曲げる者《vorspiel》
1 何をやってもダメ
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この世の中に、空想なんて存在しない。
理想は現実に。
思いは現実に。
呪いは現実に。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
1
「何だこの間違いだらけの提出資料は」
ばさ、という紙束の音が、キーボードを打つ音にかき消される。投げつけられた私の報告書は、課長の机の上でバラバラになった。
課長はイライラを押し殺すようにメガネをクイッと上げ、私の顔を見て押し黙る。ただの集計作業だ。これは誰でもできることなのだと、暗にそう告げられている。
「……お金の勘定をやらせてもダメ。物買い頼んでもダメ。挙句の果てには集計作業もダメ。ねえ
「本当にすいません……」
課長はため息をついて、腕を組む。
激しく怒られるのはこれで何度目だろう。課長の言った通り、私は細かい事務仕事が壊滅的に向いていない。昔から同世代よりもパソコンを触るのが苦手だったし、数字も不得意だ。いや、そんなことよりも細かいルールや規則に則って事務をするのが向いていないと常々思う。
ここは、〈
つまり、事務のルールが民間企業よりもずっと細かい。
「どうしてこうなったのか、報告書を上げて。君の事務は不適正事務なんだ。二年もここにいて、新人だからは通用しない。今後、ミスのないようにするのはどうしたらいいか考えてね」
「わかりました……」
私は申し訳なさで何度も頭を下げた。だが、その態度が裏目に出たらしく、課長の怒りは収まらない。
「大体ね、いつもそうやって頭を下げるけど、ちっとも改善されやしない。謝ればいいと思っているの? 努力をしようという気が……」
説教のループに突入した時、私は情けなさで押しつぶされそうになった。
ああ、どうしてこうなったのだろうか。
いや、またそんなことを考えていたら、反省していないと怒られてしまう。
「
「は、はい」
「こんなこと言いたくないけどね、気持ちはわかる。スカウト組は、自分で想術師になったわけじゃないから、仕事に対するモチベーションがないのもわかるよ」
「い、いえ。そういうわけでは……」
「言い方が悪かった。嫌みじゃなくて、心配して言っている。君のようなスカウト組が、何人潰れていったことか。私もね、長くこの業界にいると、色々と見てしまうんだよ。だからこそ、君にはそうなって欲しくない」
「はあ……」
「ま、私の言ったことの意味がわからないなら、君の人生は色を失うかもしれないということだ」
――――――ようやく話は終わった。課長は結局、物寂しい表情で私を一瞥した後、パソコンに視線を移した。私も一礼して自席に戻る。その様子を見た周りの同僚は、励ますような視線を送ってくれた。
私は余計、申し訳なさで潰れそうになった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
業務時間の終了を告げるチャイムが鳴り、簡単な終礼を終わらせると残業時間に突入する。
私のいる部署は、〈総務局〉というところで、〈想術師協会〉全体の統制や庶務、人事管理など総合的な事務を行うところだ。
私は簡単な仕事しか任せられていないが、他の同僚や他部署の忙しさは見ていられない。平気で日付を超えるまで仕事をしているし、休日も出勤している。もちろん、〈総務局〉の職員はたくさんいるのだが、全国すべての事案に一つの総合庁舎だけで対応しなければならないため、とても忙しい。
「お疲れ様。コーヒー飲む?」
終礼が終わると、教育担当でもある
先輩は私より八つも年上。今風のふんわりとしたパーマヘアで、お肌がとっても綺麗。左目の下に泣き黒子があって、誰がどう見てもザ、イケメンだった。
「課長、すごく細かい人だからね。それに〈庶務課〉専属の課長で異動がないから、俺も配属されてすぐのころはあんな風に怒られていたものさ」
「そうなんですか……でも、私が悪いんです。本当に、いつまで経っても仕事ができない私が……」
「そう自分を責めるなよ。大丈夫。誰にだって苦手なものはあるし、得意なこともあるだろう? 君は、君の
「私の、得意なこと……ですか」
最近はそんなこと考えてもいなかった――――――私は自然と先輩の顔を泣きそうな顔で見つめていた。
〈想術師協会〉に来て二年、つまり私が〈想術師〉になって二年だ。
将来の夢もやりたいことも捨てて、〈想術師〉にならざるを得なかった私にとって、得意なことなんて――――――。
私は先輩の言った言葉が腑に落ちなかった。
気づけば同僚たちは次々と帰宅していった。そういえば今日は残業禁止の日、通称ノー残業デーだ。先輩は思いついたように、「そうだ」と呟いてから続ける。
「ご飯でも食べる? 奢るけど」
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