6 守ります



「はあ……はあ……」

「ま、待ってよ……照太くん……」


 私は照太くんを追って、市内まで来てしまった。想術師協会そうじゅつしきょうかいの結界を抜けてから市内までは、基本的に山を下る道しかないため楽に感じるのだが、その分照太くんに追いつかなかった。

 いや、それにしても照太くんの持久力がすごい。私は自身の運動不足を実感する。

 結局、私が照太くんに追いついたのは、照太くんが昔ながらの商店街に入ったところだった。アーケード状になっている天上に、白い大きな電灯がついていて、薄暗いアーケード内をぼんやりと照らしている。人通りはまったくなく、空いているお店もまばらだったが、その静かな雰囲気がやけにノスタルジックを加速させていた。


「照太くん……なんか、スポーツしてるの……?」

「え……えっと、オレ、サッカーしてます……」


 私は照太くんの肩をつかむと、膝で呼吸をする。私の顔があまりにも憔悴していたのか、照太くんは一瞬ギョッとして立ち止まってくれた。


「はあ……疲れた……私も運動しなきゃな……」

「ご、ごめんなさい……」


 照太くんは心配そうな表情で私を見つめる。


「現場に出たかったの?」

「うん……オレ……役に、立ってないと思って」

「どうして? 照太くんがみんなをサポートしてくれるおかげで、捜査がしやすいんだよ?」

「でも、正直誰でもできるから。賦殱御魂ふつみたまの端末からいつでも情報は見られるし……」

「そうかなぁ。私は照太くんがオフィスにいてくれることに意味があると思うけど」


 私たちは商店街の道沿いに置いてある古びたプラスチック製ベンチに座る。商店街の道は狭く、至る所に等間隔で提灯が立てられていて、そこには『古川町商店街』と書かれていた。こんなところがあったなんて知らなかったけど、とても雰囲気が良い場所だと思った。


「みんな、命がけで戦ってるのに。オレだけ安全な場所にいて、今回みたいに大変な状況でも命をかけられないことが、どうしようもなく悔しくて……」


 照太くんは目をウルウルさせて拳を握りしめていた。その表情に、私も無力さを痛感した。


「うん……その気持ち、私もわかるよ。自分には何もできない。蚊帳の外だって思うと、どうしようもなく悔しいよね。私も前の部署の時そうだった。自分は仕事ができなくて、いつも周りに助けられて、それがどうしようもなく悔しかった」


 遠くで風鈴の音が聞こえた――――――。

 私の頭の中に、総務局そうむきょくで一緒に働いていた人たちの姿が蘇ってくる。


「でも、教えてくれた人がいたの。私にしかできないことがあるんだって。だからね、私は照太くんが自分に正直にいることがすっごく偉いことだと思うんだ。私はこの歳になって初めて気づいたけど、照太くんはもう自分に正直に生きようとしている。これって、本当にすごいことだと思うの」


 照太くんは私の顔を見つめる。見つめ返してくる無垢な瞳を見つめていると、自然と笑みがこぼれる。


「だからね……いや、だからこそ、かな。今は自分を大切にすることを考えて欲しいなって。その気持ちさえあれば、いつかきっと強くなれると思うんだ。だから今は、無謀なことはせずに私たち大人を頼ってほしい。甘えてほしい」

「頼る……」

「私は頼りないかもしれないけど、みんなは違うでしょ? 頼ってばかりの私が言うなって話かもしれないけど。それに、人の生死に関わる危険な環境だから。照太くんに人殺しはして欲しくない。みんなそう思ってるんだよ」


 話しながら呼吸が整ってきた私は、ふうと息を吐き出して立ち上がった。

 私の持っている賦殱御魂ふつみたまが、通知音を鳴らしている。確認すると、五か所目の橙朧人ダウナー反応についての警報だった。ここまで来たら、私が行くしかない。私は改めて緊張してきたけど、照太くんに心配をかけないよう虚勢を張ることにした。


「よし! 早く反応のある場所に行かなきゃ。ここは私が何とかするから、照太くんは……」


 改めて視線が照太くんに向く――――――。


「守ります」


 その瞬間、力強い黄金の瞳が、私を刺す。


「……へ?」

「お、オレ! やりたいこと見つかりました……!」


 照太くんは、顔を真っ赤にして私に詰め寄ると、力強く言い放った。


愛生あおいさんはオレが守ります」


 硬直と沈黙――――――風鈴の音が再度聞こえた時、我に返る。

 私は照太くんの力強い瞳に押され、面食らっている自分と、ちょっぴり嬉しくなっている自分がいることに気づく。そう思うと、目の前の少年がやけにかっこよくて、同時に可愛く思えてきて、笑いがぐっと込み上げてきた。


「ふふっ……あははっ!」

「あわわわわわごめんなさいごめんなさい!! オレ、何言って……」

「いや、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃった。思わぬ反応だったから、っていうかなんというか」


 私は顔を両手で押さえてうずくまる照太くんの頭に、そっと手を置いた。


「ありがとね。照太くん」


 照太くんは恐る恐る私の顔を見上げると、太陽のようにニカッと笑った。

 そうして私たちは気合を入れ直し、反応のあった地点に急ぐ。



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