2024/04/10(火)_怪鳥ヘルファーブ
「まだ花粉辛そうだねー」
アセロラはいつも通りヘラヘラしてる。これが花粉症でない者の余裕である。
「デリカシーがない」
「だって、下手に共感されるよりいいでしょ?」
「うーん、どっちもどっち」
花粉症の私とそうでないアセロラ。私達は同じ痛みを持つ事はない。分かりあう事など出来ないのだ。
「おはよー」
花粉の同志、アキニレが現れた。しかし鼻はズルズルといわせているが、昨日ほどのローテンションではない。
「病院で回復魔法をかけて貰ったからね。暫くは緩和されるはずさ」とアキニレ。
え、何で教えてくれなかったの??
裏切りである。人の世は陰謀と敵対で満ち満ちている。そうか、都会には定時後に行っても間に合うような病院があるのか。うちの田舎では夕方になると病院は閉まる。急患以外は受け付けてくれなかった。私はあの禿げたメガネ先生を思い出していた。
アキニレは右手の新聞を机の上に放り投げた。
「ヘルファーブは討伐されたらしい。ただ今年は戦闘時にかなりの量の花粉が散布されたみたいだね。多分今日が花粉のピークだと思うよ」
なんてこった。
ピークってあなた…
アキニレの言う通り、花粉は猛威を振るっていた。昨日延期になったアキニレの打ち合わせが再度延期になった。よって本日も自習也。
痒い、ただただ痒い。
目を真っ赤にしている。午後二時、私の机周りはティッシュの山が出来ていた。それを見かねたアキニレが私に声をかけた。
「もう病院行ってきなさいな」
「え、でもまだ定時まで時間ありますけど…」
「大丈夫、今すぐ頼みたい事もないから」
あ、ありがたい…やはり同士。
「俺はちょっと手が離せないから、アセロラも着いていってあげて」
「はーい!」
私たちは入口のゲートに魔導書をかざすと、颯爽とイントの街に繰り出した。心の中では業務中に会社を離れることに若干の背徳的も感じていたかもしれない。
しかし会社を出てすぐに気がついた。
花粉、本当にヤバい。
私は反射的に走り出した。一刻でも早く、病院へ行かなければならない。数秒前までの背徳感は一瞬で吹き飛んだ。そんな奴はもういない。
「ええっ、ちょっと!」
後方から動揺した声が上がる。私はアセロラを置き去りにして走り続けていた。アセロラは遅かった。いや、私が速すぎるのだ。運動神経はからっきしだ。球技もダンスもどうしても上手く出来ない。人の動きを真似するのが絶望的に下手だ。だが幼少期からのお婆ちゃんの英才教育により、山を走り抜けるのが異常に速い女だった。体力なら下手なアスリートに負けない自信がある。そして目を瞑っていても、風向きや草木の揺れる音があれば十分に走れる。
ありがとう、お婆ちゃん。アナタの教えは花粉の中、目を瞑りながら病院まで走り抜く為にあったのですね。私は完璧に走り抜けた。アセロラなしで病院が見つかるか不安だったが、沢山の人が押しかけていたのですぐに見つかった。
二十分後、診察を待っていると、病院前に脚をプルプルさせたアセロラが到着した。
「速くない?」とアセロラ。
「これだから都会っ子は」
アセロラは驚くでも呆れるでもなく、やや引いていた。これだから都会っ子は。私はやり切った感に満ち満ちていた。
その後やっと私の番が来る。「花粉とおさらば出来るかもしれない」私は期待で鼻の穴を膨らませていた。お爺ちゃん先生は軽く問診を済ませた後【花粉症の症状を緩和する魔法】をかけてくれた。ところがだ…。
「これで明日にはだいぶ効いてくるはずだからね」と先生。
うん…?
ちょっと待て、今この人何て言った?
「え、明日ですか…?」
後頭部に巨大な隕石が直撃したような衝撃が走る。すぐに効かないの?
先生の言葉を聞いた直後、また目がジンジンし始めた。ああ、私の中の花粉が調子づいている。脳内花粉が「愚か者め!」と嘲笑している。
くぅうううううううううううう…!
〝花粉は今日がピーク〟アキニレの言葉が脳内に繰り返し響いていた。花粉症は早め早めの準備が肝心である。来年こそは…気を付けよう。そう思った一日だった。
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