3 パトロールへ 後編
3
「嬢ちゃん」
「はい……」
「おれが行くまで待ってろって言ったよなァ」
「すみません……」
私は
「結果オーライだし、今回は一刻を争う状況だったから別にいいけどよ、危険なことだって大いにあるんだぜェ。
灰狼さんは私を注意したけど、同時によくやったと褒めてくれた。一時間話をしている間、後ろで悪さをしている
「でも、どうしておじいさんの傀朧深度が上がったんでしょうか」
「そーだなァ。わかりやすく言うなら、〈霊感〉って言葉あんだろ」
「よく言いますね」
「アレは
「なるほど……」
「傀朧深度は、上がったら絶対に下がらねえってもんじゃねえから、あのじいさんも人生の中で上げ下げ繰り返してたんじゃねえかな」
「とにかく、
今回、心の底からおじいさんを助けることができてよかったと思うし、うまく言えないけど確かな手ごたえのようなものがあった。
今回のように未然に防ぐことができるのなら―――殺さずに済むのかもしれない、と。
「ここいらで傀朧深度上昇の傾向はねえ。いったん帰るか」
「あの……ちょっと質問なんですけど、
「ああ、それは大丈夫だ。一般的に、想術師以外で
私は安心したような、安心できないような微妙な気分になった。
一般的に十万人に一人と言われれば、かなり少ないと思えるが、この町では関係なく発生する可能性があるということ。日本で想術師が最も多く存在する町は、きっとこの京都なのだ。
「初日で嬢ちゃんが出会ったみてえな一般人が
「あの、灰狼さん質問ばっかりすいません」
「ん?」
「
発進した車は、来た時とは違い、安全速度でゆっくり進む。
「すいません。やっぱりそう思っちゃって……」
「まあ、最もな疑問だわなァ。でも結論は
灰狼さんは赤信号の隙にタバコを咥え、火をつける。
「
「そう……ですか」
「脳の構造が変わるってこたァ精神性も変わる。多くは反社会的になっちまう形で。人殺し、強盗、その他犯罪に走り、更生の可能性はゼロ。だから抹殺するってわけだ」
理屈は大いにわかる。だが、話を聞いてなお、私にはどうしても引っ掛かることがある。
「本当にそうなんでしょうか」
「何だって?」
「だって、
私が語気を強めて言ったその言葉に、灰狼さんは大笑いした。
「そりゃあ、ありがてえなァ。そんなこと
「だって……! 今日だって灰狼さんは私に色々なことを教えてくれました。盡くんだって、今日一日過ごして普通の子だって思いました。ほかの皆さんもそうです。私にはどうしても皆さんが悪い人だなんて……」
「千人殺してもか」
「えっ……」
灰狼さんは澄んだ顔で煙草に火をつけ、前を向いたままそう呟いた。
「おれァは人生で、人を997人殺した。あと三人で大台に乗る。そんな頭のおかしな奴を、それでも手前は、普通の人って言うか?」
私は閉口してしまった。
灰狼さんが、大量殺人者だという事実を目の当たりにして、それを受け流せなかったのだ。だが、煙を吐き出した灰狼さんの表情が悲し気に見えて、それがどうしようもなく私の心を締め付ける。
「〈想術師協会〉が今平和なのは、
「そんなことはありません」
灰狼さんは私の顔をちらりと見た。私は、心の内に現れた思いを素直に吐き出す。
「やっぱり、灰狼さんは良い人です」
「……何でだ」
「覚えているから。死んだ人のことを。殺した人の数も、死んでいった同僚のことも覚えてる。人を殺すことに執着する人が、そんなことをいちいち気に留めるとは思いません。誰かの死を覚えていてくれる人が、悪い人だとは思えない」
灰狼さんは深く煙を吐き出し、携帯灰皿にタバコを落とした。
「ちょっと変かもしれないんですけど、私は安心します。もし、私が死んでもきっと灰狼さんは覚えてくれるんだろうな、なんて」
私が思わず笑うと、灰狼さんはまた大きな声で笑った。
「ほんと、変な
私は言い過ぎたかもと、少し恥ずかしくなって俯く。
「ちょっとした礼に、嬢ちゃんの思いを叶える手伝いをしてやるよ。
灰狼さんは、歯を見せてニッと笑うと、嬉しそうにアクセルをゆっくり吹かした。
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