6 救うんだ



「……ん。あれ、私」


「……嬢ちゃん。おれァ手前ほど有言実行って言葉が似合う人間を見たことがねえぞ」


 私はいつの間にか気を失っていたようだ。目覚めた私の視界に灰狼さんの呆れたようなそれでいて清々しい笑みが映りこむ。ここは事務所のような場所で、目の前の椅子に灰狼はいろうさんとつくしくんが座っていた。


「よくわかんなかったね」

「えっ何が?」

「かっこよかったってことだよな盡」

「うーんわかんない」


 すると、部屋の扉が開いて、エプロン姿の壮年の店員さんが入ってくる。


「いや~本当にありがとうございました! 正体の分からない万引き被害が最近本当に多くて……犯人を捕まえてくださって、本当にありがとうございました!」


 この人はどうやら店長さんのようで、私たちに何度も頭を下げてくれた。いまいち状況が呑み込めない私に、灰狼さんはスマホの写真をスクロールしながら見せてくれる。そこには、先ほどの女性が警察に連行されていく様子が映し出されていた。


「犯人の女性も、深く反省してるみたいではあるんですが……それにしてもひどいもんですよね。うちみたいな小売業は、万引きに弱くて困ってるんですけど、中々後を絶たない。まさに救いの神・・・・です。本当にありがとうございました」


 店長さんはビニール袋に果物やお菓子をたくさん入れてくれて、それを渡してきた。


「ささやかなお礼です。こんなことしかできないですけど」


 私はその袋を見た時、心が洗われるような清々しさを覚えた。あの女性が、無事だったことに安堵したのもあるが、店長さんの様子を見て、私のやってきたことが間違っていなかったのだと確信できた。

 それが本当にうれしく、誇らしかった。


 私たちはスーパーを出て、車に向かった。もうだいぶ夜もふけっていたため、駐車場に停まっている車の数もかなり少なかった。


「あの後、万引きの女は傀朧と能力をさっぱり失った状態で目覚めたんだぜ。そんで、驚くことによォ……何回検査しても橙朧人ダウナーじゃなくなってたんだ」


 灰狼さんはとても嬉しそうに私の肩にそっと手を置いた。


「ありえねえことだぜ。こんなの絶対ありえねえことなんだ。でもよ、それを手前は実現しちまったのさ。おれァ奇跡だと思う」


 灰狼さんは澄んだ夜空を仰いで、大きく深呼吸をした。


「なんだかなァ……最高にすっきりした気分だぜェ。おれの想術師そうじゅつし人生で一番晴れやかな気分だ」

「ふふ……あははは」

「何が可笑しいだ?」

「いや、やっぱり灰狼さんは良い人だなって」

「ケーッ。こそばゆいからそういうのはいいってェの」


 車に乗りこむ前、つくしくんが私の傍に近づいてきた。私は盡くんと視線を合わせるように少し屈むと、感謝を伝える。


「盡くん。支えてくれてありがとう。あなたがいなかったら、私多分倒れてた。すごく力を持っていかれてたから」

「それは杜若愛生かきつばたあおいがへなちょこだから」

「うう……ごもっとも。私想術使えないし」


 項垂れる私に、盡くんはそっと小さくガッツポーズをする。顔は相変わらず無表情だったけど、それが私には嬉しかったし、彼の心がとても籠っていたと感じた。


「アレどうやったの? なんであの人、壊れなかったんだろ」

「私にもわからない。でも、盡くんのおかげであの人は助かったんだ。救われた・・・・んだよ」

「すく……われた?」

「そう。盡くんのおかげ」


 その時一瞬、盡くんの目が泳ぎ、私から視線を外す。


「……おかあさんはね、自分が救われないって言ってた。それで、ぼくだけ救われるのはずるいって」

「えっ?」

「だからぼく、我慢しなきゃいけない。助けなきゃいけない。おかあさんを……あれ? おかあさんは、どうなったんだっけ、救われ、たのかな……」

「盡くん?」


 私は盡くんの肩に手を置く。盡くんは我に返り、再び私の顔をじっと見つめる。


「ずるい、っていうのはよくわからないよ。違うんじゃないかな。それに、盡くんは誰かを助けることができる強い子だもん。さっき、盡くんがいなかったらあの人は救えてなかった」


 盡くんは首を傾げて私の顔を見つめる。


「次からはこわすんじゃなくて、救えるんだ。一緒に救っていこうよ。たくさんの人を」

「すく、う……」


 盡くんの目が一瞬だけ光を帯びたような気がした。彼は賦殱御魂ふつみたまをぎゅっと握ってポケットに入れると、小さく頷いてくれた。


「帰るぜェ手前ら」

「あ、はい!」


 灰狼さんはエンジンをかけて、ヘッドライトを点灯させる。

 その光に照らされて、少し目がくらみながらも、私たちは車に乗り込んだ。

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