03-05:乙女たちの事情・3・I

□scene:01 - 王弟の城:地下:昇降機:地下一層



 鳥籠にも見える簡素な昇降機を囲み、周囲を警戒する陸戦装備の乙女たち。

 一人ひとりが操作盤に携帯端末を接続、目にも留まらぬ速さで指を走らせる。

 その緩い身体からだを包む軍服には、技術大尉の階級章。


 やがて金属と金属がぶつかり擦れ合う重く耳障りな音、そして静寂。

 技術大尉が緩んだ笑みを乙女たちに向ける。


「解除できましたぁ♪」


 身体からだも態度も緩いのに、規律に厳しい中佐すら意に介した様子は無い。

 一般的いっぱんてきには得難い能力を有すため許されている、と見做みなされている。

 実際はそれに〝何をどう教育しても直らず諦めた〟が加わるが。


 技術大尉が操作盤から携帯端末を外し、昇降機を起動。


「ここからお城に繋がってる警戒装置を無力化しました。問い合わせがあれば過去の記録から適当なのを返しますので、取り敢えずは降りても大丈夫でぇす♪」





□scene:02 - 王弟の城:地下:昇降機:地下深く



 中尉を先頭に籠を降りた乙女たちは、暗い石造りの中へ音も無く展開。

 壁に埋め込まれている誘導灯がほのかに足下を照らし、歩くに不自由はない。


 准将が泥と埃のみちに遺る足跡を見下ろす。


「最近も出入りはあるようだが……」


 中佐が准将に顔を寄せる。


「相当に古い足跡あとに新しいものが重なっています。古い方はともかく、ヒトを避けておられます殿下の居城に出入りできるのは……」


 考え得るのは王弟本人かその従者のみ、そしてこの奥はかつての地下牢。

 皆が思い、非道の辱めからあるじを救うべく意気上がる。


 ただ一人ひとり、困惑して口元に指を添える准将。


「待て……ここにも〝ヒト〟の気配は無い」


 出鼻を挫かれた中尉が、蹌踉よろめきながら振り返る。


「まだ降りてすぐですよ? 鈍いと自認しております小官には何もわかりませんが、ってここから見える程度なのでしょうか? この薄暗い通路の先に部屋があるとすると、中佐が殿方しか載っていない書物を秘蔵してます貸倉庫が思い浮かびます。あそこも然程では……あ、心配は無用です♪ あの特殊な趣向は夜な夜な外出されるお姉様が気になって後を着けた私しか知りませ……」


 中尉の背後から首を絞める中佐が、冷静なままの表情かおで准将に向く。


「そうなのですか?」


 准将が、に全く動じず答える。


「いや、王城の資料室で見た古い地図によると相当に広い。私もそう感じる」


 〝ヒトの気配が無い〟は、〝いない〟の他に〝むくろと化している〟怖れも意味する。

 しかし公的に王妃が存在する限り、娘子軍かのじょら王妃のためだけに存在する。

 外で大事だいじあれば、いかな姿であろうと王城まで守護するは必定。


 准将が闇の奥を睨む。


「入りぐちを偽装した奥に侵入者を拒む仕掛け。誰かが隠しておきたい〝何か〟がこの奥にあると考える他ない。状況から、これが最初で最後の機会ともな。憶測に惑わず全力で当たれ」


