5 映像には


 急いで事務所に戻った私たちを待っていたのは、真剣な顔つきでモニターとにらめっこしている照太くんと七楽ならく課長だった。二人の隣で腕を組んでいる灰狼はいろうさんは、事務所に入って来た私たちを見て手招きをする。


「本当なのか? カメラに刀太とうたが映っていたというのは」

「うん……これ見て」


 私たちはモニターの傍まで寄って、一斉に画面をのぞき込んだ。画面は少し早送りになっていたが、照太くんが一定の時間まで来たところで映像を止める。


「これが今朝、死亡推定時刻付近の映像だよ。遺体が見つかった刀製造ラインには入り口が一つしかなくて、その前に設置されたカメラの映像を拾ったんだ」


 そこにははっきりと、先ほど見た刀太さんの姿そのものが映し出されており、堂々とまっすぐに製造ラインの中に入っていく。


「ラインの中にあるカメラはどうだ?」

「それはオレたちが来る前に消されてたみたい。復元しようとしたけど、完全に消されててちょっと難しそう……」


 確認のため何度も繰り返し再生する。映っているのはどう見ても刀太さんだ。それ以外の人は映っていないし、状況証拠だけでも十分すぎると思った。


「まァ、これでホシは確定だろ。現場に残されてた刀、火鐡かてつからも指紋が出た。これで言い逃れは出来ねえなァ」

「そうだな。帰って来て早々悪いが、急いで東雲刀太しののめとうたの身柄を……」


 七楽課長が椅子から立ち上がると、納戸なんどさんが手で制止する。


「待ってくれ。妙だ。あまりにも流れが綺麗すぎる」


 完全に刀太さんが犯人だという流れを、納戸なんどさんの一言が遮った。


「照太。この映像が改ざんされた痕跡は?」

「確かめたけど、それはないです。映像は本物だよ」

「おかしい。ラインの映像を完全に消去できる能力があるのなら、なぜこちらを消さない。容疑者は中のカメラの位置を把握していた。なのに、ラインの入り口だけ放置するのはおかしい」

「確かにそうですね……」


 納戸なんどさんは映像を何度も繰り返し再生しながら続ける。


「もう一つ気になるのは、なぜ犯人は凶器をその場で捨てたのかという点だ。入る時に持って入ったならば、なぜ出る時に持って出ない。突発的な犯行ではなく、ラインにいる被害者の存在を知っていてここに来たのなら、もう少し計画的に動くだろう」

「気が動転していたんじゃないか? よくあるだろう。カメラの映像も時間がなかったのならそれほどまでに問題ではないだろう」

「それならばなおさら変だ。突発的な犯行ならば、ラインに大量に転がっている刀の中から凶器選ぶ。だが、犯人はあえて名刀火鐡かてつを選んだ。まるで刀太を犯人に仕立て上げたいがための行動のようだ」

「確かに一理あるなァ。でもよ、はっきり映って改ざんされていないこの映像はどう説明する」


 灰狼さんの疑問に、納戸さんは笑みを浮かべて言い返す。


「簡単だ。嘘偽りのない映像をただ見せるだけでいい」

「どういうことだァ」

「……ふーん。なるほどね。唐変木先輩の推理に、アタシは賛成かな」


 遠くの椅子でゲームをしていたリオちゃんは、何かに満足したようにスマホを置いて部屋を出る。


「だからこそ、この映像には何かあるはずだ。トリックをあぶり出す何かが」


 私も納戸さんと一緒に映像を睨むけど、動きがはっきりしていて何も妙な点はない。作務衣姿で、真剣な顔つきで、わき目もふらずにまっすぐに部屋に入って、まっすぐに出ていくのだ。右手・・に刀の鞘を持って――――――。


「……あ」

「貴殿も気づいたか」

「さっき会った時、刀太さんは叩く道具を右手で持っていましたよね」


 納戸さんはこくりと頷き、まっすぐ私を見る。


「そう。刀太は右利きだ。ならば鞘を左手に持ち、右手で刀を抜くはず。なのに鞘を右手に持っている。自分もここに違和感を覚えた」


 納戸さんは照太くんの肩に手を置く。


「照太。すまないが、色々と調べて欲しい。まずは前川と相場あいばの想術系統を。どこまで想術が使えるのか調べて欲しい。それと事件当時の監視カメラの映像をもう一度洗い、不審な点がないか漁ってくれ。特に、式神の動きを重点的に。この映像の刀太がその後、どこへ消えたのか。それを突き止めれば、自ずと犯人に近づけるはずだ」

「わかった!」


 納戸さんは力強く頷いた後、部屋を出ていく。今気づいたけど、いつの間にかつくしくんもいなくなっていた。私はとりあえず納戸さんについて行こう歩き出が、止められてしまう。


「貴殿はここにいてくれ。核心をつかむために、もう一つ調べたいことがある」


 その時、会議室から相場あいばさんが不機嫌そうに顔を出し、その後ろから前川さんも声を上げる。


「いい加減に解放してくれねえか。商談もあるし、一旦家に帰りてえしよ」

「すみませんが、私もそうさせていただきたいです」


 それを聞いた七楽課長は腕を組みながら小さく頷いた。


「わかりました。しかし、容疑が晴れるまでは我々の式神が監視させていただきます。よろしいですね」

「ちっ。犯人は刀太で決まりだろうがよ」


 相場さんは捨て台詞を吐いて、苛立ったまま事務所を出る。前川さんもそれに続く。私は何となく不安に駆られ、近くにいた灰狼さんを見つめてしまった。灰狼さんも内心思うことがあるらしく、事務室を出ようとする二人の前に立ちふさがって止めた。


「待ってくれ。もうすぐ犯人がわかるんだ。あと一時間だけここにいてくれねえか」

「はあ!?」


 相場さんが怒りに任せて灰狼さんの胸倉をつかもうとしたので、私は二人の間に割って入り、無我夢中で頭を下げた。


「す、すいません。犯人がわかりそうなんです。もう少しだけいてくださいませんか?」

「ふざっけんな! いい加減にしろ!」

「お願いします!」


 頭を下げた私の必死さが伝わったのか、二人は渋々会議室に戻ってくれた。


「ちっ。さっさとしろよクソが!」


 私は心底ほっとしたが、同時にあと一時間で真相を暴かなければ二人を返してしまうことになると焦る。


「すまねえな嬢ちゃん」

「いえ。差し出がましいことをしました。すいません」

「まァおれが頼むよりも聞いてくれるだろうしな。ありがとよ」


 灰狼さんは申し訳なさそうに頭をかいた。それにしてもどうやって真犯人をあぶり出せばいいのだろう。私は刀太さんが犯人ではないと信じたい。それには確信に近いような感覚があった。


「私……もう一度刀太さんに会ってきます」


 刀太さんと最初に話した時に感じた寂しさ―――そして刀づくりの話をしている時の温かさがどうしても頭から離れない。


 私は七楽課長の許可ももらって急いで庵へと戻る。敷地内を走り、端へ向かい、木々の間を抜け、小川に沿って走り、たどり着いた先で見たものは――――――。


「えっ」


 楽しそうに笑みを浮かべ、刀を豪快にへし折るつくしくんの姿だった。



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