4 弔葬師たち
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「……よし、こんなものでいいだろう」
七楽課長は、私の席の後ろにある課長席に座る。デスクの前面に置かれたネームプレートには子どもが書いたような汚い筆で、『想術はんざい対策かちょー
「ん? ああ、これか。肩書はあった方がいいという
私がじっと見ていたせいで、七楽課長は苦笑しながら説明してくれた。
「いえ、その……とてもいいと思います」
「いらぬ気遣いだよこんな汚い字。習字でも習わせるか」
課長に促され、私も自席から椅子を持ってきて課長席の前に座る。なんだか背後の仕切りから視線を感じるけど、気にしないことにする。
「さて、前職は〈総務局〉だったね。〈
「いいえ。全く」
「まあそうだろうな」
「さっき、
「そうか。ざっくりと、刑事のようなことをしている部署だとわかってもらえればいい」
「はい。それはわかりました」
七楽課長は『曲がる死体殺人事件』と背表紙に書かれたチューブファイルを一冊、私に手渡す。
「正直うちは万年人手不足でね。特に、〈
「監督役って……それに、
「ああそうだ。彼らは想術師であって想術師の理から外れた特殊な存在……通称、〈
人を、殺す。七楽課長が言ったことの意味を完全に理解する前に、背筋に寒気が走ったような気がした。
「〈
「〈総務局〉の庶務をやっている部署では、確かに聞かないだろうな。これらの情報は伏せられる傾向にある。臭いものには蓋をするんだ」
「それで、その……逮捕するってことですか? その、
「逮捕するのは、
「抹殺!? 殺すっていうことですか?」
私は思わず椅子から立ち上がってしまった。僅かに震える私の足を見て、七楽課長は何も言わずに頷いた。
「そんな……殺すなんて」
「
それに
課長の言うことをようやく飲み込めてきた。今まで考えてもいなかったが、もし想術師が一般人に危害を加えたらと思うとぞっとする。考えれば、魔法のような力が使える存在を野放しにできる方がおかしいのだ。確かに取り締まる必要性が強くあるのは納得した。でも、それでも――――――。
「……どうしても、殺さなければならないんでしょうか」
「……基本的な我々の業務は説明した。後は現場で見て感じ、考え、君なりに結論を出してくれ。どうしてもこの仕事ができないのならば、記憶消去ののち、元の事務に戻れることを約束しよう」
それを聞いた私は、少し安心した。現状に戸惑いしかないし、すごく緊張しているし、正直逃げ出してしまいたい。警察のように、人の生死に関わることをしなければならないと聞けば、その重圧に耐えられるか不安が募るばかりだ。
「……いきなりこんなことを言われても難しいだろうから、今日は帰るといい。特別に欠勤にはしない。君の家はこれまで通り想術師協会の宿舎だ。ここに住んでいるのは
課長はタバコを灰皿に押し付け、柔和な笑みを見せる。その顔がどこか疲れているような気がして、私は咄嗟に言い返す。
「いえ、大丈夫です。もう少し教えてください。結論を決めるのは、それからでもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
課長はそう言うと、机の上にあった消しゴムを親指と人差し指でつまみ、仕切りに向かって放つ。まるでダーツの矢みたいに飛んで行って、私が振り返った時には、誰かの呻き声と共に、仕切りが倒れていた。
「痛ってぇなァ……おい」
「うう……たもちゃん重いよ~」
「だから言ったのだ。覗きなど無粋の極みだと」
「とか言って、手前も覗いてたじゃねえか
私は仕切りに近づいて、豪快に後ろに倒れた人を見つめる。白い無精ひげに白短髪のおじさんと納戸さんの間に、照太くんのほっぺたがサンドイッチされている。
「ハッ。ばっかじゃないの」
その奥のテーブルで、だるそうにスマホを触っているギャルのような女子高生が、汚いものを見る目でサンドイッチを睨みつけていた。
新しい顔ぶれが二人。私は少し緊張して背筋を正す。
「そりゃよ、気になるじゃねえか。新しい
「発言が変態エロジジイそのものじゃない。キッショ」
「なんでェ。じゃあお前さんはイケメン美男子が
「気になるわけねえだろハゲ!」
「ハゲてねえ!」
「全く……お前たちうるさいぞ」
課長に咎められ、二人は口論を止めた。白髪のおじさんは、鷹のように鋭い相貌をぎらつかせて私を見る。白シャツの上から腹巻を巻き、下駄を履いているのがやけに似合っていた。
二ッと白い歯を見せたおじさんは、私に顔を近づけてくる。
「おれァは
「は、はい……よろしくお願いします」
「ねえ、変態エロジジイは放っておいてさ、さっさとご飯にしてくれない? そのために待ってんだけど」
ギャルのような女の子は、苛立ちを露わにしてこちらを睨みつけている。黄色と青のグラデーションがかかったショートボブに、キリっとした瞳と長いまつげが印象的で、どこかの学校の制服を着ている。
七楽課長はリビングの方へ移動し、食卓に座る。
「先ほど説明した通り、四人は
「ま、そういうこった。血なまぐさいのはおれらに任せておきな」
「お、オレは、裏方だから、捜査にはあんまり行けないんだけど、任せて!」
「
「私、杜若愛生っていいます。よろしくお願いします」
リオ、と呼ばれた女子高校生は、私をじろじろと見た後、鼻で笑う。
「
お皿に盛られたパスタを抱え、そのまま部屋から出て行ってしまった――――――厚い壁を感じる。仲良くできる自信がない。
「あいつはちょっと素直じゃないところがあってな。口も悪いが根は良い子だ。根気強く話してやってくれ」
「課長、ご飯にする?」
「おっ! いいねェ照太。今日の昼飯は……」
「パスタだよ! ナポリタン!」
「かーッ! またかよ」
灰狼さんは不服そうに席につき、照太くんは大きな鍋でゆで上がった麺に、インスタントのパスタソースをかけて、具材を盛りつける。どうやら、料理を作るのは照太くんらしい。
「杜若さん。照太の作ったもので良ければ、いつでも食べるといい。こいつは料理がうまい」
「へへへ……うまいだなんて照れちゃうな~」
照太くんは頭を掻いて嬉しそうに笑う。
お言葉に甘えて席につこうと椅子を引いた時、突然警告音のような音が部屋に響く。
『〈傀朧管理局〉より通知。
「おっと、飯は後だな」
スイッチが入ったように緊張感が増す。警告音を聞いた弔葬師たちは臨戦態勢を整えた。
「よし。想術犯罪対策課出動だ。現場急行は今回、研修を兼ねて私と杜若さん、
「承知した」
「後で時間外申請出しておいてくれ。では、灰狼とリオは待機して指示を待て。照太は情報収集。いいな」
「はーい!」
「ちぇー。おれが先陣切りたかったのによォ」
「それでは各々抜かりのないように」
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