 中佐が前に出て、片手の肘から先を上げ後続へ手信号。


「縦隊、前へ」


 乙女たちは縦に並び、薄暗い通路の奥へと歩き出した。





□scene:03 - 王弟の城:地下:通路



 今はヒトの気配が無くとも、備えに怠りは無かった。

 ただ侵入者を排除するための罠や、独立して巡回する無人警戒機も。


 角では鏡を使い、小部屋には小型の無人偵察機を先行させ先へ。

 行く手を無人警戒機が阻めば、反応する前に中尉とその部下が瞬殺。

 罠は新しく最高難度の高級品揃いだったが、技術大尉の敵ではなかった。


 いにしえの地図は複雑、だが遙か昔に天井が崩れ階段が落ちた行き止まりばかり。

 寧ろより密になっていく警戒装置や無人機の徘徊が、最奥部への道標みちしるべ

 高度で強力な罠を無力化できる実力ちからがあれば、一本道いっぽんみちと言える。


 何度か昇降機で降下、階段を下りようやく辿り着いた最奥と思しき区画は二つ。

 ひとつはただの石壁に見えて、その実強固な仕掛けが施された隠し扉。

 もうひとつは、そのさらに奥にあるとされるかつての地下牢。


 前者は古い地図に無く、しかし最新いまには見えない仕掛け。

 中尉がつまずき蹴った壁が砕け、強固な装甲板に護られた区画が露呈。

 小柄な体格らしからぬ筋力を有していなければ、素通りしていたはず。

 中佐に絞められた中尉はさておき、一行いっこうにとっては幸運とも言える事故。


 前時代的な構造だが、寧ろ鋼が複雑に組まれた仕掛けは物理的にも強固。

 准将は仕掛けの解除を技術大尉に命じ、護衛数名を残して奥へと進む。





□scene:04 - 王弟の城:地下:牢



 そこは檻で区切られた小部屋が並び、地下牢の見本となるような構造つくり

 駆け寄った乙女から報告を受けた中佐が、准将に寄りつぶやく。


「生きているのは、ここ数年から数十年のうちに設置されたらしき罠と警戒装置のみ。鍵も檻も石壁すら朽ちています。いくつか修復し牢として使えた形跡はありますが、それも無理があり放棄した……と、見る者もいるでしょう」


 各所で乙女たちが、隠された罠に塗料を吹き付け印を付けていく。

 侵入者を閉じ込め潰す仕掛けだったが、強者つわものが揃う娘子軍の敵では無かった。


 准将が中佐に答える。


「厳重に囚われていた誰かは既にいない小細工……訪れた者にが目的地と思わせ帰って欲しいなら、真に隠したいのはやはりか」


 中佐が耳に装着した通信機に話しかける。


「どうか?」


 通信機の向こうは、隠し扉に残った技術大尉。


『単純な構造つくりで警戒装置は何て事ないんですが、どの部品も大きく重いのに軽減する仕組みが見当たらなくて、でも手動なんです。まるで巨人が造ったような? 中尉が装備を使えば開けられると思いますが、中で何が待ってるかわからないのに消耗していいのかな? ……っと言う事で、迅速な進行には扉の破壊を提案しまぁす』


 頬を寄せ手聞いていた准将が、首を小さく横に振る。


「扉の破壊は許可できない。内部への影響極めて小なりとせよ」

『了解でぇす』


 通信機から指を離した中佐に、准将がささやく。


「〝ヒトの気配〟が無い以上、ここでの目的は調査だ。時間はかけられないが、まだ見ぬ何かを損なう愚は避けたい」

「そこに真に隠しておきたい〝何か〟があるなら、真なる罠が待ち構えている怖れもありますが」

「これまでの仕掛けも巧妙ではあったが、あの区画は格別。運良く見つけれなければ私でも気付かなかっただろう。した者も、自負しているかもしれん。誘って殲滅するつもりであっても、退けない我々は受けるしかないがな」


