2024/04/10(水)_議事録

 午前十一時。私とアセロラ、アキニレは農家にいた。 ワークツリーは繁華街から外れたところにある。が、さらにそこから丘を超え二キロほど歩いたところだ。地元ほど広大ではないが、なかなかの規模の畑だ。深呼吸すると清々しい気分になれた。

 一方のアセロラは顔色が優れない。

「 私、虫とか本当にダメなんだけど… 」

 良い事を聞いた。

 探そう、沢山の虫を。葉っぱの裏を確認していたらアキニレに嗜められた。どうやらアキニレも虫は得意ではないようだ。これだから都会っ子は。

 今日はここで打ち合わせらしい。私とアセロラは議事録係である。アキニレは歩きながら業務の概要を説明してくれた。

「今回の依頼は魔法陣の〝改修〟業務」

「改修ですか?」

「ああ、以前販売した魔法陣を、お客さんの要望に合わせてアップデートするんだ」

 なるほど、ただ新しい魔法陣を作るだけでなく、そういうのもあるのか。

「ちなみに今回はどんな魔法なんですか?」

 アセロラが質問した。

「今回はねえ、【ミクミーヌァ_肥料を土と均等に混ぜる魔法】さ」

「ひ、肥料ですか?」と私。

「なんかマニアック…」とアセロラ。

「そんなことないさ、農家の方の負担を軽くする良い魔法だよ。今日はこの魔法の使い心地や、課題点をヒアリングするのが目的さ」

 私はいつもより心に余裕があった。だって今日は議事録係である。魔法陣作成と比べたら、ずっと簡単そうだ。書くだけだもの、楽勝っすよ♪

 そう思っていた過去の自分をぶん殴りたい。

 

 目的地に着くと、お客さんの自宅に通された。石造りで赤い屋根の家はイントの定番みたい。お客さんは四十代くらいの男性で、奥さんと農業を営んでいるらしい。「最近腰痛が…」と嘆いていた。客間に通されて、お客さんとアキニレの打合せが始まる。二人は既に何度も会った事があるそうで、打合せは和やかなムードで進んでいく。アキニレが既存の魔法陣について質問をして、依頼者がそれに回答する形だ。私とアセロラもペンとメモ帳を用意した。

 

 和やか、故に会話がドンドン進む!

 

 議事録を取ろうとすると、人の会話ってこんなに早いのか。書くスピードが追いつかない。書く事に夢中になっていると、内容を理解する暇がない。頭に飛び込んでくる音をドンドン追記していかないと間に合わなくなる。

 極めつけは専門用語のカーニバルだ。「CEC」とか「キレート」「カリンサンセッカイ」みたいな謎用語がポンポンと飛び交う。とにかくメモして後で意味を確認しようと思った。だが、名詞なのか動詞なのかも分からん。客先の用語なのか、うちの会社(魔法陣業界)の専門用語なのかも分からん。

 

 もっとゆっくり話しなさいよ!

 一個一個のやり取りを全部復唱した上で、今の半分のスピードでしゃべってほしい。

 

 時間だけが過ぎていく。私の脳内には広大な宇宙がどこまでも広がっていく。そしてそれを呆然と眺める事しかできなかった。完全に会話から取り残された。

 

 これが、議事録…。

 

 打合せが終わる頃、私のメモ上には鳥の巣みたいなグチャグチャな何かが出来上がった。あと議事録を取り終わってから気が付いたが、各発言をどっち(アキニレかお客さん)がしたのかも分からなくなっていた。

 積んだお。

 横を見るとアセロラも目をグルグルと回していた。

 打合せの後「いい経験じゃないの」と笑ってくれるアキニレは聖人のように見えた。ちなみに打合せの内容は殆どアキニレが覚えていた。次はもっと頑張ろう。社会の洗礼を受けた一日だった。

 お昼ご飯はお客さんが採れたての野菜でサンドイッチを作ってくれた。トマトの皮がパリッとハリがあって美味しかった。イントの野菜も舐められないな。あと謎に卵のサンドイッチが美味しかった。

 

 


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