2 パトロールへ

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 私たちは想術師協会そうじゅつしきょうかいの結界を抜け、車で市内に向かう。〈想術犯罪対策課そうじゅつはんざいたいさくか〉には様々な種類の公用車がいくつもあって、地下にある専用の駐車場に停めてある。

 バンに高級車、オフロード車にタクシーにパトカーみたいな車まで――――――何でこんな種類があるのだろう。

 灰狼はいろうさんはその中でスポーツタイプのオープンカーを選んで乗り込む。助手席につくしくんが座り、私は後ろの席に座る。すると、ギアを豪快に変えながらアクセルを踏み、路上を爆走し始める車に、口から心臓が飛び出そうになった。


「いやァ、今日もいいドライブ日和だなァ!」

「どらいぶどらいぶ~」


 カーオーディオからは、こぶしの効いた演歌が大音量で流れており、サングラスをかけて煙草を吸うスタイルがどう見ても堅気ではない。というか、この部署堅気じゃない人ばっか。怖い。

 私はびくびくしながら、激しく揺れ動く車内で小さくなっていた。


「あ、やべェ。忘れるとこだったぜ。嬢ちゃん! 賦殱御魂ふつみたまのスイッチ入れてくれるか」

「ぇ……」

「ん? 車酔いするタイプだったかァ。そりゃ悪かったぜ」


 灰狼さんは減速もせずに路肩のパーキングスペースに車を走らせ、急ブレーキで停止する。私の頭はがっくんがっくん揺れて、本当に吐きそうだ。


「レーダー起動させねえとな。しゃあねえ。つくし、お前が探せ」

「うん」


 盡くんは賦殱御魂ふつみたまをオーディオの下についていた装置に接続する。


認証judge橙朧人ダウナー探索モードに移行します』


 あの賦殱御魂ふつみたまの声が聞こえた。私が驚く間もなく、車内の様子が変化し始める。オープンカーの周囲が天に伸びるように展開し、すぐに屋根が形成される。すると、真っ暗な車内が神秘的な夜空に変わる。まるで宇宙旅行のように星が瞬き、星たちの周囲に小さな数字が表示される。よく見ると数字の頂点には傀朧深度かいろうしんどと書かれていて、〈1〉や〈2〉といった数字が確認できる。流れ星のように動くものや立ち止まるもの、くっついているものまで存在し私の視界を埋め尽くしていた。

 まるでプラネタリウムに来たみたい―――私の吐き気はいつの間にか消え失せ、宇宙空間に浮かんでいるかのような気分の高鳴りを覚える。


「すごい……」

「うちの車は特別製だからなァ。どの車を選んでも、全国傀朧深度表イマジナリーハザードマップと連動して傀朧深度かいろうしんどの濃い個所を探すことができる。もちろん外からは見えねえよ。いろんな車があんのは、場所によって擬態しやすいようにするためだ」


 盡くんは、表示された大量の星々を指さして、数字を読み上げている。


「もし、〈3〉以上の数字が出たら、そこに急行する。あと橙朧人ダウナー反応が出たら真っ先に行く。まあ多分橙朧人ダウナーが出ることはねえよ。今日はこんな感じでひたすら星を見ながらドライブすっかねェ」


 灰狼さんはニッと笑うと、再び急発進する。車が動くたびに星が一斉に動きはじめ、まるで映画でよく見るワープ空間に突入したみたいだった。美しいが、私たちは宇宙警察ではない。こんな危ない運転をしていれば警察に捕まるのも時間の問題だろう。パトロール中にパトロール中の警察に捕まるなんて笑えない冗談だ。


「も、もうちょっと安全運転で……」

「オラオラァ! ぶっ飛ばしていくぜェ!」

「いえーい。ぼうそうー」

「暴走じゃないよ!! 灰狼さん、盡くんが変なこと覚えてます!」


 私の抗議は宇宙空間に吸い込まれて二人に届くことはなかった。こんな様子で街中を振り回されて、私の精神力が限界突破したころ様子が変わる。


「あ、〈3〉が出たよ」

「お、マジか。どのへんだ?」

「ここからもうちょっと先」

「うっし! 現場に急行だァ!」


 多分、灰狼さんが一番ドライブを楽しんでいると思う。ツッコむ気力もなくなった私は、ただ流されて現場に行きついた。


「かきつばたあおい、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶ」


 吐きそう―――この間から吐きそうになることばかりだ。車から転がり落ちるように下りた私は、近くの電柱にもたれかかった。どこからどう見ても酔っ払いと同じスタイルで、とても情けない気持ちになってしまう。

