2024/04/13(土)_冒険者ギルド

 今日は冒険者ギルドを訪ねた。無論、冒険者になる訳ではない。(ワークツリーは副業禁止ではないが)お婆ちゃんから「イントに着いたら冒険者ギルドを訪ねるように」と言われていた。

 スイングドアを開けると、数名の冒険者がこちらを向く。ムキムキが多い。場違い感である。冒険者ギルドはどこもこうだ。田舎でもガラの悪い冒険者は多かった。アセロラを連れてこなくて正解である。誰とも目を合わせるな、私は野ネズミ…。

 私が見に来たのは冒険者の依頼一覧である。黒板くらいのコルクボードに、無数の依頼書がところ狭しと貼り付けてあった。

 

[Cランク_オークの討伐依頼]

[Dランク_群生スライムの討伐依頼]

[Dランク_ゴブリンの討伐依頼]

[Eランク_薬草採取の依頼]


 この他にも色々な依頼がある。冒険者ギルドの依頼リストを見れば、その土地の魔物の動き、薬草の群生地が分かる。これもお婆ちゃんの教えだ。新聞よりこっちの方が頼りになると豪語していた。用意したメモ帳に魔物の出現エリアをメモしていく。スライム、ゴブリン、カラス魔物の顔ぶれは故郷と大きく変わらない。


「おい、そこの嬢ちゃん、見ない顔だな」


 うわ、絡まれた。これだから冒険者ギルドって嫌なのだ。ガラの悪い奴もいるし、それ以上にコミュ力強者が多い。何故なら冒険者ギルドの冒険者たちは皆フリーランスだからだ。営業力の塊なので「見ない顔だな、話しかけてみるか」というイカレた思考回路の奴らが大勢たむろしている。

 私は恐る恐る振り向いた。

 後ろに立っていたのは女の子だった。(ボーイッシュな声!)シルバーアッシュの髪。ロングヘアのウルフカットで頬に髪がかかっている。真っ黒な瞳は気だるげに見えた。背中には大きな大剣を背負っている。

「そこの嬢ちゃん見ない顔だな」


 また言われた。


 ていうか同い年くらいに見えるけど。私がコミュ障を発揮していると、彼女はテーブルの一つを指差した。他のテーブルでは冒険者達が酒を酌み交わしておる。私は「じゃ、じゃあ」と言って席についた。酒って気分じゃないのでジンジャーエールとソーセージを注文する。彼女はカバンから自分の水筒を取り出した。それっていいのだろうか…

「見ない顔だな」

 また言われた。何だこの子は。ぱっと見、おしゃべり上手って感じには見えない。表情筋が死んでいる事からも私と同族っぽい雰囲気を感じるが…。一先ず今度こそ解答を試みる。

「あ、私は冒険者じゃなくて…」

「じゃあ冒険者志望者?」

「いや、そういう訳でもなくて、単に魔物の情報を見に来ただけっていうか」

 銀髪の彼女はマイペースに話す。

「成程、珍しいけど理にかなってる。キミ、良い体幹してるから冒険者かと思った」

「そ、それはどうも…アナタは冒険者?」

「うん、新人…」

「そっか、でも冒険者って大変そうだよね…」

「払いがいいから」

「そ、そうなんだ」

 確かに冒険者は金になる。だがそれは強ければの話だ。前述の通り冒険者という仕事は殆ど皆、フリーランスである。(冒険者ギルドは冒険者に対して仕事を紹介するだけ)実力主義の世界なのだ。

「残念だ、冒険者の仲間ができると思ったのに…」

 そういうことか。確かに女性の冒険者は昔ほどではないが、まだまだ少ないと聞く。少し可哀そうな気持ちになった。それに彼女のぽつり、ぽつりとした話し方、私は嫌いではなかった。

「仲間にはなれないけど、友達にはなれるよ」

「分かった。じゃあ悩みを話してみろ」

 

 何故そうなる?

 

 初めて友達になって、初手お悩み相談する?

 その場合、私はなかなか重い女になってしまうと思うのだが。まあ、いいや。

「あ、私はリンって言います。四月から魔法陣制作会社で働いているんだけど、業務についていけるか不安なんだよね。私はまだ呪文に詳しくなくて…」

 会社の事を話した。彼女はところどころ頷いている。何だろうこの時間は。彼女の求めるものはこれであっているのだろうか。

「成程、なんかまあ会社って大変そうだな」

 凄くふわっとした共感である。え、これで終わり?

「私の名前はポーチ。私は自由がいい。自由は金がいる。だから冒険者だ。」

「な、なるほど」

「だが、キミの悩みを解決する方法なら知っている」

 え、突然なに?


 ズドン。


 彼女は足元、大剣の影から壺を取り出した。スイカくらいの大きさである。


 ん?


「これは学業成就の魔法がかけられた特別な壺だ」


んん?


「一つ十万レムで、譲ろう」


 詐欺である。


 田舎者でも知ってるような、テンプレのやつである。コイツ、仲間が欲しいわけではない。冒険者ギルドをふらつく能天気女をカモろうとしている。これはよろしくない、逃げなければ。そう思ってハッとした。これが計画的なものなら、他に仲間がいるのでは?私はしばらく硬直していた。が、ヒソヒソ声で彼女に訪ねてみた

「今日、一人で来てる?」

 アホみたいな話だ。だが他に方法が思いつかない。

「ああ、一人だ」

 一人らしい…

「本当に?」

「本当だ」

 本当だそうだ。だとしたらキッパリ断ってこの場を後にしよう。それがベストなはずだ。

 

 しかし、それでも私は席を立てなかった。

 

 どうも彼女の事が引っ掛かっている。何とう言うか、あまり悪気があるように見えない。それに嘘をつけるタイプでもなさそう。無論それも含めて演技な可能性はある。さっさと逃げてしまえば済む話だが…素朴な話し方や交流関係の少なそうな雰囲気、どこか彼女は私に似ている様な気がした。それにこんな事を続けていれば、怖い冒険者の恨みを買うかもしれん。

「これ、誰かに頼まれてやってる?」

「違う」

 違うかあ。

「これさ、詐欺だよね」

 彼女は「はて?」といった感じだ。いや、こっちの台詞なのだが。

「お金が欲しい」

 そっかあ、お金が欲しいかあ。

「あのね、嘘をついてお金を稼ぐと捕まっちゃうよ」

「誰に?」

「自警団とか衛兵とか」

「捕まったら自由じゃないな…」

 彼女は残念そうに壺を引っ込めた。そして頬杖をつくと、ぼんやりしたまま口を開いた。

「不思議なものだ」

「え、何が?」

「人は策を巡らせて魔物を狩り、金を稼ぐ。魔物で稼いでもいいのに、人で稼いでは行けないとは」

「それは…」

 私は口をつぐんだ。「それは人が作ったルールだから」と言いかけた。が、私も二十年以上、故郷で自然と過ごした身だ。彼女の考え方は分からなくもない、かもしれない。あまり簡単に否定するのは惜しいと思った。やっぱり彼女はどこか私に似ている。彼女の疑問にぴったりハマる言葉を探していた。すると彼女が先に一言。

「どうだろう。為になったか?」

「へ?」

 意図が読めず、口から声が漏れた。

「為になる問題提議だったか?」

「ま、まあそうかもね。自然も人も同じ扱いの方がいいよね」

 とっさに考えがまとまらずヘラヘラしていると、彼女は満足そうに頷いた。

「そうか、今の授業料は二千レムでいいぞ」

 全然似てないがな。私は速攻で席を後にした。

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