人とこの国に潜入していたスパイのデータも全部ぜーんぶゲット! 連中の負け惜しみによると、言語設定を日本語に変更すんのに手間取るフリで暗号を解除してたらしいじゃない? やるね♪ で、悠佑クンの意図を察した大佐が国中に巣くう寄生虫を徹底的に駆除、死に瀕していた国体が息を吹き返し……王家の方々はことの外こっちをお喜びよ」


 嘘、大袈裟、紛らわしい評価にどう応えるべきかわからず、取り敢えず相槌あいずち


「へー」


 〝トップ二人〟を残した部屋は大爆発の中心部、生還とは思いもしなかった。

 俺の知らない俺の武勇伝には、もっと驚くが。


 ともあれ、あの二人がどうなろうとどうでもいい話。

 どうでもいい表情かおをしているであろう俺に、未音さんがこっそり肘鉄。


「もう♪ 謙遜しちゃって♪ 照れてんのかな?」


 弟分の活躍を喜んでくれるのは嬉しいが、全て誤解と誇張だから笑えない。

 適当にクリックした結果が功を奏したらしいが、今初めて聞いた話。

 心の底から〝俺は何もしていない〟と言い切れる。


 誤解されたままだと後で面倒臭い事になりかねず、言うべき事は言っておく。


「子供に悪さしようとしてた連中は自爆、俺は偶然そこにいただけ。その話だって、実際に何かやったのは大佐だろ」

「王族を支持するヒトたちに大人気の大佐が、救国の英雄様と共に闘い勝利ってのもポイント高いみたいね」

「ちょっと待った。その〝英雄〟ってのは、まさか……実体はコレなんだから、持ち上げられ過ぎると落ちたら痛いじゃないか」


 比喩的表現ではなく、当人を無視して担ぎ上げられた実体験。

 他人にどう思われようとどうでもいいが、悪夢を反芻はんすうさせられたくはない。


 過分な評価に自覚は無いから、称賛されても他人事。

 なのにねたしとみに正論や暴論での攻撃対象と化すなど、デメリットしかない。


 とてもとても嫌な気分の俺を他所よそに、未音さんはお気楽。


「その心配はないんじゃない? 悠佑クンてば悪党共の巣から王族の大事なお子様を奪還した上、お姫様抱っこして現れたのよ? カメラが待ち構えていた前に」

「仕方無かったろ。大佐は調子の悪いヘリをなだめるのに必死だったし、あのコを早く医者にせたかったし……〝カメラ〟? まさか、を撮られてたのか?」

「偶然そこを通りかかったニュース番組のクルーがね。それが1chしかないTVで延々と繰り返して流れちゃってるから、この国全部にもんの凄く分厚いフィルターがかかっちゃってんのよ。あたしも見たけど、カッコいいBGM付きで動画サイトにもアップされてるし、大爆発してるテロリストのアジトが背景バックに合成されたりしてて、ホント誰コレ? って感じ。その映像に重ねて全国民の悲願たる開国……の鍵を握るヒト! って紹介されちゃったから、ファンクラブが地域ごとに支部までできたのもうなずけるわ。初めて見る日本人だし、顔の善し悪しはよくわかってないみたいね♪」


 蹴り飛ばされたシーン込みなら、オチが着いてお茶の間もほっこり。

 だが、どうやらそんな雰囲気ではない。


 賊軍討伐を喧伝したい王宮は、広くわかりやすく示したい。

 だが、あられもない姿のアレックスを国民の目にさらせるはずがない。

 その妥協点が、俺が抱き抱えていたから詳細不明な着陸直後の映像か。


 人質救出シーンとは、ただ人質を抱えているだけでになるもの。

 その上、救出された美形がお姫様抱っこでヘリから降りるクライマックス。

 ダウンウオッシュからあのコをかばい抱き締めた時など、良い素材になったろう。


他人ヒトがどうなろうとどうでもいいし、っといて欲しいのに……ちょっと調べりゃそこにいただけで何もしてないただの子供ガキってわかんだろ……勝手に俺を語んな……クソ……」


 生きているからさらされ、精神こころき出された感覚が湧き出る。

 考えるのを止めたくても、身体からだがこの世界に溺れて悲鳴を上げる。

 いろの無い視界が回って天地がゆがみ、呼吸いきの音が頭に響いて息苦しくなる。



                 *



 いつの間にか、逆光でよく見えない黒い影の群を見上げていた。

 影の中にゆがんだ笑顔が白く抜ける群に囲まれ、他は俺の目を避け遠離とおざかる。


 精神こころが消えていく実感に〝終わりたい〟と願った瞬間とき、眩しさに目を閉じる。

 まぶたを開けると目の前に光る壁、黒を遮りせまって退しりぞけ視界から一層いっそう

 〝壁〟に見えた大きな背中の上で、白い歯が輝いていた。


 その脇から、りんとしていて愛らしい女性ヒトの声。


「……クン……悠佑クン?」



                 *



 未音さんが優しい、それでいて寂しそうな表情かおで微笑んでいる。


「無理して頑張ったんだなとは思ってたけど、やっぱあんま余裕なさそうね。帰国が決まったの、護衛の筋肉が伝えてるハズなのに耳に入ってなかったみたいだし」

「本当……に?」


 俺には嘘をいた事が無く、強行そうできる実力者の言葉に呼吸いきが楽になっていく。

 伯父貴があんなヒトでもそれなりでいられた理由のひとつは、この姉貴分。


 だが目を合わせたまま、不敵な笑み。


「その前にいろいろ予定が入ってるけどね♪ 国王陛下に謁見とか議会でスピーチに記念撮影とメディア向けの会見に、あと特番の撮影もあったっけ。その間は帰国まで毎晩晩餐会で……悠佑クン踊れたっけ? まあいいや♪ あったしがたっぷり手取り足取り尻取り教えたげる♪ さ! 取り敢えずはサインとハンコよーん♪」


 無理矢理〝いつもの空気〟に包んでくれたおかげで、世界にいろと音が戻っていく。

 とは言え、俺に耐えられる少し斜め上を見極めいる手口が極めて悪質。

 これだから油断ができず、素直に好意をくちにできない。


 余裕ができると、ハンコとサインには使い道の無い頭が余計な事を思い出す。


 伯父貴のおかげで生きるに支障はなく、したいも欲しいも何も無い。

 分不相応な扱いもただ面倒臭いだけで、終われば無かったと同じになる。

 全て終われば楽になれそうだが、生存本能が邪魔をするのかその意欲も無い。


(俺、こんなとこで何してんだろ……)

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