4 事情聴取開始
4
次の日。私はいつもより少しだけ早く起きて出勤した。
今日は、昨日逮捕した
でも、それと引き換えに抜け殻のように脱力し、口も聞かなくなってしまったらしい。
私は浅田が拘留されている
留置所は本局の地下にあり、厳重な結界で入り口が守られているのだが、扉は錆びついており、地下へ降りる階段も電灯が切れているなど、まるで廃墟のようだった。階段を降りた先にあったのは看守室で、壮年の男性がそこにいた。
「すいません……想術犯罪対策課の
「開いてんだろうが」
看守はぶっきらぼうに指を指すと、狸寝入りを決め込む。見ると、扉がすでに開いていた。言い方がきつく、少し気が悪いなと思って、私はさっさと留置所内に入ろうとする。
「おう嬢ちゃん。早え到着だな」
「灰狼さん……!」
私は扉から顔を出した灰狼さんを見て安堵する。
「ここやべえだろ? 滅多に使わねえんだ。だから改修もされねえ。取り壊し間近かもなァ」
「あの看守さん……」
「あのじいさんな。おれが若いころからここにいんだよ。でも仕事がねえから、いつの間にか性格が腐っちまったんだ。気にすんな」
仕事がない、ということは誰もここに勾留されることがないということなのだろうか。
「あの。もしかしてここが使われなくなったのって……」
「ああ。
私は複雑な気持ちになり、閉口した。突如何にも悪くない人が
「ま、でも嬢ちゃんがいるから、これからはよく使うことになるんじゃねえか」
「……そうだといいですね」
そんな話をしているうちに、牢屋を抜けて奥にある取調室が見えてくる。中は刑事ドラマで見たようなマジックミラー構造になっており、別室から取り調べ中の様子が伺えるようになっていた。
私と灰狼さんは別室に入り、内容を傍聴することにする。
簡素な机をはさんで
「昨晩はよく眠れましたか? 目が覚めてから随分大人しくなったようですが」
「……」
「体調が優れないのなら言ってください。休憩をはさみながらお話を聞きたいと思いますので」
「……」
容疑者の浅田は、昨日逃亡していた時とは別人のようで、生気のない顔で俯いている。
「貴方のことは調べさせてもらいました。
七楽課長は容疑者の資料を確認しながら、経歴等を確認する。それを聞いても浅田はピクリとも動かない。
「この経歴を見るに、貴方はただの平凡な一般人だ。だが今回、貴方は
七楽課長は続いて、検査結果を浅田に提示する。
「ここで疑問が生じます。貴方はどうして想術を行使できたのか。元々想術の素養があった可能性も当然あるが、あそこまで常人離れした動きができるほど想術に長けているならば、
七楽課長は椅子から立ち上がると、浅田の背後に回り込む。
「昨晩、貴方が寝ている間に体を検査させてもらいました。貴方の持つ傀朧に、異常な〈干渉〉の跡が検出された。何らかの方法で貴方の持つ傀朧の性質が変化させられた可能性があるということです。だが残念ながらうちの捜査員が貴方の傀朧を浄化したため、貴方は元の普通の人間に戻っている。それが原因かは不明だが、検査しても原因はわからずじまいです」
「……なに」
この時初めて、浅田が前を向いた。
私は課長の話を聞いて、なんだかちょっぴり申し訳なく思った。
「そんなはずはない。私は……想像を現実にする力を手に入れた」
「ほう。どうやって手に入れたんです?」
「私の心に空いた穴を……埋めてくれたんだ。私は逃げたかった。現実からも仕事からも。もう追いかけるのはこりごりで……あの
「サイト?」
それだけ言いかけて、浅田は魂の抜けたような顔で天井を見つめた。
「あれ……なんで……なにも……」
「誰かが関与しているのですか? 教えていただけますか。どうやって力を手に入れたのか」
「覚えて……いない? なぜ……なぜだ。あんなにも、私は高揚したのに。なぜだあああああああああ」
浅田はがしがしと頭を掻きむしり、血走った目で頭を机に殴打する。待機していた私たちは、慌てて室内に突入し、灰狼さんが浅田を取り押さえる。
「あれ……私は……何で逃げたかったんだろう……?」
それっきり、浅田は意識を失って動かなくなった。
「ど、どういうことなんでしょう!?」
「さあなァ。正直、おれもこんな事例は見たことねえが」
「気を失っているようだ……すぐさま医務室に運ばないと」
灰狼さんは浅田を背負い、取調室を出る。私たちもそれに続く。
「まずいなァ。多分記憶操作の想術を仕込んでたに違いねェ」
「クソッ。思い出そうとした途端に発動するように仕向けていたんだな。周到なことだ」
「かもなァ」
「あ、あの。浅田さんの検査結果って……」
「実は話には続きがあってな。浅田の体から薬品の成分が検出された」
「薬品?」
課長は、先ほど浅田に見せた検査結果の紙を私に手渡す。そこには見たこともない難しい名前の成分名が羅列されている。
「この薬品の成分……調べたのだが流通している薬のどれにも該当していない。それに、現実には存在しない謎の成分もいくつか検出されていてな」
その時、課長の
「どうした」
『か、課長! 大変だよ!
「
『そ、それが……とにかく送ります!』
切羽詰まった様子の照太くんは、私たちの端末にデータを送信する。
「四か所!?」
地図に表示されていた発生源は市内四か所。東西南北に綺麗に分かれ、これらが同時多発的に発生しているのがわかる。
「一気に四か所なんてよ、おれも見たことねえぜこりゃァ」
「すぐに出動する!
七楽課長は全員の
「単独捜査を許可する。
『なら、南の現場は自分が担当しよう。非常事態だ。謹慎を解いてくれるな、課長』
その時、割込み通信で
『仕方がない。正直良いタイミングだ
『承知した』
『こっちもりょーかい。急いで向かうわ』
「ならとっととこいつを医務室に届けてくるぜェ」
灰狼さんは浅田を背負ったまま、留置所を飛び出して行った。
私も何か嫌な予感がするのを抑え、情報を整理するために照太くんの待つオフィスへ走る。
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