2024/04/12(金)_スモール・スライム
アキニレは設計書を作成中。普通に忙しそうだ。今日だけでも何度か上司と打合せを行っている。設計書作成を作る過程で、魔法陣アップグレードの方向性を相談しているようだ。私たちは自習。何だか申し訳ない気持ちになるが、新人ってこんなものだろうか。
まあ、こんなものだろう。(そう思いたい!!)
設計書については今度アキニレに時間があるタイミングで説明してもらうことになっている。私とアセロラは自習タイム。参考書を元に魔法について学ぶ。「取り敢えず簡単なところから」と思い、自分の属性である土属性魔法のページをサラサラとめくっていた。
私の魔力は土属性が主である。他属性の魔法も使えるが、連発出来ない。それに土属性魔法の精度が最も高い。なお我が国トランでは土属性が国民の四割を占める。「土」は圧倒的モブ属性なのである。
ちなみに戦闘面において、土属性は大器晩成の属性とも呼ばれている。極めれば全属性の中で最も強く「生死すら司る」とされる。ただし極めるには途方もない時間がかかる。さらに上級者になるまで、他の属性より劣る点が多い…。そもそも殆どの魔法使いが極める領域に至らない。だから大器晩成って呼び方は気に入らない。慰めムードを感じるから嫌である。
今日はこのまま定時を迎えた。帰り支度として、魔導書に勤怠を入力していると、アキニレから声をかけられた。
「そういえばワークツリーは月曜朝に社員全員で朝会をやってるんだよ。今週は花粉で潰れちゃったけど…」
「あ、そういえば掲示板にも書いてありましたね」とアセロラ。
「で、来週から新人にも参加してもらうね。あと来週は自己紹介してもらうからヨロシク!」
自己紹介?
入社式でしたじゃん!
社員向けの自己紹介だとは思うが…。
はあ、また見ず知らずの人間に自己開示を行うのか…。
私はモヤモヤを抱えたまま、アセロラと会社を後にした。
会社からの帰り道。スライムが現れた。
一番シンプルな水属性のスライムだ。
アセロラがビックリして飛び退いた。
イントでは初めて見た。直径が六十センチ、高さは四十センチ程。正式な名前はスモール・スライムだ。数が多く、比較的無害なスライムである。しかし進化してミディアム・スライム、ラージ・スライムになると危険度が跳ね上がる。ラージ・スライムは象に匹敵する重さで、ウサギの様によく跳ねる。今は無害でも、コイツは倒すべきだ。何よりスライムは美味い。
「え、闘うの??」
アセロラが驚いた声を上げる。
「私の故郷じゃ小さなスライムは珍しくないよ」
体勢を低く構える。スライムの狩り方はお婆ちゃんから仕込まれていた。
主なポイントは二つ。
まずは体制を低くする事。スライムの主な攻撃方法は体当たりだ。ドッシリと構える事が大事。盾になる物があるとなお良い。
次に核を壊す事。スライムはゼリー状の体の内側に固くて丸い核を宿す。これを壊す事がスライムの致命症だ。しかし核はゼリー状の体に守られている。初心者が闇雲に攻撃しても無駄だ。ゼリーに受け流され当たらない。攻略するには正確に核を攻撃するか、スライムが受け流せない圧倒的な攻撃力が必要。
大抵の冒険者は後者(高い攻撃力)でスライムを倒す。が、私が取るのは勿論前者(正確性)だ。私は体勢を維持したままジリジリとスライムを追い詰める。
歩道脇の石垣が目に入った。
そこまで焦らずに誘導。壁に追い詰めたら、身体で覆う様にスライムの動きを封じる。抵抗されても、決して緩めてはいけない。釣り上げた後の魚のようにビチビチと暴れるスライム。次にゼリー状の体内に腕を埋め、右手と壁でスライムの核を固定する。ここが一番難しい。滑らないコツは焦らず、身体をゆっくりと動かす事だ。
そして魔法を詠唱する。
【フレーク・ツール_石をナイフにする魔法】
私は空いた右腕にナイフを持ち、静かに核に押し当てた。プツリと核が壊れる音がした。地味な戦法だが、これもお婆ちゃんの教えである。戦う時は出来る限り魔力を無駄にしない。そして使い慣れた魔法しか使わない。
ざっとここまで一分程度だろうか。久しぶりで少し訛っていたかもしれない。立ち上がるとアセロラが駆け寄って来た。
「大丈夫?? 服とかビショビショだけど」
「うん、怪我はない。これくらいは慣れたもんだよ」
「そ、そうなんだ。リンって実は強いんだね…」
「そうかなあ」
私にはコミュ力があって、頭の良いアセロラの方がよっぽど強者だと思うけど。
「それにほら、スライムも取れたし。せっかくだから今日は炒め物にしようか」
「食べるの??」
食べないの?
アセロラが大きくたじろいだ。
「食べないの??」
「食べないよ!!!!!」
ウチの地元では食べるぞ。卵と筍、豚バラ肉、お婆ちゃん自家製の漬物をスライムと炒めると絶品なのだ。この炒め物は我が家では五本の指に入る人気メニューだった。私のスライム狩りがスムーズな理由の一つである。
「無理無理無理無理! スライムは食べられない!!!」
アセロラが露骨に私と距離を置いた。スライムというより、私に対してドン引きしている。あの天真爛漫なアセロラが!
な、なんか傷つく…!
これがローカルギャップというものか。走り出すアセロラ。私も五キロのスライムを抱え、追いかけた。やはりアセロラは足が遅い。「ヒイヒイ」言って逃げるアセロラは新鮮だった。意外と弱点が多いやつである。というか慌てふためく彼女を見ていたら「これはこれでアリかも」とも思った。何かこう「グッ」とくるものがあった。
結局スライムは一人で食べた。(アセロラは部屋に籠城したので諦めた)だが残念な事に、実家で食べる方が美味しかった…。スライムは食感を楽しむ食材だ。味はお婆ちゃんの漬物がないと成立しない。味がしない椎茸みたいだった。
盲点である。
今度送ってもらおうかな。いつかアセロラにもこの良さを分かってほしいものだ。
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