2 現場検証



「お待ちしておりました」


 事務所で私たちを出迎えてくれたのは、メガネをかけた女性だった。ピシッとスーツを着こなし、長髪を丁寧にまとめている。整えられた眉や髪から、生真面目そうな印象を受ける。


想術犯罪対策課そうじゅつはんざいたいさくかです。捜査協力感謝します」

「前川と申します。こちらこそお忙しい中ありがとうございました」


 綺麗な角度でお辞儀をした前川さんに案内され、事務室内の広いスペースに機材を設置する。分析用のノートパソコンに、賦殱御魂ふつみたまと接続するための特殊なケーブルを取り付け、付属機器を設置していく。

 機材の設置は主に照太くんとリオちゃん、力仕事は灰狼はいろうさんに任せ、その間七楽ならく課長と納戸なんどさんと私で、前川さんから話を聞くことになった。今日は日曜日ということもあって、事務室内に人はまばらだった。数人が事務をしていたが、前川さんが合図すると立ち上がる。私は少し気になって前川さんに質問をした。


「あの方たちは大丈夫なんですか?」

「ええ。彼らは自立式人型式神・・・・・・・ですから……人を殺すことは万が一にもあり得ません」

「式、神……? す、すごいですね。あんな精巧なんですか? 人にしか見えないです」


 一見スーツを着た人間にしか見えない式神たちは、私たちに一礼をして部屋から出ていく。私は隣にいた七楽ならく課長に耳打ちをする。


「あの……」

「どうした?」

「式神って、私あんまり見たことがなくって……どういうものなんですか?」

「そうだな。捜査にも式神を使うし、ここできちんと整理しておこう。前川さん、すまないが、ここの仕組みについて詳しくご教授願えますか?」

「わかりました」


 前川さんは事務所の引き出しからマニュアルのような書類束を取り出し、私たちに見せる。


「式神というのは、一言で言えば動く傀具かいぐのことです。形となる簡易概念の元、特定の動きや命令を実行するプログラムを術式という形で書き込み、傀朧カイロウを流すことで形を得て動き出します。その性能係数は、素体物質に簡易概念指数をかけてプログラム術式の動作係数の二乗で求められます」

「う……なんかすごいですね……」

「いえ、それほど難しい話ではありません。単純に機械と同じように考えていただければと思います。機械本体があり、プログラミングがあり、電気を流すことで動作するのと同じです。しかしながら、式神を使う最も大きなメリットは、簡易概念が司る式神本体のカタチ・・・にあります。人型、それも精巧であればあるほど製造コストがかかりますが、特殊な術式の考案により、職人そのものの技術を再現・・できる式神の開発に成功しました。我々は工場の総コストの40%も消費し、この式神を作ることに注力しているほどです」


 前川さんの話から、式神に対するイメージは固まってきた。だが理解するほど、職人の技術そのものを再現する人型の存在は少し怖いと感じる。本人と同じ顔、同じ技術の存在が簡単に作れれば、それを悪用される可能性だってあるだろう。


「すみません。単純な疑問なんですけど、そんな魔法みたいなことができたら、危険なんじゃないですか? 悪用されたりとか」

「おっしゃる通りです。だからこそ、この工場のセキュリティは万全のものとなっています。今日は法政局ほうせいきょくの皆さまをお出迎えするために警備を緩めておりますが、平常時は五重もの障壁結界が侵入を拒み、監視カメラによる徹底した警備、警備用の式神や使い魔なども敷地内に配置しております。それに、式神づくりの技術は完全社外秘で、所長以外はその技術を知らないようになっています」

「……ふむ。ならば、外部からの犯行は不可能、と言いたいわけだな?」

「はい。監視カメラの映像など調べていただければわかりますが、敷地への侵入は不可能です」

「承知した」

「あと、業務は95%がオートメーション……つまり式神たちによる自動運営です。式神たちは業務ごとにロットがあって、それを管理しているのは、管制室という場所です。式神たちは同じ行動を繰り返し行うことがプログラミングされていますし、それを逸脱することはあり得ません。経営層と傀朧技師かいろうぎしはその動きを逐一把握し、一週間に一回は式神たちを処分し、新たに作り変えて運用しているため、誤作動は考えにくいでしょう」


