新卒の魔法使い(私)が、魔法陣制作会社に勤めるだけの日記

@jun_katsuyama

2024/03/31(日)

プロローグ

 私は今日から新社会人だ。

 二十二年間生きてきた故郷を離れ、魔法の都イントで生活する事となる。魔法陣の設計、開発に携わる訳だが、今は期待よりも不安のほうが強い…。

 故郷を出る時、お婆ちゃんから「毎日日記を付けるように」と言われた。

「一人暮らしは大変だ。時に周囲の全てが敵に見えてしまう事もある。そんな時、積み上げたものがお前の味方になる」だそうだ。

 そうか、暫くお婆ちゃんには会えないのだ。お婆ちゃんはいつも私の味方だった。だから私は日記をつける。いつの日か、それが私の支えになるかもしれん。一日一文字でもいいから続けば、いいなあ。



3月31日

 明日は入社式だ。

 私は自分の部屋(社員寮)で荷物を整理していた。持ってきた服を畳んでは棚に収納していく。実家にある衣服のうち、出来る限りフォーマルで、清楚なものを選んだはず。三日前、汽車で丸二日かけてイントの街に到着したのだ。まだやるべき事は山ほどある。肩が凝ったので、軽く伸びをした。私の部屋は五畳程度の広さ。十分である。小躍りだって出来る。一人暮らしは不安だったけど、プライベートな空間があるのはいいな。ベッドと棚は一つずつ。服をしまうと棚の半分が埋まってしまった。


 夜は露店でホットドッグを購入した。暫くは学生時代の貯金でしのぐ。だがホットドッグ一つで八百レムもするとは…都会は怖いところだぜ。古郷では四百レムあれば、十分な定食を食べる事が出来た。

 石造り、赤い瓦の建物がずっと先まで続いている。魔法国家トランの中でもイントは栄えている都市だ。魔物の発生率も田舎と比べたらずっと低いらしい…。

 夜でも活気のある?華街。小洒落た雰囲気を漂わせてやがるバル。駅からイント城までの通りはずっと活気があるようだ。目に入る全てが新鮮だった。ホットドッグを齧りながら、ぶらぶらと駅周辺の通りを散策する。

「都会に行ったら、お洒落なバーにでも入ってみちゃおうかしら!」

 なんて思ってた時期が私にもありました。けれど、どの店もお洒落すぎる。ステンドグラスのドアや、子気味いい店内BGM、お客さんまでお洒落に見えた。ていうか、やっぱ私の服って田舎臭いっていうか、子供っぽいっていうか。


 なんか疲れた。

 寮に戻ってベッドに横になる。ぼーっとしてる。明日から働くのだ。私は魔法陣の設計、開発を行う会社に就職した。会社名は〝ワークツリー〟。こんな田舎者を拾ってくれたのだ。大変有難い話だ。

 ただ、第一志望の仕事ではなかった。私は魔法陣の外観をデザインする仕事に就きたかった…。でもそれは無理なんだ。就活で都会に来て、レベルの差を思い知った。デザイナーは狭い門だ。一方で魔法陣の設計、開発は人手不足らしい。デザイナーと比較すると、求人の数に十倍近い差がある。

 何だかネガティブな気持ちが込みあげてきた。入社式を前にした緊張だろうか。故郷の歌を口ずさんだ。お婆ちゃんが台所で歌っていた歌だ。

 

 コンコン…。

 

 突然ドアを叩く音がした。私はベッドから跳ね上がる。まさか歌が隣人に聴こえていたのだろうか?いつの間にか、実家の感覚で声を出していた。

 いかん、ここは都会なのだ。

 恐る恐るドアを開く。

 ドアの前には私と同じくらいの女の子が立っていた。私より背は低い。外にはねた栗色の髪、太ももを露出したショートパンツ…活発な印象を受ける。私はぼそぼそと口を開く。人と話すのは久しぶりだった。

「ごめんなさい…うるさかった、ですよね?」

「それはいいの!」

 彼女は私の前で手をブンブンと振る。

「ただ可愛い声が聴こえてきたから、もしかして同期の子かもって」

 同期…?

「あ、私は明日からワークツリーに入る新人で…」

「やっぱり、私も明日から!」

「あ、はい…!」

 私の目を見て、ニッコリ笑う彼女。

 

 うわ、陽の者でやんす。

 

 勿論本人には「陽の者で〝やんす〟」なんて言えない。いや、ここで振り切らないから私は根暗なのだろうか。だが簡単にはっちゃけられれば苦労はしない、でやんす。

「私はアセロラ、これからよろしくね!」

「ど、どうも…あ、私はリンっていいます」

 今のところ彼女の都会慣れした雰囲気と、ガッツリ露出した太ももが恐怖でしかない。

「明日、会社まで一緒に行こうよ」

 私はとにかく、とりあえず首を縦に振った。


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