2024/05/10(金)_プレゼン
本日も魔法陣の選定課題。雨季の討伐会〝トライ・ブルー〟で各団体に貸出す魔法陣を選ぶのだ。ついに発表当日。私は普通に緊張する。スライム退治は緊張しないのに、人前での発表は肩がガチガチに力む。これは経験のせいだろうか。
参加者は私たち五人。発表を聞くのは教育係の二人(アキニレ、ミラー)と上長、それから幹部っぽい先輩三人だった。本当はアキニレ、ミラー、上長の三人だけだった。が、「暇だから来ちゃった♪」なんて言ってオッサンが三人増えた。こちらは緊張しているのだ。普通に増えないでほしい。
アセロラ、スワロー、アンプと発表が続く。前三人の発表は殆ど覚えてない。自分の発表を脳内で無限にシミュレーションしていた。ああ、ついに私の番である。
「これから発表うぉ、を始めたいと思いますっ」
開幕から噛んだ。
だが案ずるな、これは私の作戦である。
学生時代に編み出した秘技〝開幕噛み〟だ。派手に噛んだ事で周囲がフフッと柔らかい雰囲気に包まれる。更に私が緊張している事を全員にアピール! 可能な限りハードルを下げ、プレッシャーを半減するという私の必殺技である。
アキニレや上長たちの「頑張れ!」という視線を確かに感じ取った。アウェーだった会場が微かにホームの雰囲気に変わる。この度の〝開幕噛み〟は成功である。私はそのままの流れで発表を続けていく。
「今回の課題に対して私は…」
がしかしミラーだけは私が?んだ後、腕組みを始めた。
え、それどゆこと?
まさかミラーは普通に「ちっ、コイツ噛みやがった」って思ってる? い、いやいや気にすんな、今はミラーの事は考えるな。とにかく発表の事だけを…発表の事だけを…
いかん、次のセリフが飛んだ。
あああああああああああああ。
余計な事を考えていたせいで、ガチガチに作り込んできた原稿が頭からすっ飛んだ。何が〝開幕噛み〟だよ、バカあ! 脳内でちょっとでもドヤッていた自分が許せないっ! もう覚えてきたセリフを思い出すのは無理だ。
約三秒の沈黙。私は小さく振り返った。
「こ、ここからは資料に沿った形で発表を続けてまいります」
とにかく準備した資料を声に出して読んだ。最早それしか手は残っていなかった。否、これだって立派な発表ではある。それでも一分間が数時間のように感じた。ラストスパートを振り絞るランナーのように、私は気力を振り絞って発表をやり遂げた。よくやったリン、私は頑張ったのだ。情緒があっちこっちに揺れまくったが、何とか私の発表は幕を閉じた。
その後のランチュウの発表で私は愕然とした。奴も私と同じで肉体強化の魔法を前面に押し出していた。私より洗練された説明と一緒に。「こんなアイデアを思い浮かぶのは私だけかも!?」とはしゃいでいた自分が恥ずかしい。スーッと心が冷えていくのを感じる。今の方が良い発表が出来そうなくらいだった。
全員の発表が終了。
「今日のプレゼンを考慮して、来週中に僕らが貸し出す魔法陣を検討するよ」とアキニレ。
ランチュウの発表が立派だった以上、私の表彰はないだろうなあ。そんな事を考えていたらミラーが私に近づいてきた。何だ、セリフが飛んだことを怒られるのか? それとも開幕に噛んだ事が意図的だとバレたか? 警戒心をむき出しにしていたらミラーが口を開いた。
「いい経験になったな」
「え、あ、はいっ」
まさかのお言葉!
「初めてにしてはちゃんと出来ていた。後は経験を積んでいきなさい」
「あ、ありがとうございます」
しかも褒められた。な、何だ? 何が狙いだ? だが悪い気はしない、全然しない。もしやミラーって案外悪い人じゃないのかもしれない。
「だが、余裕がなかったのはいただけないな」
「へ?」
思わぬ角度からの指摘である。ミラーは怒ってるというより、むしろ若干ニヤついていた。
「君は表情がコロコロ変わって、分かりやすすぎる。最初滑り出しが上手く行ってニヤニヤしたり、途中でセリフを忘れてオロオロしたり、その後ちょっと落ち込んでいるのが手に取るように分かったぞ」
「ぬぇあ!」
耳が熱くなって変な声が出た。私はそこまで分かりやすい女だっただろうか。っていうか〝開幕噛み〟が成功してドヤっていたのが顔に出ていたのか。ヤバい、頬まで赤くなってそう。
「まあ初めての発表だ。可愛らしいとは思ったがな」
ミラーのフォローが全然入ってこない。振り向くとアセロラもニヤニヤしていた。私は自分がスライムのようにグニャグニャに溶けていくのを感じた。ミラーとアセロラが「フフフ、ハハハ」とほほ笑む声が聞こえている。
にゃあああああああああああああ…。
最初に意図的に噛んだ事がバレなかったのがせめてもの救いか。それがバレたらもう立ち直れない。余裕だ、余裕のあるレディーになりたいでやんす。
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