5 思いよ、届け
5
「
「えっ!」
「おい手前はここに……!」
「
手を伸ばす灰狼さんを置いて、私は盡くんを追う。向かった先は、食品コーナーではなく、人の少ない日用品や衣服の売られているコーナーだった。棚の陰で立ち止まった盡くんは、ひっそりと通路の角を見つめる。
「いた」
私も盡くんの頭の上から通路の先を覗き込む。奥に一人、手提げかばんと店内カゴを持っている中年女性がいる。おどおどしている様子や不審な様子は見当たらず、普通の買い物客のようにただ商品を見ているだけだ。
「あの人が
「うん」
盡くんはスマホのカメラを女性に向ける。
『
「本当だね……」
盡くんは音声を聞くとすぐに棚の陰から飛び出そうとする。私は慌てて手を引いて止める。
「待って。こんな店内で暴れたらまずいよ」
「でも、
「だめ。いい? 一旦何で
盡くんは少し不満げだったが、私が強く言ったため小さく頷いてくれた。
しばらく女性を観察しながら後をつけることにする。特に変わった点はない、と思っていた矢先、女性が靴下の束を手に取ると――――――。
「消えた!?」
思わず大きな声を出してしまい、咄嗟に女性から見えない位置へ隠れる。
「ぼくも見た」
「うん……何となくだけど、あの女の人がやっている犯罪がわかった気がする」
私は盡くんの
『灰狼さんお願いがあります。女の人が外に出たら、身柄を確保してもらえませんか?』
『ああいいぜ。ホシは何したんだ』
『おそらく、万引きです。それも、想術を使った絶対にバレない万引き』
『なるほどなァ。それにしてもよくわかってんじゃねえか。万引きの捜査』
『テレビで見たことがあって』
やり取りをしている最中にも、女性がレジに向かっていく。
おそらく、カゴに入れたものを買って、消したものは手提げ袋に隠したのだろう。
レジを済ませ、何食わぬ顔で店を出たところで、待ち構えていた灰狼さんが女性の前に立つ。
「な、何よあなた……」
「おう奥さん。アンタ、妙な
その言葉を聞いた瞬間、女性は豹変し、全力で灰狼さんから逃げようとする。しかしあっという間に追いつかれ、後ろに手を回して動けないように拘束された。
私はその大胆すぎる行動に、思わず叫んでしまう。
「だめですよ灰狼さん!」
「認識阻害の術はあらかじめおれらにかけてあるんだ。何かあったらすぐに発動するように。誰も認識しねえから安心しな」
私が周囲を見渡すと、灰狼さんの言う通り駐車場にいた人たちは私たちを認識していないようだった。そんな異質な状況の中、女性は真っ青な顔で錯乱する。
「なんなのあなたたちは!? 私が何をしたっていうのよ!!」
「アンタ、
「そ、そうじゅ? 知らないわよそんなの!」
「そ。じゃあ一般人が
盡くんは気持ちが悪いほど冷静に女性を見つめ、
「……
『
「ねえ。人を好きになるって、どういうこと?」
盡くんはあの時と同じように、女性に問いかけた。それを聞いた私は反射的に盡くんの持っている
「だめっ!!」
「あ」
「盡くんダメだよ」
「……」
光が中断され、盡くんが変身することはなかったが、代わりに盡くんから黒く濁った冷たい視線が注がれる。私は構わず、怯える女性に近づいて声をかける。
「お話を聞かせてください」
「な、何がどうなって……私はただッ!」
「お願い。落ち着いて。じゃないと私たちはあなたを……」
それ以上は言えなかった。言えなかったけど、私の言おうとしていることがなんとなく伝わったようで、女性は徐々に落ち着いてくれた。
「……嬢ちゃん。説明したろ。一度
灰狼さんの言う通りだ。それは理解しているし、
「……それでも、私にはこの人を殺すことが裁きだとは思えません。灰狼さんにも、盡くんにも……人を殺して欲しくないです」
「それは我儘だ嬢ちゃん。
灰狼さんの言葉が、私の心に深く突き刺さり、心臓が何度も何度も鼓動する。
