3 事情聴取


 燈護とうごたちが庵に向かってすぐ、残ったメンバーで前川と相場あいばから再度事情聴取を行うことになった。七楽ならくは前川を連れて事務所の隣にある小研修室に、リオは相場を連れて大きな会議室に入る。その目的は、動機・・を探ることであり、賦殱御魂ふつみたまを使って聴取の内容を録音することとなった。


小研修室


「所長は、良くも悪くも仕事ができる方でした。人脈、経営スキル、そして想術師協会に対する理解と貢献……どれを取っても非のない方でした」

「ええ。想術師界隈では有名な方でした」

「私も昔、所長に救われて恩がありましたし、それは相場あいばさんも同じだと思います。所長はもう十五年ほど前から東雲しののめ家の持つ技術を後世に残し、産業としてより発展させるために事業を拡大してきました。それが結果として、落ちぶれた東雲家の再興に繋がるわけです。しかしそれは、刀太さんの父、先代当主刀利とうりさんのあずかり知らないところで起きた」


会議室


「当時、そりゃもめにもめたぜ。東雲刀利しののめとうりを慕っていた多くの刀鍛冶を、所長は働けなくして外堀を埋めたんだ。んで、極めつけは式神によるオートメーション化だ。秘伝だった刀鍛冶の技術を奪った挙句、職人の存在を否定されちゃ、たまんねえわな。誰も高級な手作りの刀は買わねえ。競合の流派も次々と廃業して、刀利とうりはあの汚ねえ庵に籠っちまった。当時幼かった刀太も、そりゃあ辛い幼少期を送っただろうさ。恨んでも恨み切れねえだろうよ。その上、所長はわざとあの庵だけは潰さなかった。だから、あそこにしがみついたのさ」

「ふーん。それで、アンタたちは見て見ぬふりをしてたってわけ? 同罪じゃん」

「正確に言えば抗えなかったんだよ。それだけ影響力の強い人だったんだ、所長は」


小研修室


「他に、所長に恨みを持っていそうな人物はいますか?」

「正直……数えきれないと思います」

「相場さんは、どうでしょう?」

「あの人、よく所長の悪口を言っていましたよ。働かされるって、ブラックだって。そのくせ、あの人所長のイエスマンでしたから。フラストレーション溜まっていたんじゃないですか?」

「相場さんは営業担当だとか」

「はい。最近は伝統工芸品として刀を欲しがる海外の方が多かったり……まあ普通に傀具かいぐとして、海外の想術師団体に売りさばけば儲かるんですよ。あまり大きな声では言えませんが」

「密売ですか? 上場もしている貴方たちは、これを表向きにはできないでしょう?」

「……そうなりますね。しかし、想術師協会は私たちの商売を黙認しています。それは、貴方たち法政局ほうせいきょくもご存じのはずでしょう」

「なるほど。だから最初に法政局に通報した、というわけですか。情報漏洩を防ぐために」

「そうです。ここは機密情報が多い。式神を使った技術も、〈情報レベルⅣ〉相当の機密に指定されているんです。決して流出させるわけにはいかない」

「式神を使った技術、それについて詳しくお聞かせ願いたい」

情報統制局・・・・・の許可が必要です。お話できません」

「式神は、どうやって生産しているんでしょう?」

「……」

「それくらいはいいでしょう。人が一人死んでいるんです」

「生産棟が離れにある……そこで。式神にはそれぞれ認証番号があって、作り出した日時と作った人間とその後の行動が管制室に記録される。だから不正は不可能ですよ」


会議室


「さっさと犯人を捕まえてくれよ。じゃなきゃ工場を再開できねえし、取引が止まっちまえば傀具の市場価値が変動する。そうなれば、違法な取引も想術犯罪グループの横行も増えるはずだ。知らねえぞ、俺たちは」

「まるで自分たちが正しい、みたいな言動じゃない。密売って犯罪なのよ?」

「てめえらに言われたくねえよ。噂は聞いてるぜ。人殺し・・・の狼集団だってな。何しろ、想術犯罪者を狩るための想術犯罪者集団ってのは皮肉だよな。俺たちのことを言える立場じゃねえだろ」

「はいはい。それはそーかもね。お話ありがとうございました」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 



 聴取が終わり、事務室に戻って来た七楽とリオは、ため息とともに椅子に座り込んだ。


「その様子を見るに、お前もくだらん話を聞いたようだな」

「ぜーんぶ自分たちを正当化するための話ばっか。あいつら、橙朧人ダウナーだったら抹殺してやったのに」

「それは言いすぎだよリオ姉」


 七楽は一人残って分析作業をしていた照太の傍で、モニターをチェックする。


「どうだった。管制室のハッキングは」

「できなかった……です。〈情報統制局管理〉のロックがかかってて、賦殱御魂ふつみたまでもどうすることもできないみたい」

「やはりな。あれだけ饒舌に自分たちの不正を暴露できるんだ。それなりに証拠を残さない自信があったというわけだ」

「この工場自体がブラックボックスってことでしょ? 殺しを暴く、イコール不正を暴くってことになるから、密売を認めて普通にぺらぺらと喋った。んでついでに所長の悪行を身代わりに差し出した。でもこれじゃ誰が犯人でもおかしくない」


 リオは大きく体を伸ばし、自分のスマホで日課であるソシャゲのログインを試みる。


「うっわ。ここ圏外じゃん。情報漏洩対策も万全ってわけ?」

賦殱御魂ふつみたまがないと、ネットワークに接続もできないんだね」


 七楽は事務所のコーヒーメーカーを使ってコーヒーを淹れる。


「……仕方がない。この工場の実態が分かったところで、あとは燈護とうごたちと灰狼はいろうの調査を待とう」

『おっと、呼んだかァ七楽』


 その時、ちょうど灰狼から通信が入り、上機嫌な声が賦殱御魂ふつみたまから聞こえる。


『凶器から指紋が出たぜ。こりゃ証拠としては十分だ』

「誰の指紋だ?」

『まァデータを送る』


 賦殱御魂ふつみたまに送られてきたのは、東雲刀太しののめとうたの指紋がべったりとついた刀の調査結果だった。


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