悪意の工房《instrumental》
1 刀
1
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夏虫の声が周囲に響く、蒸し暑い夜半だった。山際に立つ木々に覆われた木造の小さな庵で、一人鉄を打つ青年がいた。
庵の中は閑散としている。青年のいる作業場は土間になっており、刀を製作するための道具や炉が備わっている。床や壁、屋根などは随分と年季が入っており、ところどころ補修の跡が見られた。
――――――カン、カン、カン。
青年は暗闇の中、真剣なまなざしで鉄に込める
「……」
――――――丁寧に、長い時間をかけて一振りの刀が出来上がる。
青年は、焼き入れが終わり熱のなくなった刀に蝋燭の明かりを照らす。揺らめく炎が美しい刀身に映る。だがこの美しい刀は、青年を仄かに
「……だめだ」
青年は溜息を吐き、額の汗をリストバンドで拭うと、出来上がった刀を木製の台に置く。
――――――納得のいくものではない。
そんな暗い言霊が、青年の心に侵食していく。
青年は、土間から一段高いところにある居住スペースの畳へ腰を下ろす。思えば、この工房を切り盛りしていた父が亡くなってからずいぶん経った。たくさんいた刀匠は次々とここを去り、今は未熟な自分だけだ。誰も訪ねてくることもなく、ただいたずらに納得のいく刀が造れず、時だけが流れる。
――――――青年はふと、居住スペースの壁にかけてあった古びた写真を一瞥する。
尊敬していた父と、仲間たちの中心で幼い自分が刀を持って笑っていた。父は生前、この写真を誇らしげに見ていた。あの頃が一番楽しく、幸せだった。
ここ
その技術は門外不出であり、古来より受け継いできた伝統だった。しかし、
青年は工房の壁に、一際目立つ一本の刀がかけられている場所まで行き、その刀身に優しく触れる。
――――――父の作った、最高傑作の刀。『名刀
父の誇りだった。だが今となってはその思いも、その情熱も、その心も――――――価値のない鉄屑と化してしまった。
職人の技術を、あんな方法で
青年は改めて自分の作った刀を見据える。なぜ自分だけが技術を奪われず、ここで刀を作り続けられるのか。その答えは、自分が職人を名乗ることもできないほど、取るに足りない存在だからだ。
青年の心は悔しさと憎しみでいっぱいだった。そんな人間の作った刀が、誇れるものになるわけもない。これ以上続けても、何も変わらないだろう。
「……もう終わりにしよう」
青年は、自らが作った刀を握りしめ、震える声で呟いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
真夏のように降り注ぐ太陽の光に目がくらむ――――――。
私は遮光カーテンを引き、真上から出るクーラーの風を自分に当たるよう調整する。
私は後ろの方の席に座り、そんな様子を眺めていた。歌を歌ってくれと盡くんに頼まれたのを断ってから、私は蚊帳の外にいる。あと一人、リオちゃんは私のもう一つ後方の席、最後列でヘッドフォンとアイマスクをして外界との接触を断っていた。
ここに来てからもうすぐ一か月ほど経つ。本当に、色々な意味で運命に翻弄され、不思議な職場に来たと強く感じる。
逃げ出したくてたまらなかったこともあったけど、目の前で楽しそうにはしゃいでいるこの
だからこそ、この温かさがあったからこそ、異常な環境の中、一か月間働くことができたのかもしれない。
それに私は
以前、ここに来る前に私が探し求めていた
「……浮かれすぎかな」
ふとつぶやいた私の一言を、近くにいた灰狼さんが聞いて苦笑する。
「すまねえなァ。おれも悪ノリしちまった。捜査に行くんだもんな」
「あ、いえ! そういうことじゃなくて!」
「そうだな。賑やかなのはいいが諸君、そろそろ到着だ。状況を整理しておくぞ」
そんな時、
「今朝未明。
七楽課長はバスの天井に設置された大きなモニターを起動させ、全員に分かりやすいよう資料写真を提示する。
「おいおい東雲製作所って言やァ、この界隈で知らねえモンはいねえ大企業じゃねえか」
「そうだ。近年想術師に支給される汎用的な武器型の傀具のシェア100%を誇る独占企業……式神召喚用の式札の作成にも長けており、日常使用もできる用途別傀具の製作にも力を入れている。また、新たな傀具の研究開発の拠点でもある」
七楽課長は画面を切り替え、遺体の写真を映し出す。
「被害者は
遺体の写真には、製造ラインに圧し掛かる様にうつ伏せに倒れた被害者が映っている。左肩から右のわき腹にかけてざっくりと刃物で切り裂かれた跡があり、とても生々しかった。
「今朝六時ニ十分に第一発見者である所長秘書の
「ふむ。なら
「いいや。検出されていない」
「そりゃァ妙だな。人殺しができる
「ああ。そこも含めて、調査が必要だろう」
七楽課長は次々と画面を切り替え、式神が初動捜査で得た捜査の写真―――主に死体の検分結果を提示していく。
「シンプルかつ大胆な犯行じゃねえかァ。凶器は見つかったのか?」
「凶器は製造ラインの刀型傀具……と言いたいところだが違う」
七楽課長は血まみれの刀の写真を提示する。その刀は美しい銀色をした日本刀で、血が付着しているにもかかわらず、その上からでもわかるほど艶やかに光り輝いていた。
「製造ラインで作られる安物とはわけが違う、刀匠が作った一級品。それが今回の凶器と推定される」
「……名刀
「知っているのか、
「ああ。名刀
「……どうだろうな」
七楽課長はモニターのスイッチを切った。それと同じタイミングでマイクロバスが目的地に到着する。私は遮光カーテンを開け、窓の外に見える東雲製作所の工場を眺める。
「すごい面積……」
巨大な門の先には、広大なプラントがいくつも広がっており、その端がはっきりと見えないほどだった。
「
「へえ」
照太くんがスマホで東雲製作所のホームページを見せてくれる。ホームページはどこにでもあるような仕様で、社訓やら所長の言葉が載っていた。その時、私の頭の横にリオちゃんの顔がずいっと近づいてくる。
「ふーん。所長……って言っても元傀朧管理局のオエライサンが殺されたっていえば、大事にはできないだろうから、秘密裏に解決して、場合によっては犯人を抹殺して消せってことじゃない?
リオちゃんは大きなあくびをしながらバスを降りていく。私と照太くんも、それに続いて下車する。
「さて、まずは捜査本部を設置する。ここのシステムを
「うん! オレに任せて!」
私たちはトランクに積んだ機材を両手に抱え、事務所に移動することになった。
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