2024/04/03(水)_固定電話機


 今日も引き続きビジネスマナーを学ぶ。今日まで殆ど魔法が出てこない。まあ最初はそういうものだろう。

 固定電話機だってさ。

 私は電話機を始めて見た。個人で所有している人はそう居ない。基本的には企業間でのやり取りに使われるそうだ。固定電話は新人から近い席に設置されている。電話に応答するのも新人の仕事らしい。未知のシステムに私はちょっとワクワクしていた。

これも昨日と同様、七人で練習する。ただし社内の電話を使う訳にもいかないので、今日は電話のマネごとだった。お互いの顔が見えない様にして、電話風のやり取りを行う。少し残念だ。

 電話の相手役はアセロラである。私はメモ用のノートを机に広げた。右手には受話器(の代わりの紙筒)、左手にはメモ用のペン。万全の体制である。

 まずは挨拶して名乗る。

「お電話ありがとうございます、ワークツリーのリンと申します。」

「すみません、魔法陣の事で相談がありまして」とアセロラ。

 困った口調がなかなかリアルだ。流石は陽の者、役に入り切っている。私も負けずに役になり切ろうとする。

「承知しました。簡単に要件をうかがってもよろしいでしょうか」

 出来る限り凛とした声を心掛けた。何故なら私はキャリアウーマンなのだから!

しかし、ここでアキニレが左手を上げた。



一度会話が中断される。

「要件を聞く前に、相手の名前と会社を確認してほしいかな」とアキニレ。

 やべえ、確かに!

 役に入っている場合ではなかった。数秒前の自分をぶん殴りたい…。私は急いで受話器を耳にあて直した。

「えっと、お名前と、あと御社名をうかがってもよろしいでしょうか」

「イント会社(仮想の企業名)のアセロラと申します」

「あ、ありがとうございます。では要件をうかがってもよろしいでしょうか」

 今度こそ要件を訪ねる。

 ところがアキニレが再度左手をあげた


 …?


「止めちゃってゴメンね、相手の名前を聞いたら、復唱して確認した方がいいかなー」

 た、確かに…それは盲点だった。

 確認を取るところから会話を再開する。

「えっと、イント会社のアセロラ様でよろしいでしょうか」

「はい、合っております」とアセロラ。

「ありがとうございます。では要件をうかがってもよろしいでしょうか」

 私はどんだけ〝要件〟が知りたいんだよ。この電話だけで三回も聞いてるよ。

「えっと、○○の魔法陣が今朝から正しく動かなくて」

「承知しました。ただいま担当者におつなぎいたします。少々お待ちください」

 ここまでが一セットである。既になかなか難しい。ここに来て初めて教育係のミラーが口を開いた。この人はちょっと怖い。

「君、メモは取ったのか?」

 私は愕然とした。

 何もメモしていなかった。本来は電話先の相手の氏名や要件をメモすべきところだ。シンプルに電話に手一杯で思考から漏れていた。

 私ってここまでポンコツだったか?

 今日は長い一日だった。認めたくないが、私はなかなか緊張していたようだ。定時を迎えるころには、背中の筋肉が凝り固まっているのを感じた。

 ビジネスマナー、恐るべし。ビジネスマナー研修は今日までである。明日からこれを実践しろと?

 私はジャガイモ一つ抱えて寮の共有キッチンへと降りた。今日はもうパンとジャガイモだけでいい。ジャガイモに火を通してバターを乗っければ、これも自炊である。ちなみに私の部屋にキッチンはない。キッチンやトイレは寮の共有スペースにある。風呂は近場の銭湯だ。

キッチンに入ると、一足先にアセロラがベーコンを加熱していた。

「アセロラ、今日のご飯それだけ…?」

「あれ、リンもジャガイモだけ?」

ジャガイモ女とベーコン女が爆誕。

「これも自炊だよね…」とアセロラ

「勿論、火使ってんじゃん…」

私達は自炊の出来る女子力高めガールズだもの。

結果、女子力ガールズの我々はお互いの食材を分け合った。もう少し自炊も頑張らなくては…

 だがしかし、ジャガイモとベーコンにバターを乗っけたやつは悪魔的に美味しかった。

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