3 悩む照太


 深夜。照太は皆が寝静まる時間まで、リビングの片付けをしていた。浮かない表情のまま、進まない手つきで皿や箸を片付ける。


「……はあ」


 照太はこの時間になるまで、自席でぼんやりと漫画を読んでいた。その漫画は、最近流行りの少年漫画で、霊的な能力を持つ白髪の少年が、過酷な運命に抗いながらも多くの人を守るために戦う内容だ。主人公の少年が格好良く敵を倒すシーンになると、照太の落ち込みが増してしまった。

 自分もこの主人公のように先頭に立って戦えたら。そんな思いが募る。

 照太は今回の事件が発生してからずっと、賦殱御魂ふつみたまを用いてサポート業務を行っていた。このように普段からオフィスで一人、弔葬師ちょうそうしのサポートをすることばかりだ。


「オレだって……現場に出れたら……」


 事件が起こるたびに現場に出ていく弔葬師たちの背中を見ていると、どうしようもなく無力な自分が嫌になった。悪い橙朧人ダウナーと戦い、時に傷つく姿を見ていると、心が張り裂けそうになる。

 照太は想術犯罪対策課に来てから一度も現場に出させてもらえたことがなかった。

 この間の東雲しののめ製作所殺人事件の時のように、オフィスとの連携ができなくなる場合のみ同行を許される。それでも、いつものようなサポート業務しかさせてもらえない。


「オレだって……」


 照太は皿を拭い、適当に片付けてから、トレーニングスペースの電気をつける。

 深呼吸をし、気合を入れると、両手を床について腕立て伏せを開始する。


「いーち! にーい! さーん! しーい! ごーーー……」


 しかし、すぐにバテて床に伏してしまう。


「も、もういっかい……」


 何度もトライする。腹筋もやってみる。

 部屋の片隅に置かれているトレーニング用の式神を起動させ、戦ってみるが、わずか五秒で殴り飛ばされてしまう。


「うう……」


 目に涙が浮かぶ。情けなさで心が押しつぶされそうになっていた。

 自分は現場には出られない。賦殱御魂ふつみたまも、弔葬師たちのように使いこなすことができない。つくしのように使いこなせたら、まだ現場に出られるかもしれないのに。


 照太は次第に、自分の存在価値を疑い始めた。

 自分は役立たずなのではないか。賦殱御魂ふつみたまを使ったサポート業務は、自分でなくとも誰だって行うことができる。


「ぐぬぬぬぬ……オレだって、現場に……」


 また式神を起動させ、また殴り飛ばされる。繰り返すこと五回目。その時、部屋の電気が付いた。


「なぁにやってんの照太」


 振り返ると、風呂上がりでタオルを首に巻いたままのリオがいた。照太は慌てて式神を壁際に押し倒す。


「な、何でもない!」

「ふ~ん。式神、まだ動いてるけど」

「へ?」


 式神の拳が、照太をまた殴り飛ばす。照太の体は軽々と宙を舞い――――――リオに受け止められた。


「うっ……うっ……」

「何泣いてんのよ」

「だって……オレぇ……弱くて……みんなの役に立たなくてぇ……」

「あのね、碌に戦闘訓練してないんだし、当たり前でしょ。それにアンタはガキだし」

「子ども扱いしないでよぉ……」

「虚勢張るなら泣き止んでからにしろっての」


 リオは照太の目元にタオルを当て、涙を拭く。

 嗚咽を漏らして目を擦る照太の頬を、引っ張ったりつまんだりして泣き止ませようとする。


「オレだって、みんなを守れるくらい強くなりたい……」

「そ。ぜんぜんおすすめしないけど」


 リオはケラケラ笑いながら、照太を吹き飛ばした式神と対峙する。首に巻いていたバスタオルを照太の顔に投げつけ、式神の体に触れる。


「強さ設定は〈最凶〉でっと……なら、一つだけ教えといてあげる」

「最凶モード!? 危ないよ!」

「強くなりたいなら諦めんな。血反吐吐くくらい努力したら、強くなれるよ」


 式神はリオの前で拳を構え、腰を低く落とした。


「相手の拳をずっと見ること。絶対に目を反らしたらだめ。これが基本」


 シュッ、と空気を切る素早い連続ジョブがリオを襲うが、すべて軽く捌いていく。


「そして伸び切った場所を狙ってカウンター!」


 深追いをして伸び切った腕を素早くつかみ、体重を利用して投げ飛ばす。


「首を絞める!」


 身体を回し、式神を床に叩きつけ、首をがっしり腕で締め上げる。為すすべなく床に叩きつけられた式神は、一瞬で動きを止めた。


「はい。終わりね」

「す、すげえ……」


 照太はリオのバスタオルを頭に乗せたまま呆気に取られていた。シャンプーのいい匂いに包まれ、思わず鼻をすする。


「ま。こんなもんよ。すぐにできるもんじゃないわ」

「お、オレも!」

「アンタは橙朧人ダウナーじゃない。普通の生活ができるでしょ。それが、アタシたちからすればどれだけ貴重で羨ましいことか。だから課長はアンタを現場に行かせたくないの」

「そんな……そんなの嫌だよ! みんなは命がけで橙朧人ダウナーと戦っているのに、オレだけ守られるなんて……」

「ばぁか! サポートだって、立派な仕事だろ。ばぁか!」

「二回も言わないでよぉ……」


 リオはバスタオルを回収し、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して飲む。


「とにかく! 気にすんなって。わかった?」

「……」

「早く風呂入れ」


 まだ不満げな照太を見て、リオは頭を抱えた。草臥れたように笑うと、リビングを出ていく。


「……ごめん。ありがと、リオ姉」


 照太はぼそっと呟くと微笑し、自分もタオルを持って風呂に向かった。



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