 盡くんはそんな私を心配そうにちょんちょん突くので、何とか吐き気を堪えて姿勢を正す。


「嬢ちゃん。賦殱御魂ふつみたまを見てみな」


 灰狼さんに言われ、支給してもらったばかりの賦殱御魂ふつみたまを起動させると、画面に車内と同じ数字が表示される。

 今私たちの目の前にあるのは、大きな銀行だった。今日は平日の昼間で、たくさんの人が出入りしている。その奥―――銀行の中からは注意を促す黄色フォントで〈3〉の文字が表示されていた。


全国傀朧深度表イマジナリーハザードマップと同期した賦殱御魂ふつみたまも、個人単位で傀朧深度〈3〉以上の人間を表示してくれる。ここからは徒歩で行くぞ」

「えっと……その人は傀朧が排出されずに、脳に蓄積してて、放置すれば橙朧人ダウナーになる可能性があるってことですよね」

「あァ。補足すると、橙朧人ダウナーが悪意を持って傀朧を使うだろ、それが視界を通じて一般人の脳に入ることで傀朧深度が一気に上がることがある。この間の事件で燈護とうごが殺した男のようになァ。つまり、“イマジナリーハザード”って言葉の語源でそれが、橙朧人ダウナーの最も危険な特性と言える」


 私たちは手分けして銀行の中に入ることになった。私は正面から入ると、窓口の前にたくさんの人が座っていた。なるべく怪しまれないようにカメラを起動させて詳しく調べるが、皆浮かんでいるのは〈1〉の数字ばかりで、対象の人は見当たらない。


『いいか、見つけたらすぐに報告しろよ。くれぐれも早まった真似だけはすんな』

『わかりました』


 灰狼さんの無線の声に応え、銀行から出ていく人の傀朧深度をチェックしていく。


『ねえ。見つけたよ』


 その時、つくしくんからの連絡で私はATMコーナーに急行する。

 全部で六台あるATMの中、一番角にある機械の前で、そわそわと落ち着きのないおじいさんを見つける。白髪で杖を持ち、たれ目で温厚そうな雰囲気だった。その後ろでじっと待っていた盡くんは、私が来るとすぐにおじいさんを指さした。


「あの人見て。〈3〉だよ」

「ほんとだ……」


 冷静に観察してみると、どうやらお金を振り込もうとしているらしい。しかし操作方法がわからず、おどおどと周囲を見渡している。


『灰狼さん。見つけました』

『ATMか』

『はい。お金を振り込もうとしているみたいなんですけど……』


 その時、盡くんがおじいさんに賦殱御魂ふつみたまの背面にあるカメラを向ける。


神断Judgement十二決議Resolution―――』


 画面におじいさんの全身が映し出されると、あの声が聞こえた。


傀紋色位イマジナリーブランドレッド。危険対象です。速やかに保護し、傀朧の除去を行ってください』


 私はドキッとした。オレンジと告げられ、殺されてしまった先日の男性が目に浮かぶ。オレンジではない色を言われて、心底ホッとした。いや、ほっとしている暇はない。一刻も早く傀朧を取り除いてあげないと、橙朧人ダウナーになってしまうかもしれない。


『おい、ちょっと待ってな。おれが行くまで……』


 すると、おじいさんが意を決したようにカバンから封筒を取り出した。


「もしかして……」


 私はピンときた。おじいさんは詐欺の被害にあっているのではないか。挙動不審な点もそれで納得できる。もしそうなら、振り込む前に知らせてあげないと。


「あの! すみません」


 私は気づけばおじいさんの元に向かい、話しかけていた。

 おじいさんは一瞬驚いた後、スーツ姿の私を見て店員だと勘違いしたのか、すがるように私の腕を取る。


「ああ……孫が、友人に騙されて脅されとるって……わしゃどうしたらええんじゃ」

「落ち着いてください。もう大丈夫です。お話、聞きますから」


 私はおじいさんを待合の椅子に誘導すると、一緒に座り、話を聞くことにした。


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