現実と、それを許せない私の自我がせめぎ合って、頭がどうにかなりそうだった。感情が爆発し、目から涙が零れ落ちる。
救いを求める女性と、殺気を消さない
「盡がやるのが嫌ってんなら、おれがやる」
「待ってください! なら私が……私がやります!」
「正気か手前……!」
これまで声を荒げることのなかった灰狼さんが、初めて私を怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ! 手前の我儘に付き合っている場合じゃねえんだ」
「さっき……灰狼さんが言ってくれたこと。私、嬉しかったんです……手伝ってくれるって言ってくれたこと。自分の気持ちを貫いていいんだって言ってくれたこと、嬉しかったんです!」
「それとこれとは話が違げェんだ! いいか、どうやったって現実は変えられねえ!」
「違いません! 諦めたくないんです! それが子どもみたいな我儘でも、絶対に叶えられないとしても、私の思いを貫き通したい! もう、見て見ぬ振りも後悔も……逃げることはしたくないんです」
私は運命に流されてきた。想術師になったのも、大学へ行けなかったのも、すべて理不尽だと思いつつ、心の中で受け流してきた。その中で、私が私自身の意志を貫くことはなかったのだ。化野先輩に言われ、後悔していることに気づいたからこそ、たとえ何もできないとしても自分の思いを曲げたくはなかった。
私は盡くんの元に戻り、謝罪する。
「ごめんね盡くん。もうちょっと借りるね」
盡くんは私の顔をじっと見つめる。
私は
負けない。負けたくない。
なぜ、こんな風に強く思うのか自分でもわからなかった。絶対に諦めたくはなかった。
「
「答えて!! 弔葬師のみんなに人殺しを課したなら、あなたにも応える義務はあるでしょう!」
スマホ画面が一瞬、ノイズのように揺らぐ。そして――――――脳内に声が響く。
『―――
「いいや。できるはずよ。想術は、想像を具現化する力なんでしょ? なら、きっとできる」
私は目の前の女性を救うことだけを考えた。
絶対に救う。絶対に、殺させはしない。殺す想像なんて絶対にさせない――――――。
『――――――貴方はどうして、それを願うのですか?』
私は、私を貫く。運命になんて、絶対に負けてたまるものか。
だから、答えは決まっていた。
「それが、私の
『―――
『ならば、
――――――気づけば、私の手に銃が握られていた。丸い流線形の外観をした、白いハンドガン。その銃口を女性に向けている。
私は焦って銃から手を放そうとするが、手から離れなかった。それどころか体が動かせず、女性から銃口も視線も離せない。
『それがアンタの理想のカタチっす。
「でも私は銃で人を殺さない!」
『はい。それは人を殺す銃ではなくて、あなたが思い描いた想像を実現するための銃です。さあ。引き金を引いて。思いを乗せて。あなたなら撃てるはずです』
私は白い銃を見つめる。銃口は前に――――――そっと引き金に指をかけ――――――呼吸を整える。
「はあ……はあ……」
怖い。
本当に、私はこの人を救うことができるのか。
「だ……め……」
諦めかけたその時、私の体を横から支える小さな体が見えた。
「
「
盡くんは右手で、私の持っている銃を一緒に支えてくれた。ぶれていた銃身が安定し、再び女性に狙いが定められた。
「
盡くんと体が密着していると、吸われる傀朧の量がほとんどなくなった。それに盡くんの体は、とても温かかった。
生きている、人の温かさ。それを感じた時、私は絶対に命の灯を消させはしないと、改めて認識する。
「違うよ。絶対に……」
銃の引き金を、ゆっくりと引く。
「救うんだ」
バシュン――――――。
シャッター音のような発砲音と共に、女性の身体は地面に倒れた。
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