 中尉の失態を〝幸運〟とする評に目尻をひくつかせつつつも、うなずく中佐。


 姿を消した王妃を探して手を尽くし、最後にただひとつ残った望みがここ王弟の城。

 しかし疑念を抱くだけで不敬、武装して忍び込んだと知れたら死をたまわって当然。

 そして現状いま、彼女らを見る目は厳しく姿を消した今宵を探る者もいるだろう。

 そう聞かされた上で〝ここ〟にいる乙女たちに、迷いは無い。


 中佐が准将に寄りささやく。


「これまでは今宵こよいのため。如何な状況であろうと、鍛え上げた我が子らが臆するには足りぬでしょう。仮に騒ぐ者いれば、良い訓練の機会にしてやります」


 准将は不敵に微笑みうなずいた。





□scene:05 - 王弟の城:地下:隠し扉の前



 隠し扉の前に到着した中佐が声をかける。


「どうか?」


 技術大尉が振り向かずに明るい声で答える。


「もうちょっとですぅ」


 仮定と事実を混同しない彼女がそう言うのなら、本当に〝もうちょっと〟。

 中佐が乙女たち向け右手を伸ばす。


「総員防御態勢。中尉!」


 中尉が右手で左腕の裏にある操作盤を叩くと、全身から微かな駆動音。

 筋力を数倍し、それに耐えられるよう関節や骨格を補う強化外骨格が起動。


「二人、技術大尉の後背で備えよ」


 背に畳んでいた盾を取り展開した乙女が二人、技術大尉のすぐ後ろで膝を着く。

 他は物陰に隠れ、隠し扉の前は技術大尉と盾を構える中尉たちのみ。


 中尉に敬礼で返した中佐も、物陰に身を潜めた。

 准将から離れて待機するのは、万一まんいちの場合に指揮系統を維持するため。


 聞こえるのは、技術大尉が携帯端末を叩く小さく固い音だけ。

 乙女たちの来場で舞い上がっていた埃が、ゆっくりと落ちていく様が見える。


 やがて鉄と鉄が弾き合う重い音。

 技術大尉が、携帯端末を見つめたまま意気込む。


「いっくよぉ」


 扉に掘られた文様に手を添えた中尉が、勇ましく返す。


「いつでも!」


 技術大尉が携帯端末を叩いた瞬間、中尉の足下が砕ける。


「うおりゃあぁ!!」


 と同時に、中尉の部下たちが技術大尉を盾の内へ彼女を引き摺り込んだ。


 やがて扉から粉塵が舞い、文様が回り、埋まり、飛び出し、様相を変えていく。

 いくつにも分かたれ周囲に吸い込まれ、見えた隙間にもう一枚いちまい、さらに……

 そこには分かたれ方と収まり方の異なる〝扉〟が何枚も重なっていた。


 幾重もの重く複雑な仕掛けを、中尉が顔を真っ赤に染め無理矢理こじ開ける。

 不意に響く一際ひときわ大きく重い金属音、そして現れる四角い闇。


 蹌踉よろけつつ、腰を退きながら立ち上がった技術大尉が声を震わせる。


「扉に罠のたぐいは確認できません……が、何なの? この感じ……」


 開いた隠し扉の前に立ち上がり、その奥に向く中尉が身をすくませる。


だ……」


 中佐が周囲を警戒しつつ、らしくない中尉に檄を飛ばす。


「個人的感情による推測はつつしめ。事実だけを報告せよ」


 あらゆる意味で怖いもの知らずの中尉が、怯えている。


「しょ、小官はこれを正確にご報告する言葉を知りません……何かなんです」


 開かれた中は、手前こそ灯りが無いが奥は思いの外暗くなかった。

 ここまでと同じ申し訳程度の誘導灯に加え、天井の照明も点いている。


 覆いは埃にまみれ、そもそもの光源も古いためか光量に乏しく明るくはない。

 だが乙女たちが、各自の灯りを消す程度には照らしている。


 中佐が中尉に寄り添い、震える肩に手を置いた。


「どうした? 何が〝嫌〟なんだ?」

「〝何が〟って……わかんない……わかんないけど嫌……」


 軍人らしからぬ態度をいましめるべく前に出ようとした中佐に、准将が寄る。


「私も感じる。この奥はおかしい」

「まさか……我らの侵入は既に知られ、何者かが待ち構えていると?」


 そこまで言って、その程度では無いと理解わかり総毛立つ。


 そのが伝わったのは、寝食を共にする中佐のみ。

 准将の唇は微かに青ざめ震え、瞳は乾き、全ての体毛が逆立つ。


「いや……生けるものの〝気配〟はない。だがこの身が知らぬ、構えずにはいられぬ〝何か〟があるのは確か。私の血が騒いでいる」

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