4 考え事


 私たちは想術師協会に帰る前に、スーパーに寄ることになった。気づけばとっくに昼を回り、夕焼けが迫る時間だ。お腹が空いたのは皆同じで、つくしくんは車が停車するなり一目散に駆けて行った。


「ふふっ」


 ちょっとかわいいなって思ってしまった。よっぽどお腹が空いてたんだろうか。私は改めて盡くんのことを考える。少し感情が希薄で、年相応の好奇心を持ち、ぼんやりとした瞳――――――あの天使のような姿。

 盡くんのことを考えると、どうしても初めて会った日の姿が思い浮かんでしまう。どうして盡くんは天使になるのか。どうして盡くんは人を殺そうとするのか。年相応の少年に見える彼は、なぜ橙朧人ダウナーになってしまったのか。


「どうした嬢ちゃん」

「いえ、なんでも。行きましょう」

「考え事かァ? 壁にぶち当たるぞ」


 指摘され、入り口と違う方向に歩いていこうとしていたことに気づき、慌てて方向を変える。配属されてからずっと、盡くんのことを聞こうか迷っていた。でも盡くんのことは聞きにくく、これまで何も聞けずにいた。

 親はいるのか。家族はいるのか。どうして彼は天使になれるのか。

 膨れ上がる疑問を解決しようとすれば、どうしようもないほど深い闇を覗くことになるような気がして、私は聞けずにいる。


「来てみてなんだけどよ。外食の方が良かったぜ」

「盡くんがお菓子を買いたいんならしょうがないですね」

「けーッ。おやつなんてガキだなァ」

灰狼はいろうさんがさっき盡くんのあめを食べたからじゃないですか?」

「あ……そうだったなァ」


 私たちは総菜コーナーで三人分のお弁当やおにぎりをカゴに入れたのち、お菓子コーナーに向かう。夕方だったためか、学校帰りの子どもたちや親子連れで通路は賑わっていた。そんな通路の端の方で、盡くんはぼーっと他の子どもたちを見つめていた。


「お菓子、いいの見つかった?」

「……うん」


 手には激辛ポテチの袋と、練って遊ぶお菓子が握られているのだが、返事はどこか上の空だった。


「なんだァ。もっと買っとけよ。どうせ照太しょうたと取り合いすんだからよォ」

「……照太にはあげないもん」

「そう言って喧嘩すんだろいつも。倍は買っとけ」


 盡くんはそそくさと自分のお菓子をカゴに入れると、適当な甘い系のお菓子をカゴに入れ、さっさとお菓子コーナーを出てしまった。


「どうしたんでしょうか」

「たまにああなる。気にすんな」

「……あの! 盡くんのこと、聞いてもいいんでしょうか」

「ん? なんで弔葬師ちょうそうしになったのか、みたいなことか」

「はい。なんだか聞きにくくて」

「そうだろうなァ。長ェ話になるし、おれも話しにくい」


 レジに向かう道中で、灰狼さんは頭を掻いて渋い顔をする。


「嬢ちゃん。なんとなくだがよ、おれは手前に期待しちまってる」

「へ……何をですか?」

「手前なら盡の抱えてるモンを受け止めてやれるんじゃねえかってことだ。だがな、今ここでおれが話したり、誰かから聞くのもいいが、一番はあいつのことを自ら体感して知ることじゃねえかなって思うわけだ。その上で、アイツの抱えている闇を知るほうがいい。どうだ?」


 レジに並びながら、私は考える。灰狼さんの口ぶりだと、やはり盡くんの抱えている何かはとても大きなものなのだろう。だからといって、知りたいと思う気持ちが抑えられるわけではない。


「何でこんなに気になるのかは、うまく言えないんですけど、初めて会った時に盡くんが天使みたいになって、その姿を見た時にすごく親近感・・・みたいなものを感じたんです。その……変かもしれませんけど、私の止まっていた時間が動き出した、みたいな」

「気持ちはわかる。あいつはァ、弔葬師おれたちの中でも特別だからな」

「特別?」


 会計はセミセルフレジで、スキャンが済んだ商品と共に支払いをする機械の前へ移動する。灰狼さんは財布からクレジットカードを取り出し、会計を済ませた。


「傀朧深度が〈3〉で橙朧人ダウナーの可能性が高まると言っただろ。なら〈4〉や〈5〉だと、実はほぼ橙朧人ダウナー認定されちまう。そして普通、〈5〉なんていう数値が計測されることはない。なぜなら、傀朧が脳から排出されねえと、精神に多大な負荷がかかって死ぬからだ」


 灰狼さんは私に賦殱御魂ふつみたまを投げ渡した。


「そいつで、盡を見てみろ」


 灰狼さんは、首をクイッと窓の外に向ける。その先、外にあったベンチで一人座っている盡くんの姿が目に入る。私は恐る恐る黒いスマホを構えると、青色の光と共に画面が起動する。


認証judgement。想術犯罪対策課、教協師メンター、杜若愛生三級想術師。使用許諾。モードを選択してください』


 画面に表示されたモードは全部で、〈橙朧人ダウナー検知〉〈捜査補助〉〈設定〉の三つだった。私は〈橙朧人ダウナー検知〉をタップする。カメラモードの状態になり、画面に盡くんを映し出す。


神断Judgement十二決議Resolution―――法政局特別捜査権限令第二条、登録弔葬師神狩盡かがりつくし傀紋色位イマジナリーブランドオレンジ。任意で抹殺が可能です』


 頭に響くあの声の気持ち悪い透明さと、抹殺という言葉に、私はスマホを落としてしまった。


「す、すいません……」

「よく見てみると対象の頭の上に、傀朧深度が表示されるようになってる」


 私はもう一度盡くんにカメラを向けると、灰狼さんの言う通り傀朧深度〈5〉と表示されていた。


「ちなみにおれァ〈3〉だ。盡の状態は極めて異例で、異常な状態ってことよ。普通なら頭がおかしくなってる」

「そう、なんですね……」


 灰狼さんは私からひょいと、賦殱御魂ふつみたまを取り上げ、袋詰めした食料を持って入り口へ向かった。


賦殱御魂ふつみたまの抹殺機能はな、弔葬師の傀朧深度が高ければ高いほどその力を使いこなせる仕様になってんだ。だから、盡が橙朧人ダウナーを殺す時、世界をひっくり返しちまうような力を振るえんだよ」


 盡くんは私たちに気づくと、こちらを向いて足をバタバタさせた。


「遅いよ」

「悪ィ悪ィ。レジが込んでてよ」


 盡くんがベンチから立ち上がり、私たちが車に戻ろうとした時だった。私たちの持っていた賦殱御魂ふつみたまから着信音とバイブ音が響いた。

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