 話を聞けば聞くほど現実離れしていて、正直実感が湧かなかった。科学技術よりも先をいっていて、改めて想術そうじゅつがすごい力なのだと思い知る。


「では、すべての業務を一括管理している管制室にご案内します」


 私たちは階段を上り、管制室に向かった。中に入ると、モニターに式神たちの行動が常に表示されている空間が広がっていた。どこでどのような業務が行われているか、その進捗などもわかるようになっているようだ。これも科学技術と想術が融合したすごいテクノロジーのようだけど、余計に実感が湧かない。


「前川さん。それでは常時勤務されている方の人数は?」

「従業員数は全員で二十五人のシフト制となっています。ほとんどがプログラミングや式神の保守点検を担当する傀朧技師です」

「なるほど。では事件当時この工場内にいた従業員の数は何人でしょう?」

「それは……」

「俺とその女と、所長、それに刀太とうただけだ」


 突如聞こえた男性の声に、一同は振り返る。管制室の入り口に立っていたのは、茶髪の男だった。ネクタイを緩め、スーツを着崩し、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。


「ここはよ、傀朧管理局かいろうかんりきょくが所管する、想術師そうじゅつしが技術の粋を集めて運営している最先端の傀具かいぐ工場だ。本来人間の手を離れて式神たちのみで運用することを目的とした挑戦的な造りだから、あんたらの望むような証拠を見つけんのは苦労すると思うぜ」


 男は私たちの近くにあった椅子にどかっと腰かけ、足を組んでふんぞり返る。


「失礼だが、貴殿は何者だ?」

「俺は相場聡あいばさとし東雲製作所この会社で営業担当をしてる。ここに出入りする従業員の一人ってわけ」


 相場と名乗る男は前川さんを一瞥したのち、管制室のモニターに視線を移す。


「相場さんのおっしゃるとおりです。事件当時……ここにいたのは三名の従業員のみです。所長、所長秘書である私、それに相場さん。それ以外の社員は、お休みを頂いておりましたので」

「おいおい刀太もいるだろ。あの引きこもりが」

「刀太くんは普段、庵に籠って出てきません」

「だから怪しいんだろうが! あいつなら、所長に恨みを持ってんだろうよ。東雲しののめ家の当主の座を無理やり奪い取った所長を殺したくてたまらなかったんじゃねえのか?」


 盛り上がる二人を前に、七楽ならく課長が咳払いする。


「失礼。話を整理したい。つまり事件当時、所長以外に施設内にいたのは三人ということですね」

「……はい」

「ならば早速、どこで何をしていたのかお聞かせ願いたい」


 前川さんはこくりと頷き、相場さんは小さく舌打ちをする。


「私が最初に所長を発見しました。所長は普段、朝早く起きて製造ラインを目視確認されるのが日課でして、おそらく六時ごろ出社し、すぐラインに向かわれたと思います。私も同じくらいの時間に出社して、管制室で確認作業をし、事務所に寄ってから最終的に所長室に行くのですが、今日は所長室に行ってもお戻りでなかったので気になって探しに行ったところ、傀具刀の製造ラインであのようなお姿で……」

「俺は夜通し商談をしてたぜ。最近は海外の取引が増えたからよ。それで夜に商談することが多いんだ。だから事務所の横にある会議室に籠ってた。おっと、証明はできねえよ? だって俺一人しかいなかったからな。でも、トイレ以外部屋からは出てねえ」


