5 命を懸ける理由は


 私がオフィスに到着すると、照太くんはモニターを睨みながら情報を整理していた。私に気づき、ぱあっと明るい顔でモニターの上から顔を出す。


「ごめんね! 遅くなりました」


 私は照太くんに手招きされ、モニターを一緒に覗き込む。映し出されていたのは、それぞれの課員の位置と、彼らが追う橙朧人ダウナー反応だった。照太くんは、それぞれ四方向の状況を賦殱御魂ふつみたまで伝達し、サポートしようとしているが、どうにも苦戦しているようだ。


「えっと……西の方向、は……」

『捉えた。目出し帽を被った男よ。きょろきょろと何かを探しているようだけど』

『こちら南。奇怪な面を被った男が、同じくきょろきょろと何かを探している。確保するか?』

『皆、賦殱御魂ふつみたまを使用し橙朧人ダウナーかどうかを確かめた上で一般市民に怪しまれないように確保しろ』

『北だがよォ、ちょいと面倒な人ごみに紛れてらァ』

「四方向それぞれ、人ごみの中に反応がありますね……」

『面倒だな。とにかく皆、見失うなよ』


 照太くんは、反応のある個所の防犯カメラ映像などをハッキングし、橙朧人ダウナーを探していく。大通り、ショッピングモール、イベント会場、観光地――――――四方向とも人が多く集まる場所で、怪しまれずに確保することは難しい状況にあるようだ。

 照太くんが四苦八苦する中、突如通信の音声に号砲・・のような音が響き渡る。その時ちょうど、照太くんが橙朧人ダウナーたちを補足した。四分割されたモニターに全員の姿が映し出されると、彼らは一斉に弔葬師ちょうそうしたちの姿を一瞥する。


『なっ……!』

『バレちまったみてえだ!』

『今の音は何だ?』


 地図上に表示された橙朧人ダウナー反応が、一斉に動き始める。監視カメラに映ったのは、それぞれ仮面で顔を隠した謎の人物たち。皆人ごみを気にすることなく、大胆な動きで弔葬師ちょうそうしたちから逃げていく。

 ある者は人ごみを押しのけ、ある者は歩道橋から落下し、ある者はビルの上を飛び移り――――――。


「何が起こって……」


 慌てる私たちを嘲笑うかのように、四つの反応は人間離れした動きで逃亡する。

 これってもしかして――――――。


「浅田さんと……同じ?」


 その時、再び警報音が鳴り響く。


傀朧管理局かいろうかんりきょくより通達。市内に橙朧人ダウナー反応が検出されました。想術犯罪対策課はただちに出動してください。繰り返します。想術犯罪対策課はただちに出動してください――――――』


 そんな。五か所目なんて――――――。


『クソッ。どうなっている』

『どーすんのよ課長。私たちが追うのを止めて、そっちに行くしか……』


 現場に出られるのは私と、照太くんしかいない。

 普段現場に出ることのない少年と、新人の私。誰がどう見ても、単独で出動するには心もとない。しばらくの沈黙ののち、七楽課長が指示を出す。


『いや、それはできん。我々はこのまま対象の追跡を続行だ』


 通信越しからもわかる苦しそうな声だった。この状況に、私は緊張で鼓動が早くなるのを感じる。


「あの、課長!」


 そんな状況の中、照太くんはデスクを叩いて立ち上がると、真剣なまなざしでモニターを見つめながら叫ぶ。


「オレ、行きます! オレだって想術犯罪対策課の一員です! みんなの役に立ちたい!」


 その提案に、無線の先は押し黙る。正直この状況で動けるのが私たちだけなら行くしかないと思う。でも――――――。


『だめだ。お前を現場には出せん』


 七楽課長は、低い声色で提案を突っぱねた。はっきりと突きつけられた言葉に、照太くんは悔しそうな表情で拳を握りしめる。


「……なんで!」

『お前は子どもだ。それに普通の一般人・・・でもある。危険な現場に出すことはできない』


 私は息をのむ。照太くんは橙朧人ダウナーではないのなら、どうしてこの部署にいるのか。それに、どうして賦殱御魂ふつみたまを使えるのか。

 そんな湧き上がる疑問は、照太くんの言葉で掻き消える。


「ならオレは……オレは命をかけなくてもいいんですか」

『そうだ。命をかけるのは我々大人の仕事だ』

つくしは命をかけて戦うのに!? なんでオレだけ!」

『言い争っている時間はない。私は待機を命じた』


 七楽課長は語気を強めると、通信を切ってしまった。らしくないな、とつい思ってしまう。照太くんは目に涙を浮かべ、賦殱御魂ふつみたまを握りしめたままオフィスを飛び出してしまった。


「照太くん!」


 私は無意識に手を伸ばしていた。このままではいけない。私は照太くんを追いかけなければならない。そう思い、すぐさま通信を入れる。


「課長すいません! サポートできないです。照太くんを追います」

『まて……いや、私のせいだな。すまない』

『まァ七楽。照太は嬢ちゃんに追ってもらうとして、何もマイナスなことばかりじゃねえ。今のでおれたちのやる気が上がったってわけだァ。そうだろ、燈護とうご、リオ』

『そうね』

『ああ。全力で目の前の橙朧人ダウナーを追い、そちらに合流する』

『そういうこったァ。だからそっちは嬢ちゃんに任せるぜ。頼んだ!』


 そう言って、三人は通信を切り、各々対象を追いかける。


「はい……!」


 私も通信を切り、急いで照太くんを追う。



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