 二人ともアリバイはあるようでないような微妙な感じだと思った。あえて言うなら、夜通しここにいたという相場さんが怪しいけど、それは私の主観でしかない。


「なるほど。それで、“刀太さん”という方はどちらに?」

「あいつは工場の端、山の中にある陰気クサい庵に籠ってるよ。行ってみたらいるんじゃねえか」


 その時、賦殱御魂ふつみたまに連絡が入る。応えたのは七楽課長だった。


『設営できました! これで後はここのシステムと連動させるだけだよ』

「助かった。一旦そちらに戻る」


 七楽課長は連絡を切ると、二人に告げる。


「事情はわかりましたが、お二人が事件の重要参考人であることに変わりはありません。一旦容疑が晴れるまでは事務所にいていただきます。よろしいですね?」

「わかりました」

「さっさとしてくれよ。こっちは忙しんだ。次の所長を決めねえといけないし、傀朧管理局かいろうかんりきょくに報告も上げねえと」

「報告の方はこちらから上げさせていただきます。あともう一つだけご協力願いたい」


 七楽課長は納戸なんどさんに目で合図した。納戸さんはこくりと頷くと、ちょっと怖い真顔のまま黒いスマホを二人に向ける。


「なんだそりゃ。写真でも撮んのか?」

「まあそんなところです」

「だ、大丈夫なんですかね……」

「これが一番犯人の特定につながる場合が多い。人を殺せるメンタルの持ち主なら、傀紋色位イマジナリーブランドが変化している場合が多い」


 すると、いつものあの声が私たちの頭の中に響く。


神断Judgement十二決議Resolution―――傀紋色位イマジナリーブランドレッド。対象を保護し、傀朧の浄化を推奨します』


 この音声は賦殱御魂ふつみたまを持っている人にしか聞こえないため、二人には聞こえていない―――はず。いつも不安になる。


「傀朧深度は共に〈3〉だ」

「それって危険な状態なんじゃ……」

「人の死を目の当たりにした状態では、一時的に傀朧深度が深まる場合もある。今すぐに処置が必要なわけではない」

「失礼した。ではお二人とも事務所へお願いします」


 ――――――私はそっと胸を撫でおろした。二人を先に事務所に返した後、納戸さんはてるてる坊主型式神を管制室に召喚する。


「だが、二人ともレッドというのは引っ掛かる。何か隠していることでもあるのかもな」

「もう……ひやひやしましたよ」

傀紋色位イマジナリーブランドを先に測定するのは、捜査の基本だ」

「でも納戸さん、橙朧人ダウナーだったら殺してしまいそうですし……」

橙朧人ダウナーというのは手遅れな状態であって、通常の想術犯罪者はレッドであることもある。それなら自分も殺しはしない」

オレンジなら殺すんですね……」


 私の心配をよそに、二人は捜査を式神に任せ、さっさと管制室を出ていく。私は慌てて後を追う。


燈護とうご、印象はどうだった」

「二人とも、傀紋色位イマジナリーブランドがくすんできているのに、やけに落ち着き払っていたな」

「確かにそれは気になりますね」

「あとは刀太という青年のことだが……知り合いなのか?」

「ああ。旧知の仲だ。あいつは多分引きこもっている。自分に任せてもらえないだろうか」

「わかった」


 私たちが事務所に戻ると、機材のセッティングが終了していた。一際大きなパソコンの前にちょこんと座っていた照太くんは、素早いタイピングで何かを打ち込んでいた。前川さんと相場さんは一旦会議室にいてもらうことになり、事務所には私たちだけが残る。


「システムは掌握できたか?」

「式神の動きを全部把握できるくらいには!」

「なぁに謙遜してんのよ照太。式神ハッキングしようとしてたくせに」

「してないよ! 冗談だってば」

「悪ガキだなァ照太くん」

「照太……悪い」

「モニター壊そうとしたつくしよりはいい子だよ」

「はいはいアンタたちは似た者同士よ」


 盛り上がる四人に対し、ため息で答えた七楽課長は、事務椅子に腰かける。


「これからの捜査方針だが」

「まずは現場だなァ。見落としがあるかもしれねえしよ」

「アタシはパス。ここに残って調査した方が有益だと思うし」

「自分は東雲刀太しののめとうたから話を聞こう。今のところ、最重要参考人だ」

「よし。では私は前川と相場の身辺を漁る。アリバイの立証も試みよう」


 素早く役割分担が決まっていくのに面食らっていると、つくしくんに太ももをつんつんされた。


愛生あおいはどうするの?」

「そうだよね……私ができることって……」


 式神に関してはさっぱりわからないし、賦殱御魂ふつみたまの操作に関しても足を引っ張りそうだ。


燈護とうごと一緒に行こう」


 すぐにそう言われたので、私は咄嗟に頷いた。


「自分は構わない」


 盡くんは納戸さんの後ろにぴったりとついて歩き始めた。私も後を追って建物から出る。


「あ、あの。今から会う方って、納戸さんのお友だちなんですか?」

「友人……ではないが、昔少し縁があったんだ」


 納戸さんは少しだけ悲しそうに俯いた。


「とりあえず彼のいる庵へ向かおう」



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